第64話 戦争
呼吸する度に魔力で満たされていく。
テントの外は魔法で作られた簡素な防御拠点になっていた。
少し離れたところには崩れかけの大きな建物――アーク側のゲート管理所が見えている。
その中から激流のように開拓者達が吐き出されていた。
部隊の人達はゲートの周辺を固め、負傷者を見つけては拠点に運び込んでいる。
まるでこの状況に備えていたかのように統制の取れた動きだ。
けど、そうだとしても巻き込んだのは俺だった。
見上げれば不気味なほどに澄んだ青空が広がっている。
この領域を支配するアーノルドの魔力。
「俺がやるんだ」
決意を声にして、走る。
ゲートから出てきた開拓者達は漏れなく同じ方に向かっていた。
そいつらを追いかけ、建物を回り込み、視界が広がった先で。
俺は二つの世界を見た。
右目に映っているのはこの世の終わりだった。
百の位では収まらない数の開拓者と、その数十倍はいるであろうモンスター達が殺し合っている。
斬られ、貫かれ、焼かれ、潰されて消えていく。
仲間の末路をどれだけ目にしてもお互いが退こうとしない。
戦いに狂う地獄のような光景だ。
そして左目。
残された《フェンリルの目》に映し出されていくのは、この世界の総てだった。
魔法は形を決める魔法式と燃料となる魔力で構成されている。
モンスターを見た途端に自然とそれが意識され、左目の取得する情報が置き換わる。
視覚は超感覚の出入口でしかない。
そして超感覚は魔法のあらゆる情報と繋がっている。
いや、手に入れる。
空を飛ぶ小型モンスターが俺の視線に触れられて墜ちた。
目を通じて感触が伝わってきた。
地を這う小型モンスターが視線の先でびくりと固まった。
目を通じて心臓の音が聞こえた。
「天井が無い……」
そうとしか言えない気分だった。
意識すればするほど蓋を外されたように超感覚が遠くまでどこまでも伸びていく。
いや、蓋は本当にあったのだ。
フェンリルという名の特大の蓋が無くなり、あいつの感情や知覚を共有するために使われていた力の全てが、俺の下に戻ってきたのだ。
息を吸うごとに身体の中が魔力で満たされる。
人間は魔力を持たない。魔法の余波で纏わりつくことはあっても体内に留まることはない。
そもそも呼吸で動くようなものじゃない。
にも関わらずまるで酸素のように俺の身体は魔力を必要としていて、魔力もそれに応えている。
これじゃまるで――、
「――!」
遠くで急速に集まる魔力を感知して我に返る。
一瞬遅れて銀色の《魔力の砲》がモンスターの群れを薙ぎ払った。
水住だ。
砲撃の元へと向かう。
冷静になって状況を見ると、攻めてきているのが小型モンスターばかりなことに気づいた。
いっそ不自然なほどに――その疑問は伸ばした超感覚が解決する。
中型から大型の気配はここよりも先のエリアに留められていた。
開拓者達はいくつかのラインを構築しながら目的地を目指しているようだ。
元凶が待つあの大穴を。
水住の《魔力の砲》は消耗が激しい。
乱発すればすぐに魔力酔いしてしまうだろう。
それを撃たざるを得なかった理由……小型モンスターの新たな波が近づいていた。
視界の先に銀髪が見える。
俺が預けた剣を背中に提げていた。
負傷した開拓者達が立て直しを図る中、勇敢に前に立ち敵を見据えている。
それでも波は大きすぎた。
もう10秒も経たずに呑み込まれようとする水住に声は届かない。
間に合うような距離でもない。
けど、魔法なら。
目を閉じた。
物理情報が邪魔だった。
暗闇の中に何千もの紫の光、支配されたモンスター達が現れる。
手をかざし、その全てを握り込むようにして超感覚を閉じた。
「《影縛り》」
戦場の音が止まる。
目を開けば――視界の中のモンスターが1匹残らず静止している。
地上と空中の区別なく。
時が止まったとしか思えない異様な空気の中、同じく固まっていた開拓者達は――、
”今だ!”
誰かの声で一斉に動き始める。
怪我をしていた奴も立ち上がり、怒りを叩きつけるようにモンスターを端から始末し始めた。
振り返った水住が俺を見つけて走り出す。
俺も走る……が、ペースが緩んだ。
どう見ても怒っていたからだ。
「あなたはっ……ふっ……!!」
開口一番で罵声を浴びせてこようとした水住が呼吸を整える。
”バカ”、”アホ”、”嘘つき”。
他にあるとすればなんだろうか?
「ばかっ」
バカだった。
「自分を刺すなんてっ! もし上手くいってなかったら……嘘つきっ!」
嘘つきも来た。
時間があればいくらでも詰られてやったが今じゃない。
前に進まなければ。
「みす、」
「絶対死なないって約束したのに!」
「水住さん、」
「許さない! あなたなんか」
「……紗良」
名前で呼ぶと、怒った顔のまま固まった。
と思ったら顔がもっと赤くなって視線がものすごい勢いで左右し始めた。
手を差し出して言う。
「剣をくれ。行ってくる」
「……………………くろ、玄人」
「噛むなよ」
「!? ……うるさいっっ!!」
「うわっ」
叩きつけるように剣が飛んできた。
続いて着ているジャケットを脱ぎ始める。よく見たら俺のジャケットだ、重ね着してたらしい。
これでようやく準備が整った。
「ソフィアさんが戻ってきたら一緒に帰れ」
「……姉さんが戻るとは思えないけど、分かった。あなたも帰ってきたら、さっきの続きだから!」
「約束する」
すれ違いざまに水住の肩を叩き、前に出る。
追いかけてくる視線を感じるが振り返らない。
大事なものはもう受け取っていた。
《影縛り》はとっくに効果が切れている。
立て直した開拓者達とモンスターとの拮抗を見て、深呼吸をし。
「――ッ!!」
一気に走り出す。
脇に流した剣が魔力を纏う。
《力場》で開拓者達の頭を跳び越え、モンスターの群れに突っ込んだ。
足は止めない。
進路の障害になる個体だけ呼吸も乱さずに斬り捨てる。
予幻の景色とリアルタイムの視覚は完全に連動し、俺の動きに余計な溜めを作らせない。
必要十分の魔力が切っ先よりも長く刃を伸ばし、斬撃に込める力を不要とした。
振れば斬れる。
ひたすら前を目指して進む――、
”クローーーー!!”
後ろの方から場違いに緊張感のない叫び声が聞こえた。
超感覚が声から魔力を認識……ガルム!
朱莉だ!
振り返らずに進む。
あいつの速さならどうせ追いついてくる、もう来た。《力場》を跳んで俺の斜め上を駆けまわっている。
昨日のうちに伝言残しておいたのに……!
「朱莉!! 紗良を守れって言っただろうが!!」
「ごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんーー!!」
一度止まって周辺を薙ぎ払う。
同じく槍を振るって飛行モンスターを一掃した朱莉が地面に降りた。
「早く戻れ!」
「一個だけ!! 一個だけだから!! ええっと……なんていうか!?」
「何だ!?」
「なんていうか……! 信じてるから、あたし!」
「何を!」
「”クロが一番強い”って! ……斎藤さんよりも強いって!! 信じてるから!!」
「――――」
”斎藤龍ノ介”よりも強い。
そう言われて一瞬、呼吸が止まった。
止まったのは一瞬だった。
「朱莉」
「うん」
「当たり前だろ」
「……うん!!」
「紗良を頼む」
「任せて!! ……あれ? 紗良?」
首をかしげる朱莉を放置して再び走り出す。
俺は龍ノ介さんを理解できなかった。
フェンリルに、アーノルドに勝てないと分かっていたのに俺を置いていき、ゲート封鎖の理由を作るために戦いに出た人のことを。
けど、朱莉に言われた言葉で少しだけ考えが変わった。
龍ノ介さんも誰か――きっとそれは1人や2人じゃない――にとっての”最強”だったのだ。
そう呼ばれたことに相応しくあろうとしたのかもしれなかった。
そして今、俺も”最強”を宣言した。
魔力ではない力が心の奥底から溢れてくる。
この力はきっと不可能を可能にする。
そう信じられた。
《――王よ》




