第30話 契約魔法
「ギャーーーーーーーーーッ!!??」
遊佐が俺を見て悲鳴を上げた。
運良くドームの出入口で鉢合わせてラッキーと思ったらこのリアクションである。
「落ち着け」
「な、なんでー!? だってついさっき」
「そのくだりはもうやった。それよりどうする」
すぐそばで営業中の喫茶店を指さした。
「時間あるなら話聞くぞ」
「ほんっとにごめん……ごめんなさいっ! あんなことになるとは思わなくて」
前に座る遊佐がテーブルすれすれまで頭を下げたが、そんなことより俺は店員の態度が気になっていた。
まず俺を見てにこやかに笑いながら電話を握った後、遊佐を見て頭に"?"を浮かべ、結局一番奥の人に見られないテーブルに通された。
初手通報は免れたみたいだが、怪しい雰囲気を見せればすぐに踏み込まれるだろう。
「気にしてない。それよりガルムがなんとかっていうのは大丈夫なのか?」
「あ、うん。ちょっと落ち着いたみたい……浅倉、多分知らないよね? えっと説明しておくと――」
ガルムというのは俺も知ってるCランクの犬型モンスター。
以前戦った時に"契約"し、それ以来パートナーになったそうだ。
"契約"というのは細かくは色々あるが、ざっくり言うとモンスターの人格(?)の魔法式を手に入れること。
かなりのレアケースで条件はほとんど分かっていないらしい。
……定義的には俺もフェンリルの契約者になるんだろうか?
「あのビビりっぷりからもう回復したのか」
「フェンリルって犬型の一番上みたいなイメージじゃん? それで怖がってたんだけど、さっきの血を見て安心したんだって」
「血?」
「んーなんていうか、ふつう動物って怪我してる時めっちゃ怒るでしょ。でも浅倉は怒らずにあたしを撫でたから、群れの一員に認められたみたいな気分になってる」
「そこまで細かく分かるんだな」
「だって仲良いし。フェンリルはそうじゃないの?」
「……どうだろうなあ」
怒りとか、強い感情がベースになってる時は分かりやすいんだが。
ただ、今フェンリルが何を気にしているのかは俺にも伝わっている。
遊佐の中のガルムを非常に興味深そうに観察中だ。
あまり良い予感はしなかった。
「でも浅倉が悪い人じゃなくて良かった~、会ってみてやばかったら戦おうと思ってたし」
「罠じゃねえかふざけんな」
「ごめんて。改めてなんだけどさ、色々聞きたいこととか、話したいことがあって」
遊佐が姿勢を正した。
もちろん聞かなくてもテーマは分かる。
「サラ……水住紗良のことなんだ。あたしと同じパーティーの」
「お前らのことは大体知ってるから省いていい」
「そっか。えっとね、ストレートに言うと、サラにアステリズムに戻ってきてほしいんだ」
「まあそうだろうな」
円満な脱退じゃなかったのは、水住の強行が原因だと簡単に察せられる話だ。
「理由も言わずにいきなり抜けるって言い出して、その日のうちにもうストラトスに入っちゃってて」
「ソフィアさんどころかメンバーも聞いてないと」
「ソフィさんとも知り合いだったんだ。……その、ん~~、理由にまっったく心当たりがないってわけじゃないんだけど」
――俺は目頭を押さえた。
ふわっと思い浮かんでしまった理由を、口に出すべきかどうか迷ったのだ。
けど思い浮かんだら言わないと気持ち悪くなっちゃうので言うことにした。
「ふ、不仲とか……」
「ばかっっ!!! そんなわけないじゃん!!!」
「おいボリューム落とせ」
「あっごめん……、でもばか! そうじゃなくて、ストラトスって良い話も悪い話もあるの」
良い話は日本の開拓者の頂点に立てること。
悪い話はそのさらに上に協会のおっさん達がいることだろう。
「別の事務所の友達、けっこう強引に引き抜きされたんだって」
「水住もそのパターン?」
「かもと思って、社長のこと本気で詰めたんだけどはっきりしなかった。ただね……」
遊佐の声が小さくなる。
「引き抜きのやり方はちょっと聞けたんだ。あたし達みたいな事務所って、開拓者とは別に会社の方でもアークでの営業許可? 受けてるらしいんだけど……管理省っていうところの偉い人に取消しが~って言われたみたい」
俺は返事をせずに腕を組んで目を閉じた。
管理省は協会とべったりの、恐らく昨日の調停委員会にも顔を出していただろう国の機関だ。
営業許可どうこうは知らないが、仕切っているのがそこなら取消しは本当にできるのだと思う。
ただ、少し飛躍しすぎというか……正直に言って信じられない。
遊佐が嘘をついているとは思わないもののそこまでやるメリットが思い浮かばない。
普通に脅迫だし。
Aランクを倒したストラトスが"領主"になったとして、そのリスクに見合う見返りがあるか……。
やっぱりピンと来ない。
日本初のタワー攻略ならともかく元々他の"領主"がやってることだ。
そういう超大企業と管理省との間にまったく付き合いがないわけないし。
……これがもし第2ゲートの攻略だったら、"ノア"の力を手に入れるためのごり押しという説明ができはする。
それでも、使い方の分からない力のためにそこまでやるか? という疑問は残るが。
「って言っても、あたしも勧誘されてた割に脅迫はなかったしさー。……なんなんだろうね」
遊佐が寂し気に笑った。
残酷だが、水住と遊佐ではストラトスにとっての重要度が違うってことだろう。
「全員で事務所捨ててフリーでやり直すってのはなしだったのか」
「ひっど、ってあたしもそれサラに言っちゃったけど。でもそれで解決する話じゃなさそうだった」
「辞める理由の心当たりっていうのは?」
「うっ……、その、あたし達ちょっと行き詰ってたっていうか。Bランクをどうしても倒せなくって」
めちゃくちゃ言いづらそうにしているが、そもそもBを倒せる開拓者は上位1%しかいない。
俺のようなイレギュラーなしに1年程度で挑戦してる時点で十分異常な成長と言える。
陽太でもまだCに挑戦中だったわけだから。
「引き抜かれた子が言ってたんだけど待遇はほんとに良いらしいんだ、サポートもいっぱいしてもらえるとか」
「それ目当てだと思うのか」
「サラの目標はソフィさんだから焦っちゃった可能性もあるのかなーってさ……言っといてごめん、やっぱり違う気がしてきた」
「正直俺には判断つかないな」
「だよね。……っていうことでさぁ~」
遊佐が両手を合わせてすりすりし始めた。
そしてあからさまに媚びた上目遣い。
「思ったよりぜんぜん話せて理解のある浅倉さまにお願いが~」
「水住との仲を取り持てって言うんだろ。嫌だ」
同情できるところは多いが、これはあくまで遊佐視点の話だ。
水住側の情報なしで動くのは不義理になる。
「ちゃんとした理由で離れた可能性もある。部外者は口を挟みません」
「話し合いセッティングしてとか言わないから! サラとタワー行ってるんでしょ? 一緒に連れてってよー」
「"よー"じゃない」
……いや、悪い話ではないのか?
次に水住と行くとすれば4本目のタワー、ガーディアンとして召喚されるのは、通常のタワーと同じならBランクだ。
その頃の俺はBランクも余裕になってないといけないし、その為に3本目は合宿にするつもりだが、上手くいかない可能性だってあるだろう。
水住さえOKしてくれるなら予備戦力としては悪くない。
「おねがいおねがいおねがいおねがい……チラチラ胸見てるのも許してあげるから!」
「バレた……!?」
「急に目合わなくなるのに気づかないわけないでしょ! 一応言っとくけど、ほんとに失礼だからね」
「悪い」
素直に反省。
ただ言っても許されるわけじゃないが、エロい気持ちはないのだ。
本能的に情報量の多いところに視線が吸い寄せられてしまうのだ。
それを防ぐには――物理的に視界を塞ぐしかない。
俺は自分の目の下に手で壁を作った。
「そこまでしなきゃいけないんだ……」
「上手く伝わるか分からんけど、今ここで0歳児に戻っても最初に見るのは胸だ。そういうレベルなんだ」
「生まれた時からバカってこと?」
イラッとしたので俺は手を外した。
でっか。
◇
「じゃ、ぜっったい怒らないでね!」
「分かった」
「やり返すのもなしだから、絶対だよ!?」
「早くしろ」
パーティー採用の可能性はあると伝えたら遊佐は小躍りして喜んだが、先に確認しておきたいことがあると言い出した。
ガルムが本当に俺をもう怖がらないかだ。
俺は俺で確認したいこともあったし、契約魔法にも興味があったから付き合うことにして、さっきのクレーターに戻ってきた。
そして俺は無抵抗で遊佐のタックルを受けさせられることになった。
なんでだよ。
当然の疑問をぶつけたところ"犬とか狼ってじゃれるじゃん"とこれまた当たり前のように言い返された。
とりあえず今回は専門家の意見に従うことにして今に至る。
クレーターの底、離れたところにいる遊佐の魔力が増していく。
……髪の色が変わった?
気のせいじゃなければ、赤い髪に入っている黒いメッシュが大きくなっていた。
声をかける間もなく遊佐が弾丸のように走り出す。
速い!
陸上選手かこいつ……!?
反射的に膝を曲げた。
俺の腰に目がけて突っ込んできた遊佐を受け止め、きれなーーーーい!?
押し倒された衝撃が背中に走る――そのままズザーッと地面を滑ること数秒。
頭は打たなかったものの驚きで思考が停止した。
馬乗りになった遊佐が仰向けの俺を見下ろしている。
両目は爛々と輝き、少しだけ呼吸が乱れている。
全身からうきうきがほとばしっている様はまさしく犬だ。
…………それを見て普通にピキッときた。
腹筋で起き上がりながら遊佐の腰に手を添え、そのまま横に投げ転がす。
「わっちょっ、浅倉!?」
戸惑いの声を無視して今度は両足を掴むと、思い切り引っ張って俺の膝の上に乗せた。
目の前には遊佐の尻がある。
何をされるか察した遊佐がヒュッと息を呑んだ。
「まって……まって、ごめんごめんごめんごめんあ痛ーーーーい!!」
パシーン! と良い音がこだました。
「ふつーにセクハラだからね!!」
「やかましい。犬だって調子に乗った部下はしつけするだろ」
抗議する遊佐を淡々と諭す。
誓って言えるが、叩く前も後もエロい感情は一切なかった。
これが純粋な怒りなのかと新たに学んだぐらいだ。
「さっきの動きは? 髪の色も変わってるみたいだけど」
「い、今の話もうおしまいなんだ……。あたしとガルムの契約魔法は運動神経が良くなるの」
「なんか分かりづらいな」
「ん~、身体の能力を100%使えるようになる感じ?」
どういう系統なんだ?
無理やり当てはめるとしたら、ガルムの神経系を呼び出す生物魔法?
「ガルムと一緒に身体を動かすイメージかな。だから髪の色もちょっと混ざるんだよね」
「"だから"の理屈が分からない」
「しょうがないじゃん、そういうものなんだから」
まあ確かに考えるより受け入れた方が早い話ではある。
しかし契約魔法で髪の色が変わる……?
「契約者だったら誰でも色変わるのか?」
「そもそも髪とか色だとは限らないんだって。身体のどこかに特徴が出るみたい」
俺の場合、特にそういう変化が出た覚えはない。
ということは契約者のくくりではなかったみたいだ。
実は尻とかに浮き出てて確認できてないだけかもしれないが。
「もー、浅倉がやり返すからまたガルムが……あれ? 怖がってない?」
「遊佐がやられる分にはいいんだろ」
「ひっど! ガルムの為にやってるのに~」
遊佐が自分のサイドポニーを掴んでぶんぶん振った、そういうコミュニケーションの取り方なのか……。
ともかく、ガルムが俺を怖がっていないのが分かったのはいいことだ。
本命のチェックに移らないとな……。




