第55話 トリガー
結局水住にあちこち連れ回されてしまった。
というかまだ終わっていない。今はショッピングモールの携帯ショップ前で、新しくなったスマホをいじりながらあいつが出てくるのを待っている。
剣の修理は問題なかったので今度こそ解散……の前に昼飯ぐらい食べていくかとスマホを取り出したところ、液晶割れどころかフレームがゆがんでいる惨状を見られてここへの連行が決まったのだ。
店に入ってすぐ決まるものでもない上に、たびたび水住が口を出してくる所為で結構長居してしまった。
あいつはあいつでソフィアさんにスマホカバーをプレゼントすると言い出したから、隣で細かくアドバイスして差し上げていたら店外待機を命じられたのがついさっき。
何か釈然としないものがある。
休日ともあってモールの中は色んな人達でひしめいている。
カップル、友人同士、家族連れ。その中で、通路の端とは言え1人で突っ立っている俺は少し目立つようだ。
特に若い客に指をさされることが多い気がする。いやさすなよ。普通に失礼だろ。大きい声出すぞ。
「あれっ!?」
今もまた若い女達が俺の前で立ち止まった。
女子大生か? いかにも”遊んでいます”という雰囲気の2人組だ。
こっちを見て目を大きく見開いている。
「フェンリルだー!?」
「わっ、ほんとだ! なんでこんなトコいるの!?」
…………俺はストラトスの前で”フェンリル”と名乗ったことを今更後悔し始めていた。
相棒の名前に対して不義理ではあるが、こういう人の多い場所で呼ばれるには荷が重すぎる。
まだウ○コマンの方が気が楽だ。
「なんか怖い人いる~って思ったのに、あははっ」
「なにしてんの? もしかして1人?」
「何もしてないからあっちいけ」
「えー? いいじゃんちょっと話そうよー」
女は2人いると無敵になるらしい。
そこそこ邪険にあしらったつもりだがまったくダメージを受けた様子がない。
「てか、えっと……あれ? なんだっけフェンリルくんの名前」
「フェンリルくんでよくない?」
「いっか! たしか高校生だよね? 若いな~あたしも若い頃はな~」
「2つぐらいしか変わんないじゃん」
もはや俺を置き去りにしてしゃべり続けている。
が、そのおしゃべりがぴたっと止まる。
2人で後ろを向き、何かしら相談してからこっちに振り向いた。
「フェンリルくんさ、ヒマだったらどっかいこ?」
「デートしよデート! あたし達と!」
「…………はあ」
ため息が出た。
ふざけやがって。
初対面だぞ? しかも1対2。
してみたいに決まってんだろ。
初デートでその経験は脳を焼かれるのではという心配もあるが、それを織り込んでも突っ込む価値が――今、なくなった。
携帯ショップの中から出てきた銀髪が、雑踏を割りながらこっちに歩いてくる。
一瞬で状況を把握したらしい。怪訝そうに細められていた瞳が、すぐさま冷ややかな色に変わっていった。
「あれ、どったん?」
「誰かいる? ――え”っ!?」
振り返った2人組が後ろにいた水住を見て絶句した。
「私の知り合いに何か用ですか」
「み、水住紗良!?」
「うわ、うわうわうわ、本物だ……! 顔ちっちゃ!」
「知り合いって……この2人がデートってこと!? ウソでしょ? だって、だって……!!」
片方の女が”信じられない”とばかりに俺達を交互に見てから、俺の方を指さした。
「フラれてたじゃんっっ!!」
「ん”あ”あ”あ”あ”あ”ッ!!!!」
俺は発狂した。
◇
おかしいだろ。なんでその辺の女子大生が俺の恋愛事情を把握してんだよ。
もちろん理由は知っているがそういうことじゃなく道理を問うている。
SNSにアップされた俺の告白~水住にぶん殴られるまでの動画は、一体いつになったら削除されるのかと言っているのだ。
「自業自得」
隣を歩く水住がジトッとした目でそう言った。
「私からすれば罰が足りないくらい。最近はモテてるみたいだし? 少し目を離しただけで声かけられて」
「レアモンスターみたいな扱いだったんだが」
「どうだか。気づいてる? さっきから色んな人がこっちを見てる」
お前が見られてんだよと思ったが、確かにすれ違う奴と目が合うことが多いのに気がついた。
俺を浅倉玄人だと気づいているようだ……これはもしかして。
「ついに俺にも”オーラ”が出始めたか……」
「浮かれないで恥ずかしいからっ」
「浮かれてない。今しかできないことがないか考えてるだけだ」
「女の子とトラブルにでもなったら志乃さんがなんて言うか」
「お前に告った件で見捨てられました」
ちょっと前に店に行った時のことだ。
店長は目の前で例の動画を再生し始めたかと思うと、困った顔をしながらずーっと俺を見つめてきた。
”バカにつける薬なし”と言ったところだろうか?
そのまま最後までノーコメントだった。
「…………」
水住が何か言いたげな目で俺を見ている。
こいつもこいつで、あれだけの仕打ちを受けてよく俺の連絡先を消さなかったものだと思う。
一方俺は気楽なものだ。
もうどうやっても水住はノーチャンスなので張り切って好感度を稼ぐ必要がない。
堕ちるところまで堕ちてみると、気心の知れた女友達というのは案外悪くなかったり……あ、そういえば。
「水住、お前がうちに置いていった葉っぱなんだが」
「バジルのこと?」
「そうそれ。どうやって使うんだ? 味噌汁にでも入れればいいのか?」
賞味期限もクソもなさそうな葉っぱではあるが、キッチンに置きっぱなしなので時々気になっている。
白米にかけてみたが美味しくなかった。
「…………そのままにしておいて。気が向いたらまた作りに行ってあげるから」
「毎日来いよ」
しばらく黙り込んだ水住がそんなことを言ったので適当に返しておく。
というかそろそろ晩飯のことも気にしないといけない。
いや、今解散すればそこまでにはならないか……あれ?
「水住?」
いつの間にかいなくなっている。
数秒前まで隣にいたのに。
振り返ると、足早に、まるで可能な限り早くここから遠ざかろうとしているような後ろ姿がある――そこで俺は、自分が何を言ってしまったのかを自覚した。
『毎日(飯作りに)来いよ』
「キッッッッ……!!」
キモすぎィーーーーーーッッ!!
どんな勘違い野郎!? なーにが気心の知れた女友達だよ!!!!
「待てっ! 今のは適当に言っただけで――」
慌てて背中を追いかける。
水住は返事をせず、俺に追いつかれまいとさらに足を速めた……!
後ろから見える耳は真っ赤に染まっている。
あまりにも限度を超えたキモさにより培ってきた信頼関係がボロボロと崩れ去っていく!
それからしばらくの間、俺はすれ違う人達に笑われながら水住さんのご機嫌取りにいそしむことになったのだった。
でも何故かその後晩飯を作ってくれた。
◇
――――しん、と神経が冷えた。
戦いの前の独特な感覚が、移動中に思い返していたここ数日の出来事を塗り潰していく。
「行けるか?」
「はい」
ボスに短く答えた。
うなずいて前を歩き出したボスの背中には、いつもの巨剣がぶら下がっている。
右腕のパワードアームが魔力のラインを光らせていた。
想像していたよりもフェンリルが静かだ。
もっと闘志を露わにすると思っていた。
俺達は今――因縁の第2ゲート、その最後のタワーを目の前にしているのだから。
地球で店長に送り出されて数時間。
ボスの駆る大型バイクに揺られて荒れ地を越え、左右に切り立つ崖の谷間を走ってきた。
その谷間を抜ける少し前で、俺達はバイクを降りて徒歩へと切り替えた。
そして間もなく出口に差し掛かる。
最後のタワーは出口の先、両側の崖を吹き飛ばして生まれたかのような、不自然な広場にそびえ立っている。
静かに明滅する紫の魔力――しかし。
「出ませんね」
ガーディアンのことだ。
まだ少し離れてはいるものの、これまでのタワーならモンスターを呼び出していた距離だと思う。
ましてこれは第2ゲート最後の1本。
”ノア”にそういうものがあるのかは分からないが……普段より防衛意識が高くなってもおかしくないはずなのに。
無言のまま巨剣を掴んだボスを見て、俺も剣を抜く。
タワーまでの距離はもう50メートルもない。
明らかな異常事態だ。
「ここで待て。俺1人で破壊する」
「……分かりました」
一瞬反論しかけたが、下がって視野を広げた方が安全かもしれないと思い直した。
1人進むボスがどんどん近づいていく。
残り30……20……何も起こらない?
どうなってる?
ついに触れられる距離まで到達してしまった……タワーは変わらず紫の光を放っている。
それだけだ。
「エンチャント」
ボスに様子を窺うつもりはないらしい。
上段に構えた巨剣が冷気を纏い、ミスリルの刃を極光が包んでいく。
3メートル近くまで伸びた氷刃を――ひと息にタワーへと振り下ろした!
「――っ!?」
思わず息を呑んだのは、その氷刃が何の抵抗も受けずに魔石の塔へと斬り込まれたからだ。
出るはずのバリアが出てこない。
まるでただの岩の塊であったかのように、最後のタワーは剣閃に沿って原形を失い――そして崩れ始めた。
それが完全に崩れ落ちるまで、俺達は身構えていた。
しかし……最後まで何も起きることはなく、やがて俺とボス、どちらの超感覚も”ノア”の気配を捉えられなくなって。
目的を失った俺達は地球に帰還することになった。
――――事が起きたのは、その翌日だった。




