《落胆①》
手づから庭の花を摘み、花束など作ったのは初めてだ。
気に入ってもらえるだろうか、とナイジェルは白と淡い黄色の花束を見て考える。
花束をまとめるリボンは青にした。ベアトリスの色をイメージして作ったが、あからさま過ぎる気がして土壇場で恥ずかしくなる。
「ああ、くそ。腹を決めろ、ナイジェル」
深呼吸をして馬車を降りると、そこはガルブレイス公爵家タウンハウスのエントランス。もう逃げることは出来ない。そう自分を追い詰め鼓舞した。
昨日、ベアトリスから手紙が届いた。公爵邸で晩餐をともにいたしませんか、というお誘いだ。
読んだ瞬間、動悸が止まらなくなった。
家に招待。それはつまり、家族に紹介と同義なのでは?
これまで公爵邸には何度も訪れている。それはすべて、ベアトリスの婚約者だった第二皇子セドリックの側近護衛としてであり、ナイジェル個人として訪れたことは一度もない。
公爵夫妻とも面識はあるが、宴などで両親とともに挨拶する程度。ベアトリスの弟とも会話をしたことはない。なぜか遠くから睨まれていると感じたことは何度もあるが。
今夜で彼らと親睦を深められるだろうか。いや、ぜひとも深めたい。あわよくば好印象を抱いてもらいたい。
(自分はこんなにも強欲だっただろうか……)
そんなことを考えていると、入口の前で待ち構えていた人影が歩み寄ってきた。
露出が多めだった悪女時期とは真逆の、首から下まで肌を出来る限り隠したデザインのドレスに身を包んだベアトリスだ。しっとりと落ち着いた淑女の印象に変わったベアトリスは、女神も霞むほどの美しさである。
「ナイジェル卿。お待ちしておりました」
「ベアトリス様。今夜はお招きいただき――」
スマートに礼をして花束を渡そうとしたナイジェルだが、ベアトリスに腕をからめとられ、ピシリと固まってしまう。
近い。細い。良い匂い。
一瞬くらりとしかけたがしかし、尋常ではなく引く腕の力が強い。さすが斧で解体作業を軽々とやってのけるだけある。
「さあさあさあ、どうぞ中へ」
「お待ちを……っ」
「皆様、大変待ちわびていらっしゃいますよ」
え、皆様? とベアトリスの言葉に訝しんだナイジェルだが、公爵邸に踏み入れた途端、そこに広がっていた光景に一瞬の間のあと理解した。
「嘘……」
「まぁ、本当にナイジェル卿がいらっしゃったわ……!」
ロビーに溢れる色とりどりのドレスを着た女性たちが、一斉にナイジェルを見た。
見覚えのある者もいれば、まったくない者もいる。
全員が美しいドレスで身を包み、装飾品を飾り、それぞれを輝かせる化粧をほどこし、公爵邸を花畑のように明るく華やがせていた。
なぜかお互いの手を握ったり、身を寄せ合っていたりと、妙に不安げな様子ではあるが、全員がその瞳に期待もにじませている。
「どうしましょう……」
「本当にいいのかしら、私たち」
「でも逆らう理由もありませんわ……」
「それは……そうですね」
彼女らは顔を見合わせ小さくうなずき合うと、少し緊張した面持ちながら笑顔を向けてきた。
「こ、こんばんはナイジェル卿」
「素敵な夜ですわね」
「その……少しでもお近づきになれると嬉しいですわ」
「よろしければ騎士団でのお話、聞かせてくださいませ」
普段は落ち着いた雰囲気のガルブレイス公爵邸のロビーは、明るい花々や金を基調とした美術品で華やかに飾られ、あちこちに配置された椅子に女性たちが優雅に腰かけている。
ロビーには既に十数名の女性がいたが、奥の部屋からも新たな女性たちが次々と「ナイジェル卿がいらっしゃったの?」と現れる。
勘違いしていたのだ。晩餐というのは公爵家との個人的な食事ではなく、招待客をたくさん呼んだ晩餐会のことだった。客はナイジェルひとりではなかったのだ。
しかし現れるのは女性ばかり。男性の招待客の姿が一向に見当たらないのはなぜなのか。
「ベアトリス様、一体これは……」
戸惑うナイジェルに、ベアトリスはいつもの真顔であっさりと教えてくれる。
「私主催の合同お見合い晩餐会です」
「……は?」
ナイジェルは一瞬、聞き間違いかと思いベアトリスを振り向いた。
合同……なんて?
「合同お見合い晩餐会です。ゲストはナイジェル卿と、お集りくださった聖女のように心清き女性たちです」
聞き間違いではなかった。しかしその言葉の意味を脳が理解することを拒む。
合同とお見合いと晩餐会は、決して繋げて良い言葉ではない。男性の招待客がナイジェルひとりなのも意味がわからない。
「もちろん皆さま未婚。婚約者も決まっていない方々なのでご安心ください」
「いや……ベアトリス様?」
「なるべくナイジェル卿とさほど年齢差のない方を探しましたが、適齢期で婚約者がいない方は少なくて。なので下は五歳、上は十歳ほど離れている方もいらっしゃいます。過去破談になった、婚約者と死に別れたなど様々な事情がある方も。どんな事情の場合も、女性側に問題はなかったことは保証いたします」
ベアトリスが何を喋っているのかちっとも理解が出来ない。
いや、言葉はわかる。ただ、この時、この場所にそぐわない話なのではないか。なぜ彼女がその話をしているのか。ナイジェルの脳が理解を拒んでいるのだ。




