なんで俺なんだよ
何も感じなかった。世界は歪み、時間すら流れない。無関心が、すべてを隔てる。俺はすでに、この世界に存在していない。」
――ああ、今日もまた何も変わらない一日だ。
35歳、独身、実家暮らし、底辺職。典型的なダメ人間、田中一。そう、これが今の俺の現実だ。とてつもなく平凡で何も無い人生。この先一体何がある?
いや、きっと何も無い。ただ食べて働いて眠るだけ。
なろう小説のように異世界に転生したところで物語の主人公になれるいい要素も悪い要素も何も持ちあわせていない。いい意味で人畜無害。なんの特徴もない。
こんな日常、いくら悩んだってどうしようもない。
今日も平謝りと雑務に終われた会社を出て、湿り気の雪が残る歩道を歩き駅へと向かう。今日も特に何もなかった。ただ時間だけが流れていく。そんなことを考えながらも、街を歩いていると、ふと目に入ったのは、金持ちそうなカップルだ。
うーん、まあ、どうでもいいことなんだけど、あんな風に幸せそうに歩いて、手をつないでる姿。生きていく上で困らないくらいの金もあるであろう。ああいうカップルが、というよりああいう人種が正直羨ましい。俺の人生には関わることはないだろう。
「うーん、あの二人、きっと毎日が楽しいんだろうなぁ。」
そんなことをぼんやり考えながら歩いていた矢先、突然、カップルの前に車が猛スピードで突っ込んできたんだ。
「えっ?」
その瞬間、僕の頭はまったく追いつかなかった。二人が気づいていないのは当然だし、車のスピードが速すぎて、完全に衝突するのは確実だろう。でも、まあ、どうしても見て見ぬふりなんてできなかった。
「ちょ、待って!危ない!」
反射的に駆け出していた僕は、もうその時点で何をしてるのか分からなくなっていた。車を止められるわけもないけど、どうしてもあの二人を助けなければならないという気持ちが強くなっていた。
「はぁっ!」
飛び込んだその瞬間、車のタイヤが地面をきしませる音が耳に響き、もう後戻りはできないと感じた。
だが、次の瞬間、全てが止まったかのように感じた。無駄に手を伸ばしても間に合うわけもなく、ただただ時間だけが引き延ばされ、僕の体に強烈な衝撃が走る――。
「――ッ!!」
その瞬間、すべてが暗くなる。感覚が薄れ、意識が遠のいていった。
――そして、気づくと、俺はどこか違う場所に立っていた。
目を開けると、目の前には一人の存在が立っていた。いかにもな出で立ちの老人で、どこか神々しさを感じさせるその姿は、光り輝く中に静寂を孕んでいた。
「おや、ようやく目を覚ましたか。」
その声に反応するように、瞬きをした。そして、目の前の存在を見上げる。
「……え、えっと、僕、死んじゃったんですか?」
俺のその問いに、相手は少し考えるようにして、静かに答えた。
「そうだ、君は死んだ。でも、死んだのは運命に過ぎない。」
「運命……ですか。」
なんだか不思議な感じだったけど、どこか冷徹な雰囲気が漂っているその存在は、僕に言った。
「だが、君には一つ、特別な力を与える。」
「特別な力?」
「そう。君の今後の人生において、この力を持つことは、非常に重要だ。」
僕はその言葉を疑うことなく聞いた。だって、どうせもう死んだんだから、何かしらの力をもらって、異世界で何かすることくらいは想像していた。
「君に与える力は、『無関心』だ。」
その言葉に、僕は少し首をかしげた。
「無関心?」
「そうだ。君が今後歩む道において、君はどんなことがあろうと、誰にも興味を持たれず、誰からも関心を寄せられることはないだろう。」
その言葉に、少し驚きと不安を感じた。でも、言われてみれば、これまでの人生もそうだった。どれだけ努力しても、どれだけ頑張っても、俺には誰も目を向けてくれなかった。
「それが僕に与えられる力……ってことですか?」
「その通りだ。君は、どんなに人々に困難があろうと、悲しみがあろうと、喜びがあろうと、誰にも気にされることはない。君がどれだけ善行を積んでも、悪行を犯しても、誰も君に興味を持たない。それが、この力だ。」
「それって、結局、孤独になるってことですよね?」
俺はその言葉を呟きながら、少し寂しさを感じた。しかし、それが僕の運命なら、もう受け入れるしかない。
「まあ、そうだな。しかし、君はそれでも生きていかなければならない。それが、この力の意味だ。」
その存在は静かに告げ、俺にその力を与える。全身に何かが流れ込むのを感じた瞬間、俺は異世界に転生することを自覚した。
そして、目の前には見慣れない風景が広がっていた。異世界――そう、僕はここで新たな人生を歩むのだ。
だが、この力をどう使うべきか、どんな影響があるのか、それはまだ分からない。ただ一つ言えるのは、これからは俺がどれだけ努力しても、誰も俺に関心を寄せてくれないということだった。
「……まあ、俺らしくやっていくしかないか。」