《自覚②》
集まってくれた(攫ってきた)女性たちひとりひとりに謝罪をし、帰りを見送ったあと。
すっかり夜も更け高く上がった月が冴え冴えと輝く中、ベアトリスは窓辺で女神に祈りを捧げていた。
日に三度祈りを捧げるのは長年の日課だ。ベアトリスの生活は、基本的に信仰心が優先される。
物心つく頃には教会通いが当たり前だった。両親の影響もあるが、一番の理由は弟のルイスだ。生まれつき病弱だったルイスが体調を崩すたび、ベアトリスは必死に女神に祈った。
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ベアトリスが女神の忠実なしもべとなった決定的な出来事がある。
十歳になる頃、ひどい嵐が皇都を襲った。その数日前からルイスがひどい熱を出し、下がらない毎日が続いていた。
このまま熱が下がらなければ命が危ない。医者のその言葉に、ベアトリスは大人の目を盗み嵐の中教会へと走った。
(女神様、どうか弟をお救いください。とても善良な子です。それなのに世の中の何もしらないまま幼く死んでゆくなんて、あまりに憐れです)
時折走る稲妻だけが、暗い教会の中を照らす中、ベアトリスはずぶ濡れのまま祈った。
心から、何度も何度も頭を下げ、必死に祈った。
(代わりに私の命を捧げますから、どうか弟の命をお救いください……!)
そして奇跡が訪れた。
突然教会の窓から光が差したのだ。世界を震わせる雷鳴も、窓を割らんばかりに揺らす風の音も、屋根に叩きつける雨音も、あらゆる音がいつの間にか消えていた。
慌てて外に飛び出せば、未来を祝福するような晴天が待っていた。空にかかる虹を横目に家へと急げば、そこには熱が下がり容体の落ち着いた弟と、安堵に涙する両親が待っていた。
女神に祈りが届いたのだと、目の前の光景を見てベアトリスは理解した。
(ありがとうございます。女神様。私は生涯あなた様にお仕えいたします)
ルイスがすっかり元気を取り戻し、ベアトリスが女神に改めて礼を伝えに大聖堂に行った日。
待ち構えていたのはベアトリスの運命を変える神託だった。
居合わせた、当時まだ修道士見習いだったユリシーズと同時に神託を授かり、大聖堂は騒然となった。緘口令が敷かれ、枢機卿たちが集まり会議が開かれ、ベアトリスの提案と教皇の採択によって、第二皇子と運命の乙女を導く方向性が決められた。
迷いはなかった。弟の命を救ってくれた女神の恩に報いることこそ喜びだった。
しかし、嘘や不正を嫌う善良の塊であるベアトリスにとって、神託の使命は苦難の連続だった。
女神の意志で、未来のため、世界のためであるとわかっていても、どうしても罪悪感が生まれるのは止めようがなかった。
(今日もまた、セドリック殿下にひどいことをしてしまったわ。どんどん嫌われていくのがわかる)
最初は友好的だったセドリックの目が、日を追うごとに怯えや嫌悪の色を濃くしていった。
(嫌われて当然よ。それが正しいの。悪役となり殿下を導くのが私の使命だもの)
使命がなければ、セドリックとも良い関係が築けたかもしれない。
そう思わなかったと言えば嘘になる。しかしそれを考えることは女神への裏切りであった。
いつか使命を果たしたとき、殿下は許してくださる。そう願うしかなかった。
(でも、きっと無理ね。殿下も側近の方々も、みんな私に化け物を見るような目を向けてくるもの)
許されなかったとしても、それも女神の思し召しだ。重要なのは女神の意を叶えること。自分が憎まれるか、許されるかは然したる問題ではない。
そうやって、胸の痛みには気づかない振りをした。感情は、悪役ベアトリス・ガルブレイスを演じるのに邪魔でしかなかったのだ。
(そういえば……最近殿下のご友人として宮殿で見かけるようになった彼だけは、他の人とは違うわ)
普通の令嬢にするようににこやかに挨拶をしてくれる。レディーファーストで対応してくれる。目をきちんと合わせてくれる。セドリックがベアトリスを蔑ろにすると、ありえないことだと諫めてくれる。
何より、ベアトリスを怖がらない。なぜだろう。悪役感が足りないのだろうか?
(ナイジェル・ロックハート様。不思議な方……)
それからは、ナイジェルの存在が、視線が、言葉が気になって仕方なくなっていった。
大事な使命があるというのに、どうしてこうも気になってしまうのかと悩んだこともある。信仰心が薄まっているのではと自分を責めたりもした。
それだけ、彼はベアトリスを大切に扱ってくれていた。
家族以外で温かく感じたのは、彼の心だけだった。
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ベアトリスは窓辺に飾ったナイジェルからの花束を見つめ、青い花弁にそっと触れた。
(ああ、そうか……。私はそれが、とてもとても嬉しかったんだわ)




