第58話 真相
”ノア”は既に滅んでいる。
自らこの世界に引きずり込んだ、”転移者”達の手によって。
「アーノルド・ウィンターズ。アメリカ人」
鷹津が話を続ける。
……なんだ? 目の焦点が合っていない。
「転移させられた当時はNASAで宇宙飛行士訓練を受けていた……年齢は33歳。彼が住んでいたヒューストンには、今でも……っ!?」
視線を揺らし始めていた鷹津が急に意識をはっきりさせると、大きく首を振る。
「ともかく、君の敵は”ノア”ではない」
「俺はあの事件の原因をそう呼んでただけだ。それが”転移者”だったからってやることは変わらない」
「”転移者”ではない、アーノルドだ。……いや、君は覚えなくていい。忘れろ」
「あんた、さっきからおかしいぞ。そいつの影響か?」
「確かなのはここで私を斬っても君の目的は果たせないということだ。順を追って話そう」
そう言ってポケットに仕舞ってあったケースから取り出したのは、小さなミスリル?
輪っかの形をしている。
「数年前にとある遺跡で発掘した指輪だ。何らかの魔法式が込められていたが引き出せず、私はその方法を求めて常にこれを持ち歩いていた。目覚めたのは半年前のことだ」
「”フェンリル事件”か」
「指輪に宿っていた彼の意識が、我々が調査していたタワーを支配した。続けて第2ゲートの他のタワーを、そのままゲート自体を掌握しようとしたところで他のSランクの妨害を受け、彼は過去に”ノア”が捕らえていたフェンリルを召喚して迎え撃った。それが真相だ」
「宿っていた意識って……?」
「同じ”魔王”の君は知っているだろう。人間が魔法になれることを」
そんなものになった覚えはない。
ただ、人間の魔法化については覚えがある。
壊れた概念魔法を使った後の感覚だ。
「”転移者”の時代では魔法の究極に至った者達が”魔王”と呼ばれていた。神獣に認められた君もその定義に入る」
「随分、なんというか、趣味的な呼び方だな」
「そう思うか? ――突然地球から連れ去られ、いつ帰れるとも知らず、戦いの日々に飲み込まれた人々の希望の象徴を王と呼んだのだ。軽く捉えてよい言葉ではない」
「……なるほど」
「それを支える何十人もの”賢者”が自らを魔法に変え、”魔王”達は彼らを用いて神と戦った。永い戦いの果てついに”魔王”自身も魔法となって神を滅ぼし、奪った力でアークのルールを書き換えた。二つの世界の時間を合わせ、相互に行き来しても支障が出ないように」
「けど魔法になったってことは」
「そう……地球には帰れなかった。そのうえ本来失われるはずの自意識も、強力な”魔王”ほど完全には消えずに残り続けている。彼のように」
同情はしない。
話を聞きながら俺は心を固めた。
アーノルドとかいう奴に起こったことと、そいつが起こしたこととは別の問題だ。
俺の敵であることに変わりはない。
しかし――、
「私は事件の時に彼の器となってそれを知った。そして今、彼に残っているのは転移当時からの悲願、地球に帰ること。その実現のみであるということも」
「いや、帰れないんだろ?」
「そのはずだが彼には何か目的があり、その為にゲートの掌握を狙ったようだ。ただ、私の説得で取りやめた事実から考えるに別の解釈があるようにも思える」
「話せるのか」
「言葉によるものではないが。彼に協力する条件で私の意識を残させ、以来時間を稼ぎながらを状況を整えてきた。この半年間アークから一度も出ることなく、な」
この男は敵なのか、味方なのか。
いまいちはっきりしない話になっていた。
「彼は多くの人間を必要としているようだが、廃墟になったこのドームに集めるのは困難だ。だから明日の”永遠都市計画”を準備するとともに、彼が動き始めた時に対抗できる勢力……ストラトスを用意した」
「……お前がストラトスを集めたのか?」
「そうだ」
「アーノルドって奴と戦わせるために、無理やりか」
「そうだ。特にユニークスキルの所持者を優先した」
――――鷹津の背後の窓ガラスが、《雷の槍》に貫かれて砕け散った。
気づけば俺の右手は剣の柄に掛かっている。
鷹津はこの反応を予想していたらしく、態度に変化を見せていない。
「俺が最近何をやったか、忘れたわけじゃないよな」
「ユニークスキルは”魔王”が神との戦いで用いた”賢者”の魔法。彼に対してレベル以上の効果を見せる可能性がある」
「それが免罪符になると思ってるのか」
「許しを乞うつもりはない。もし君が現れなければ、それが必要なことだったと後で証明されたはずだ」
……こいつの暗躍で何かが上手く運ぶ可能性があったのなら、許すかどうか決めるのは俺じゃない。
なら。
「約束しろ。全部終わったら、巻き込んだ奴らに必ず謝罪すると」
「私が生きていればそうすると誓おう」
「は?」
「明日ここで何が起こるのか、推測はできるが結末までは分からない。いずれにせよ私は当事者として最後まで関与するつもりだ」
「意味が分からない」
アークで生きるも死ぬもない。
例外があるとすればそれこそユニークスキル化ぐらいだろう。
そしてそれ以前に――、
「やらせないって言ってんだろ。少なくとも俺達と戦うまでは」
「必要なことだ。いいか? 彼の本体というべき存在は、このドームの地下深くにいる。当然君が辿り着けるような深さではない。彼に目的を達成させ、自ら地上に現れるよう仕向けなければならないのだ」
「他の”領主”でも自衛隊でも応援を頼めばいい」
「地下には本体だけでなくコアがある。君が破壊してきたタワーの魔力を集積した、星石が比較にならないほどの魔力の塊が。ルールを曲げる危険な魔法とそれを可能にする魔力。そのどちらも、誰にも、どの勢力にも渡してはならない」
「だから俺に壊せって?」
「当初は数年かけて強化したストラトスをぶつける予定だった。だが今は……君以外には不可能だと確信している」
「――――意味が分かんねえッ!」
俺は叫んだ。
いくら聞いても晴れない疑問を吐き出すように。
「あんたはどっち側なんだ!? あの《宇宙船》とかいう魔法をこの世から消そうとしてるのに、奴の目的には大勢の人を巻き込もうとしてる!」
「必要な犠牲、という説明では足りないか?」
「違う! あんたからは、アーノルドへの敵意を感じない!」
違和感があった。
鷹津はアーノルドに憑りつかれてから半年以上アークを出ていないと言った。
理屈は分からないが、明日の計画次第では命を賭けることになるとも。
だとしたら……鷹津にとってアーノルドは敵のはずだ。
自分の人生を奪っている敵のはずだ。
なのに全く憎しみを感じない。
それどころか”魔王”を語る言葉や態度には敬意があり、奴の目的にも理由をつけて協力しようとしている気配があった。
そしてアーノルドもだ。
今まさに敵対者と反逆の手順を練っている鷹津に、何らペナルティを与えようとする気配がない。
”地球に帰るという願いしか残っていない”。
鷹津の言葉が本当なら、この会話もそれに沿うものなのか?
あるいは全てが罠の可能性すらある。
俺の言葉を聞いた鷹津は、視線を落とし、机の上に置いていた指輪を手に取った。
そのまま目を閉じて黙想し――しばらくして目を開け、それを大事そうにケースへと仕舞う。
「君に話せる事情は全て話した。最後に言えることがあるとすれば、私も彼も間違いなく君の敵だということ。戦うべき時には絶対に躊躇するな」
「なら安心しろよ。俺は絶対にためらわない」
「それでいい。敵対こそが真に対等な関係、君達もお互いの目的を遂げることになるだろう。――さあ、行け」
話は終わったらしい。
俺は次にするべきことを頭の中に浮かべながら踵を返し、扉に向かって――、
「浅倉玄人」
歩き始めたところに声をかけられた。
「君がこれほどの存在になるとは、半年前は思ってもみなかった。私に謝罪を求めないのか?」
「……自惚れんな。使いっぱしりが」
言い捨てて部屋の外に出る。
――――管理所を破壊しよう。
エレベーターまでの長い廊下を歩く途中、思い立ったのはそれだった。
こっち側のゲート管理所を破壊して物理的に入れなくする。
鷹津は人を集めたいみたいだが俺が付き合う理由はない。
というか、いくら俺でも一般人が大勢巻き添えになる状況では戦いづらい。
エレベーターの前にはもう比留間さんはいなかった。
さすがに”帰りは歩け”ってこともないだろうし、下で待っているのかもしれない。
1人乗り込み、1階のボタンを押して扉を閉めた。
エレベーターが高速で降下し始める。
地球に戻ってボスを呼ぶ時間はない。
というより、恐らくだが戻った時点で俺が邪魔できなくなるような対策を準備しているだろう。
回避手段は、この後すぐ決戦に入ること。
ゲートをふさげば鷹津もアーノルドも黙っていないはずだ。
それで地下から引きずり出して――ッ!?
足の下から魔法の気配。
「フェンリルッ!!」
腕を振る一挙動で現れた《フェンリルの爪》が、降下中のエレベーターを引き裂いた。
異常を感知したシステムがブレーキをかける。
しかし、遅かった。
反射的に跳び上がった俺の足元、床を突き抜けて現れた空間の裂け目が俺を飲み込み――光が視界を埋め尽くした。
「――――くそっ!」
視界が戻り、エレベーターの壁を斬り割って抜け出た先は、
「飛ばされた……!」
森の中。召喚魔法だ、完全にやられた!
まさかエレベーターごととは……あの野郎、最初からハメるために呼び出したのか!
たぶんここは第2ゲートから相当遠い。
少なくとも明日のイベントを邪魔できないくらいには!
振り返ると空間の裂け目は当然のように消えていた。
それを確認した直後、引き抜いた剣を逆手に持ち替え、切っ先を自分に向ける。
そのまま一気に貫こうとしたところで思い留まった。
この程度の解決手段……地球への強制ワープを想定してないはずがない。
召喚魔法の仕組みが分からない以上、良くても現在地が復活ポイント、最悪は次元の狭間みたいなところに閉じ込められる可能性もある。
順番に対処するしかない。
まずは現在地。第2ゲートの近くなら通信魔法が動くはずだ……とスマホを取り出そうとしたところで、
「あっ!? くっそ、あの野郎……!」
スマホを比留間さんに預けたことを思い出した。
”鷹津の希望”だとか言ってたよな! マジで覚えとけよ……。
俺は燃え盛る怒りを無理やり抑えて辺りを見回した。
あいつは俺をアーノルドと戦わせるつもりでいる、ここで遭難させるようなことはしないはずだ……あった!
少し離れた木の根元に小さなリュックが置いてある。
中を開けると水と食料、それに方位磁石と手紙が入っていた。
”浅倉様 南に30キロほど進むと廃道がございます。西に伝っていただければ2日ほどでドームに到着されるでしょう。ご健闘をお祈り申し上げます。 比留間”
案の定グルだよ、俺は本当に人を見る目がなかった。
しかし腐ってばかりもいられない。
俺と連絡がつかなければ、ボスは明日のイベントに1人で介入するかもしれない。
どうにかして1日で着かないと。
磁石の向きに従い、南に向かって走り出す。
◇
手紙にあった廃道を見つけ、それに沿って移動しているものの……一向にドームに着く気配はない。
時計はないが、感覚的にはもう半日以上経っている。
日付的にはとっくにイベントの日の朝のはずだ。
ここまで最低限の休憩だけで走り詰めていたものの、もうとっくに限界が来ていた。
ついに足がもつれて倒れ込む。
「……っ、……っ」
呼吸すら荒げられない有様だ。
文字通り虫の息。
――――ここまでの道中、モンスターを1匹も見かけなかった。
普通ならあり得ないことだ。
今日起こることと無関係とは思えず、焦りが身体を動かそうとしても言うことを聞いてくれない。
これは詰んだか……。
「…………?」
横たえた身体が小さく震えた。
けいれんかと思ったが、どうも違うらしい。
地面の揺れが伝わってきているみたいだ。
「お、と?」
息も絶え絶えに独り言がこぼれ出た。
何か音が聞こえる……俺が来た方から近づいてきている。
モンスターか?
けど超感覚に反応はない……エンジン音!?
身体を起こして待ち受けると、数十秒後にその音の主が現れた。
見覚えのある軽トラ。
俺の近くに停車すると、運転席の男が窓から顔を出す。
「――え”ぇっ!? 兄ちゃんどうした!? なんでこんなとこに!?」
男は、前に何度かタクシーを頼んだ軽トラのおっさんだった。
俺にはその顔が天使に見えた。




