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最終話② 友人達

 学校からの帰り道、水住紗良は迷っていた。

 前を歩く二人の友人が練っている”浅倉家・強行突入計画”についてだ。



「バールじゃねーかなあ」



 そのうちの一人である桐谷陽太が言った。



「刑事ドラマで見たんだよ、あれでドア破ってるところ。……あれ? でも木のドアだったっけ? 玄んちのマンションだとむずいか?」


「大きい音出したらおまわりさん来ちゃうじゃん!」



 もう一人、遊佐朱莉がそのアイデアを咎めた。



「あたしがやるってば。身体にロープ巻いてさ、屋上からUFOキャッチャーみたいにこう……ヌヌヌッ! って降ろせばすぐクロの部屋だよ」


「それ降ろすの俺ぇ? お前ね、人って結構重てーんだぞ」


「重いって言わないで! ていうか女子だし!」


「女子だってキロの計り方は同じ――いてっ、やめろ! あーもう、玄が早く顔見せりゃよお」



 陽太がぼやいた。

 追撃を入れようとしていた朱莉が消沈する。



「もう半月だよね、クロが家から出てこなくなって。……生きてるのかなあ」



 彼らが物騒な計画を立てているのは、連絡が取れなくなった浅倉玄人の生存確認のためである。




 世界を揺るがす大事件が終息を迎えて1ヶ月が経っていた。


 あの時ドームで命を落とし、その後地球で復活せずに行方不明となっていた人々はドームが赤い空の色を取り戻したことで次々復活し始めた。

 第2ゲート管理所はキャパシティを超えた収容で大パニックになり、行方不明者と復活者とのリスト照合は今日に至っても完了していない。



 それでも世間には喜びの声があふれている。

 家族、友人、仲間。二度と会えないかもしれなかった彼らとの再会。

 そして人々の心に消えない傷跡を残しかねなかった未曾有の出来事も、喉元を過ぎれば後世まで語り継がれる歴史の1ページだ。


 今や事件は一つのコンテンツとしてSNSのグループ形成に使われたり、はたまたテレビでは陰謀論と結び付けられるようなものにその立ち位置を変えていた。

 そうやって世間は少しずつ魔法の怖さを忘れていく。



「さすがに生きて……あのさ、もし万が一があったら二人は部屋に入るなよ。俺やることがあるから」


「何するの?」


「玄に”パソコン壊してくれ”って頼まれてる。ほら、エロ動画とか死んだ後に見られたくないやつあんだよ」


「ふ~ん。じゃ、生きてたら見てもいい?」


「えっ? ……いや、玄が”いい”って言ったらいいんじゃない、ッスかね?」


(言うはずないでしょ)



 紗良は心の中で突っ込んだ。

 しかし納得した部分もある。彼女が部屋に行くと(・・・・・・・・・)、玄人は毎回ベッドから這い出してきてノートパソコンの蓋を閉じるのだ。




 世間は事件を過去にしつつあるがそうはいかない組織も多い。

 特に警察は2人の重要人物の扱いについて、法律・政治・外交それぞれとの間で胃の痛むような調整を強いられていた。



 1人目はアークトレイル社の元・代表取締役社長である鷹津。

 事件発生当初から首謀者と目されていた男は解決後、自ら出頭して身柄を拘束された。

 マスコミ向けに”自分が事件の犯人である”とのみ供述し、以後は黙秘を続けている。


 アークと魔法に関する重大な秘密を握っているとみられる彼には諸外国も強い関心を寄せており、今後も日本にとって頭痛の種になり続けるであろう存在であった。

 もちろんそれは切り札にもなり得るということであったが。



 2人目の浅倉玄人は……また別の意味で警察を悩ませる存在だった。

 事件において玄人が何をしたのか、少なくとも警察にとって必要な情報は既に網羅されている。

 本人が世の中に公開済みだ。


 事件後に作成したSNSアカウントへ、玄人は自分のやったことを隠さず投稿した。

 仲間と共謀して偽の人質になったこと。

 地球で武器を使い、自傷してゲートへの道を開かせたこと。

 投稿を済ませると、数十分後には警察に自首してまったく同じ内容を供述した。



 困ったのは警察である。

 玄人はあえて書かなかったが、共謀した”仲間”というのが同じ警察の公安部であるのは内部では周知の事実だ。

 刑事裁判になれば不都合な事実が明るみに出るかもしれない。

 そうでもなくとも取り調べ中に不愉快な思いをさせれば、心変わりして伏せていた内容も公開される恐れがある。



 ということで表向きは未成年であり非・首謀的立場、かつ他者を傷つけていないという理由により、自首から1週間も経たずに玄人は家に帰された。

 現在は名目上の法律的な手続きを待ちながら、遠巻きに公安部の監視を受けて生活している。

 生活といっても、高校を無期限の停学処分(ほとぼりが冷めるまでの措置だ)とされており、本人もまた()()()()()()()()()()()()ためずっと引きこもっているだけなのだが。




 ―――ところで玄人は、自分の”罪”は語っても”功”のことは語らなかった。


 ゲートに突入した後向こうで何が起こり、何故事件が解決したのかという部分だ。

 それは鷹津の情報と同じぐらいの高さの重要度を持っている。


 その為政府は警察の反対を押し切り、高度な専門性を有した尋問官を派遣する。

 最新のAIと生体スキャンを融合した、暴力に依らない超高精度情報収集システムがその取り調べには採用された。

 ……しかしそのシステムが成果を挙げることはなかった。


 玄人はどんな質問にも返事をしなかった。

 尋問官が彼を揺さぶろうとして見せる怒りや挑発にも、玄人の生体反応(バイタルサイン)はまったく反応を示さない。

 ただ黙って相手を見ているだけだ。

 ベテランの刑事はその顔を見て、”格下を見る獣だな、あれは”と笑った。


 唯一、玄人の顔見知りである公安の男が迎えに来た時だけ、彼は嫌な顔をしながら中指を立てた。




 玄人の告白について世間はどう反応したか。

 実際のところ、当初はそれほど大きく取り上げられなかった……というより、事件解決自体の波が大きすぎた。

 注目され始めたのは復活した犠牲者達の声が広まり始めてからだ。



 アークで命を落としてから復活するまでの間、彼らはまるで夢の中にいるような時間を過ごしていたという。

 決して良い意味ではなく、まさに眠っている時のように意識はあっても己の意思を実現できない状況にあったという意味だ。


 その時間のことを詳しく覚えていた者はいない。

 だが、それが”終わる”瞬間に見たもののことは誰もが覚えていた。

 蒼い雷とそれを振るう一人の少年。

 過去の事件で世に知られていたその少年の偉業は、本人の告白とあわせて再び世に論じられることになる。




 浅倉玄人は”英雄”として扱われるべきか、”犯罪者”として扱われるべきか。

 その結論は今も出されていないし今後も出ないだろう。

 ただ彼を呼び表すものとして、SNSの片隅で生まれた”魔王”という呼称が静かに広がり始めた。


 その大袈裟な呼び名に、大多数は失笑し……彼を知る者、あるいは同じ開拓者は、(おそ)れをもって受け止めている。




 ―――その魔王様は今、一体何をしているのか。

 紗良は前を行く二人に聞こえないように小さくため息を吐いた。



(いつになったら立ち直る(・・・・)んだか)



 そう。

 浅倉玄人は相棒を失ったことにより生じた巨大な精神的ダメージから立ち直れず、毎日をめそめそしながら暮らしていたのであった。

 警察から戻って以来彼は一度も自分から食事を取ったり風呂に入ったりしていない。

 スマホは充電切れのまま。

 一日の9割をベッドの中で過ごし、残りの時間は何やらパソコンをいじっている。



 紗良がそれを知っているのは世話係を引き受けたからだ。

 共通の知人である”斎藤商事”の店長、志乃に頼まれ、毎日玄人の家に通っては食事を作り尻を叩いて風呂に入らせている。


 それが終わると再びベッドに潜り込む玄人を尻目に学校の課題をこなし、最後に翌日の朝食の準備をしてから、彼に向かって布団ごしに”もし食べなければどんな目に遭わせるか”を囁き脅して帰宅する。

 ここ2週間近くそんな生活を送っていた。



 もちろん紗良は、普通”ただの友人”にそこまでのことはしない。

 ……では、浅倉玄人との関係は”ただの友人”ではないのか。

 そこには非常に複雑な、男女の精神的構造の違いに基づくすれ違いがあった――。



 玄人は親しい友人を名前で呼ぶ。

 桐谷陽太を”陽太”と、遊佐朱莉を”朱莉”と呼ぶようにだ。


 一方これまで苗字呼びだった”水住”紗良は、先日の事件でついにその名前で呼ばれることになった。

 紗良はこれを関係が進展したものだと受け止めた。


 ……付け加えれば、彼女は一度玄人から告白を受けている。

 故に……あるいは、もしかすると……”一段飛ばした(・・・・・・)可能性”すらあるのでは?

 そんな風にも考えていた。



 そのような諸々のお互いの認識を確認するべく、ある種の覚悟を胸に、志乃から預かった合鍵で家を訪ねた紗良を出迎えたのは――、



水住(・・)……何しに来た……』



 ベッドからゾンビのように這い出てきた玄人の、この一声であった。

 新たな事件が起きなかったのはひとえに紗良の器の大きさによるものと言っていいだろう。




 そんな経緯で紗良は玄人の命に別状がないことは分かっていた。

 なんならこの後も自宅を訪れるつもりでいる。

 では、どうして前にいる二人にそれを教えないのか?



(浅倉くんとのことを深読みされたくない)



 本人の自認ではそういうことになっていた。

 何せもう2週間も甲斐甲斐しく世話を焼いているし、合鍵を持っているという事実も弱い。

 その辺りを気にしてためらっているうちにどんどん言い出しづらくなってきたという状況だ――。 



「てか屋上から行くつったって、大体鍵ついてね? うちの学校もそうだろ」


「ちっちゃいやつなら外せるかも。なんか道具使えば、ん~例えば――」


「「……バール?」」



 結論が出てしまいそうなので、紗良は観念することにした。





 しかしその頃、玄人は既に旅立っていたのだが。

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