第46話 魔王
アークの空が珍しく曇っている。
その雲には時々閃光が走り、辺りに雷鳴が響いていた。
……お前が鳴らしてるのか?
フェンリル。
暴れ足りなかったのかもしれない。
俺は空から視線を外し、自分達の作った光景を見下ろした。
そこには、ストラトスがタワーの近くに作った対・Aランク戦基地……だったものがある。
防壁は半壊。
地面にはひしゃげたバリスタ。
基地の内部には数十機の破壊された巨人が転がっている。
全て俺達が破壊した。
警備していた戦闘員達が雨のように放った魔法は、ひとつ残らずフェンリルに防がれた。
接近戦を試みた敵は、俺までたどり着くこともなく《影縛り》の餌食になった。
連中はそれでも諦めなかったが、通信塔の壁を突破した俺が魔力炉を掌握し、フェンリルが基地の上空に巨大な雷球を顕現させると急いで逃げていった。
正解だ。
それを喰らってこの塔は瓦礫の山と化したのだから。
連中にとっての悪夢が終わってから小一時間。
俺は今、通信塔の残骸の上に座り込んでいる。
傍らにはこの後使うつもりのライフルを転がしていた。
指揮官用のパワードスーツを着てた奴が持っていたもので、中には高品質の魔石弾が装填されている。
弾数は5発。
……俺は待っていた。
この状況はストラトス本隊にも確実に伝わっているはず。
奴らは必ずここに来る。
この基地の向こうに立つタワーがある限り。
タワーを守るAランクがいる限り。
そのAランクが向けてくる波動を受け止めながら、目を閉じ、うつむいて、ただひたすら待つ。
――遠くから音が聞こえた。
空気を重たく震わせるエンジンの音。
最初は1つだったそれが後を追うように増えていき、やがて群れになって押し寄せる。
来たか。
基地の外に何台もの大型トラックが停まった音がして、そこから一気に人の気配とざわめきがあふれ出す。
”戦闘態勢、全チーム動けッ!”
聞いたことのある誰かの声が鋭く響いた。
集団が慌ただしく動き始めたようだ。
”前進!”
号令とともにその気配が基地へと入ってきた。
ぞろぞろと瓦礫を踏みつけながらこっちに向かって歩いてくる。
その音の群れが、俺の座る塔の残骸から少し距離を空けたところで止まった。
空気が張り詰めていく――。
「浅倉玄人!」
誰の声か思い出した。
鉱山で天満と一緒にいたインテリメガネだ。
「ついに馬脚を現したな。第3ゲートへの強行侵入にタワーの破壊妨害、これで貴方は名実ともにテロリストだ!」
こいつがいるということは。
俺はまぶたを開けた。
”――っ!?”
現れた蒼眼……俺とフェンリルの臨戦態勢を見て、目の前にいる集団が息を呑む。
ストラトスの本隊、ざっと100人ほどの開拓者達。
端から1人1人目を合わせていくと、そのほとんどが一瞬で目を逸らした。
例外はメインパーティーの連中、つまり天満・カケル・インテリ・知らない優男。
……そして水住。
空色の目は俺を見ると、何かを諦めたように伏せられた。
「協会はドームの安全を脅かした貴方を見逃さない。今度こそ――!?」
ドン! と曇天を貫いた雷が俺達の間に落ちて、インテリの言葉をさえぎった。
”聞け”
フェンリルが、まるで眼下の人間達にそう言ったかのような。
そんな計らいを受けて口を開く。
「ストラトスに、身内への脅迫を受けて参加させられたやつがいる」
「…………何?」
「関わってるのはスポンサーに管理省、それと協会。つまりお前らの後ろ盾全部がクソ野郎だ」
俺の言葉が集団へと浸透していく。
隣にいるやつに話しかける者。
心当たりがあるようにうつむく者。
一度は耳にしたことがあるであろう噂を土壇場で持ち出されて、動揺を見せなかったやつはほんのわずかだ。
「言いがかりだ」
本気でそう思っているのか、それとも内心を隠しきったのか。
インテリがきっぱりと言い切った。
「貴方は知らないようだが、開拓系の企業同士で戦力を引き抜き合うのは日常茶飯事です。その過程で便宜を図ることこそあれ、”脅迫”など真逆で、無意味だ。……あまつさえ国が関わった? 戦力を欲して? 我々4人がいる時点で、そんなリスクを取るような不足はない」
「お前らが国にどう評価されてるかは知らないけど、証拠がある。近いうちに公開されることになってる」
嘘だ。
何時間か前、斎藤商事を出る時に聞いた話では、この件について証拠を得ることはかなり難しいとのことだった。
協会理事の石山はソフィアさんに詰められて真相を吐いたが、公の場では絶対に認めないだろう。
だからここに来ていない彼女は今、地球にあるアステリズムの事務所や、他の参加者が元いた企業を駆けずり回っている。
証拠ではなく証人を得ようとして、そいつらを必死に説得しているはずだ。
そして俺は、その後押しのためにここに来た。
ストラトスの連中が大きく動揺した。
顔をしかめたインテリが、それを抑えようと口を開く――
「みんな、聞いてくれ」
よりも先に天満が言葉を発した。
それほど大きくはなかったのに、恐らく全員の耳にその声は届いていて、辺り一帯が静かになる。
白髪を揺らして前に出た天満が、一瞬だけ俺と目を合わせてから仲間達の方へと向き直った。
「率直に言う。僕は、彼が何の根拠もなくこの話を持ち出してきたとは思わない。……以前に何度か話したことがある。まだ口にしていないいくつかの事情も想像がつく」
その語り口に迷いは見えない。
「だからこの件を軽視するつもりはない。本当にそんなことがあったなら、必ず糺されるべきだ。もし知っていることがある人は後で直接でも、メッセージでもいい。僕に教えてくれないか。……ただ、」
天満の声に熱がこもった。
「覚えてるかな? 僕はここにいるメンバー全員と、一度は顔を合わせて話してる。そこで伝えたこと……ストラトスが目指す”最強”の意味は、決して誰かを脅かすようなものじゃない。戦えない人達を守るための強さだと、僕は言った」
その熱を受けて、うつむいていた連中が顔を上げる。
場の空気が変わりつつあった。
「賛同してくれた人も、内心そうでない人もいたと思う。でも僕達はその旗の下で自分を磨いてきたはずだ。たとえ彼が本当のことを言っていたとしても、”これまでの全てが間違っていた”だなんて思わないでほしい」
天満が自分を見る連中の顔をゆっくり見回していく。
「僕は真実と向き合うために前に進みたい。だから頼む。もう少しだけ付き合ってくれ」
声にならない応えが周囲を包んでいる。
それを見てうなずき、今度は俺の方へと振り返った。
「浅倉くん、僕達2人で決着をつけよう。君が勝てば……つまり僕が戦闘不能になれば、ストラトスは退く。僕が勝ったら君がこの場を退いてほしい。さっき言っていたことは必ず――」
「駄目だ」
「みんなを巻き込む必要はない。Aランクを諦めさせるのが君の目的じゃないのか?」
「そのやり方じゃ”希望”が残る」
”天満悠が健在であればAランクとも戦えた”、という希望が。
それが残っている限り、今この瞬間も上空を飛んでいるドローンを通し、事態を見守っているであろう後ろ盾の連中は諦めない。
狙いは今も分からないが……奴らの計画が上手くいけば大抵のことは握りつぶせる、そういう算段でいるはずなのだから。
脅迫の証拠はなく、被害者達は圧力で黙らされている。
もしソフィアさんが彼らを説得できずに証人を得られなかったらどうなるか?
……あの人はそれでも告発を強行するだろう。
自分の家族と正義のために。
それはもしかしたら世間に嵐を呼ぶかもしれない。
けど裏付けがなければ管理省も協会も関与を認めず、最悪は被害者達からもその事実を否定されることになるだろう。
だから俺は全力でやる。
ストラトスがAランクを倒して”領主”になる未来。
その幻想を捨てさせ、被害者達に、もはや連中が力を得ることはなくなったと分かってもらうために。
言葉を失った天満から目線を外し、足元に転がる石ころを見つめたまま語りかける。
「お前らの中には……このことに一切関わってないやつ、噂すら聞いたことがなかったやつもいると思う。天満が言ったみたいに、純粋に、真っ当に開拓者としての夢とか希望を持って参加したやつもいるんだと思う」
つま先で石ころを蹴飛ばした。
「けどな」
塔の残骸を転がり落ちていった石ころが、地上で別の石に当たって砕け散った。
その一部始終を見ていた目をそのまま連中に向けて言う。
「はっきり言う――全部捨てろ。ストラトスは今日で終わりだ。進んでそうしたかは関係なく、お前らはもう一線を越えた」
再起の希望すら持たせない。
それが俺なりの、こいつらへの手向けだった。
足元に置いておいたライフルを掴むと、ストラトス全体に緊張が走った。
しかし奴らに銃口は向けず、代わりに背後を狙うように座ったままで肩に担ぐ。
この状況はドームにもライブ配信されている。
大企業に並ぶ”領主”になる。そう宣言した奴らを見守っている人達がいる。
だからストラトスは……少なくとも天満がいる限り、決してこの戦いから退くことはできない。
たとえその要たる基地が破壊され、既に機能を失っていても。
引き金を引く。
ガァン! と音がした――残り4発。
銃口に濃密な魔力がチャージされ始める。
血相を変えたインテリが叫んだ。
「止めろッ!! 全射撃手撃て! 彼はタワーを壊すつもりだ!!!!」
もう一度引いた――あと3発。
天満が剣を抜いた。
鏡のような魔法金属で作られた剣身に炎と氷が同時に生まれ、強制的に合一されて《光のエンチャント》が発動する。
あれがあいつのユニークスキルか――引き金を引いた。
あと2。
集団の後方にいた遠距離チームが、それぞれ銃や弓を構えて射撃する。
だが本気で人間を撃つ覚悟があるやつは少なく、ほとんどは塔の残骸を崩すだけで終わり、直撃コースはフェンリルの《雷の矢》が打ち消した。
引き金を引く。
1。
剣を携えて《力場》を跳ぶ天満が、後ろも見ずに味方の射撃をかわして迫る。
「はあああッ!!」
大上段に構えた剣を座ったままの俺に振り下ろし――現れた《フェンリルの尾》がそれを受け止めた。
魔力の火花が散る。
その火花が、俺達両方の目に反射して激しく光った。
真上から降る《雷の槍》を避けた天満が地上に落ちていく。
引き金を引いた。
0。
銃口が戦場を引き裂くような雷音を奏でた。
集束し、凝縮された魔力が、極太の《雷の砲》となって肩に乗せられたライフルから放たれる。
雷砲の先に立つタワーは直撃の瞬間、恐らくバリアを出したはずだが……その気配を伝える間もなく貫かれて風穴を開けた。
魔石の塔の崩壊が始まる――そして。
”オオオオッッ!!!!”
塔を守り、魔力を貪っていたガーディアンの怒りがこだまする。
その気配が猛烈な勢いでこちらを目指して進み始めた。
おののくストラトスを前に、用済みになったライフルを投げ捨てて立ち上がる。
俺を見上げる数多の視線に言い放った。
「一応名乗っておく。俺は斎藤商事……所属パーティー、”フェンリル”の浅倉だ。今日のことを、この名前を聞く度に思い出せ」
”フェンリル”。
完全に思い付きで付け加えたが、相棒の分だけ自分の厚みが増したように思えた。
相手にもそう伝わっていればいいが。
「くそっ、やられた……!! 総員戦闘準備!! ガーディアンが来ます!!」
インテリが指示を飛ばす中、残骸の上で連中に背を向け剣を抜いて、崩れた防壁の先の森を睨みつける。
幻視にはもうはっきりと映っている。
ファーヴニルなど比較にならないような、超弩級の魔力の塊が。
数秒後――森から現れた巨大な蠍が、勢いのまま防壁を完全にぶち破った!
そいつの持つ二対の四眼が、俺を捉えて怒りに燃える。
《Aランク:アンタレス(獣型)》
分厚い鋏、というより大鎌のような両腕を振り回し、大気を斬り裂いてこちらを威圧する。
全身は黒鉄色の鎧のような外骨格に包まれており、その大きさはドラゴンであったファーヴニルをも超えていた。
高く掲げられた尾まで含めると、本来のフェンリルと同じぐらい大きいかもしれない。
尾の先端は毒針ではなく、代わりに付いているのは3本の凶悪な鉤爪――いわば爪尾が、第3の手のように開閉を繰り返している。
アンタレスが魔力を開放し、胴体の右後部、脇腹にあたる場所が強烈な熱色の光を放ち始めた。
Aランクの魔石がそこにある。
”星石”とも呼ばれるそれが名前の通り恒星のごとく燃えて輝き、一定の間隔で脈打っては、黒鉄の鎧に血管のような光のラインを浮かび上がらせる。
世界でも有数の開拓者達が挑み、そして屠られ。
人類のアーク開拓を阻み続けている最強のガーディアン。
そいつが今、両鎌を振りかざし、俺に向かって進撃を始めた!
「――エンチャント!」
剣身に稲妻が奔り、刃が鈍く青に光る。
《力場》を蹴って塔の残骸を飛び降りる。
俺を割断せんと振るわれる両鎌を、逆に叩き斬ろうと剣を振り下ろす――ガキィン!! と音を立てて激突した。
溢れた稲妻が地面を抉り、俺とアンタレスの戦意が交錯する。
戦いの幕が切って落とされた。




