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最終話③《完》 新しい人生

 アークの赤い空の下、龍ノ介さんの振るう黒い巨剣が弧を描く。

 《氷のエンチャント》を受けた真銀の刃が、自身を凍てつかせながら俺に向かって(・・・・・・)迫ってくる。



 その刃を余裕をもってかわす。

 ギリギリで避けてカウンターまで狙えそうだったが、やめた。

 対人慣れした龍ノ介さんが全力で剣を振っているとも思えない。


 案の定、避けた刃がその重さを感じさせない切り返しで再び迫る――どんな体幹してんだこの人?

 とはいえ予幻を使って回避に徹する俺を近接攻撃で捉えるのは、いくら龍ノ介さんでも結構難しいはずだ。

 続く連撃も危なげなくかわしていく。



 俺が握る剣も既に《雷のエンチャント》を付与してある。

 質量差があるとはいえ出力を上げれば巨剣とも打ち合えるが、それは何か違う気がした。

 いきなり家から引っ張り出されて戦わされてはいるものの真剣勝負という感じではない。


 目的があるとすれば……そういうことか?


 龍ノ介さんが大上段に巨剣を振り上げる。

 地面ごと両断するような勢いで落ちてきたそれを、俺は避けなかった。

 代わりに左腕に意識を集中して魔法を引き出す。


 ―――現れた《フェンリルの爪》が巨剣を受け止めた。


 あの日以来……いや、こうして爪単体で使うのは更に久しぶりのことだった。

 もういない相棒から託された力は、今は俺自身の力として共に在る。

 その実感が、ここしばらく下を向いていた俺の心を軽くしてくれた。



「次だ」



 巨剣を引いた龍ノ介さんが、足元から全方位に向けて魔法の氷柱を生やした。

 跳び下がる。



《氷の塔がそびえ立つ》



 予幻を追いかけて、その氷柱を頂点にした氷の塔が龍ノ介さんを乗せて伸びる。

 俺を見下ろす目線が空に近づき遠ざかっていく。



 《力場》で追いかけようかとも思ったが――、



「《ゴースト》」



 俺も相乗りさせてもらうことにした。

 死霊の手が魔法に干渉して制御に割り込み、少し離れた俺の足元からも塔が生える。

 視点が高く押し上げられていく。



 対面の塔は既に成長を止めていた。

 俺を見下ろす龍ノ介さんから膨大な魔力の気配。

 かざした右手に凍気が集まり、小さなブリザードが形成された。

 《冬》の概念魔法だ。



 俺は構えた。

 右手で身体の左側に回した剣を左手の《フェンリルの爪》で挟み、疑似的な居合抜きの姿勢で固定。

 そして自分の中の概念魔法に集中する。



 ―――完成した《冬》の概念魔法が高みから撃ち下ろされる。



「―――ッ!!」



 左手で弾くように斬撃を放つ。

 刃が《雷切》の概念を纏い、白い嵐を真っ二つに斬り裂いた。





「なるほど。よく分かった」



 概念魔法の消滅を見届けて満足したらしい龍ノ介さんが、氷の塔を軽く足で叩いて崩壊させた。

 俺もまた重力に引っ張られて落ちていく。


 地面に着地したところで龍ノ介さんが巨剣を背中に戻す。



「志乃から概要は聞いていたが、本当にフェンリルは力を託して逝ったようだな。お前以外の気配を感じない」


「……その確認でここまで連れて来たんです? 大分デカい騒ぎ(・・・・・)になってたと思いますけど」


「お前も確かめたかっただろう」



 まあそうなんだけども。

 改めてフェンリルがいないことを思い知り、しかし残されたものがあることの実感を得た。

 下を向くのは今日で終わりだ。

 あいつの力を受け継いだものとして、俺には成すべき目標がある。



 ……が、それとは別にやっておきたいこともあって、ここ2週間はこつこつとその為の調べ物をしていた。

 なので龍ノ介さんが俺を連れ出してくれたのは渡りに船だったのだが――、



「私服警官? 殴るのって後で問題にならないんすかね……」


「ならない。公安の連中はそもそも法律の枠内で動いていない。お前が事実上軟禁されていたことの方が、世に知られれば遥かに大きな問題になる」



 そ、そうなのか……?



 龍ノ介さんが家にやってきたのは今朝のことだ。

 昨晩水住が作り置いてくれた朝食をもそもそ食べていたら、何か重いものがドアにぶつかる音がした。


 無視して食べ続けていたらもう1回大きな音がした。

 さすがにやばいと思って覗き窓から外を見てみたら龍ノ介さんが仁王立ちしていて、その横に知らない男が2人ぶっ倒れていた。

 ドアを開けた俺に龍ノ介さんは言った。



『ゲートに行くぞ』



 俺は10秒で部屋着から装備に着替えると、剣をかついで家から飛び出した。

 それから数時間経って今に至る。





「”モンスターは子孫を残さない”」



 龍ノ介さんが唐突に言った。



「前に志乃がした話を覚えているか? 遺伝子、つまり魔法式を次代に引き継ぐ行為はそのモンスター自身の弱体化に繋がる。故にモンスターは繁殖しない」


「なんとなくは」


「お前が魔法式を譲られたのは一見、その説を覆したようにも思える」



 そこまで深くは考えていなかったが、言われてみれば違和感はある。弱体化どころか消滅してしまったわけだし。

 そもそも魔法式を”譲る”という概念をあいつはどこから学んだんだ?

 モンスターにとってあれは”奪う”もののはずなのに。



「だが俺はこうも考えた、譲ったのではない(・・)と。もしもフェンリルが、お前を自分自身と同一化するほどの存在として認識していたとすれば。より強くなるためにお前と一つになったのかもしれん」


「……」


「いずれにせよ奴は今でもお前と共にいる。……似合わないことを言ったな」


「いえ。俺もそのつもりで在りたいと思います」



 そうか。

 俺はフェンリルが旅立ったと思っていたが、俺の中で眠っている可能性もあるのか。

 この先俺が為すことは自分の意志とも重なるものだと信じて、後を任せたと。



「お前は俺が期待した以上の可能性を見せた。本当の意味での魔法との共存……人類は近い将来、同じことができるのかを試されるのかもしれない。――玄」


「はい」


「伝えることがある。斎藤商事は、現時刻をもってお前との契約を終了する」


「……………………」



 契約終了(クビ)

 

 解雇(クビ)追放除名破門更迭断交(クビクビクビクビクビ)――――。



「分かっていただろうが、斎藤商事はお前の”盾”だった」


「……はい」



 ”盾”。

 半年前、事件に巻き込まれて猛烈なバッシングを受けることになった俺を多くの人から守ってくれたものだ。



『斎藤商事の浅倉です』


「もうそれは必要ない。これから先、自分が何者と名乗るのか自分自身で決めろ」



 龍ノ介さんは突き放すように言った――俺は嬉しかった。

 考えてみれば斎藤商事に対してはついこの前、俺の方から決別を宣言してしまったはずだ。


 にも関わらずこの話を持ち出したのは、やり直しの機会を与えてくださったのだろう。

 俺は今度こそ、万感の思いを込めて、丁寧に頭を下げた。



「今までお世話になりました」



 数秒してから頭を上げると、龍ノ介さんは小さく頷いた。



「それで、これからどうするつもりだ?」


「アークを支配しようと思います」


「…………分かるように話してみろ」


「いえそのままなんですが」



 俺は”最強”としてフェンリルの力を受け継いだ。

 ならばそれを証明し続けるのがあいつへの手向けだと思う。

 手始めに各地でデカい顔をしているであろう他のSランク共をしばき回し、あわよくば傘下に入れて浅倉玄人軍団を結成する。

 そのうち全高1キロぐらいのこの世界のどこからでも見えるフェンリル像も建立するつもりだ。



 もちろんその途中で人間共とかち合った場合は、人種と国籍を問わず地獄に落ちてもらうことになる……。

 つらつらそんなことを話していると龍ノ介さんがストップをかけた。



「分かった。好きにしろ。斎藤商事の名前は出すな。……そうではなく、ここに来た理由のことだ」


「あ、なるほど」



 直近の話か。



 今朝、龍ノ介さんが俺を連れ出す時に”ゲートに行く”とは聞いたのだが行き先は特に決めてないらしかった。

 追っ手のことを考えると近場は避けたいということだったので、かなり遠いが俺の方から指定させてもらったのだ。


 俺達は今地球側でいう、宮城県の第9ゲートに来ている。

 その目的はといえば、



「しばらくアメリカに行ってきます」



 ちょっとした(・・・・・・)海外旅行であった。

 アークにあるゲートは地球とは位置的に非対応だ。

 お隣の国のゲートまで倍以上距離があることもあれば、その逆もある。


 今回俺は、”このゲートから行ける場所にアメリカ行きのゲートがある”という情報を手に入れていた。



「前に紹介してもらったタクシーのおっちゃんいますよね? あの人が教えてくれたんですよ」


「奴なら知っていてもおかしくはないが。距離は?」


「分かんないっす。ただ車が途中で壊れて、後は歩きだったらしいんで」


「何をしに行く」


「それは、あー……約束(・・)がありまして」



 俺はあいまいに笑った。

 龍ノ介さんは苦い顔をしていたが、ふと気づいたように顔をしかめた。



「そうか。今のお前は正規の手段では海外に行けんな」


「そうなんですよね」



 公安の田中くんに”俺、アメリカ行こうと思ってる――”と相談したところ、”政府がお前を国外に出すわけないだろ”という趣旨の説明を1時間にわたり喰らわされていた。


 今頃は相当慌てているだろう。

 へへっ。



「下手すると死ぬまでそういう扱いみたいなんで丁度良かったといいますか」


「分かった。なら止めはしない」


「水住と志乃さんに伝言だけお願いできますか? たぶん半年後ぐらいに帰ると」


「俺はもっと早いと思うが……具体的に言えば保っても2週間だと思うが……ともかく引き受けよう」



 よし、これで後顧の憂いはなくなった。



 ため息を吐いた龍ノ介さんが――なんでため息?―――俺に背を向けた。

 行き先は遠くに見えるドームだ。



「俺は帰る」


「っ、はい! また何かの時に!」



 そのまま歩き去っていく。

 この人は唐突に流れを区切るところがある。

 おかげで俺は適切な挨拶とか態度とか、そういうものをやり逃した気分になってしまった。




 背中が遠ざかっていく。

 初めて会った時はモンスターと間違えかけたぐらいの、大きな背中だ。




 ……このまま見送るだけでいいのだろうか。


 龍ノ介さんは多忙な人だ。元々斎藤商事にも頻繁に顔を出すわけでもない。

 そのうえ契約終了となったからには俺の方も寄る機会が減るだろうし、下手をすると次に会うのは数年後という可能性もある。


 そんなことを考えながらも俺はやるべきことを見いだせず、ぼーっと突っ立っていた。




 龍ノ介さんが立ち止まった。

 少しの沈黙の後、首だけでこちらを振り返る。



「玄」



 視線がぶつかった。



「誇りに思う」



 その一言だけ残して、今度こそ振り向かずに歩いていく。

 俺は全身の毛が逆立つような感覚とともに、全力で頭を下げた。



「ありがとうございましたッッッッ!!!!」




 ―――師であり、仲間であり、兄であった人が去っていく。

 半年分の記憶がかけめぐるようだった。

 俺は何十分もの間……その背中が確実に見えなくなったであろう時まで、頭を下げ続けていた。





 気づけば、足元に謎の水たまりが出来ていた。



「……きったね」



 俺は足で砂をかけて痕跡を抹消した。

 ジャケットで顔を拭くと、龍ノ介さんが行った方とは反対に身体を向ける。

 目に映るのは――、



「大自然にもほどがあるだろ」



 しばらくは荒野が続く。

 その先は森に入り、丘陵になり、更に先には火山と氷山があった。



「火山と氷山って同居できんの?」



 小さな疑問が風に乗って流れていく。

 してるんだからしょうがないが。


 タクシーのおっちゃんの話によると、2つの山を越えた先には”転移者”の遺跡があるらしい。

 意外にも親切なオートマタが出口へ案内してくれたそうだ。


 ただおっちゃんも随分昔の話なのと、最終的にアメリカの開拓者に保護されたとのことで後半の道のりは覚えていなかった。

 帰りは不法入国者扱いで日本に強制送還されたとのことなのでなおさらだ。



「ま、おっちゃんに行けてこの俺(・・・)に行けないわけがないわけで」



 慢心ではなく自信であった。

 何より俺には果たすべき約束があるのだ。




 ジャケットから取り出したのは真銀製の指輪。

 アーノルドと別れた後、いつのまにかポケットに入っていたものだ。


 どこか見覚えがあると思っていたその指輪の内側には、アーノルドの記憶の中で見たとある文字列が刻まれていた。


”Even among the stars.”


 ”星と星の間でも”とかそんな意味らしい。

 これは紛れもなく、生前のアーノルドが嵌めていた結婚指輪だった。



 元々はただの銀だったろうが、アークで1000年以上の時を過ごすことで魔法金属に進化したのだと思っている。

 本当の最後の最後まで彼が手放さなかった、唯一の遺品。

 俺はこれを、ヒューストンに住んでいたという彼の遺族に届けたいと思う。



 時間の解釈が正しければそこには俺と同じぐらいの歳の娘がいるはずだった。

 指輪とともに彼女に伝えたい。

 彼を終わらせた人間として――彼が最後に何を想っていたのかを。

 ”約束”というには一方的だが、俺はそれを誓っていた。



「アメリカまで2ヶ月、用事を済ませるのに1ヶ月、帰ってくるのに1ヶ月半といったところか……」



 予備期間は半月、余裕があればアメリカ土産を買ってくることも考えよう。

 十中八九怒り狂っているであろう水住をなだめる役に立つ。



 そして肝心かなめ、そもそもアメリカに辿りつけるのか?

 龍ノ介さんが”保って2週間”と言っていたのには根拠がある。

 単純に食糧問題であった。

 いきなり連れ出された俺はろくな準備もしておらず、魔法で作りだす水だけで大旅行は不可能だ。



 と、考えたのだろう。

 だが俺にはあの人も知らない秘密と、秘策がある。



 実は俺は――”魔王”なのだ。



 ”魔王”とは限りなくモンスター(魔法)に近づいちゃった人間を指す。

 であるからには栄養補給を魔力で代替することも可能なはずだ。

 理論上そうなる。

 この旅はそれを実証するためのものになると言ってもいい。



 しかしもし、何らかの原因でその理論が外れてしまった場合は?

 その時は秘策がある。



 実は――魔法は”創れる”のだ。



 俺の《雷切》は体系こそ概念魔法に属しているだろうが、中身はまったくのオリジナル。

 既存の魔法の改変ではない。

 この世界には新しい魔法を創り出す何らかのシステムが存在していて、”魔王”ともなればその力を引き出すことができる。

 既に俺はそれを体験していた。



 もし、飢餓状態による死の淵で。


 俺があの時と同じぐらいの真剣さで、”カツ丼が食べたい”と願ったら――?



 新人類と化した俺がついさっき考え出した秘策であった。

 もしかすると右腕がカツ丼を出す魔法式になるかもしれないが、さすがにそれはキャンセルすればいい。

 とにかく俺は前に進むのだ!!




「―――ははっ」



 景色を見てたらなんだか自然と笑いが出て、ちょっと現実に帰りそうになった。

 俺はアホだ。

 認めなければならない事実で、ただ最近は……ここ半年ぐらいは、心の底からアホだったことはなかったような気がした。

 頭の中にはいつも暗い陰があった。

 復讐という暗い陰が。


 何週間も部屋で塞ぎ込んでいたのはフェンリルロス(・・)が主ではあったが、事を終えた自分の身体に活力(エネルギー)が残っているのか? という疑問も足を引いていた。


 けど今。

 遺品を届けるという目的を掲げ、部屋を出て異世界に立ってみれば、それが杞憂であったことがよく分かる。



 俺の視界は晴れていた。

 遠くまで、どこまでもこの世界の景色が見えるし、見てみたいとも思えたのだ。


 剣を抜く。


 何にというわけでもなく……いや、この世界(アーク)そのものに剣先を向けて、叫んだ。



「―――よろしくッッ!!!!」



 何によろしくしたのかは分からない。

 それでも俺は、ようやくこの新しい人生を――好きになれた気がしたのだった。





――《完》――

§§


この後、地球は本格的に異世界からの侵略を受けることになる。

複数の魔法領域の出現、”魔王”を名乗る人間達による既存都市の強襲と征服。

そして支配の時代が始まる。


しかし”魔王”達は例外なく一人の人間に打ち破られる運命にあった。

蒼い雷を放ち、狼の影を纏う少年に。

だからこそ彼は――自ら名乗るでもなく、人々から”そう”呼ばれることになるのだ。




==

最後まで読んでくださってありがとうございました。

本作はここで完結となります。

間を空けて次回作を書くつもりでいますが、いつになるか分かりませんので待っていただける方はお気に入り登録などしていただけると嬉しいです。

今度はもっとポジティブな話にします。

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