第4話 テロリスト
よし、タワーぶっ壊しに行くか。
俺は人間と同じ感じでフェンリルの首をゴキゴキとひねった。
これまで起きたことを整理すると、
① タワーが紫色になったことで
② ケラトスが狂暴化? してゲートを壊そうとした
③ フェンリルはそれを阻止する? ために紫の魔力に召喚された
って感じだ。
諸悪の根源は、どうせあのサツマイモみたいな見た目になったタワーだろ。
放っておいてまたSランクが遊びに来たら洒落にならな、い……?
突然――ケラトスのドロップした光の球から魔力がほとばしる。
その魔力の色が紫へと変わって俺達の体を覆い尽くした!
俺の意思では体が動かなくなり、加えてフェンリルの爆発するような怒りが伝わってくる。
魔力に体を乗っ取られた!?
紫の魔力を纏ったフェンリルが、両脚の爪を地面に叩きつけてスパイクのように突き刺した。
四肢に力を込めながら口を大きく開ける。
周囲の魔力が光となって集まり、形成された巨大な雷球がバチバチと大気を爆ぜさせる。
この向きはゲートの方…紫も壊す側だったのかよ!!
俺とフェンリルは強く抵抗するが、理由が一致していない所為で協力できていない。
俺はゲートを守ろうとして、フェンリルは自分の体を奪われていることへの怒りからだ。
結果的に精神力の戦いは三つ巴になって最も強い紫の魔力に引っ張られている。
長くはもたないぞ、これ!?
――雷球の射線上に誰かが入ってきた。
かなり大柄な、一瞬モンスターかと思ってしまうような大男。
着ている白いジャケットは、記憶に間違いがなければ開拓者協会・上級職員の制服だ。
右腕には肩まで続く黒い強化外装を装着している。
その手には、腕と同じく真っ黒な巨剣が握られていた。
Sランクの前に1人立つ、その姿があまりにも命知らずで紫の警戒を呼んだのか?
発射直前だった雷球が魔力に還っていく。
男はまっすぐこちらに歩いてくる……まさか戦うつもりなのか?
本当に1人で、Sランクと!?
足を止めた男が巨剣を握って構える。
剣身の一部が機械のように変形し始めた。
その下から現れたのは……真銀の刃。
アークにしかない魔鉱石を精錬した魔法金属。
その中でも特に希少で有名なのが"ミスリル"。
不壊の特性を持ち、魔法の効果を極限まで増幅する……本物を見たことはないが間違いない、あの刃がそうだ!
「エンチャント」
男の低い声でミスリルの刃が輝きを強くし、魔力が弾け――巨剣が氷を纏う。
寒月をそのまま刃にしたような冴えた鋭さ。
放たれているのは、フェンリルの体表さえも貫いて感じる凍気。
見れば男の足元から地面が凍り付き始めていた。
俺が使っている《魔力付与》とは比べ物にならない《氷のエンチャント》。
それを見たフェンリルが闘争本能を爆発させる。
影響を受けた俺の思考も戦闘モードに切り替わり――俺達の戦う意思が、主導権を握る紫の魔力を押しのけた!
もはや俺とフェンリル、どちらが体を動かしているのかも分からない。
男に猛然と駆け寄ると圧倒的な質量を持つ爪を叩きつける。
男は巨剣でそれを受け止めた――受け止めた!?
さらに圧力を逸らすように剣を滑らせ、フェンリルに一太刀入れてみせた!
しかも傷の表面が凍り付いて、すぐには再生しないような気配さえ見せている。
戦いの興奮でフェンリルが怒りとも喜びともつかない咆哮を上げる。
雷槍を撃ちながら――これは氷の壁に阻まれた――大きくバックステップして爪を地面に突き立てた。
もう一度雷球を撃つつもりだ……いや、それはまずいだろ!
流されてしまったものの冷静さを取り戻した俺は、ようやくこの状況の突破口に気が付いた。
視界を閉ざし、もう一度意識の中に潜っていく。
フェンリルの中の暗闇では、さっきと同じく蒼い稲妻と魔法式が紫に染められた光の球とせめぎ合っていた。
一時的に紫を押し返しているが、恐らく時間の問題だ。
こうするしかない!
俺は魔法式を両手で掴み、その大部分を光の球から引き剥がすように奪い取った!
フェンリルの体がガクンと落ちる。
戻った視界の中で、猛スピードで向かってくる男の姿が見える。
俺自身の声で大きく叫んだ。
「ぶった斬れッ!!」
男がわずかに驚いた気がするが、その動きは止まらない。
大上段に構えた巨剣を、地面ごと割らんばかりに振り抜いた!
鋭い痛みが走り、視界が一気に暗くなる。
クリティカルヒットだ。
自分の意識、それとフェンリル達の気配が遠のいていく……。
……死んだのか、俺。
こんなイレギュラーな死に方でも、ちゃんと地球で生き返れるのか?
もし本当に死んだら陽太には俺のPCとスマホを破壊するよう常々伝えているが……あいつは良かれと思って母さんに送りかねないところがある。
それだけは阻止したくても、もはや運を天に任せるしかない。
そしてフェンリルはどうなるのか。
普通なら死んだモンスターは骨の代わりに魔石と魔法式の一部を置き去りにする。
残りの魔法式は次の魔石に乗り移り、またモンスターとして復活するらしい。
けどあいつの魔法式は俺がもぎとってしまった。
ってことはもしかして――。
◇
目が覚めると、知らない部屋のベッドの上だった。
腕に点滴がされていたからここが病室だとはすぐに分かる。
ただそうだとすると異常な物が1つある。
窓に鉄格子がはまっている。
ドアも開かない、と思ったら向こう側から開いて医者と看護婦が入ってくる。
いくつか質問と簡単な検査をされた。
3日前に運び込まれた時はひどい衰弱状態だったようで、もうしばらく入院する必要があるらしい。
他のことを聞いても「後で説明がある」としか言ってくれなかった。
……何が起きてんだよ。
訳も分からずベッドに座り込む。
それから数十分後、ノックの音がしてドアが開く。
入ってきたのはスーツの男。
身なりが整っていて怪しくは見えないが……静かな圧力を感じる。
今まで会ったことないタイプの大人だ。
緊張で自然と体がこわばっていく。
「警視庁公安部の田中と申します」
男が懐から取り出した警察手帳を見せる。
「警察?」
「失礼ですが、お話の前にご本人確認をさせてください。お名前は?」
「……浅倉玄人です」
「年齢とご職業は」
「16歳、高校1年です」
「ご家族は」
「母だけ。去年から近くの病院に入院中で、俺は一人暮らしです」
「ありがとうございます。それでは端的にお伝えします。貴方にはアークにおいて、人的被害を伴う破壊活動を行った疑いがかかっています」
「……は?」
言ってることが理解できなかった。
男から長い説明があった。
それを同じように長い時間をかけて理解して、俺はいわゆる"テロリスト"の疑いがかかっていると知った。
ドームでの戦いに巻き込まれて死んだ人や破壊された建物。
その原因であるSランクモンスター同士の戦い。
最後にフェンリルが消失した後、その場には気を失っている俺だけが残されていたとのことだ。
一連の事件は魔法でモンスターに変身した俺、もしくは俺が所属する何らかの組織が引き起こしたのではないか。
そういうことらしい。
「そんな訳っ――」
「今回は正式な取り調べのために伺った訳ではございません。浅倉さんがこちらに入院されている間は、まずご事情をお話いただくという形でご協力をお願いしたいと考えております」
「……正式じゃないってことは拒否とか、後回しにもできるんですか?」
「可能ですが推奨いたしません。捜査への非協力を理由に次の段階に進まざるを得なくなる、本事件はそのような差し迫った状況にあるとお考えください」
次の段階、つまり逮捕か。
……ダメだ。頭が回らない。
何が正解なのか分からない、とにかく協力すればいいのか?
いや、1つだけやっておくべきことがあった。
「母に、連絡だけ入れさせてもらえないですか?」
「お母さまはこちらにいらっしゃることができるご病状でしょうか?」
「……いえ、難しいと思います」
「であれば現段階では推奨いたしかねます。経緯が明らかになるまで、貴方の今後がどうなるかは我々にもお答えできません」
無駄に心配をかけるだけだと。
どうやら俺にできることは、何もないみたいだ。
それからベッドに座ったまま事情の聞き取りが始まった。
あの日とその前の日に起きたことを1時間ぐらいかけて説明し……終わったらまた最初から、同じ内容の説明を求められた。
記憶にあいまいなところがあるかもしれないからとのことだ。
2周目が終わると今日の聞き取りは終了となり、続きは明日になった。
その日の夜のこと。
自分の荷物が返却された俺は、スマホで事件に関するニュースを調べていた。
あの日ドームで死んだ人は全員ちゃんと復活できたらしい。
第2ゲートの利用者リストと帰還者の照合がとれたとのことだ。
その後、第2ゲートは調査のために一時封鎖された。
そして事件の原因について。
SNSにはあの場にいた人達が撮った動画がいくつもアップされていた。
発端となった2体のSランクモンスター。
破壊されたドーム。
巨剣を持った上級職員の姿もドローンで撮影されていた。
その動画には消滅していくフェンリルと……その場で気絶している俺の姿が映っていた。
震える手でコメント欄を開く。
"画像荒いけど犯人映ってるじゃん、子供?"
"未成年っぽいし学生だろうね。なんでこんなことしたんだろ"
"みんなこいつのせいで死んだって"
"子供をテロリストにするとか、相当やばい組織のメンバーだな"
少しも眠れないまま朝になった。
2日目も検査を受けてから聞き取りが始まった。
1日経って何か思い出したことはないか、というのがメイン。
その後、意図のよく分からない質問がたくさん載ったペーパーを書かされた。
2日目の夜もスマホを開いた。
"有志がAIで画像解析できたって!"
"ほぼ顔見えたか"
"知り合いかもって疑ってる奴が日本全国にいるんだがw"
陽太から来ていた何件もの留守番電話やメッセージは、開けられなかった。
3日目の聞き取りはものすごく時間がかかった。
半年ぐらい前、俺が初めてアークに入った日から事件の日までのゲート利用記録を渡されて、それぞれの日に何があったか書いてほしいと言われた。
どこに行ったか、誰かとパーティーを組んだかとか。
思い出せない日の方が多かったが、とても怒った態度で「出来るだけ思い出してくれ」と詰められた。
"ついに特定されたな"
"●陽高校の浅●って奴らしい"
"中学の卒アル晒されてる! そいつだったぞ!"
"人生終わったなクズ野郎"
俺はスマホの電源を切って、バッグの一番深いところにしまった。
4日目以降も同じ内容だった。
最初の日から同じ内容を繰り返し書かされる日々が1週間続いた。
本当はやっていないこと、見ていないことまで書いたり、答えたりしてしまっているような気さえしていた。
俺は限界だった。