第53話 介入
「遅かった!」
「――入っちまったか、あのバカッ……!」
校門の前で俺達は呼吸を整える。
守衛にでも止められていればと思ったが、朱莉の姿はどこにも見当たらない。
そしてちょうど下校時刻だ。詰襟の制服を着た生徒達が、こちらを怪訝な目で見ながら校門を出てきている。
いや……何人かの生徒が、立ち止まってスマホ片手に校舎を振り返っている。
その人数が徐々に増えだした。
明らかに異常を察知した様子だ。
「本当にここだな、ゲート」
「玄が言うならもしかしてと思ったよ俺は……。朱莉もそれで突っ込んでったんだろ。どうする?」
「行くぞ」
「どうせそう言うと思ったよ! また生活指導行きだ……!」
俺だって嫌だが放っておくわけにもいかない。
ゲートの位置はここまで近づけばはっきり分かった。
生徒達の間をすり抜け、それがある校舎へと向かっていった。
「玄、下駄箱がねえ!?」
「土足でいいのかこれ!?」
カルチャーギャップに驚きながらピカピカに磨かれた廊下を走る。
まばらにいる生徒は例外なく同じ方向を気にしていた。
別の学校の制服を着た俺達に何か言いたげな奴もいたが、積極的にとがめようとはしてこない。
そして端の方にある階段を駆け上がり――聞こえてくるざわめき。
大勢の人の気配。
廊下の曲がり角の先で、ようやくその場所に行き着いた。
「ど真ん中かよ」
廊下を半ばふさぐようにして出現したようだ。
そのゲートを挟むようにして大量の生徒が詰めかけている、
……見物か? 避難は?
「ゲートの前に朱莉! 誰かと話してる」
背伸びした陽太には見えているらしい。
手前で捕まえられたら良かったが……ここまで来たら行くしかない。
道をふさぐ男子生徒の肩に手をかける。
「悪い、どいてくれ」
「ん? ――うわっ!?」
振り返ったところを軽く横に押して進む。
俺を見たそいつは派手に驚いて、
「ちょっ、えっ? ……浅倉玄人!? なんで!?」
辺りに響く声を上げた。
”……浅倉?”
”え、フェンリルの? 本物?”
”あの子と同じ学校の制服だね”
名前が売れててプラスになったのは初めてかもしれない。
反応した生徒達がざわつきながら空けてくれた道を通り抜けていく……ゲートの手前で男の教師と向き合う朱莉が見えた。
教師の他にも、ゲートを挟むようにして守衛が2人立っている。
侵入を防いでいるようだ。
「君達もすぐに下校しなさい! ここはもうすぐ封鎖され……ん? またかっ……!」
「クロ!」
生徒に呼びかける教師が、俺達を見て困惑をあらわにした。
気づいた朱莉も振り返る。
「よその学校の生徒が3人も、何故勝手に入ってきているのですか! 早く出ていきなさい!」
「ごめんなさい!」
怒鳴る教師に朱莉が頭を下げる。
「友達がここに通ってるから心配で! もし向こうに入ってたらって……」
「たまたまここにいたかもしれないと? 連絡は試してみたのですか?」
「電話、繋がらなかったんです!」
「……だとしてもここであなたにできることはありません。今は大人しく帰って、連絡を続けてみた方が良いでしょう」
至極まっとうな意見だ。
そもそも校舎の広さからして特定の生徒が巻き込まれる可能性は相当低い。
みんな頭良さそうだから自分で飛び込むとも思えないしな。
今回ばかりは朱莉の心配しすぎだろう。
俺は2人の間に割って入った。
「城陽高校の浅倉です。勝手に入ってすみません、こいつを連れ戻しにきました」
「浅倉……あっ!? 君は――」
「俺も先生の言ったことが正しいと思います。知り合いのことは外でもう一度確認させるので」
「え、ええ。そうした方がいいでしょう。これ以上被害を出さないためにも」
――――何?
俺が朱莉を引っ張っていこうとしていた足を止めると、教師は”しまった”という顔をした。
「誰か中に?」
「……ゲートが開いた直後に3名巻き込まれたと」
気圧されたように教師が答える。
「名前は!? ――むぐっ!?」
勢い込んだ朱莉の口をふさいでから陽太の方に押す。
誰がというのは今重要じゃなかった。
「もう10分経ってる。自衛隊と協会は?」
「あと15分はかかると連絡が……」
遅すぎる。
入った生徒が戻ってこないのは魔力酔いか、モンスターに襲われたか。
あるいはその両方か。
……乗り掛かった舟だな。
この先生次第だが、もうやりきってしまわないと寝覚めが悪い。
「開いたばかりのゲート周辺は魔力が濃い。簡単に言うと危険です」
「分かっていますが救援が来るまではどうにも」
「命の取り返しはついても精神までそうとは限らない。学校はそれを真剣に考えてますか?」
「当たり前でしょうっ!」
厳しい顔つきで言う教師の目を見つめ返す。
「なら俺達に入らせてください」
「えっ? それは……」
「信じられないと思いますが、俺にはAランクの討伐経験があります。大抵の状況には対応できる」
「いえ、もちろん浅倉さんのことは存じ上げていますが――」
「であれば許可をお願いします。俺達も万が一、向こうにいるのが知り合いである可能性を潰しておきたい」
向こうにタワーが何本立っているかは分からないが、過去の事例と同じならアークの時間で何百年も周囲に魔力を放出し続けてきたはずだ。
そういうエリアに集まってくるモンスターは質より量。
ろくな装備を持ってきていない今でも対処は可能なはず。
しかし、少しの間悩んだ教師は、周りの生徒を見回してから難しそうに首を振った。
「貴方ならきっと申し分ないのでしょうが……新たに開いたゲートに入れるのは自衛隊か、協会の依頼を受けた開拓者に限られている。法律は破れません」
頭の固い人、と評価するのは乱暴だ。
”緊急時だから”といって、まさにその緊急時の安全のために作られたルールを破る姿を生徒には見せられないのだろう。
確実に上手くいく保証もないのだから。
けど手続きを踏めばいいなら、やりようはある。
「依頼があればいいんですね」
「……? 何を――」
ポケットからスマホを取り出した。電話をかける相手は店長だ。
数コールで通話が繋がった。
『はいもしもし、私よ』
「店長、緊急です。新しく開いたゲートに入りたい」
『――あんたの高校の近くだったわね。状況は?』
さすが、もう位置まで把握しているらしい。
「目の前にいます、別の高校の中。3人巻き込まれて10分経ってる。現場を封鎖中の教師と話してます」
『あんたの方は?』
「武器なし、魔石いくつか。朱莉と陽太もいますが似たような感じです」
『……突入の経緯は』
「ほぼなりゆき、詳細は後でも」
しばしの沈黙。
『――分かったわ。状況によっては2人は帰すこと。あんたのことは判断に任せる』
「分かりました」
『電話を渡したら準備を始めて』
耳から離したスマホを教師に差し出した。
「協会の特別指定業者に繋がってます。斎藤商事という上級職員の身内の店です」
「は、はい……」
困惑しながら受け取ったのを尻目に後ろへ振り返る。
「朱莉、陽太、準備しろ」
「おう!」
「わかった!」
それぞれがバッグを下ろして漁り出す。
俺が魔石をいくつか取り出す横で朱莉が手にしたのは、
「予備の穂先か」
槍の先端を外して持ち歩いていたらしい、剣にはない利点だ。
「うん。柄は《土属性》で作れるけど……」
それには魔石を使うことになる。朱莉も普段ほどの数はなさそうだし、できれば温存したいだろう。
目に付いたのは、廊下の端にある縦長のロッカーだ。
人波を割って近づく。うちの学校と違って高価そうな木製だが、予想通り掃除用具入れだった。
入っていた床ホウキを拝借する。
「これ、もらってくぞ」
誰にともなく言い置いて、壁に立てかけブラシっぽい部分を蹴り折った。
近くの女子が”ひっ”と声を上げたのを聞き流し、残った柄のささくれてない方を朱莉に差し出す。
「使え。ケガするなよ」
「ありがと!」
「お前らね……」
陽太が腕に《前鬼》のアミュレットを巻きながらドン引きしている。
もちろん緊急時なので正当化されます。
「浅倉……さん」
「ん?」
男子生徒が背中から声をかけてきた。
当然知らないやつだ。
俺より体格の良いそいつは、何故か緊張しながら手を差し出してきた。
「これ、よかったら使ってくれ……ください!」
手の上には薄い緑色の魔石が乗っている。
これ結構良い値段するぞ?
一般人に縁があるとは思えないし、こいつも開拓者なのかもしれない。
「いいのか? いや、助かる。後で金払う」
「い、いいです! 僕らの学校のことですし」
「じゃあ使わなかったら返す。というかなんで敬語? 歳変わらないだろ」
「それは……」
男子生徒は少し困った顔を見せた。
「僕、開拓者なんです。浅倉さんとは全然比較にならないけど……応援してます、友達もみんな」
「おう……?」
「浅倉さん!」
首をかしげたところに今度は教師が声をかけてきた。
忙しいな。
スマホを差し出した様子からするに手続きが整ったらしい。
「斎藤商事に依頼を出しました、入ったのは女子生徒2名、男子生徒1名です……どうかよろしくお願いします!」
「引き受けました」
廊下の端で頭を下げた教師の横を通り、ゲートの前に立つ。
陽太が指を振った。
「朱莉、俺、玄の順。安全第一?」
「中を”視て”からだ。最初だけ俺から入る、10秒空けて来てくれ」
「うん」
即席の槍を携えた朱莉が低い声で応えた。
準備万端のようだ。
ゲートに触れる一歩手前で振り返る。
気力にあふれた朱莉と陽太、俺達を見守るたくさんの生徒、そして教師。
もう一度頭を下げた彼にうなずいてから、俺は突入した。




