第47話 アンタレス
目の前で交差するアンタレスの両鎌。
さすがはAランクのメインウェポンと言うべきか、それは新しくなった俺の剣と雷エンチャを完全に防いでいた。
らちが明かない、そう判断して飛びすさるように《力場》を蹴り、すぐさま切り返して両鎌をくぐり抜けるように前に跳ぶ。
狙いは頭だが――
《爪尾が俺を貫こうとする》
予幻が見せた軌道に剣を置く。
高速で伸びてきた尾の鉤爪が刃を弾き、衝撃で後ろに吹き飛ばされた。
そう簡単には行かないか。
流れていく景色の中、アンタレスへと駆ける天満が見える。
俺が空中で体勢を立て直し、地面に轍を残しながら着地すると同時に両者が衝突した。
光エンチャを纏った剣が斜めに斬り上げられ、アンタレスの左の鎌をかち上げる。
次はその勢いを生かしたまま切り返すように右をかち上げた。
間合いが微妙な時はステップを踏んで調整し、その繰り返しでアンタレスとの距離を詰めていく。
天満の剣術は、俺のように予測でごり押しするものではなく積み上げられた技術によるものだ。
それでもぶち当たる壁は変わらない。
隙を潰すように突き出された爪尾を受け流そうとしたものの――開いた鉤爪に引っかけられた。
あえて逆らわず、勢いに流されて宙に逃れた天満をフォローしようとストラトスが動きを見せる。
『シューター、槍! 牽制でいい!』
魔法によるものか? インテリの声は戦場でも妙に響いている。
通信塔の代わりの手段は用意していたらしい。
応じたストラトスの射撃チームが銃を構えて一斉に《魔力の槍》を放つ。
標的の大きさ故に全弾命中はしたものの……当たった場所はバラけていて、ダメージが入ったようにはまったく見えない。
それでもアンタレスは相手をするようだ。
怒りやいら立ちのようなものは見せずに淡々と魔法を使う――上空に100を超える魔力の塊が現れ、流星群のように降り注ぐ!
『プロテクト、防壁!』
盾を持ったチームが、射撃チームを守るように空に向けて《魔力の壁》を展開。
上から襲い来る攻撃をなんとか防いでいる。
しかし流星に止む気配はないどころか、上空には追加の塊がどんどん現れる。
そしてその規模の魔法ですらアンタレスには片手間のものらしい。
再び距離を詰める天満を迎え撃とうと、左右の鎌を研ぐように擦りつける。
天満にやらせるわけにはいかない。
降り注ぐ流星の中を走り抜け、アンタレスの側面から俺は迫る――
「浅倉ァァ!!」
脇から突っ込んできた男を、身体を開いて回避した。
男は地面を削り勢いを殺して俺に向き直る。
野獣のようなそいつは、怒りにまみれた視線をこっちに向けていた。
カケルだ。
「テメェは行かせねえ!! 悠の邪魔すんなッ!!」
拳を構えて突っ込んでくる。
遊んでる時間はない。
俺が《影縛り》を、フェンリルが《雷の槍》で終わらせようとする――その前に、俺達の間に黒い炎が割り込んだ。
「なっ、お前……!? ぐあっ!!」
驚愕したカケルが、振り下ろされた槍で肩を殴打される。
続いて伸びてきた高速の突きを拳で弾き飛ばそうとするも、それはフェイント。
《力場》に軸足を置いて放たれた強烈な蹴りが、カケルの巨体を吹き飛ばした!
割り込んできたのは――朱莉だ。
俺に背を向けたまま槍を回し、地面の瓦礫を突き砕いた。
ライブ配信を見て駆けつけたのか?
赤い髪は真っ黒に染まっている……つまりファーヴニルの時と同じで、完全にブチ切れている。
カケルじゃこいつの相手にはならない。
「終わったら水住を守れ」
「分かった」
短い返事を聞いて踵を返す。
そうこうしているうちに、アンタレスのそばには天満だけではなくストラトスの近接チームも出張っていた。
聞いたところによるとストラトスのチームは近接、射撃、防護、支援に分かれている。
そのうち近接チームの仕事は直接Aランクを叩くことではなく、召喚魔法で呼び出される大量のモンスターを天満に近づけないことだったはず。
どんな実力者だったとしても、周りのスペースを雑魚に埋められたら大物の相手は難しくなるからだ。
その役割を放棄した?
いや、そもそもアンタレスに召喚魔法を使う気配がない。
……インテリは召喚魔法を持ってないAランクだと判断したのか? 持ってるなら流星群じゃなく、そっちを使ったはずだとか。
その判断がどう転ぶかは分からない。
とにかく俺は、こいつらから主導権を奪う!
振り回される鎌を前に攻めあぐねる、近接チームの間をすり抜け。
敵の一撃を防ぎつつも吹き飛ばされた天満を、後ろから追い抜いていく。
頭を狙おうにも、絶妙なタイミングで襲ってくる爪尾を天満も突破できていない。
だから俺はそっちから攻略する。
魔石を取り出しながら左右の鎌をかいくぐり、隙を見てフェンリルが《雷の槍》をアンタレスの頭にぶち当てた。
それほど効いた様子はないが誘いには十分だ。
俺は追撃を狙うように突っ込んで見せてつつ、背後から迫る爪尾を予幻で捉える。
背中を抉られる直前にブレーキをかけ――振り返りながら魔石を握り砕く。
左手に出た《フェンリルの爪》が爪尾とぶつかった!
3本の鉤爪にヒビが入る……折れなかったか!
向こうも攻撃直前で魔力が強まっていた。
それでも、この戦いが始まってから初めてもらったダメージにアンタレスが強く反応する。
巨体を後ろにスライドして距離を取り、ヒビ入りの爪尾を高い位置で砲塔のようにかざしてみせる――閉じた鉤爪の中心に魔力が集束する。
わずかな時間を置いて、そこから光の柱のようなレーザーが発射された!
地を這うレーザーが蛇行し、地面を抉りながら俺を追いかける。
予幻がある俺は難なく避けていく……しかし巻き添えを喰らった近接チームは消し飛んだ。
直撃しなかったやつも余波だけで弾き飛ばされていく。
レーザーと近接攻撃は同時に来ないみたいだが、ストラトスにとって危険度が高いのは前者だ。
そう認識した天満が強引に距離を詰めていく。
右側の鎌に潜り込みレーザーの射線を消すと、斬り上げた剣を腕と鎌の境目に食い込ませた!
短時間で2度の有効打を喰らい、怒りをまき散らすアンタレスがレーザーを止めて地面を叩く。
その衝撃で転がった天満を制圧したと見たのか、今度は二対の目が離れた位置にいる俺を睨みつけた。
始まったのは巨体による突進だ。
《力場》で宙に逃れる俺を尻目に、ストラトスを何人か轢きながら、まだ残っていた防壁に激突した!
ぶっ壊れた壁の破片が、たまたま近くにいたストラトスの女に飛んでいく。
自分を押し潰そうとするそれを呆然と見上げて――
「危ねえっ!」
伸びてきた《念動力》の光線が破片を受け止めた。
光線の主はそのまま破片を放り捨てると、まだぼーっとしている女の背中を強く叩く。
「びびってるなら逃げちまえって、誰も怒んねーから!」
言い置いてこっちに走ってきたのは陽太だ。
俺に対しては怒り顔を見せている。
「玄、てめえ!! 行くなら一言メッセしろっつーの!!」
「水住んとこ行け! まだ召喚が来てない!」
「スルー!? ……いや水住さんどこ!? 人多すぎぃ!!」
ありがとな。
どこかは俺も知らない。
そんなことをやっているうちに、防壁にめり込んだ鎌を引き抜いたアンタレスがいよいよ本気の気配を見せ始める。
左右に掲げた両方の鎌、そして前に向けた爪尾を基点にするように構え――今までよりも多くの魔力を集め始めた。
この魔法は撃たせたらまずい。
阻止しようと走るも突進で開いた距離を埋めきれず、相手の方が一歩先を行く。
「――っ」
基点に集まる魔力が結合して巨大な魔力球に変化し、周囲に暴風を巻き起こした。
俺も、同じく距離を詰めていた天満もその風の勢いで足が止まる。
人間の区分でいうレベル5……属性魔法の最上級、《彗星》。
俺とフェンリルがこの基地を半壊させた魔法が、今度は俺達自身に向けられていた。
彗星はどんどん大きさを増し、既にアンタレスの体よりも大きくなっている。
直に喰らえばフェンリルでも耐えきれるか分からない!
左手をポケットの中に突っ込んだ。
そこには店長から持たされた特別な魔石、"星石の欠片"が入っている。
アンタレスの体に埋まってるのと同じランクのひとかけらだ。
これで《雷》の概念魔法を使えば、この風どころか彗星を突き抜けてアンタレスに刃が届く。
けど壊れた概念魔法は代償として俺を戦闘不能にする可能性がある。
……それでも負けるよりはマシか。
いや、一撃で決めればいい!
欠片を強く握り込む――直前、離れたところに覚えのある魔力を感じとった。
振り向いた先で銀が閃くと、同じ色の魔砲が彗星に向かって突き進む。
水住か!
ストラトスもまたとびっきりの魔石を渡していたらしい。
急に大量の魔力を注ぎ込まれた彗星が、アンタレスの制御を離れて破裂する!
破裂した魔力は属性を持たないが故に周りにダメージを与えず、そして最高のめくらまし――好機となった。
すかさず跳んだ俺がもう一度《フェンリルの爪》を呼び出し、地上では天満がアンタレスの腕に滑り込む。
「ふっ――!」
「はあっ!」
雷爪一閃、今度こそ爪尾を破壊した!
天満も腕をかなり深く斬ったらしく、その先にある鎌がうなだれるように地面に垂れ|下がっていく。
アンタレスの苦しみの咆哮が響く。
Aランクならあのクラスの負傷でも時間を置かずに回復してしまうはずだ。
それでも修復のために魔力を割けばそれだけ攻防に回す分が減ることになる。
今のうちに畳みかける!
尾の高さから落下して、一気に頭へと迫った!
《アンタレスが地面を――》
っ、なんだ!?
予幻で見えた魔力の軌跡を解釈できない。
俺は急ブレーキをかけたが、下にいる天満は同じ景色を見ていない。
そのまま突っ込んだ結果、いきなり眼前に立ち昇った土煙に呑み込まれた。
……攻撃、じゃない?
尾の残った部分が砂煙の中に消えたかと思えば、アンタレスの魔力が一気に遠ざかっていく。
煙から出てきた天満が何度か咳をしてから叫ぶ。
「ごほっ……、潜っ、た。アンタレスは、潜った!!」
……は? 潜った?
誰かが起こした風で土煙が晴れていく――そこには大きな穴が残っているだけだった。
アンタレスの姿はどこにもない。
「勝ったのか? オレ達……」
「違う!」
ストラトスのやつがぽろっとこぼした言葉を、天満が即座に否定した。
「何かが来る、備えてくれ!!」
今日一番の焦りを見せているが、それを笑うような状況ではなかった。
天満の言う通り、予幻に映るアンタレスは地下深くで何か魔法を使おうとしている。
……召喚魔法か?
ぞくり、と背筋が震えた。
この魔法には覚えがあった。
つい最近、似たものに触れたはずだ。
世界のルールが捻じ曲げられていくような……まさか!?
「逃げろッ!!!!」
水住のいる方に叫んだ。
聞こえる距離じゃないと分かっていてもそうしないわけにはいかなかった。
けど、たとえ聞こえていたとしても間に合わなかっただろう。
――足元が強烈に揺れ始めた。
真下を何かが通る感覚がいくつも続いて、それが基地全体に広がっていく。
予幻は既に報せていた。
奴がどんな魔法を使いやがったのかを!!
地面を吹き飛ばして跳び出てきたのは、黒鉄の鎧を纏った巨大な蠍。
爪尾も腕も健在だ。
俺と天満が与えたダメージはどこにも残っていない。
ただ脇腹に埋め込まれている星石は、さっきよりもその輝きを小さくしている。
そして現れたのは……その1体だけじゃない。
周りの地面が盛り上がり、そこからまったく同じ見た目のアンタレス達が次々に現れる。
その数、全部で12体。
基地の内外、見える範囲はあっという間に巨体で埋め尽くされた。
「………………嘘だろ?」
ストラトスの男が呆然と膝をつく。
何人かは手から武器を取り落とした。
召喚魔法を使わないのは、持っていないからではなかった。
自分自身を増殖する概念魔法。
上位互換のそれにより生み出された絶望的な光景が、まるで品定めするかのように人間達を見下ろして――
「うっ……うわああああああああああ!!!!」
蹂躙が始まった。




