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第67話 《魔法》とは

 呻きにも似ているフェンリルの咆哮を聞きながら、俺は頭の中に響く幻聴と戦っていた。

 ここはもう戦場だ。

 1秒ごとに危険は増している……なのに何の備えも出来ていない!


 左目の《フェンリルの目》をぐっとつむった。意味がない。

 片手で抑えた。意味がない。

 当たり前だった。

 予幻の源は超感覚だ。五感を使っている気がするだけで、実際は脳に直接情報が流れ込んでいる。



『クソッ!!』



 自分の口から出た声すらも予幻と重なる。

 だから、



”ォォォ……!!”



 その呻きに”攻撃の意思”が表れている――そう気づけたのは偶然だった。

 反射的に顔を上げるが――



《フェンリルが尾を振り回す》《フェンリルが雷砲を構える》《フェンリルが爪にエンチャントする》《フェンリルが――》



 見えない!!


 自前の目(右目)にはちゃんと実体が映っているのに、いくつもの映像が左目を通じて脳に差し込まれては点滅を繰り返す。

 ”来る”。

 混乱の中でそれだけは分かって、脚に力が籠もり全力で後ろに跳び下がる。



 目の前で大きな音がした。

 ほんの一瞬、右目に月面から生えた巨大な岩杭が映った。

 首を真上に傾けて、ようやくてっぺんが見えるかどうかという大きさの。


 ―――フェンリルの攻撃だ。


 欠けた視界に怖じけた心が、通るべき思考を飛ばして後退を選ぶ。

 《力場》を踏む。

 跳ぶ。

 いくつもの岩杭が追いかけて何度も月面を突き破ってくる。

 その度に跳躍を繰り返した。





「ハァッ……ハァッ……」



 やがて攻撃は止んだが、状況は悪い方に転がった。

 必死に逃げるうちにフェンリルとの距離は大きく開き、ソフィアさんに託された銀矢もいつの間にか手放してしまっている。

 そして予幻の重奏も収まっていない。



 ……仕方ない。

 俺はあえて超感覚を遮断した――脳裏に映る未来が消えた代わりに、正常な五感が戻ってくる。


 ひとまずこうしておくしかない。

 幸い、周りはあいつの出した岩杭だらけで隠れる場所は多い。

 超感覚を調整する時間は稼げるだろう。



 目の前の空間に紫電が奔る。



「!?」



 奔ったラインに沿って無数の雷槍が現れた。

 穂先は――全て俺を向いている!



 本能に任せて月面に頭から飛び込んだ。

 強打した腕に痛みが走る。

 ほぼ同時に後ろで破壊音が炸裂し、砕けた岩片が俺の頭上を吹っ飛んでいく。



 伏せたまま振り返るとそこには大穴が開いていた。

 雷槍、数は数えきれない、多分真上を含めた俺の全周囲を囲むように。

 それが一斉に放たれたのだ。



「呆けんなよ……!」



 自分に罵声を浴びせた。

 この薄っすら紫に染まった大気の中は、全てアーノルドの領域だと分かっていたのに。


 フェンリルから目視できる位置にいるかは関係ない。

 普段の俺が超感覚でモンスターを捉えるように、俺の中の魔力で位置を把握されている。


 追撃が来る。


 そう思って駆け出した、数瞬後には新たな雷槍の群れが現れた。

 発射された雷槍が月面を破壊し――、



「づっ!?」



 破片が後ろから肩を抉り、血が弾ける。

 この物量相手に超感覚なしは……いや、やるしかない!

 勝つ為に、今は魔法抜きでしのぎ切る!




 岩杭の陰に走り込んで射線を減らす。

 生成できる空間を物理的に塞がれた雷槍が、その数を減らしながらもなお脅威的な制圧射撃を仕掛けてくる。


 1本1本の軌道予測は無理だ。

 スピードを重視する。

 雷槍が現れたら直感でルートを決め、とにかくそこに身体をねじ込む。

 完全には避けられない。

 衝撃で飛び散った岩片が手足を殴打し、すれ違う紫電が俺の表面を灼いていく。


 ―――それでも。


 防戦一方の状況であっても、こうも延々と続けば傾向は見えてくる。

 雷槍の生成リズムはほぼ一定。

 生成される位置は恐らく球状の全周囲(360度)、けどある程度スペースが必要。

 逆にスペースがあればあるだけ現れる。

 重ならない位置に限定されるとはいえ、最大数は30以上。


 ……そして全ての雷槍は俺を狙って放たれる。


 射角の設定は生成直後、偏差はない、生成から発射までは1秒と2秒の間!!



「今ッ!!」



 雷槍に囲まれる――と予測した一瞬前に身体をねじる。

 その通りに現れた無数の穂先が向きを固定、同時に俺が進路を変えてスライディング。


 死地をくぐり抜けた先で回転しながら起き上がり、走り出し、直後に起こった衝撃が背中に伝わってくる――が、ダメージはない!!

 完全に攻略した!


 そうだ、超感覚だけが俺の全てじゃない。これまでの戦いで積んだ経験がある!


 続く第二波と第三波も攻略に成功し、その自信が高まっていく。

 経験が視野を広げ、背中を押し、戦闘レベルをSランクと戦えるまで押し上げてくれている!




 次の岩杭の陰に走り寄る……生まれた余裕が俺に分析の時間を与えてくれた。


 フェンリルは元々の雷属性に加えて地属性の魔法も使ってきている。

 後者は、アーノルドに”ノア”の力でくっつけられた別のモンスターの魔法だろう。

 元々はなかった歪んだ角、それと拘束具のような甲殻が新たに増えているのは合成獣(キメラ)型モンスターの特徴とも似通っていた。



 雷属性は攻撃速度に優れている。

 一方で地属性の長所は攻撃範囲。

 最初の連続攻撃をかわされたから雷に切り替えたのかもしれないが、実際のところ今対処が難しいのは後者の方だ。

 予幻なしでは動き出しが遅れる以上、見てからでは避けきれない状況だって出てくるはず。



 ……何とかできる雷のうちに攻勢に出よう。


 岩杭の隙間から見ていた限りフェンリルは最初の位置から動いていない、多分”宇宙服(アーノルド)を守れ”という命令があるんだと思う。

 俺の攻撃手段は近接のみ、向こうが動かないならこっちから近づくしかない。

 早い方がいい。



 間もなく次の生成が来る。

 俺はギリギリまで岩杭に沿って走り、タイミングを合わせてフェンリルに向かい飛び出した。



「……?」


 

 来ない……来ない!?

 雷槍が現れない、リズムを変えられた!?


 急いで別の岩杭に滑り込む。

 姿勢を低くして、いつでもスタートを切れるように、次の生成に備える。

 しかしいつまで経っても攻撃は始まらない。



 超感覚がなくても分かる異常事態だ。

 焦りが募りいくつもの可能性が頭に浮かぶ。

 小さな不安が生まれて、徐々に大きくなり始めた。



 ……Sランクのモンスターは。


 アークで最強とされる存在は、それ未満を相手に積んだ経験を活かすだけで、本当に乗り越えられる程度の強さなのだろうか。



 否定の感情が湧き上がるのと、月面が大きく揺れ始めたのはほとんど同じタイミングだった。

 経験したことのない強い縦揺れ。

 身体を下に押し付ける圧力に負けて両手を突く。


 地属性?

 地震を起こす魔法? この準備のために雷属性に切り替えてたのか!?



 内臓が跳ねるような気持ち悪い感覚が全身に走る。

 縦揺れの大きさは絶頂を越え、足元の地下深くで何かが”ずるり”とずれた。

 顔を上げた先で見たものは――、



「…………浮いてる?」



 どんどん近づいてくる(・・・・・・)空。

 遠くから何かが崩れる音が響いてきて、見れば相当離れているはずの月面基地が崩壊を始めている。

 基地の半分は俺のいる月面(・・・・・・)に残り、もう半分はちぎれて下に(・・)落ちていく。



 ―――大地の広範囲、少なくとも半径数キロのエリアを抉り取り、空島として浮き上がらせる。

 それがフェンリルの行使した魔法。

 やられている俺でも飲み込み切れない災害級の荒業だった。



 それで終わりではない。

 近づく空に紫魔力が集まり、プラズマを生みながら球状の雷が形成されていく。

 《彗星》。

 Aランク(アンタレス)も使ってきた属性魔法の最上級だが、Sランクのそれは留まるところを知らなかった。

 どんどん膨らんでいくその雷星は、やがてこの巨大な空島をも包み込む大きさになるだろう。




 カウントダウンは始まっていた。

 完成した雷星が天から投げ墜とされるのか。

 それとも浮上を続ける空島が自ら飲み込まれるのか。


 どちらになるかは分からないがいずれにせよ、間に挟まれる存在()は一瞬も耐えることなく消滅することになる。


 最強(Sランク)は他のどんな存在にも真似できない、魔法の究極を顕現させた。

 まだ立ち上がることすらできない俺はそれを見上げて――、



「…………これが、魔法」



 ”感動”していた。


 一か八かで空島を走り抜ける、とか。

 そんなどうでもいいことを考えたのはほんの一瞬だけだった。

 この戦いを――俺の全てを終わらせてしまおうとする破壊の光が、とても大事なことを思い出させてくれる。



 龍ノ介さんとの初めての戦い。

 覚醒した《雷のエンチャント》が、今日まで続く道の最初の一歩を切り拓いた。


 スレイプニルとの戦い。

 暴走する《フェンリルの爪》は、最後は俺に合わせて敵の蹄を砕いてみせた。


 遺跡でのソフィアさんとの戦い。

 圧倒的な戦闘経験を持つ上級職員を下したのは、予幻という無二の力の目覚めだった。


 ファーヴニルとの戦い。

 取り戻した《雷》の概念魔法が、赤竜の最後のブレスを貫いた。


 そしてストラトス……アンタレスとの戦いで、俺とフェンリルは一つになった。

 一つになって宣戦布告した。

 地球とアークそれぞれの強者に向かって、”俺達よりも強いのか”と()を突きつけ問いかけた。



 ただの高校生が何かに立ち向かおうとする時、そこにはいつも魔法があった。

 俺はそのことをすっかり忘れてしまっていたのだ。



 今からでも間に合うだろうか。



 ―――いや。

 俺が《魔法》を信じなくてどうするのか。



 雷星から迸る稲妻が空を割り、大地を砕いてそのまま空島までも割っていく。

 巨大な岩の塊がいくつもの断片に別れようとしていた。

 いつ足元にヒビが入っておかしくない、そんな状況で、俺は剣を支えにようやく立ち上がる。



 一度雷星を見据えてから目を閉じる。

 深呼吸をして、自ら封じていた超感覚を一気に全開まで押し広げた。

 途端に情報が脳内に溢れる。

 この領域を塗り潰す紫魔力に反応し、あらゆる危険な未来が視覚・聴覚・触覚に擬態して俺の精神を殴りつける。



「それでいい、《全部よこせ》」



 逆転の鍵は魔法の中にある。




《雷星が墜ちる》《大地が圧し潰す》《フェンリルが見ている》《稲妻に灼かれる》《紫が支配する》《永遠に閉じ込められる》《――王よ》




《王よ》




『”転移者”の時代では魔法の究極に至った者達が”魔王”と呼ばれていた。神獣に認められた君もその定義に入る』



「―――そうだよ、鷹津。俺もそうだ」



 俺はユニークスキルを使った。

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