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第56話 新時代は来ない


”ボス:今すぐテレビを見ろ チャンネルはなんでもいい”



 そんなメッセージが、家で晩飯を済ませたばかりのくつろぎの時間を破壊した。

 慌ててテレビの電源をつける。



「なんでもいいって言われてもな」



 チャンネルを変えていくが、いつもの通りの番組しか――速報?


 映像がニューススタジオに切り替わる。

 ”番組の途中ですが~”というお決まりの口上と共にキャスターが話し始めた。

 どのチャンネルも同じだ。



『つい先ほど東京第3ドームにて行われた、株式会社アークトレイルの記者発表会についてお伝えします。同社は新事業において”既存の魔法とはまったく体系の異なる魔法を活用する”と発表し、現地ではその魔法の実演も行われました』



 アークトレイル社?

 俺ですら名前に覚えがある、ということはかなり大きな企業だ。どんな会社かまでは分からないが。

 第3ドームってことはアーク側……、



『それでは現地での録画映像をご覧ください』



 だよな。地球に直接生中継はできない。

 どうやらボスは録画がテレビ局に届く過程で何かの情報をキャッチしたらしい。

 映像がスタジオから切り替わる――。



 巨大な記者会見室とそこにひしめく大人数の記者達が映し出された。

 撮影位置の高さからするに、映像は会見室の後ろの方からドローンが撮影したもののようだ。


 ……ちょっと気になるのは記者達に椅子がなく、何故かみんな立たされているところ。

 大体座ってるイメージだったんだが。



 会見室の前方には特大のモニターが設置され、その脇の演台には杖をついた男が立っている。

 60代ぐらいか? 脚が悪いみたいだが、スマートで品のある老紳士だ。

 モニターには会社のロゴと共に”アークトレイル社 新開拓事業・記者発表会”と映し出されている。


 間もなく始まるらしい。

 杖の男が演台の上にあるマイクのスイッチを入れた。



『皆様、本日はお集まりいただきまして誠にありがとうございます。定刻となりましたので記者発表会を開始させていただきます。弊社代表取締役社長の(たか)()がご説明いたしますので、モニターの方をご覧ください』



 カメラがモニターをアップにした。

 映し出されていたロゴが別の映像に切り替わる――ドームの外。

 こっちは録画ではなく、通信魔法でライブ配信をしているようだ。



 深い森を背にした小高い丘に1人の男が立っている。

 白髪交じりの短髪、スーツに包まれた体格は平均よりもやや大柄。

 年齢は杖の男と同じぐらいに見える……しかし顔つきはまったく違う。



 覇気。この男が纏っているものはそうとしか言い表せられない。

 戦闘を生業にしてはいなさそうだが、何となくボスに近い雰囲気があった。



『代表取締役社長の鷹津です。本日はアークトレイル社の新事業を発表させていただきます』



 ろくな挨拶もなくしゃべり始める。



『これから皆さんには2つの魔法をお見せします。どちらも新事業の根幹を担うものですが――』



 言いながら、そばに置いてあった魔法具を起動した。



『1つ目の舞台を整えるのに時間がかかる。《敵寄せ》がエリアに浸透するまでの間、概要からお話しておきましょう』



 《敵寄せ》かよ。前に陽太が触って大惨事になった、モンスターを大量に呼び寄せる魔法具だ。



『我が社は従来、協会との連携の下で各地のゲートにおける開拓支援を主軸にしてまいりました。新たなゲートの資源調査に、ドーム建造の有用性評価。入れ替えに伴う一時的な”領主”の代行。しかしそれらは主要な資金源ではあっても、本来の設立目的からは外れていた』



 鷹津の背後にある森がざわめいている。

 《敵寄せ》はきちんと動いているらしい。



『アークに残された痕跡(トレイル)。つまり最初の”転移者”達の足跡を追い、彼らが残したものを分析し、新時代の開拓に利用する。今回の発表は他でもない、その第一歩にして重大な成果が挙がったことをご報告するものであります――さて、準備が整ったようだ』



 直後、森から1体のハウンドが飛び出した……かと思えば、3桁に近い数の群れが続々と現れた!


 さらには少し離れた位置から2桁を超える数のリザードマンが姿を見せる。

 反応したハウンド達が《敵寄せ》を気にしながらも向き直り、威嚇行動を開始。

 お構いなしのリザードマン達は武器を振り回して突入する――その瞬間。



 少し前に森の奥で立ち昇り、徐々にカメラに近づいてきていた土煙。

 その主が木々をまるでブルドーザーのようにかき分けながら登場した。


 巨大な(わし)とドラゴンの双頭、キマイラ。


 カメラ越しだからランクは測れない、けどドラゴンのパーツを持ったキマイラでCランク以下というのは考えづらい。

 体の露出部分に星石の光は見当たらないが……もしかするとAランクの可能性もある。

 それだけの迫力を持つモンスターだった。



 ハウンドとリザードマンは、そいつが現れた瞬間に小競り合いをやめて走り出した。

 キマイラもまた追いかけるように進撃する。

 3つの勢力は同じ方向……《敵寄せ》の発信源である、鷹津とカメラの方へとまっすぐ向かってくる!



『1つ目の魔法をご覧ください』



 自分の立つ丘を怒涛の勢いで駆け上がってくるモンスターの群れに、鷹津はまったく動揺を見せないまま片手をかざした。

 開いた手のひらが、カメラに映る群れを横一文字になぞるように動かされ――、



「…………は?」



 俺はあり得ないものを見た。



 横一文字になぞられた手、その少し前の前方の空間に紫の光を放つ亀裂(・・・・・・・・)が現れた。

 破れた亀裂が空間に大きな裂け目を生み出すと――モンスター達は吸い寄せられるようにそこに飛び込んでいく。

 ハウンドもリザードマンも、キマイラでさえも。


 そして……モンスター達は消えた。


 裂け目を通り越して反対側に出てきたりもしない。少なくともカメラに映る範囲には、どこにも見当たらなくなっていた。



『何が起きたのか。もう一度、今度は()()()()()()()ご覧入れましょう』



 事を終えた鷹津がカメラの方に向き直り、今度はこちらに手をかざした。

 視界を遮るように紫の亀裂が現れ、今度は人間1人分の大きさの裂け目が開く。



 そして裂け目の中へと踏み込んだ鷹津が――会見場に開いた裂け目の出口から現れる。

 杖をついた男からマイクを受け取り、どよめく記者達を見渡しながらスイッチを入れた。



『今お見せしたのは、現時点において全世界で唯一と断言できる――』



 事件の日から一度も忘れたことはない。

 加えてこれまで何度も直接見る機会があった。

 あれは間違いなく――、




『瞬間移動魔法だ』


 ”ノア”の召喚魔法だ。




 記者達のどよめきがざわめきに変わり、そして質問の嵐となるまでそう時間はかからなかった。

 無数のフラッシュが鷹津と背後の裂け目を連写する。


 その裂け目が、何の前触れもなく閉ざされた。



『この魔法の有用性について詳しい説明は不要でしょう。一言で言えば”革命”です。流通、軍事、そして開拓。人類のアークへの移住を力強く支援する鍵となる。ただ――』



 記者達が静まった。

 鷹津がまだ何か言おうとしていることを察したのだ。



『それはあくまで既存の枠組みの中、人類社会自体を変えるものではない。別の場所で2つ目の魔法をご紹介しましょう』



 手を振ると、先ほどのものよりも大きな裂け目が現れる。



『どうぞ瞬間移動をご体験ください。向こう側でお待ちしています』



 そう言って鷹津は裂け目の向こうへと消えていった。



 後に残された記者達は……さすがというべきか。

 少しの間ためらっていたものの、最初の1人を皮切りに続々と裂け目の中に歩き入っていく。


 そして最後に杖の男が行ったのを見届けた後、撮影用ドローンもまた向こう側へ。




 裂け目の向こうの映像は、どこか見慣れた廃墟のものだった。

 周囲を見回すカメラが捉えたのは赤い空と壊れた天井、崩れたビル群。

 ドーム? しかもここは……これも”ノア”との関係だろうか。



『ここは第2ゲート。半年前にとある事件で崩壊したドーム……しかし、皆さんは1つ疑問を持たれているはずだ』



 そう、第2ゲートだ。

 つい昨日も最後のタワーを破壊するためにここに来ている。

 けどその光景には、俺の記憶と大きく食い違う点があった。



『”アークトレイル社の拠点はいつ再建されたのだ”と』



 鷹津や記者達が立っているのは瓦礫の散らばる地面ではなく、綺麗に舗装された大理石の広場。

 その広場の先には巨大なビルが1棟、ヒビひとつない完全な状態で建っている。

 昨日まではなかったもの。


 もちろんアークで建物を建てる時は魔法を使うことになるから、地球で同じことをするよりもはるかに早いのは間違いない。

 とはいえいくらなんでも1日で再建するのは不可能だ。



『先程2つ目の魔法と言いましたが……正確には1つ目と同じ魔法の別の側面です。概念魔法のようなものだと考えてください。私は新たに発見されたこの魔法を、《宇宙船》と呼んでいる』



 やっぱり特殊な魔法か。

 概念魔法の名付け方とは違う、この男の趣味で付けられたような名前にも思えるが。



『《宇宙船》は我々が幼き頃の夢の象徴であると同時に、この魔法が持つ力を比喩している』



 ……もし、そうではなかったとしたら。



『宇宙における瞬間移動(ワープ)の考え方に”ワームホール”を利用するものがありますが、この方法には()()()()()()()()があることをご存じの方もいるでしょう』



 この男の言う”夢の象徴”。

 不可能を可能にする何かがあるとしたら――。



『では要点を。《宇宙船》には瞬間移動に加え、(もの)の時間を操作する力がある』





 …………その言葉は、俺にも、映像の中の記者達にも浸透しなかった。

 それを見越していたかのように、鷹津は表情を変えないままで背後のビルを指さした。



『時間操作によって、このビルは瓦礫の山から数十秒で元の姿を取り戻した。そして物とは無機物だけを指す言葉ではない。人間もまた物なのです』



 《宇宙船》が鷹津の前に裂け目を作り出す。

 鷹津はその中へと踏み込んだ――。



 裂け目に入った鷹津は、トンネルを通り抜けるように反対の出口から現れた。

 その姿は。

 直前までのこの男とは明らかに異なる年代(・・)に変わっていた。



『精神に影響は出ないはずだが、身体が軽くなるのは良いことだな』



 独り言のように言うその男の、ほんの数秒前まで白髪交じりだったはずの髪は黒々と光り、顔の皮膚は張りを取り戻している。

 元々がっしりとしていた体格は、内部のエネルギーを大きく増して膨らんだかのような力強さを見せていた。



『そこの方。どうぞ写真を』


『えっ? あっ……はい』



 促され、放心状態から戻った記者の1人が慌ててカメラを構えた。



『弊社サイトには私の社長就任時の写真が掲載されている。比較していただければ、今の私が()()()()()()()()姿()だとお分かりになるだろう』



 ただの録画映像にブルッと背中が震えた。


 この男は絶対にあり得ないことを言っている。

 本能に近い部分でそう思いたがる自分を、頭の中の自分が否定する。



『これこそが人類社会そのものを変革する魔法だ。……比留間、ここへ』


『ええ』



 比留間と呼ばれた杖をついた(・・・・・)男が鷹津の隣に立つと、再び空間に裂け目が現れた。


 …………おい、まさか。

 まさか、そういうことを言いたいのか!?



 比留間は杖をついたまま裂け目をくぐり抜ける――反対から出てきたその姿は、鷹津と同じく若返っていた。

 さらには杖を持ち上げ、脇に携えて。

 力を取り戻した両の脚で、しっかりと地面を踏みしめてみせた……!



『ご覧になったでしょうかっ!』



 鷹津が声を張り上げる。



『地球で負った障害や重大な疾病は、魔法でも治せない! しかしもしも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ならば!! ――この魔法は貴方の”時”を戻すことができるっっ!!』



 人間は、寿命を超越する。

 この男が言っているのはそういうことだった。



 記者達は誰もが黙ったままで、また身じろぎ一つしなかった。

 俺にはその気持ちが分かった。

 彼らは熱狂しているわけでも、冷めているわけでもない。



 今、自分達は歴史の転換点に立ち会っている。

 その事実に圧倒されることしかできなかったのだ。



『一週間後、この第2ゲートにて我が社の新事業”永遠都市創設計画”を始動いたします。そしてその場にはこの映像をご覧いただいている皆様をご招待しましょう。まずはこの残骸となったドームが、魔法のように(よみがえ)るところを見守っていただきたい。――本日はお集まりいただき、誠にありがとうございました』



 発表会は終了した。



「…………なるほどな」



 1ミリも”なるほど”ではないが、落ち着くためにとりあえず口に出した。

 ……いや、少し整理されてきたかもしれない。



 考えてみれば”ノア”の召喚魔法には2つの要素がある。

 まずは召喚時の位置指定。

 今までガーディアンが俺よりはるか上空だったり、地下だったりに召喚されたことはなかった。

 狙った位置に召喚する力というのが鷹津の言う瞬間移動だろう。



 そしてもう1つ、時間操作。

 ガーディアンは常に全快の状態で出現する。

 けど取り込まれる前に手負いだった個体もいるはずだ。

 ”ノア”がせっせと修復したんだろぐらいの理解でいたが……さっき見たものからするに、全快の状態の記録(・・)を呼び出していると考えた方が妥当だろう。


 人間だってアークで負った傷は地球に戻れば消えるのだから、あの世界では全てが魔法的に記録されているのだと思う。

 本質的には時間”操作”というより時間”指定”だな。



 しかし何故、あの鷹津という男がその魔法を使えるのか?

 それは直接(・・)確かめるしかない。



 スマホでSNSを開く。

 最新のトレンド機能は、特定のワードについて表示桁がぶっ壊れたような投稿数を叩き出していた。

 ”不老不死”、”瞬間移動”、”永遠都市”。


 間もなくSNSの挙動がおかしくなり……やがてエラーを吐いて画面が表示されなくなった。

 サーバーがダウンしたようだ。

 世界規模で展開されているこのサービスがそうなるのは、少なくとも俺が知る限り初めてのことだった。



「はあ~~~……」



 深く、深くため息を吐く。

 頭の中を通り過ぎていくのは、ここ最近持ち直していた世間の俺に対する評価の数々だ。


”応援してます”

”浅倉さん、本当にありがとうございます……ッ”

”デートしよデート! あたし達と!”



「はあ~~~~~~」



 もう一度ため息が出て、それを出し切った後、俺は座っている座椅子ごと後ろに倒れ込んだ。



「短いボーナスタイムだったな」



 天井を仰ぎながら呟いた。


 けど実際口で言うほど惜しくはなかった。

 待ち望んでいた日がやってきたことの方が、よほど重要だったから。




 ――――さあ、行こうか。

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