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《祝宴》

※消してしまったものの上げ直しです。大筋はそのままですが一部変更ありです。

 

 帝国立魔法学園の卒業を祝う宴は、毎年皇帝の住まう大宮殿の広間で開かれる。

 今年は第二皇子の卒業もあり、例年より招待客も多く、装飾や料理もより煌びやかなものとなっていた。

 ベアトリス・ガルブレイスはパーティーの類は得意ではなかったが、卒業生のひとりとして欠席するわけにもいかず、仕方なく広間に降り立った。

 エスコートをしてくれるパートナーの姿はない。ひとりで参加している令嬢は周りを見渡してもベアトリスただひとりだ。



「見て。ガルブレイス公爵令嬢よ」

「おひとりで参加だなんて、お可哀想」

「仕方ないわ。第二皇子殿下は平民の娘に夢中だもの」

「しかし、今宵も女神もかくやという美しさだな」

「でも相変わらず表情がないのね。まるで人形みたい」

「可愛げがないから婚約者に相手にされないんだろう」



 あちこちから好奇の視線が集まり、悪意の滲むささやきが聞こえてくる。

 いつものことなので、ベアトリスは反応することなく聞き流す。そもそも彼らの話していることは大体が事実であり、腹を立てることではない。

 婚約者のセドリック皇子が平民の娘に夢中なのも、自分に表情も可愛げもないのも、すべて事実だった。



「やはりあの噂は本当なんじゃないか?」

「平民の娘が、公爵令嬢の代わりに皇子妃になるっていう?」

「いくらなんでも平民が皇子妃になるのは無理があるだろう」



(それが、そうでもないのよね)


 招待客たちの噂話を聞きながら、ベアトリスは昨日の卒業記念式典を思い出す。

 卒業生首席となり、式典で式辞を読んだのはその平民の娘、ミッシェルだった。

 ミッシェルは希少な聖属性魔法の使い手で、宮廷魔術師長であるカーライル伯爵が養子として迎えることが既に決定している。

 つまり平民の娘ミッシェルは、伯爵令嬢ミッシェルとなるのだ。第二皇子の妃になる為の身分を、彼女は実力で手にしたのである。


 ミッシェルは学園で過ごした三年間で、強く美しくなった。セドリックはそんなミッシェルに夢中で、反対に正式な婚約者であるベアトリスを激しく嫌悪している。パーティーのエスコートを拒否するくらいに。


 ベアトリスはそっとため息をついた。いつもは下ろしている細い金の髪を、今日はドレスに合わせて結い上げてある。露わになったうなじの辺りに貴族たちの視線を感じ、少し落ち着かない気分になった時、招待客をかきわけるようにしてこちらに向かってくる人物が目に留まった。


 黒い騎士服に紫のクラバットという出で立ちの背の高い青年は、ナイジェル・ロックハート。ベアトリスの同窓生で、セドリックの側近護衛騎士である。

 ロックハート伯爵の次男で、凛々しい顔立ちと美しい黒髪にアメジストの瞳を持つ彼は、淑女たちから黒紫の君と呼ばれ、皇子以上に人気の高い貴公子だ。

 ナイジェルの姿を見て頬を染めたり、目で追ったりしてしまう周囲の令嬢たちに、ベアトリスは無表情の下で「わかる」と親近感を抱いた。黒紫の君は一瞬一瞬を絵画に収めたいほど端正で、麗しく、気品に溢れている。



「ガルブレイス公爵令嬢!」



 ナイジェルはマントをひらめかせベアトリスの目の前まで来ると、鬼気迫る顔で「なぜおひとりなのですか」と聞いてきた。

 整った顔を近づけられて、ベアトリスは心臓がドッキンコドッキンコと激しく鳴ったが、それが表情に出ることはない。

 ベアトリスの表情筋は、とっくの昔に死んでいた。王族を前にしても、魔物と対峙しても、いついかなる時も真顔のまま。それがベアトリス・ガルヴレイスだ。



「殿下にエスコートを断られたからです」



 なぜ答えのわかりきったことを聞くのだろう、と思いながらもベアトリスが馬鹿正直に答えると、ナイジェルは魔王のような恐ろしい顔になった。



「あのクソ皇子……!」

「ナイジェル卿?」



 気品あふれる顔からは想像できないような言葉が飛び出したように聞こえたのは、気のせいだろうか。

 ベアトリスが首を傾げると、ナイジェルは咳ばらいをし、それから姿勢を正して手を差し出してきた。



「それでは、あのクソ……いえ、お忙しい皇子の代わりに私に貴女をエスコートする栄誉をいただけませんか?」



 これまで皇子の護衛だからと、頑なに女性のエスコートをしてこなかったナイジェルの突然の申し出に動揺したのは、ベアトリスだけではなかった。

 周囲で様子を伺っていたご令嬢たちの、悲鳴にも似たざわめきが広がる。



「あの黒紫の君がエスコートを⁉」

「しかも相手はあのベアトリス・ガルブレイスだなんてっ」

「私もひとりで参加すれば良かった……!」



 一方、ベアトリスは差し出された手を前に固まっていた。

 これは夢だろうか。あのナイジェルからエスコートの申し出を受けるなんて。

 もちろん、この申し出が特別な意味を含んでいないことはわかっている。セドリックに袖にされたベアトリスに同情し、親切心でこうして手を差し伸べてくれたのだ。


(どうしてナイジェル卿は私なんかを助けてくれるのかしら……)


 いつもそうだ。セドリックの婚約者となって七年。元々セドリックの幼なじみでもあったナイジェルとは、入学前から顔を合わせる機会が多かった。セドリックに嫌悪され粗雑に扱われるベアトリスを、ナイジェルはいつもかばってくれた。

 高潔で慈悲深い黒紫の君。これまで何度この手を差し伸べられてきたことだろう。

 そして、何度この手を取らずに「私は殿下の婚約者なので」と背を向けてきたことだろう。

 本当は感謝しているのに。何度も何度も、この優しい手を取りたいと思っていたのに。

 けれど絶対に、ナイジェルの手を取ってはいけないのだ。

 ベアトリス・ガルブレイスは何があろうと、逃げてはいけないし、弱さを見せてはいけない。誰よりも強くあらねばいけない。それが使命だからだ。


 それでも、一度くらいはこの手を取って、ごく普通の令嬢のように――。

 そんな願いが脳裏をよぎり、つい手が動きかけた時、広間の奥から「ベアトリス!」と鋭い声に名前を呼ばれた。




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