第6話 水住紗良
「悪い、浅倉。この後少しだけ残れるか?」
先生が俺を呼び止めると、教室の空気が止まった。
2年生に進級してはや1週間。
新しいクラスに浮ついている連中が「今日どこ行く?」と計画を練り、同じ部活の奴らがつるんで教室を出ようとする。
そんな放課後が一瞬でぶった切られた。
「こら、お前ら。何も変なこと言ってないだろ? 早く帰りなさい」
苦笑いする先生。
ほんとだよ人を何だと思ってんだ。
とはいえ俺は同じ教室にテロリスト(仮)がいた経験はない。
クラスの仲間達が日々プレッシャーを感じているとしたら文句を言いづらいところではある。
「で、浅倉。時間あるか? 休学中の学校のこととか話しておこうと思ってな」
俺はめちゃくちゃ苦い顔になった。
今からこの空気を更に重くします。
「すみません、今日はちょっと。大事な用がありまして」
この先生は1年の頃の担任と同じ人で、学校関係で色々と便宜を図ってくれている。
その気遣いを無下にするのはとても心苦しいが、今日は人生で一番お世話になっている人から"最速で帰ってこい"という命令が出てしまっていた。
「お、おう、そうか。それじゃあまた今度な」
「はい。失礼します」
軽く頭を下げて出口に向かう。
ドアをふさいでいた男子が、ガタガタッ! と音を立てて脇に避けた。
年末に第2ゲートで起きた"フェンリル事件"から3ヶ月。
その間に俺の状況はずいぶん変わったが、世間的評価という面では、大体こんな感じが続いていた。
◇
都内の電車をいくつか乗り継ぎ、降りた駅から10分ほど歩いて目的の店に到着。
綺麗めの雑貨屋のような外観の上には、それとはアンバランスに年季を感じる看板、"有限会社 斎藤商事"が掛かっている。
ドアを開けると小さくベルが鳴った。
店内に並んでいるのはナイフ、ロープ、保存食など……ぱっと見はキャンプ用品店。
奥のカウンターには、銀髪の女子がこちらに背を向けて立っていた。
――銀髪?
後ろ姿だが着ている制服は俺の高校のものだ。
となると心当たりは1人しかない。
俺の気配に相手が振り返り、綺麗な空色の目を大きく見開いた。
「え”っ」
……その声どこから出した? 宇宙人に会ったみたいな反応しやがって。
我が校の有名人、水住紗良との出会いは、そんな形でスタートした。
斎藤商事は、俺をこの店に誘った斎藤さん――今はボスと呼んでいる――がオーナー、そのお姉さんが店長として経営している。
仕事は個人向け依頼の仲介。
市場に出回らないレアな魔法式を取ってこいとか、新しい資源エリアの偵察をしてこいだとか、そういう依頼にお抱えの開拓者をあっせんしている。
協会の上級職員であるボスは社会的信用度がとても高く、そのおかげで結構良い仕事が回ってくるらしい。
「以上がウチの店のざっくりした紹介。紗良ちゃんなら大体分かってると思うけど、一応ね」
そんな感じの話を店長――斎藤志乃さんが締めくくった。
エプロンを着け、髪をまとめた大人のお姉様。
少し高めの身長でハスキーな声をした格好いい系の女性だ。
酔うと「何歳に見える?」と聞いてくるので必ず「10代に見えます」と答えている。
実年齢は聞いたことないし聞けない。
ボスの姉なので恐らくアラサーだが、確かめる勇気はなかった。
「玄が紗良ちゃんを知らないはずないとして、紗良ちゃんの方は? ……そんなに警戒しなくて大丈夫よ。少し目付きが悪いだけだから」
店長が俺の頭をわしゃわしゃした、犬の紹介かな?
目付きのことはしょうがないと思う。
元々陰属性であったとはいえ、あんな事件経験したらそりゃ目付きも変わるだろ。
「志乃さんの人を見る目は信用しています。ただ私も多くは知りませんが、彼は――」
水住の眼差しが俺を見透かそうとするように向けられる。
その声も話し方も、想像していた通りの冷やかさだ。
「Sランクモンスターの"契約者"で、歴史に残る"フェンリル事件"の実行犯。結局、魔法式を没収されたとも聞きましたけど。それとしばらく前から学校に来なくなったと」
「3学期は休学してたからな」
「学校のご厚意でね。玄狙いのマスコミが押し寄せてきちゃったし。一旦落ち着いたみたいだから、2年生から復学させたの」
水住の情報は大体一般に回ってるのと同じもので、当時テレビでも散々流されていた。
違うのは契約者? とかいう話と、没収か。
当初は持っていると散々言われたが、実際使ってるのを見た奴がいないからそんな噂に落ち着いたらしい。
「休学、ですか」
「学年末テストはちゃんと受けたぞ」
「そんなことは聞いてないけど。それで、彼はどうしてここに?」
「オーナーが拾ってきたのよ。休学中にあいつが鍛えて、今は店のお手伝い」
「なら、彼が」
水住が一度言葉を切った。
さっきとは違う、はっきりとした疑いの目で見られる。
「このお店で斎藤さんの次に強い人なんですか?」
「ふふっ」
「……ん? どうだろうな」
店長が意味深に笑ってこっちを見たが、そんなこと俺にも分からない。
他の所属パーティーとはほぼ関わりないからな。
「浅倉くんは開拓者になってどのぐらい経つの?」
「3ヶ月」
「さん……かげつ」
「開拓者なんてどんな魔法使えるかが全てだろ? 使えば敵が死ぬ魔法持ってれば、小学生でも最強だぞ」
「そんな魔法、耐性が育ってなければ扱えないから。エンチャントだってまだレベルが低いはず……あなたの経歴を考えると、正直悪い想像がいくつも浮かんでくる」
どこまで妄想してるのかは知らんが、俺の場合、魔力耐性はSランクのいる鉱山勤めだったおかげで元々鍛えられている。
エンチャントについては《魔力付与》の魔法式を集めてのレベル上げが間に合っていないはず、という指摘だ。
レベル1から2はともかく、2から3は覚悟のない奴は挑戦すらしない苦行だからな。
そっちは地獄の訓練で高速成長を遂げたものだが、詳しく説明するとボスが逮捕される。
「とりあえず自己紹介は済んだみたいだから、私から補足するわね」
店長が割って入った。
「一番大事なところから。第2ゲートの件、玄は無実だと思ってもらっていいわ。まあ色々あって道路ぐらいは壊したかもしれないけど」
ビルと信号と車と、もしかしたら人間も壊したかもしれないが、余計な口は挟まないでおこう。
「少なくとも犯罪性は確実になかったと保証できるから、その点は安心して。玄が必要ないって言うから公表はしてないけど。で、今回の仕事について」
「"ボスの次に強い人"ってのが関係あるんですか?」
「そう、個人だとあんたが適任なの。仕事は簡単に言えば紗良ちゃんの護衛で、第3ゲートのタワーを見て回りたいんだって」
はて。
タワーを見て回りたい、という理由もよく分からないが、
「アステリズムとかいうパーティーは? というか、護衛自体パーティーの方がいいんじゃないですか?」
「詳しい事情は伏せておきたいそうよ。彼女のご注文は実力と口の堅さ。玄ならどっちも大丈夫でしょ?」
「それはもちろん」
力強く頷いた。
よく分からないが俺にやれというなら否はない。
事件以降は保護者に近いレベルで面倒を見てもらっているのだ、恩を返す機会は多いほどいい。
「そういうわけだからよろしくね。予定は2人で調整して――」
「もう少し聞いておきたいことが。俺、水住のことあんまり知らないんですよ。前衛後衛とか、魔法は何使うとか……何ですかその反応」
店長の頭に特大の"?"が浮かんでいる。
その顔のまま水住の後ろに回ると、背中を押してこっちに数歩近づけた。
押されている水住が少し困った顔をしている。
「玄、よく見なさい。可愛い?」
宇宙一答えづらい質問来たな……。
これマジで正解なくない?
本心で10000000点と答えてセクハラ扱いか、逆張りで30点にしてきっっしょってされるか。
「30点ぐらい。もう少し可愛げがあったらモテると思います」
俺は逆張りを選択した。
これから組む相手になめられるわけにはいかない、そういう心理だった。
水住の顔がスッと冷めた。
「浅倉くん。1年の頃、私を見たあなたがそのまま固まったのを覚えてるから」
「今すぐ俺を殺してほしい」
「あそこまで露骨に反応されたの、初めてだった」
過去に戻れる魔法とかない?
"ノア"を崇める宗教とかでなんとかならないだろうか。
現実逃避に入った俺と反対に、店長は一連の流れを見て満足したようだ。
「良かった、ちゃんと女子に興味はあったのね。まあ紗良ちゃんのことはアステリズムの動画で勉強しなさい。実力的には……」
少し考える素振りを見せる。
「Dランクまでなら任せていいと思うわ。Cは状況次第でそれより上は撤退。そして"絶対に"死なせないこと。オーダーはこんなところ」
「了解です」
相当強調された"絶対に"だった。
元々知り合いっぽいし、なんなら妹みたいなポジションなのかもしれない。
妹……? い、いや、(推定)年齢差は考えまい。
そんなことより重要なのは、魔法に制限をかけられなかったことだ。
つまり必要なら何でも使え――ということである。
そんなわけで、俺と水住は一時的にパーティーを組むことになった。
予定は次の金曜の放課後。
スマホでメッセージのIDを交換して今日は解散した。