第62話 突入《前》
翌日の昼12時を回った頃。
「決行です」
倉庫で待機していた俺はやってきた田中くんのその一言とともに、目出し帽を被った知らない男達に腕を掴まれ、後ろ手に手錠をかけられて店の前に停まっていた車に放り込まれた。
つまり拉致だ。
剣どころかジャケットを始めとした装備もない、シャツ1枚の俺を後部座席で田中くんと知らない男が挟む。
もう1人の男が運転席に座ると車を荒々しく発進させた。
皆その辺を歩いてる人みたいな服を着てるが、たぶんこいつらも公安なんだろう。
「その手錠は思い切り力を入れれば外せます」
田中くんも目出し帽を被った。
そして懐から取り出したのは……拳銃だ。
開拓者がモンスター相手に使うものとは威圧感が違う、本物の銃。
いよいよお仲間に喧嘩を売ろうというフェーズに入ったらしい。
「1日で出来る限りの根回しは済ませてきました」
「このまま第2ゲートか?」
「ええ。最終確認が完了次第、作戦内容を説明します」
「あんま時間ないよな。ここからそんなに離れてないし」
「すぐには到着しません」
「……ああ、なるほど」
疑問はすぐに解けた。
スモークフィルムが貼られた車の窓ガラス越しにも、先の道路を埋め尽くす人達の姿が見えたからだ。
道路を埋める人達は例外なく俺達の行き先と同じ方を向き、デモのように怒りの声を上げている。
そのほとんどは武器を背負った、見るからに血の気の多い開拓者達だ。
とても俺達を通してくれるような雰囲気じゃないが……。
「……なんだ?」
集団の中でパラパラと俺達の方を振り返り、道を開ける奴らが現れた。
周りも気づいて同調し、車がその間をゆっくりと進んでいく。
あからさまな不自然さ。
外から車内は見えないはずだが大きく注目を浴びているのが分かる。
「日本全国から集まった開拓者達です」
田中くんが操作していた端末を仕舞いながら言った。
「主要なクランには話を通しています。彼らのメンバーも向こうで犠牲になっている、このまま完全封鎖されるのを黙って見過ごすことはできないでしょうからね」
「こんなにたくさんよく急に応えてくれたな」
この人波がゲートの管理所まで続いているとしたら、集まっているのは何千人というレベルだろう。
「日頃の関係づくりの成果ですよ。いずれアークで大きな事件が発生することは予測されていましたから」
「で、この人数で管理所に殴り込むのか」
「最悪はそうなるでしょうが犠牲が大きすぎる。彼らの仕事はゲートの向こう側にあります、入口までは私達が拓きましょう」
「具体的には?」
「浅倉さんには人質になっていただきます」
まあそうだろうなとは思った。
シャツ一枚で手錠、脇には拳銃持ったおっさん、それなりに敵の多い俺でもちょっとは可哀そうに見えるだろう。
ただ、
「俺の命ぐらいで封鎖が解かれるとは思えない」
「きっかけにはなります。警視庁のあらゆる部署に今回の事件と貴方の情報を真偽織り交ぜて流布しました。今の貴方は斎藤龍ノ介から全てを受け継いだ、対・魔法における”最後の希望”ということになっています」
「おい」
「人質には価値が必要ですから。もし信じなかったとしても、本人が目の前で銃を突きつけられている状況ではリスクを取れないでしょう」
まあ……いいか、今更俺の評判ぐらい。
「封鎖は概ね三か所。正門とエントランス、そしてゲートの直前。前の二か所に配備されている機動隊には内通者がいます。問題は最後の大扉」
「あのデカい金属の」
「あれを守っているのは……いわゆる特殊部隊だと思ってください。事前の工作は不可能でした。我々は彼らの前で時間を稼ぎ、その隙に別動隊が大扉の開閉システムを制圧します」
「その後は?」
「数に任せて雪崩れ込む。今集まっているのはそれなり以上の実力の開拓者達です。彼らが貴方を目的地まで押し上げることを期待します……どうされましたか?」
田中くんが目出し帽越しに怪訝な顔をして俺を見る。
ちょっと嫌なことを思い出したのだ。
「……上級職員も来るんだよな」
「ええ、最前線の指揮はお知り合いの水住氏が。ご不満でも?」
「あるわけない」
水住は水住でもソフィアさんの方だ。
あの人がこういう状況で引っ込んでいるとは思えなかったし、協会の職員という立場も踏まえた上で殴り込みに参加すると言うなら俺に是非はない。
問題は妹の方もくっついてくると言い出したこと。
どうしても来させたくなかったが家族を盾にされては反論しきれなかった。
俺の装備を運ばせているので前の方には出ていかないはずだが……。
「何でもない、忘れてくれ」
「分かりました。……昨日お話した通り、我々はこの作戦を何としてでも成功させねばなりません」
「もし扉を開けられなかったら覚悟しろってことだろ」
「ええ。少なくない量の血を見ることは覚悟しておいてください」
血、ね。
俺は背もたれに寄っかかった。
手錠をはめられた後ろ手で、背中に仕込んだ異物の感触を確かめる。
視線の先、正面の窓には、目的地であるゲート管理所の姿が近づいてきていた。
―――ついに車が正門に到達する。
開拓者の波が割れた向こうには、何列にも分かれてシールドを構える機動隊の集団がいる。
そしてその向こう、もっと向こう、目に見えないずっと奥から。
「到着しました」
田中くんが言った。
「浅倉さん、貴方は抵抗も協力もしないでください。ただ被害者として指示に従うだけで構いません。首尾よく行けば共犯者の誹りを受けることも……浅倉さん?」
「魔力が匂う」
俺は正面を向いたまま答えた。
自分の目がいつもより開いているのが分かる。
「…………まだ地球ですが」
「匂う。ビンビン来る」
初めての体験だった、ここには何百回と来ているのに。
田中くんがため息を吐く。
「始めます」
それを聞くが早いが、逆隣りに座っていた男が乱暴にドアを引き開けた。
素早く降りて車内の俺に銃を突きつける。
「降りろッッ!!!!」
大声を上げた。
演技とは思えない悪役っぷり――!?
「痛っ!?」
突然後ろから車外に蹴り出され、コンクリートの地面に顔から落ちる。
こめかみの近くに砕けるような痛みが走った。
”バァン!!”
車を特大のハンマーでぶっ叩いたような音、空気に伝わる強い衝撃。
周りがどよめき、それから機動隊の怒号が飛び交い始める。
本物の銃声だ。
「立てッ」
田中くんが俺の襟首を掴んで引き起こした。
逆らわずに立ち上がると盾のように前に立たされる。
「おいッッ!! こいつが誰だか分かんだろ!?」
まるっきり別人みたいになった田中くんに突き出され、後ろ髪を掴まれて顔を上げさせられた。
銃の脅威を前にしても怯まず、闘牛さながらに猛っていた機動隊の面々に戸惑いが広がり始める。
「浅倉玄人だ! ……知ってんだぞ!? お前ら、こいつが死んだら困るんだよなあ!?」
田中くんはその心の隙を見逃さなかったらしい。
叫ぶとともに俺の膝裏が強く蹴られて跪かされた。
後頭部にゴリッとした感触、銃を突きつけられている。
「門、開けろやッッ!! それとも銃がオモチャかどうか、もう一回確かめてみるかよ!?」
こめかみから頬をぬるりとしたものが伝った。
真上の空にヘリのプロペラ音が響いている――どこかのテレビ局の報道かもしれない。
だとしたらこの無様な姿が全国のお茶の間にも届けられているということになる。
俺は最高にみじめな気持ちになった。
たぶんそれが表情にも出た。
「――開けろっ! 開けろっ!」
隊長らしき人が大きく手を振る。
迫真の演技が役に立った……いや、違うか? 田中くんの言ってた内通者の可能性もある。
いずれにせよ、この人達は俺達を通してしまう大義名分を手に入れたのだ。
隊長の号令を聞いた機動隊が左右に大きく分かれた。
正門が開き、再び引き立てられた俺を先頭に公安の面々が前進する――、
”俺らも行くぞ!!”
その後ろから開拓者達が殺到した。
止めに入る機動隊を人間の壁で抑え、その間を何十人もが抜けてくる。
ゲートを巡る攻防が今、動き始めた。
後編は近日投稿予定です




