第68話 真に対等
紫電をまき散らす雷星が完成の時を迎えようとしている。
それを見上げながら俺は、不思議と心が凪いでいるのを感じていた。
いつの間にか宿していた……いや、譲り受けたユニークスキルは、以前からよく見知っている魔法だった。
「ありがとな、紗良」
名前は知らなくても使い方は分かる。
魔法を発動すると、俺の中にある魔力の色が変わっていく。
蒼、雷の色だ。
―――それを爆発させる。
蒼魔力が身体を突き抜けて周囲に拡散し、超感覚に合わせて勢力圏を広げながら紫魔力を塗り変えていく。
効果は劇的だった。
一瞬前まで脳内を埋め尽くしていた予幻の重複が消えていき、本当に実現する未来だけに絞られていく。
紫魔力を前提にした未来の数々が前提ごと断たれつつあるのだ。
この領域におけるフェンリル――アーノルドの優位性はこの瞬間に消滅した。
加えてそれは、このユニークスキル本来の効果でさえなかった。
《稲妻が俺に向かって落ちてくる》
予幻のもたらす未来が実現する。
空高くで何かが”チカッ”と瞬いた――その一瞬後。
目の前で稲妻が固められている。
本来固有の色を持たない魔力に色をつけるのは、その魔力を自分の魔法に最適化させる意味を持つ。
水住の使う銀色が属性魔法の威力を高めるように。
そしてアーノルドの紫魔力が、Sランクモンスターであるフェンリルさえも支配するように。
俺の場合、強化は予幻にも適用される。
つまり未来に向かって《影縛り》を撃てるということだ。
もはやただの雷は脅威ですらなくなった。
とはいえさすがに雷星には通用しない。
近づく破滅を打開すべく、超感覚を空島の遥か下の地上まで広げる――、
「見つけた、《ゴースト》!」
死霊の手でそれを掴んだ。
同時に足元の大地が降りしきる稲妻に耐えられなくなり、亀裂が走り、ついに崩壊して破片へと分かたれる。
一部はそのまま月面へ落下し始めた。
破片と破片の間を、俺も真っ逆さまに墜ちていく。
そして今まさに槌のように振り下ろされる雷星に向けて、人差し指を突き刺した。
「―――撃ち抜けッッ!!」
呼び声に応え、遥か下の月面から”風”が昇る。
《ゴースト》で操作魔法を書き換えたソフィアさんの銀矢が、光の尾を引いて破片をぶち抜きながら俺を追い越し――雷星を貫いた!!
聞いたことのない轟音を立てて暴発した雷星が四方八方、天と地の区別なく巨大な雷をぶちまける。
月面のあちこちに大蛇のようなクレーターが刻まれ、空島が完全に崩壊してあちこちに落ちていく。
アーノルドの横たわる発射台の一部が吹っ飛んだ。
俺は《影縛り》で空に固定した破片の上に立ち、その光景を見ていた。
見上げるフェンリルの紫の目と目が合う。
”ゥゥゥ……”
自分の魔法を完全に崩されたにも関わらず、その声には何の感情も乗っていない。
戦闘開始から変わらずそのままだ。
その情けなさに怒りを覚えて人差し指を向けた。
空から帰ってきた銀矢が、地上のフェンリルに矢じりを向けて飛んでいく。
フェンリルは虚ろな気配のまま……しかし即座に反応した。
落ちてきた空島の破片をいくつも操ると上下左右から矢を圧し包み、封じ込める。
さらに追加の破片を魔力で持ち上げ、今度は俺に向けて高速で撃ち返してきた。
「行くぞ、フェンリル」
《力場》を踏み、次々飛来する破片に自ら突っ込むように地上へ駆け降りていく。
蒼魔力の最初の勢いは衰え紫魔力と拮抗し始めているが、周囲に限ればさすがにこっちが有利だ。
向こうが魔力で俺を探知する手段はない。
一つの破片を盾にし、また一つの破片の陰を縫って地上に近づいていく。
―――地上でソフィアさんが言いかけたことを思い出す。
ここに降りた時、氷漬けになっていたフェンリルを思い出す。
俺の考えが正しければ……”切り札”はもう一つ残っている。
多分、フェンリルのものすごく近くに。
標的を仕留めきれないフェンリルが僅かなチャージ時間で口部から雷砲を放つ。
しかし極太のビームが頭上の破片を貫通すると同時、俺はその真下をくぐり抜けて自由落下に移っていた。
フェンリルが自らの雷砲で生み出した死角を取り戻した時には――、
「よう」
既に地上に足を着け、奴の目の前に立っていた。
超感覚が探し物の位置を探り出す。右側の肩口、そこを覆う甲殻に突き刺さっているようだ。
そうだよな。
あの人が何もせずに負けたはずがないんだ。
《フェンリルが雷槍を呼び出す》
「遅い」
俺のいた位置に雷槍が現れる――その何秒も前にスタートを切っている。
背後から狙う軌道は予幻が捉えていた。
《力場》を駆使した三次元機動でその全てをいなし、明らかに接近を嫌っているフェンリルに一気に肉薄する。
《フェンリルがエンチャントした爪を振り下ろす》
かざした剛爪が紫電を纏い、攻撃範囲を極大化して月面を叩く。
弾けて空間に広がる紫電の枝、その1本1本すらも見切りながら――、
「はっ!!」
伸びきった前脚、関節に斬撃を叩き込む――が、反応された。
ギリギリ位置をずらされた刃は甲殻を傷つけるに留まっている。さすがSランクの防御部位、俺の剣では斬れないか。
俺の剣では。
けど、奴に刺さっているあの人の剣なら。
俺を振り払おうと勢いをつけて旋回する巨体を、直前で空中に跳び上がって視野内に収める。
自分の剣を鞘に仕舞ってから、その肩に狙いを定めてダイブした。
着地し、フェンリルが対応するよりも前に、禍々しい甲殻から僅かに突き出している真っ黒な柄を握る。
「ぬっ――」
抜け……ないッ!
《フェンリルが帯電する》
「!」
一旦退避。
《力場》に手を掛け身体を持ち上げ、ほぼ逆さまになった俺の鼻先を雷のバリアがかすめていく。
……刺さっている柄の感触に違和感があった。
龍ノ介さんの使う、真銀の刃を持った黒い巨大剣。直接触らせてもらったことはないが見たことは何度もある。
もっと重い柄のイメージだったが、握った感覚が軽い…?
いや、やることは変わらない。
ソフィアさんの矢と同じなら、真銀には操作魔法が後付けされているはずだ。
「力で抜けないなら!」
もう一度肩に飛びついた。
片手で柄を握り、その柄の先のイメージに《ゴースト》を伝わせる。
「魔法で、引きずり出すッ! うおおおおおッッ!!」
言葉を意思に変換し、魔法と繋げ、全霊を込める!
暴れるフェンリルに構わず、込め続け、やがて銀光が漏れ出して――放たれた。
「……え?」
勢いで背中の上から放り出されて宙を舞いながら、自分が手にしているものに目を疑った。
黒い巨大剣……ではない。
俺の手の中にあったのは、その刃先に装着されていたはずの真銀の刃そのものだった。
巨大剣は元々全体が真銀だったわけではない。
真銀自体が超希少金属なので素材が足りず、とはいえそのままでは龍ノ介さんのサイズに合わないので後付けでフレームを足されたと聞いていた。
つまりその気になれば取り外しはできる。
けどどうして……わざわざ取り外された状態の刃が刺さってる?
刃は銀の光を強く放っている。
細く真っ直ぐで、鍔のない長めの直刀ともいえる見た目だ。
これなら俺でも問題なく振るえるだろう。
……まさか。
俺が来るから?
その瞬間、俺はフェンリルのことも忘れて刃に見入った。
無意識に口が開き、その直感を確かめようとする。
「―――エンチャント」
応えた。
光がその温度を急速に下げ、魔力が弾け――刃が氷を纏う。
今立っているこの月よりもずっと寒々しく、そして清々しさを持った月光がそのまま武器になる。
刃の放つ凍気が、握る俺の右手すらも凍りつかせ始めた。
「”ボス”……遅くなりました」
叱咤されている気がした。
「でも」
フェンリルの虚ろな目と視線がぶつかった。
「ちゃんと勝ちます」
―――正面から突っ込んだ。
振るわれた爪がカウンター気味に飛んでくる。
しかしそのタイミングは、俺が予幻で選んだものだ。
予め分かっている攻撃の軌道に《氷のエンチャント》を挟ませ、完璧に受け流し、返す刃で――その脚を斬り落とした!
”ゥォォオ……!!”
初めてフェンリルの呻きに感情が乗る。
慣れ親しんだ怒りの響き。
そうだ。お前もいつまで首輪をはめられてるつもりだッ!!
斬り落とした脚が凍結した断面を解かし、わずか数秒で再生する。
その間に腹下に入った俺は、腹から後脚へ、背中へ。
反応できないスピードで刃の届く範囲をひたすら斬り刻む。
《フェンリルが自らを中心に巨大な爆発を起こす》
ついに行動が変わった。
これまでは多分奴の守っているアーノルドや発射台にダメージが行かないようにコントロールしていたはずだ。
それを放り捨ててまで戦いにのめり込んでいる……けどもう遅い。
これで最後だ。
紫魔力の集中するポイント、歪んだ一本角をターゲットに据えて刃をかつぐ。
肩を侵食する冷たさが神経を研ぎ澄ます。
そして一瞬で肉薄するとフェンリルが反応する間もなく――その角を根本から叩き切った。
角の生えていた箇所から膨大な量の紫魔力が流れ出ていく。
声にならない声を上げて、フェンリルがその身を傾け……こらえきれずに倒れ伏した。
虚ろな目が俺に向けられている。
……その目と向き合いながら思う。
結局、こいつは”最強”には程遠いモンスターだった。
なるほど天変地異は起こせる、基本的なスペックもAランクの比にならない。
そのへんの軍隊を連れてきたところで万に一つも倒せないだろう。
けどフェンリルなら使えるはずの《雷》の概念魔法を、こいつは使わなかった。
切り札がアーノルドに使われることを許さなかったのかもしれない。
こんな片手落ちの状態をこいつの最期にさせたくはなかった……しかし、戦いが終わってなお、
「駄目、か」
フェンリルは元には戻らなかった。
最後の最後で何かを感じ取った気がしたのだが、やはり紫魔力はモンスターにとって絶対の――、
「ッ!?」
左目が燃える。
燃えるように熱い。《フェンリルの目》の温度が上がっていく。
思わず抑えた手のひらは何も感じない、熱じゃない。
―――蒼魔力だ。
周囲に拡散していた蒼魔力が一気に左目に吸い込まれる。
吸い込まれた後の行き先は――フェンリル!?
倒れ伏したフェンリルの、もはや消えかけていた右目の紫の光が、爆発するような勢いで蒼く塗り変えられる。
”オオォォォン……ッ!!!!”
全身についている甲殻――アーノルドに押しつけられたモンスターの部位が次々に砕けて割れていく。
起き上がった巨大な狼が、全身に活力をみなぎらせて大きく吼えた。
びりびりと音圧が俺の全身を強く押す。
その力強い気配には、もはや支配の匂いを毛ほども残していない。
「俺の魔力で抜け出したのか?」
確かに《フェンリルの左目》は、そう呼んでいる通り今でもフェンリルの一部には変わりない。
物理的に離れていても魔法的には繋がっている。
そこを経由して支配を跳ねのける俺の魔力を取り込んだのか……。
しかしその理由は?
初めから俺と来るという選択肢もあったはずだ。
その答えの一端をフェンリルは己の態度で示した。
大きく跳んで距離を取る。
その上で俺に向けてみせた態度は――明確な戦闘姿勢だった。
……何故フェンリルが俺を呼び寄せたのか。
本音を言えば薄々気がついていたつもりだ。俺は随分前から紫魔力に抵抗出来ていたし、フェンリルも俺の中でそれを見てきたのだから。
俺達が別れたあの日、フェンリルは独りでこの穴に落ち、アーノルドの持つ紫魔力に取り込まれた。
それは言い換えれば既に滅んだという”ノア”の力と繋がったということでもある。
もし主従を逆転し、その力の所有権をアーノルドから奪う方法があれば。
フェンリルは俺達が出会う前よりも遥かに強大な存在になれるだろう。
―――俺はその為のパーツなのだ。
モンスターに限りなく近い超感覚と魔力との親和性を手に入れた俺は、あと一歩で人間の枠を超える。
フェンリルは俺を喰らうことでその垣根を越えさせ、いわば最高レベルの《反・紫魔力》の魔法式として取り込むつもりだ。
なんのことはない。
半年かけて俺達が積み上げた……積み上げたと思ったものは、向こうからすれば単なる利用価値でしかなかった。
それだけのことだ。
それだけのことだと思っていた。
フェンリルは静かに待っている。
今にも勝手に動き出しそうな己の体を、荒ぶる魔力を抑えつけながら、俺の選択を待っている。
繋がる左目から伝わってくるのは燃え上がるような闘争心。
そして強敵に対する純粋な”敬意”だった。
今度こそ本物の”最強”のモンスターからの挑戦状。
応えて、俺の身体も燃えるように熱くなる。
「俺とお前、どっちの方が強いのか」
勝てば手に入るものも、負ければ失われるものも、今はどうでもよかった。
この熱を、ただぶつけたい!!
声にならない咆哮をぶちまけて、俺達は激突した。




