第66話 月
大変お待たせしました。
連日投稿の予定でしたが文量が多いため隔日に変更して完結まで投稿いたします。
最後までお読みいただけたらありがたいです。
天を衝く角を持つ大牛が、全身から溶岩を垂れ流しながら大地を駆ける。
六枚羽の大鳥が空を舞い、ギロチンのような風刃で地表を何度も抉る。
毒々しい色の大花が触手でビルとビルを繋ぎ、子株を生やし、己のコロニーを無限に拡大しようとする。
3体のモンスターの体表からは心臓のように脈打つ魔石の光が透けていた。
”星石”。
怪物たるAランクモンスターの象徴。
そいつらは、アーノルドが潜む大穴を守るかのように猛威を振るっている。
そしてその怪物を相手にする人間達。
俺はとうとう人間とモンスターとの戦いにおける、本当の意味での最前線に辿り着いた。
人間達はそれほど多くない。
けど彼らの駆使する戦闘技術は、半端な開拓者では手を出すことを躊躇するほど高いものだ。
回避/防御の判断スピード。
敵の魔法に対する反対属性の投射や物理障壁の展開など、選択肢の豊富さ。
チームのような連携はほぼ見られず、各々がその瞬間ごとの最適解を採っている。
まぎれもない精鋭達だった。
見たことのある顔はほぼいない。白いジャケットを纏う上級職員が何人かいるが、他は所属すらはっきりしない。
全員が天満と同等クラスに見えるが……今までどこに隠れていたのか?
もしかしたら、”領主”をやってる企業の連中が非公式に参加しているのかもしれない。
とはいえ、いくら精鋭であってもAランク3体と同時に戦ったことのある奴はそういないだろう。
運悪く怪物共の魔法が重なってしまえば防ぎ切るのは難しい。
だからなのか?
彼らは無理に大穴の方に近づかず、戦線を維持しながら生き残ることに注力しているように見える。
「……いた!」
その要になっていると思われる人物が俺の探し人――ソフィアさんだった。
戦線の中央から少しだけ下がった位置に立つ、灰色の髪と白いジャケット。
両手で握った長剣で地面を指している。
俺から見える横顔は目を閉じうつむいていて、表情からは極度の集中状態にあることが察せられた。
戦場を飛び回る光の球、《妖精》を制御しているのだ。
同時に操っているだろう妖精の数は、なんと20を超えていた。
あれがソフィアさんの本気か。
前に俺と戦った時は9つだったから倍以上に増えている、自分が動かなければそのぐらいまで扱えるのだろう。
乱舞する妖精達は《風の槍》や《風の砲》で敵を牽制するとともに味方をサポートしている。
最適解を実行する為にわずかに足りない時間を補う、小さくも不可欠なアクションを全方位で続けていた。
あまり邪魔したくはないが……。
穴に誰も近づいていかないのが気になる。
中から新手のモンスターが這い出てくる気配もない。
先に状況を聞いておいた方がいいだろう、そう思って踏み出した矢先。
《妖精達が俺を狙う》
「!?」
予幻がいきなり攻撃の予兆を捉えた。
数秒の間を置いてその光景が現実化し、いくつもの妖精がこちらに飛んでくる。
かと思えば容赦なく風槍を飛ばしてきた。
「ソフィアさん!?」
身をかわしながら叫ぶ。
しかしここは戦場な上に距離がある、おまけに集中状態のソフィアさんには全く声が届いていない。
仕方なしに攻撃を避けつつ近づいていく。
相変わらずえげつない射撃精度と誘導だが、進化した超感覚に任せて突破する。
「ソフィアさん!! 浅倉です!!」
ここまで近づけばという距離で再び声を掛ける。
それでも反応はない――と思う間に、その手が動いた。
地面に垂れていた剣先が上がったかと思うと、鋭く俺に突きつけられる。
追いかけるように向けられた顔、戦意をにじませたソフィアさんが目を開いて、
「えっ? ……浅倉さん!?」
驚かれてしまった。
「邪魔してすみません!」
「い、いえ! 私の方こそとんでもないことを……でも、この気配は? フェンリルが去ったとは聞いていましたが」
「詳しくはそのうち。あの穴、これから入るところですか?」
問うと、ソフィアさんは厳しい目つきを穴の方に向けた。
「いいえ、ここが私達の限界です。あの場所の魔力濃度には誰も耐えられません。初日の救助作戦で突入を試みた上級職員は1人を除いて……進めたのは、斎藤さんだけでした」
「あの中に」
龍ノ介さんが行った。
それを知っているということは、
「ソフィアさんも参加を?」
「ええ。ですが私は突入を許されませんでした。斎藤さんが貴方に会えと」
「伝言とか」
「何も。会って何を言えとも、しろとも。ですから私がすべきと思うことをします。……浅倉さん。この先に進めば取り返しのつかない何かが起こってしまう、そんな予感があるのです」
ソフィアさんの様子は、”死”というこの状況においてはありきたりな結末を心配している感じではない。
「けれど貴方は躊躇しない。であれば私にできることは……」
ポーチから取り出されたのは1本の矢。
矢じりは真銀の輝きを放っている。
「以前にもお見せしたものです。私の”風”をこの一矢に込めて託します、それとご存じの通り斎藤さんも――」
「――!? 何か来る!!」
思わず話を遮るほどの悪寒が背筋に走り、ソフィアさんを庇うように立つ。
地の底から這い上がる気配がやがて地上に漏れ始め――巨大な三本指の、白骨化した鉤爪が穴の淵にかかった。
”ずるり”と顔を出したのは。
「ドラゴン!?」
骨の竜だ。
そいつが放つ濃い瘴気の塊が、不吉な密度を保ちながら戦場へと広がっていく。
持ち上げられた胴体の隙間からはドロドロに溶けたような星石が見えている……Aランクの竜型モンスターは洒落にならない。
今いる3体だけでここは限界だ。
「あいつは俺が――!」
前線を張るべく疾駆した。
穴に入るのは後回し、あの瘴気からは死臭がする。
放っておけばソフィアさんも無事では済まないかもしれない。
―――突然、後ろの方で”風”が生まれた。
息を呑むほど力強く、暖かい魔力が背中を押してくる。
思わず振り返ろうとして、
”前へっ!!”
同じぐらい強い声にそれを止められた。
”進んでください、貴方の戦いはここに無い!”
「―――!」
ぬるい考えを振り捨て、速度を上げて返事に変える。
骨の竜が接近する俺を標的として捉える。
いつかのファーヴニルのように、顎の骨組みを砲口のように突きつけ、瘴気のブレスが集束し始める……。
しかしそれよりも早く放たれた烈風の銀矢が、地面を削りながら飛んで骨の竜を貫いた。
纏う風が骨の躯体をバラバラに破壊する。
漂う瘴気も吹き飛ばされて、穴までの全ての障害が無くなった。
穴の縁に走り寄ると、魔力が一気に濃くなったのが分かる。
俺でさえ胸に少し力が入るような濃さだ。
そして中は一切の光がない暗闇。
どこまで深く続いているのかも分からない。
ただ奥から溢れ続ける魔力が、この先に何かが待っていることを示していた。
振り返る。
死の竜はこの短い時間で躯体のほとんどを再構築し終わっていた……Aランクはあの一撃だけで倒されてくれるような奴らじゃない。
魔力の何割かは削れたとしても脅威は健在だ。
そんな奴らをソフィアさんの前に置いていくことになる。
……けど。
「行こう」
自分の声に迷いはなかった。
暗闇へと身を投げ出し、真っ逆さまに落ちていく。
―――追いかけて真銀の矢が落ちてきた。
小さく纏う風で俺を揺さぶり追い越し、先導するように、流れ星のように光って前を行く。
ソフィアさんの操作魔法?
「”託す”とは言ってたけどさ」
最大の武器をあんな状況で手放した……つまり、俺に賭けたということだ。
ますます身体に力が入った。
―――落ちていく。
落ち続けて、銀矢の光以外、何も見えなくなっていた世界にようやく別のものが映る。
遠くに見える白い点。
近づくにつれて大きくなるその点、いや球が、普段夜空で見慣れているあるものだと気がついた。
「……月?」
そのスケールは紛れもなく天体クラスだった。
重力のようなものに引かれて、あっという間に月面が迫る。
見下ろす先の降下地点には巨大な月面基地らしきものが構築されていた。
綺麗な四角にくり抜かれた盆地の中に、白い建造物が集まっている。
少しはずれたエリアには、映画で見たことのある……射出装置、だったっけか?
この月面から地上に向かって飛び立つような軌道で組み上げられたレールの発射台がある。
その根元に、
「…………フェンリル、ここにいたのか」
俺は探していた相手を見つけた。
銀矢と共に月面に降り立った。
ここには音が無く、命の気配も無い。
まるで時間が止まった世界。
そんな世界でフェンリルは、氷漬けの彫像として発射台の前で四肢を折っていた。
巨大な狼の姿を取り戻しているようだが……記憶にある姿とはどこかが違う。
氷に遮られてはっきりとは見えないが。
……氷は龍ノ介さんの魔法だ。ソフィアさんが言っていたようにあの人は1人でここに来て、フェンリルと戦い……そして敗れた。
相討ちではない。
左目の《フェンリルの目》が言っている。
分厚い氷の向こうで、あいつは今も生きている。
今更龍ノ介さんの死を悼むつもりはなかった。
何故なら勝って取り戻すからだ。死んだ人もフェンリルも。
その為に、あいつと戦う必要があるというのなら。
「望むところだ」
氷像に歩み寄りながら剣を素振りする。
気力、体力共に十分。魔力濃度はかなり高いが支障ない。
先に落ちていた銀矢を拾う。
氷像は近づいても何の反応も示さない。
ふと何かが目に入った気がして視線をずらした。
「――――は?」
間抜けに口が開いた。
どうして今まで気がつかなかったんだ?
フェンリルの後ろにある発射台に……巨大な人間がもたれかかっている。
着ているのは宇宙服だ。
白く少し膨らんだ外装にフルフェイスのヘルメット。
中は暗くてよく見えない。
その巨人の大きさは、フェンリルをも超えていた。
終点ともいうべきこの場所に在る”人型”の存在。
正体は一つしか思い当たらなかった。
「こいつが、アーノルドなのか」
”ノア”と戦い、滅ぼし、代償として魔法そのものになったという男。
その成れの果ての姿だ。
けどこいつの存在自体が魔法だとすれば……どうして俺はその魔力に気がつかなかった?
―――この”月”だ。
答えを閃くと同時に始まった。
足元だけではなく月全体が地震のように揺れ始める。
この領域全体が、既に発動している一つの魔法だ!
大気がうっすらと紫に色づく。
同じ色の魔力が氷像の下から柱のように吹き出し、奔流で氷を解かし尽くす。
余波で吹き荒れる白靄の中から現れたフェンリルは、
「お前……!?」
俺の知っている姿ではない。
基本的なフレームは狼のままだが、明らかに他の種族と思われる、どこか禍々しいモンスターの甲殻が全身に纏わりついていた。
まるで拘束具。やはりアーノルドに支配されてしまったのか。
何もなかったはずの頭部には醜悪に歪んだ一本の角が。
右目には紫の炎が灯り、左目の位置には暗闇が埋まる。
反応するように俺の持つ《フェンリルの左目》が疼く。
”ォォ……ゥゥゥ”
僅かに開いた顎から虚ろな声が響く。
俺は手に持った銀矢をひとまずポーチに仕舞おうとする……その前に予幻が見えた。
《フェンリルが分身する》
「……は?」
《フェンリルが前後左右から迫る》《フェンリルが無数の雷槍を放つ》《フェンリルが空から雷星を墜とす》《フェンリルが咬み砕く》《フェンリルが――》
「なんっ――!?」
両手で頭を叩き潰すように挟んだ。
何度も何度も。
予幻は消えない。無数に現れる。
パニックに落ちるのを自覚する。
逃げるように前を見た。
目の前のフェンリルは動いてなどいない。
ただ重たげに体を揺さぶっている。
《フェンリルが吼える》《フェンリルが吼える》《フェンリルが吼える》《フェンリルが吼える》《フェンリルが――》
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッッ!!」
―――目の前のフェンリルは吼えてなどいない。
にも関わらず脳裏で響く虚ろな吼声が、いくつもいくつも重なって頭の中をかき回し、思わず絶叫する。
存在しない声圧が俺の身体をよろめかせた。
何が起こっているのか――経験と超感覚が明らかにする。
ここはアーノルドの魔法で作られた領域。
つまり巨大な魔力の真っ只中だ。
その全ては奴の紫魔力であり、言ってみれば敵性を持った空気に囲まれているのが今の状況。
だからこそ、より大きな塊であるフェンリルが僅かなアクションを起こすだけでもその波が俺まで伝わり、反射的に予幻が全てのリスクを洗い出そうとする。
あり得る未来の全てが映り、響き、俺の脳に直接触れてくる。
超感覚の暴走ではない。
むしろ完璧に機能してしまうが故に。
―――俺はこの領域で戦う資質を欠いてしまっていたのだ。
フェンリルが動き出す。
うなだれていた頭部が持ち上がると、生気のない紫の右目が俺を捉え、そして。
”ォォォ……!!”
今度こそ吼えた。
それを前にして無限の未来に溺れた俺は、苦しみのあまり月面に膝を突く。
決戦が始まる。




