第57話 ”ノア”
”陽太:まだ行くなよ!? 絶対行くんじゃねーぞ!”
行かねえよ。どこに行くって言うんだよ。
”朱莉:準備できた! どこ集合?”
行かないって言ってるだろ。
”水住:動かないで 今から家に行くから”
……来るな、水住。
もう遅い。
”ボス:待機しろ”
「……………………」
ボスのメッセージを見た俺は、一瞬”見た”という記憶を消そうとしたが、しかし忠誠心が勝ってまさに今開けたばかりの家のドアを閉めた。
ほぼ同時にスマホのバイブ音が鳴る。
この通知が鳴る相手は2人だけだ。
『ふふっ。賭けてもいいけど、あんたもう玄関にいるでしょ』
電話の向こうの店長が言った。
何を楽しそうにしているのか分からないが、俺の行動は予測済みだと言いたいらしい。
「……いないっす」
『本当? あと10秒であんたの家に着くけど、覚悟はできてる?』
「――!?」
俺はバッとドアを振り返ってから慌てて靴を脱ごうとして転んだ。
持っていた武器ケースがバタンと倒れ、スマホから店長の笑い声が大きく響く。
『冗談よ』
「はあー……」
『待っててあげるから、話を聞く準備を済ませなさい』
「……了解です」
俺は結局、この人達にはかなわないらしい。
『あの《宇宙船》って魔法のことはね、少し前からソフィアに相談されてたの』
話の切り出しは共通の知人から始まった。
『といっても瞬間移動の方だけれど。ストラトスが開拓者を無理やり勧誘してた話があったでしょう? 被害者達から”ワープする魔法の映像を見せられた”って証言が複数あったらしいわ』
「もしかして水住も?」
『ええ。……あんたはまだピンと来てないかもしれないけど、あの瞬間移動はとても有用で、恐ろしい力よ。アークの勢力図を簡単に書き換えることができるくらい』
「何となくイメージはあります」
時間操作は人類の夢かもしれないが、分かりやすくアークの支配者になり得る力は瞬間移動の方だ。
Aランクモンスターを他国のドームに放り込むとかできるしな。
『それを利用することができる……って主張する国や協会に脅されて、みんな身内を守るために言うことを聞かざるを得なかった。そういう話みたい』
「けどアークトレイル社なんて名前は出てこなかった」
『ええ。それに時間操作の力と、”ノア”との関係についても。意図して情報を伏せていたのだとしたら、両者は協力はすれど目的の違う勢力なのかもしれない』
「直接聞きます。鷹津ってやつがまだ第2ゲートにいるなら――」
『こっち側のゲートはもう封鎖されてる。龍ノ介が確認したわ』
……そういえばボスは先に情報をキャッチしていた。
その後自分は第2ゲートに先行していたらしい。
『さすがのあいつも管理所の大扉は壊せないし、上級職員の権限も通らなかった。迂回手段を検討するらしいけど……あたしには別の考えがある』
「別の、ですか?」
『玄。あの社長の目的は、たぶんあんたよ』
「え?」
店長の考えが俺には読み取れなかった。
『最後のタワーを壊した翌日にあの発表だもの。あんたと”ノア”の因縁は協会経由で把握してるでしょうし』
「きっかけになった可能性はあると思いますけど、目的はあの魔法で金稼ぎすることでしょう? 第2ゲートを自分の街に作り変えて」
『……これは慎重に検討すべきだけど。あたしは、あの”永遠都市創設計画”自体がブラフの可能性を疑ってる』
「…………」
話についていけない俺は、何の反応も返すことができなかった。
『あんたはおかしいと思わなかった? ――たった1週間よ、あの計画が実行されるまで。しかも対象者を限定していない。経営者なら誰もが疑問を持つはず』
「誰でも入れる。つまり、入れる人を選んでいない?」
『不老不死なんて、それこそ何兆円出してでも手に入れたい富豪が世界中に山ほどいるわ。こんな短い期間で彼らとの交渉をまとめられるとは、いえ、最初から交渉する気がないとしか思えない』
「もう済んでるとかじゃ? あのビルの中に入ってたとか」
『龍ノ介がゲートの履歴を取ったけどその形跡はなかった。今から入るのは……これこそ賭けてもいいけど、明日から管理所の周りは交通が麻痺するぐらい人が詰めかけるはず』
「それでも入る方法はありそうですが、パニックが分かってるのにお得意様を後回しにする必要は確かにない」
ようやく飲み込めてきた。
アークトレイル社はメディアを集め、新事業として大々的に発表したくせに本気で金儲けする姿勢を見せていないのだ。
しかも恐らく初歩的な部分から。
「だとしたらあいつらは何を?」
『それは分からないけど。たださっきのタイミングのことと絡めて考えるなら、何か大きな動きが予定されていて、それをあんたに伝えようとした。そんな風にも読み取れる』
「……直接聞きに行こうにもゲートは封鎖中ですか」
『協会を動かしてるのは間違いなくあの社長よ。あたしの考えが正しいなら近いうちに向こうから接触があるはず。今はそれを待ちなさい』
◇
それからの数日間――世の中は大きく揺れた。
当然だが学校で話題なんてレベルではない。世界中のメディアが連日連夜報道を繰り返している。
海外から国内に来る飛行機は、予約できる席が1年後まで埋まったらしい。
国内は言わずもがなだ。
学校は無断欠席多数で学級崩壊を起こしている。
そして店長の推測通り、地球側の第2ゲートは、何とかしてアークに入ろうと最寄り駅から管理所まで泊まり込みの人々で埋め尽くされていた……無理に退去させると事故になるので警察も動けない。
日本史どころか世界史に載るであろう時間を生きているのだと、誰もが実感していた。
そしてその時が来た。
下校中の俺に店長から電話が入る。
『協会経由でアークトレイル社からご招待よ。都合がよければ明後日の夕方、第2ドームの例のビルで社長と会ってほしいって』
「明後日って、都市計画の前日ですか? 暇なわけないだろうに」
『怪しいのはもう1つ。……先方は、あんた1人との面会をご希望だそうよ。あたしや龍ノ介の同行はご遠慮願いたいみたい』
「行きます」
『そう言うと思った。第三者を通してるから手荒な目的とは考えづらいけど、必ず完全装備で行きなさい。情報よりも無事に帰ってくるのを優先すること』
「むしろ俺が手を出さないことを祈っててください」
千載一遇のチャンスかもしれないのだ、俺とフェンリルが目的を果たすための。
『あんたが本気になったらきっとあたしには止められない。半年も付き合えば分かるわ。言えることがあるとすれば……敵が誰なのかは、きちんと見極めなさい』
「分かりました。……いつもありがとうございます」
『いいのよ。龍ノ介には伝えておくから』
当日。
日が暮れるよりも少し前、指定された都内のヘリポートに向かった俺は、そこでヘリに乗って第2ゲートの管理所まで運ばれた。
眼下の道路は人々で埋め尽くされている。
ヘリを降り、案内を受けて歩く管理所の中は今までになく静かだ。
こんな状況だと職員もほとんど出勤できていないのだろう。
だから明日は他の業務は全部停止して、早朝から外の人をゲートに向けて送り出すことに注力するらしかった。
いつもの大扉を抜けてゲートの前に立つ。
ここから先は案内なし、向こう側に職員はいないらしい。
深呼吸をしてゲートに入る――独特の浮遊感が少しの間続いて、
「浅倉様」
アーク側の管理所で、俺は1人の老紳士に出迎えられた。
杖をついている。
「お待ちしておりました。アークトレイル社、社長室の比留間と申します」
そう言って名刺を差し出し、恭しく頭を下げる姿から受ける品の良さは、たった一度だけ見た映像でも強く印象に残っていた。
鷹津の隣にいた人だ。
「あ……っと、頂戴します」
比留間さんは店長に教わった作法をたどたどしくなぞる俺を微笑んで見守ってから、管理所の外へと導いた。
停めてあった車に乗り込み、廃墟の中、不自然に舗装された道路をその先の高層ビルに向けて走る。
5分ほどで到着した。
絨毯の敷き詰められたエントランスには、管理所と同じく人の気配がまるで感じられない。
「鷹津は最上階の社長室でお待ちしております。エレベーターで向かいましょう」
杖をつき、片足を少し引きずるようにして案内する比留間さんに従ってエレベーターに乗り込む。
…………俺に人を見る目があるとは思わない。
けどここまでの比留間さんの雰囲気からは、この人がいわば黒幕の片腕のような人物だとも思えなかった。
「聞いてもいいですか?」
だから油断した。
上昇するエレベーターの中、ボタンの前に立つ後ろ姿に向けて、つい口が開いてしまった。
「なんでございましょう」
「その、脚なんですが。この前治ってましたよね?」
杖をついている方だ。
時間操作で若返った比留間さんは、その脚を取り戻していたはずなのだが。
「ええ。ですがあの後アークを出ておりますので、元に戻った次第でございます」
「……また治したいとは、思わないんですか?」
―――言い終わった直後に、俺はとんでもなく無遠慮なことを聞いてしまったと気がついた。
「すみません、失礼しました!」
慌てて頭を下げる。
言葉は返ってこなかったが、俺に向けられる背中に感情のゆらいだ気配はない。
間もなくエレベーターが最上階に到着した。
比留間さんは振り返って、また微笑んだ。
「いいえ。いいえ、浅倉様。これがわたくしの脚でございますので」
長い廊下の先に両開きの大きなドアが見える。
「あちらが社長室でございます。――浅倉様、不躾ながらお願いがございます」
「はい」
「スマートフォンをお預かりしてもよろしいでしょうか」
「え?」
「鷹津の希望でございます。もちろん、お断りになられたとてお会いになれないということはございません。あくまでお願いでございますので」
……録音防止か?
連絡手段としては元々役に立たない。通信魔法は展開されているようだが、俺の知り合いはアーク側に来ていないからだ。
明日になれば一般向けに開放されるんだろうが……。
少し悩んで、俺はスマホを預けることにした。
それを小さなケースに仕舞いこみ、頭を下げた比留間さんに見送られて廊下を歩く。
失礼な質問をしてしまった後ろめたさがあったのは否めない。
ただ比留間さんの返した答えは、俺の中に確かな重みを残していた。
その重みを抱えるように力を込めて。
俺はついに、最後の扉を両の手で押し開けた。
「――来たか。浅倉玄人」
ガラス張りの壁から見える赤い空。
1人の男が革張りの椅子に腰掛け、執務机に手をついている。
「本題に入る前に確認しておきたい。君の意志を」
挨拶もなく切り込んできた鷹津は、比留間さんと違って若返った姿のままでいた。
剣を背負い、臨戦態勢で現れた俺を見ても臆した様子はまるでない。
「君はもう”フェンリル事件”の容疑者ではない。加えてストラトスの一件を解決し、今では常人が及ばないほどの社会的評価を得ているはずだ」
ただ、その顔は少しだけ疲れているようにも見えた。
原因は推測できるが。
「人生を取り戻してなお……これ以上何を望み、何故私に会うことを選んだ?」
フェンリルの戦意が高まっていく。
そう、見間違えるわけがない。
鷹津の中に渦巻いている――俺達の敵が放つ、歪な紫魔力の奔流を!
さあ、俺の答えを返す時だ。
「鷹津さん。人生っていうのは、後で取り戻せるほど軽くない」
たとえ魔法で過去に戻ったとしても。
あの暗い病室で感じた寒さや怖さは決してなかったことにはならない。
「何を手に入れようと代わりにはならないから、結局前に進むしかないんだ」
だから俺は歩き始めた。
あの記憶を本当の意味で過去にするために。
「何故会いに来たって? ――決まってんだろ。ここが目的地だからだよ」
”決別”の方法は”決着”以外にあり得ない。
やり抜く覚悟はとっくに出来ていた。
鷹津は表情を変えないまま、机の上で手を組んだ。
「あくまで、か。”不老不死”……人類の夢の前に立ちふさがると?」
「知るかそんなもん。俺はお前に順番を守らせたいだけだ」
左腕をゆっくりと前に伸ばす。
《フェンリルの爪》の幻影が薄っすらと腕を覆った。
「戦えよ、”ノア”の契約者。人類だろうが世界だろうが好きにすればいい。けどそれは、俺達に勝った後にしろ」
鷹津の中で渦巻く魔力に宣戦布告した。
異常にドロドロしているが、その気配は俺や朱莉の契約魔法から受けるものとほとんど同じだ。
何か別の存在の意思が在ることは明らか。そして鷹津が”ノア”の魔法を使うということは――、
「”ノア”ではない」
「――何?」
「さらに言えば、契約者と呼べるような対等の関係でもない。ある程度の自由意思を許された器。それが彼にとっての私だ」
どこか遠くを見るような目が俺に向けられ、
「君が追いかけてきた相手は……1000年前のこの世界で”魔王”と呼ばれた者達の1人。のちに”ノア”を滅ぼし、その力を手に入れた”転移者”の残留思念」
熱に浮かされたようなしゃべり方で、鷹津は言った。
「彼は肉体を失った今でも、地球に帰りたがっている……」




