第17話 フェンリルの契約者
事件以来、フェンリルの魔法式は俺の中に居座っている。
これまで以上の力を借りたい時も雷エンチャと同じ感じで使えばいいはずだ。
けどフェンリルの闘志は、もはや怒りというレベルまで高まっていて、今でさえ俺が少し引っ張られてるぐらいだ。
そいつに部分的にでも体を与えてしまえば……いったいどうなるか。
突進してきたスレイプニルを横っ飛びで回避、だけでは終わらない。
追撃。六本の足で急ターンしながら生み出された炎矢が何十発も飛んでくる。
その精度は当然、さっきの大鋼のライフルよりもはるかに上だ。
とはいえ遠距離攻撃との相性は悪くない。
炎矢の全てを超感覚に従い無心で斬り払う――1つも喰らうことなくしのぎ切った。
かと思えばすぐに次の突進がやってくる。
繰り返し続く同じ流れに体力がごっそり削られていく。
使うしかない。
まずはその為の時間を作る……《影縛り》!
ポケットから取り出した魔石を割ると同時に魔法を発動する。
向かってくるスレイプニルの影にノイズが走る――しかし何も起こらなかった。
あっさり打ち消されてしまった。
続いて《ゴースト》で転ばせようとしたが、これも失敗。
魔法抵抗高すぎィ!
こうなれば最後の手段だ。
剣を握って思いっきり振りかぶり、投げる!
そして予備のナイフを腰から抜いた。
回転する雷刃が灰馬の顔面に迫る。
さすがに無視できなかったスレイプニルは急停止し、前脚を高く持ち上げて剣を弾いた。
その隙に地を這うように迫り、自前のエンチャをかけたナイフをすれ違いざま脇腹に刺し向けた!
硬い……!
それでも刃がわずかに馬体をえぐる。
ちゃんと《魔力付与》集めといてよかった!
一撃入れられたスレイプニルは痛みというより驚きの声を上げて離れていく。
しかしその感情はすぐに怒りへと変わったらしい。
再度の突進をしない代わりに、落下した剣を拾った俺に向かって巨大な紅弾を放った!
"剣では受け止めきれない"――瞬時にそう判断。
ここだ。
左手を盾のように前へと伸ばす。
間近に迫る熱の塊、指の隙間から漏れる光を受け止めるつもりで力を込めた。
心の奥底に向けて呼びかける!
「来い、フェンリル!!」
左手が光に包まれた。
一瞬の熱さ……それが過ぎると、受け止めた紅弾は消し飛んでいた。
左手は健在で、しかし俺のものではなくなっていた。
四足獣の太く短い指に、見覚えのある凶悪な爪が生えている。
左腕の大部分は堅牢な鱗と獣毛に覆われていた。
よく見ると中には俺本来の腕が透けていて、二の腕辺りから特大サイズのパワードアームを装着したような外見だ。
生物魔法、《フェンリルの爪》と呼べばいいのか?
とにかく成功したらしい。
腕に生えたそれはいつも通り指を曲げようとすると少しだけ動いた……反応があまり良くない。
やはりフェンリルと感覚が共有されている。
今勝手に動き出されるのはまずい――早めに決着をつける!
スレイプニルに向かって駆ける。
迎撃の紅弾がいくつも放たれるが、それは既に超感覚が学習済みだ。
近づくほど減っていく回避の猶予をものともせずに距離を詰めていく。
そして最後、至近距離、あえて正面から突っ込んで撃たせた紅弾を左手でぶち抜いた。
巨大な爪が紅光を越えてスレイプニルに迫る。
「エンチャント!」
《フェンリルの爪》が蒼雷を纏う――纏わない!?
さらに左腕が俺の意思を無視して動き出す。
もうかよ!
真っ直ぐ貫こうとしていた軌道が引き裂くようなものに変わり、身体が引っ張られて姿勢が大きく崩れていく。
それでもギリギリ首元を削ぐことには成功し、スレイプニルが苦痛の声を上げてよろめいた。
これで2発入れたが、どちらもクリーンヒットには程遠い上に状況は悪くなっている。
雷エンチャが完全に消えてしまった。
爪へのエンチャはかなり燃費が悪いみたいで、普段使ってるような魔石じゃまともに発動しないらしい。
しかもその爪は今にも左腕ごと暴れだそうとしていた。
伝わってくるのは闘争心……"何が何でも敵を引き裂く"という一心のみだ。
傷つけられたスレイプニルの様子が変わった。
白いたてがみと尻尾がオレンジ色に染まり、合わさった二つが燃える川のようにたなびいた。
怒りを示すように前脚を振り上げ、同じ色に染まったひづめを何度も地面に叩きつける。
繰り返される地響き……今、地面沈まなかったか?
けどスレイプニルはお構いなしだ。
一度勢いをつけるようにのけぞると、全身に炎のようなオーラを纏って突っ込んできた!
俺はかわそうとして、左腕は迎え撃とうとして意思が衝突した。
身体に電流が走り、動きが鈍る。
かろうじて爪を突き出したが、その爪ごとスレイプニルが俺を吹き飛ばした……!
景色が高速で後ろに流れていく――何回かの衝撃の後、一瞬視界が真っ暗になる。
「ぐっ、かっは……おえっ……」
吐き出すような呼吸。
全身が激しく痛み、視界がぼやけて回る。
どうやら壁際まで飛ばされたらしい。
俺にとどめを刺そうと、スレイプニルがゆっくり近づいてくるのが見える。
……こんな絶体絶命の状況でも、左手の爪はギシギシとただ怒りのままにもがいていた。
元々そういう性格なのか。
魔法式の欠落が原因なのか。
いずれにせよ俺は……フェンリルと向き合わなければならなかった。
震える右手をポケットに突っ込んで魔石を割った。
転がっている折れた剣を掴む。
「エンチャント」
剣身が魔力の光を纏う。
ありったけの力を込めて手の震えを止める。
そして折れた剣を、暴れ続ける左腕に叩きつけた!
左腕の動きが止まり――フェンリルの意識が俺へと向いた。
「おい、相棒」
呼吸を整えながら呼びかける。
俺達の関係は複雑だ。
そもそもこいつに喰われなければただの高校生でいられたはずだ。
けどボスと初めて会った日、こいつが力を貸してくれたおかげで俺は自分の道を選ぶことができた。
今までほとんどコミュニケーションは取れてないが……俺の中に留まり続けているのは、こいつもきっと理解しているからだ。
どちらか片方だけでは"ノア"に勝てないと。
「約束する。俺がお前の力で、必ず"ノア"を倒す」
言葉は通じなくても意思は通じる。
俺がフェンリルの怒りを感じるように、フェンリルにも俺の覚悟が伝わっているはずだ。
これから先のどんな戦いも他人事ではない。
「いつかは俺達も……決着をつける日が来るのかもしれない。けど、今は、ぐっ!」
壁に背中を預けながら立ち上がった。
全身がバラバラになったような痛みを精神力で無理やり抑え込み、スレイプニルと対峙する。
「今は、任せてみろよ。――"人間もやるじゃねえか"ってところ、俺が見せてやるから」
……フェンリルが少しづつ落ち着いていく。
もう暴れ出す気配はなく、爪が光となって溶けていった。
そしていつもの俺の左腕に戻ってしまった。
あれ?
……なんか想像と違うな。
ゲームでいう和解イベントじゃないのか今の――あっ違う、魔力切れだ!
爪すら出せないほど魔力がなくなってたのか!
スレイプニルが距離を開けて立ち止まった。
とどめを刺すつもりだ。
回避するしかない、活路は右か、左か、上か――上?
頭上から魔法の気配。
そして金属がぶつかり合う音が響いたかと思うと、穴の上からいくつもの鉄骨や鉄板がスレイプニルに降り注ぐ。
《念動力》か!
即座に反応したスレイプニルが紅弾でそれらを焼き貫き、そらしていく。
しかし最後に落ちてきた男までは対応できなかった。
「おおおおおッッ!!」
雄たけびと共に降ってきた陽太が気合一閃、大剣でスレイプニルのたてがみに斬りつける!
苦悶するスレイプニルから炎のオーラが消え、たてがみと尻尾の色が白に戻っていく。
距離を取った陽太が叫ぶ。
「玄、行けるか!?」
「――30秒!!」
「うおおおおおおおおおおお!!」
陽太が返事もせずに駆け出した。
30秒、この状況の打開に必要な時間。
俺の持ってる魔石では爪にエンチャントを使えない……ならもっと良い魔石を使えばいい。
ちょうどすぐ近くにあるはずだ。
アトラスの残骸、その中に、奴の動力源になっていた魔石が!
剣を投げ捨てて走る。
雷エンチャで切り裂かれ、陽太の《念動力》で振り回されたアトラスは内部までがボロボロになっていた。
魔力の流れから魔石の位置を推測して手を突っ込み、部品で腕が傷つくのも構わず中を探る。
掴んだ!
引き抜いた手には、予想よりも小さく手のひらに収まるぐらいの緑色の魔石が――すっごい高価そうこれ。
も、もったいないか……?
思わずためらっていたら近くに折れた大剣が飛んできた。
陽太の剣だ。
強く握った魔石が砕け散り、いつもよりはるかに濃密な魔力が広がっていく。
左腕を突き出して叫ぶ。
「フェンリル!」
指の先から肘までが光に包まれ、再び《フェンリルの爪》が姿を現した。
地を蹴り、全速力で駆けていく。
スレイプニルと組み合う陽太が見える。
大剣を折られた陽太はどんな無茶をしたのかスレイプニルに背中を向け、前脚を背負うようにして抑え込んでいた。
ここに来て火事場の馬鹿力を発揮している。
「離れろ!!」
駆け寄りながら叫んだ。
満身創痍の陽太が俺を見て獰猛に笑う。
スレイプニルから離れようとしない、ギリギリまで抑えるつもりだ!
バカ野郎が……!!
身体の中の熱が一気に高まり、フェンリルにそれが流れていく。
合図もないのに左手の爪が蒼雷を纏い、稲妻で空気が弾けた。
今度は消えたりしない。
最強の一撃を叩きつけてやる。
お互いの距離は10メートルを切った。
低く構えた左腕、その先の雷爪が地面を抉る。
急接近する俺を見てスレイプニルが猛る。
その目が赤く燃えている。
前脚を陽太ごと持ち上げ、ひづめが太陽のように輝いた。
5メートル。
陽太が手を放した。
振り上げられた前脚が頂点に達する。
左腕に全力を込める。
1メートル。
陽太が入れ替わるように転がる。
輝くひづめが勢いよく落とされる。
迎え撃つように《フェンリルの爪》を突き上げた。
――貫け!!
昇る雷爪が太陽のひづめと激突し――ものともせずに切り砕いた。
稲妻が灰馬の体を貫いて背中に抜ける。
それが微かな電流を残して消えると……スレイプニルは力なく倒れ、光に返っていった。
その最期を見届けて地面に寝転がる。
左腕が元に戻った。
もう無理だ。とにかく疲れた。
陽太も倒れた。
しばらく荒い息を吐いてからこっちを向いた。
「おい。何が30秒だよ……」
「ジャストだったな……」
「どこがだよ! 5分はあったわ! いや10分、それ以上あった!」
盛り過ぎだろ。
それだけ必死だったんだろうけど。
……少し落ち着いたら実感が湧いてきた。
陽太も同じようで、転がったままぐっと腕を伸ばす。
「Bランク……Bランクか、ははっ」
「これでプロ入りか? 企業のスカウトとかあるんだろ」
「んな簡単な話なわけ……いや、履歴書用の写真は撮っておこう。いや先に服か。カットの予約も入れて――」
フル回転する陽太の脳味噌とは真逆で俺はもうスリープモードに突入しようとしていた。
あとはもう家帰って、飯食って、寝て……明日もアークに……。
――ドロップは!?
ボロボロの身体が突然の気づきにはね起きる。
スレイプニルが倒れた場所、そこに残されていたものは……。
何もなかった。
魔石も魔法式も。
「おい、嘘だろ……」
起き上がった陽太が絶望している。
俺はといえば最後の一撃の感触を思い返していた。
…………そういえばちょっと"ゴリッ"としたかな?
「く、玄……もしかしてお前……」
「何があったんだろうなあ」
「お前魔石ぶっ壊してんじゃねーかッ!!」
「仕方ねえだろ手加減できなかったんだから!」
俺達は取っ組み合いの喧嘩を始めて――視界の端に希望の光が灯る。
リザードキングの魔石だ!
「陽太、あれ見ろ!」
「あ……? ……!? うおおおおおおおおおお!!!!」
競うように駆け寄った。
リザードキングの魔石は持つのに両手が要るぐらいの大きさだ。
大きければ良いわけじゃないが、感じる魔力は間違いなくCランク。
そしてそのお値段は……!?
「300万だと安すぎか?」
「400は行けるって!」
「……500!」
「…………600!!」
俺達はしばらくオークションごっこをしたり、金が入ったら何を買うかで盛り上がった。
なにせ二人で割っても数百万円の大収穫。
しかも今日アークに入ってからまだ数時間しか経っていない。
色々、本当に色々あったが、結果を見れば時給にして100万円近い仕事をやり遂げたのだ!
開拓者最高!!
そうしてゲラゲラ笑っていた俺達は、突然足元が崩れて地下に落とされ、魔石ごと生き埋めになったのであった。




