第7話 第3ゲート
あっという間に金曜の放課後になった。
一度学校から帰宅し、制服からジャケットに着替え、剣が収納されたケースをかつぐ。
ポケットに適当な量の魔石を突っ込んで家を出ると、電車に乗って第3ゲートに向かう。
ゲートの管理所の外観は、ちょっと今風の区役所みたいな感じだ。
中に入るとたくさんの職員が窓口に詰めている。
それを脇目に奥へと進み、改札のような入場口にIDカードをかざして通り抜ける。
その先の分厚い金属で作られた扉の前では、アークでの仕事に向かうサラリーマンや俺と同じ開拓者がそれが開くのを待っていた。
扉が開いた。
中には広い空間と、見上げるような大きさの黒い渦――ゲートがある。
今日はスムーズに入れる、と思ったらゲートが点滅して1人の男が吐き出された。
向こうで死んだ奴だ。
職員達が気絶してるそいつを慣れた手つきで担架に乗せて運んでいく。
ようやく列が動き始めて前の人達がゲートに呑み込まれていく。
俺の番だ。
職員の手振りに従ってゲートに入る。
数秒の浮遊感と暗闇――それが無くなって、着いた先は同じような広い空間。
職員にケースのロックを解除してもらって剣を取り出した。
そこからいくつも扉を超えて外に出ると、東京のオフィス街のようなビルの群れ、さらにこの世界特有の赤い空が視界に広がる。
見上げれば、半球上のガラス屋根がドーム全体を覆っていた。
「無事に到着っと」
ひとり言をこぼし、タクシーやトラックが行き交う道路を歩いて目的地の噴水に向かう。
そこにはよく目立つ銀髪が先に到着している……当たり前だが、水住も制服そのままで来てはいない。
バトルドレスって言ったか?
男のものよりは大分おしゃれなジャケットを着用し、肩には短めのライフルを引っかけている。
……そしてその有名人さんは、絡んでくる2人組の男に極寒の態度を見せつけていた。
「1回組んでおかない? 俺らと」
「ごめんなさい」
「"ストラトス"に誘われてんだしさ、先に連携確かめとくのもアリでしょ」
「ごめんなさい」
水住は冷凍庫みたいな表情で100%チャンスなしとアピールしているが、開拓者という人種はどうも自己評価が高いらしい。
すぐに割って入った。
「斎藤商事の浅倉です。うちの客に何か用ですか」
「斎藤商事?」
男達が顔を上げて俺を見た――そして驚きの表情を浮かべる。
「お前!?」
「浅倉って……あの浅倉かよ!」
どうも有名人その2です。
俺の名乗りを聞いて1人は嫌悪、もう1人は怒りを隠さない。
後者の方に胸倉を掴まれた。
「よく平気で開拓者やれたな、犯罪者が。しかもアステリズムのメンバーと? 何の用だか言ってみろや」
「斎藤商事って言ったの聞こえなかったか? 仕事だよ。時間ないからやる気なら早くしてくれ」
「てめえ!」
「おい、やめとけ!」
仲間の方が止めに入った。
「斎藤商事は上級職員のところだぞ。揉めたらまずい」
「チッ……クソが」
しぶしぶ手を離した男が唾を吐いてくる――避けると水住に当たるから、ジャケットの上で止めた。
男はそのまま歩いていく、と思いきや振り向いた。
「お前、元は鉱山のバイトだったんだってな。上級職員に気に入られたぐらいで開拓者気取ってんじゃねえぞ」
捨てゼリフと共に今度こそ負け犬が去っていく。
やっぱ世の中権力だぜ。この手の絡まれ方はそれなりに多いが、斎藤商事バリアを使い始めてからは全戦全勝である。
おかげで最近は殴られることもなくなった。
「よし、さっさと行くぞ。トラックに遅れる」
「待って」
「ん?」
水住に呼び止められた。
アホ共が去ったおかげか、その態度は冷蔵庫ぐらいの冷たさに戻っている。
今ならサインぐらいはしてくれそうだ。
「ジャケット汚れたでしょ。《浄化》するから見せて。今回だけね」
えっ……急になに?
天使か? 好きだ。
こうなるなら唾ぐらい当たっておけばよかった。
「いや、当たらなかった」
「そう? ならいいけど」
言い置いてすたすたと歩き始める水住を追いかける――前に、ちらっと後ろを振り返る。
まだ空中に止まっていた唾を《浄化》の魔法で消してから、俺も歩き出した。
◇
ドームの外に出る場合、主要なエリアには協会が輸送トラックを運行させている。
周りは基本的に荒れ地なので比較的車を走らせやすく、徒歩だと時間がかかりすぎるためだ。
そんなバスに揺られて約30分。
俺達はタワーのある森に到着した。
単なる森というには地形の起伏があって歩きづらく、普段はあまり人気がないエリアだ。
けど今は入口に何台ものトラックが停まっている。
こいつらもタワーの偵察?
……そういえば最近また騒がれ始めた、"領主"とかいう制度の関係かもしれない。
「水住はこのエリア初めてだったよな。コボルトは見たことあるか?」
「ネットで見たことがあるぐらい。第2ゲートにはいなかったから」
コボルトは半獣型のEランクで、犬を無理やり二足歩行に進化させたようなモンスターだ。
といっても重心が安定しないのか走る時はサルみたいな四足歩行になる。
半獣型は腕力が強く武器を使うという特徴があり……だが四足でダッシュしてから二足に切り替えて殴ろうとするのでとにかく隙がでかい。
はっきり言えば雑魚、ファンタジーでいうゴブリンのポジション。
見た目も可愛くないどころか顔がイカれてるので叩き斬るのに抵抗もない。
その弱さは他のモンスターとの戦いでも際立っていて……あ、いた。
「見ろ」
俺は視線の先を指さした。
森から転び出てきた3体のコボルトが、追いかけてきた野犬――同じくEランクのハウンド達に囲まれている。
お互いの背中を守るようにして武器を構えていたが、ハウンドが放った岩玉で崩されたところから一気に殲滅されてしまった。
狩りを終えたハウンド達はすぐに森に帰っていく。
また別のコボルトを狩りに行くのだろう。
「縄張り争いしてるみたいだな」
「獣型と半獣型だから。まあ、今のを見る限りコボルトは警戒しなくてよさそう」
「ハウンドなら多分群れだけど、どうする? 2人でやるか?」
「タワーの近くまでは1人でやらせて」
「了解、基本先に行くから直前で替わってくれ。……入るぞ」
◇
水住の要望で人の気配がないルートを選び、歩き始める。
森に入って数分も経たないうちに、ハウンドが駆ける音と荒い息遣いが聞こえてきた。
茂みから飛び出してきた相手の数は……5匹。
こちらを見て牙をむき出しにしている。
Eランクとはいえ足の速いモンスター、半端な開拓者なら苦労する数だ。
水住が肩に掛けたライフルを降ろしながら前に出た。
その行動が戦闘準備だと理解したハウンド達が動き出す。
戦闘の1匹が走り出し――数歩も行かずにガァン! という音とともに《魔力の矢》に射抜かれた。
狙いが早いな。
銃は引き金を引くと、マガジンから送られた魔石を砕いて魔力を即供給する仕組みになっている。
だから今のように魔法を瞬時に発動できるし、更に銃自体に刻まれた《加速》の魔法が射撃をサポートしてくれるが、その反面狙いについては銃口の向きに縛られる。
無手でイメージ補正をかけながら撃つより難しいらしいが、水住はかなり使い慣れているようだ。
ハウンドの群れが続く矢を警戒して行動を変えた。
残り4匹のうち2匹は左右に別れ、あとの2匹は止まって空中に岩球を生み出している。
水住の方にも魔法の気配――その背後に光の球が浮かび上がった。
自動砲台の役割を果たす、《妖精》という魔法だ。
左から飛びついてきた1匹を妖精が発射した矢が迎え撃ち、足にヒット。
水住が右から来た奴を銃床で殴り飛ばしながら、正面に小さな《岩の壁》を作り出した。
後方の2匹が撃った岩球が壁にぶつかって砕ける。
その間に水住は妖精に足を撃たれたハウンドに銃を向け、とどめを刺した。
かなり落ち着いている。
遅滞戦術で隙の生まれた相手から狩っていく、まさに一対多のお手本のような動きだ。
とはいえこれは雑魚用の戦い方。
アステリズムの動画では大物相手だと別の魔法を――む、追加の気配。
新手のハウンドが2匹、俺の方に向かってくる。
するっと抜剣してからのエンチャント。
剣が魔力を纏う。
ハウンドが牙を剥きだしに、脚に力を溜め、飛び掛かる……その全ての動きは、数瞬前に超感覚が予知している。
それに合わせて斬撃を置いておくだけで、あっという間に割断された2匹が塵へと帰った。
ボス曰く、頭や身体に頼る戦い方はいつか必ず壁にぶち当たるらしい。
"とにかく超感覚を使え"。そんなことを嫌というほど聞かされ続けてきたこの3ヵ月だ。
向こうもそろそろ終わりそうだな。
残り2匹のうち1匹を矢が撃ち抜き、水住の背後から迫るラスト1匹を妖精の矢が、あっ外した!
ノーコンがっ……!
俺は慌てて魔石を割った。
――来い、《ゴースト》。