【第7話】彼女という存在の尊さ
~主な登場人物~
【小峰慎志】
主人公。埼玉の所沢市にあるアパートに住んでいる26歳の青年。
大学を卒業して就職するも、仕事が長続きせず職場を転々としている。
新しい仕事は販売代理店を生業とする会社で家庭用医療機器を販売。
上司のエリア統括に詰められるも、何とか担当商材の販売期間を終える。
思い通りにいかない日常に辟易していたが…。
中野麗海という女性と偶然出会い、縁があって交際に発展。
恋人生活に浮かれる。
【中野麗海】
慎志と交際している2歳年上の28歳お姉さん。埼玉のさいたま市に住んでいる。
都内のドラッグストアで登録販売士の仕事をしている。
【山方哲也】
慎志と同い年で同じアパートに住む青年。互いに暇さえあれば部屋を入り浸る仲。
毒舌だが、慎志からはテツと呼ばれ、よく相談事を持ち掛けられている。
埼玉県を中心とする食品スーパーに勤務。夕方には必ず帰るシフトを組んでいる。
彼女はいない。
【浅野純太郎】
慎志と哲也の住む同じアパートに住むIT系会社勤務の男。
ふたりからは”先生”と呼ばれている。
慎志と哲也より3歳年上で、彼らを名字で小峰氏、山方氏と呼ぶ。
眼鏡をかけ、太った体系をしているが、それは優しさが詰まっているから。
穏やかな性格で頼りがいもあることから、慎志と哲也から尊敬されている。
矢継ぎ早に過ぎ去る日常。
大人になってから時間の進みが速くなった気がしていた。
近ごろは更に時の流れが速く感じられる。
”彼女”という存在が時間を加速させているのかもしれない。
中野麗海さんの事を考えると時間は溶けるように消化されていくのだ。
心の支え、心の拠り所。
彼女がいれば仕事で辛いことがあっても耐えられた。
以前、上司からお前はアスペルガー症候群だとなじられた事が引っ掛かった。
また、自分でも今までどの仕事も長続きせず、僕は社会不適合者で本当に何らかの発達障害を抱えてるのかもしれないという思いがあった。
なので心療クリニックを受診した。
結局そういう診断はされなかったけれど、とりあえずということで抗不安剤を処方された。
薬を飲んでも楽になる実感はなかったが、効果が出るまでに一定期間は必要だということで、処方された分は飲み続けた。
薬を飲んでいるから効果はあるはずだという思い込み、そのプラシーボ効果も期待した。
薬を飲み続けて一週間、半月が経過しても、薬の効能を実感することはなかった。
でも以前より気持ちに余裕が出来たなと思う。
それは薬よりも素晴らしい処方箋のおかげだと思った。
中野麗海さんのことを想うと、仕事前夜に苛まれていた不安や緊張も和らいだ。
家庭用医療機器の展示販売が終了した。
最終的に購入契約にまで至った客数は15人。
売上は420万円ほど。
そこから場所代や商材の原価などを引くと250万円。
会社へ180万円ほどの利益、残ったのが3ヶ月分の僕の給料になった。
「はい、3か月間お疲れ様でした」
上司のエリア統括が最後に僕を労った。
「期間中ありがとうございました」
「最低限利益を出させるのが私の仕事ですから。まあ今回の小峰君の働きは及第点ってところですかね」
「はい」
いつも険しい表情だったエリア統括が笑みを見せる。
今まで聞いたことのない柔らかい口調に内心、戸惑ってしまった。
「私の若い頃は”男は度胸、女は愛嬌”って言葉が流行っていました。でも私は逆だと思います。
”男は愛嬌、女は度胸”ってね…」
「極端な話ですが、仕事なんて知識や技能よりも”愛嬌”が大事だと思います。愚直に素直に直向きに。ハキハキとしてれば、それだけでどこの現場でもやっていける。これは私の経験談です。次の現場でも頑張って下さい」
「はい。ありがとうございました」
担当した商材の販売期間が終了したことで、僕は現場異動になる。
同じエリアに連続で配属されることはない。
だからこの人ともお別れだ。
散々きつい事を言われたが、最後に見せる彼の優しさが、何だかむずがゆく感じるのだった。
本社で次の商材と現場を言い渡された。
商材はスマートフォンをメインとした携帯端末。
都内にある商店街の一角にある小店舗ブースで販売を行う。
複数の機種やプラン、操作にクレーム処理など、覚えることも多い。
それでも僕も含めてメンバー全員が初めての立ち上げ現場となった。
入社のタイミングは違えど、皆が同じスタートラインとなる。
店舗責任者や新しいエリア統括も物腰柔らかな人柄で安心した。
現場や商材が変わると今まで培ってきたものがリセットされる。
また新しい環境で1から覚え直すのも大変だが、心機一転でリセットされるメリットもあった。
さあ頑張ろう。
中野麗海さんとは休日を会わせて定期的にデートを重ねた。
大抵は池袋で待ち合わせて、そこから色々な所へ遊びに行った。
行楽地やオシャレなカフェ、映画やボーリング、カラオケにも行った。
そしてここは品川にあるホテルのビュッフェ会場、品川ハプーナ。
中野さんとちょっとリッチなランチで訪れている。
僕一人じゃ生涯訪れることはなかったであろう場所である事は間違いない。
値段は6000円ほどするが不思議と渋る気持ちは湧かなかった。
デートでここに行くことが決まった時は、この昼食代で吉野家の牛丼が何杯食べれるだろうかと換算して、金額の高さに萎縮した。
でも今ではそんな考えは無粋だったと分かる。
彼女とオシャレな場所でおいしい料理を味わえるのだ。
素敵な時間を過ごせる。
それがなによりも有意義なことに思えた。
「中野さんはこういうホテルのビュッフェって、結構行かれるんですか?」
「頻繁には訪れないわ。一ヶ月に一度くらい。普段、仕事を頑張ってる自分へのご褒美ってことで都内のホテルのビュッフェ巡りを楽しみにしているの」
「そうなんですね…。僕はこんなオシャレで豪華なランチにはなかなか来ないですね。ホテルビュッフェ、知らなかった世界が広がった感じです」
「そんな大袈裟よ」
中野さんはそう笑ってローストビーフをナイフとフォークで小分けにしていく。
僕なら小分けにしないで一口でローストビーフを食べてしまうだろう。
中野さんがライブキッチンから取ってきたお皿には多種多様の食材が綺麗に盛られているが、僕のお皿はカニと肉類ばかり。
「大袈裟なことないですよ、カニとかステーキとか寿司が食べ放題って…贅沢すぎて罰が当たりそうです。中野さんが誘ってくれなければ、僕は一生こういう場所とは無縁だったと思います」
「そういえば…慎志クン、もう敬語は止めてよね。中野さんって呼び方も何だかなぁ~」
それもそうだ。
彼女の指摘も頷ける。
僕らは恋人同士なのだ。
年齢差なんて関係なく、もっと親密な言葉遣いで良い。
「分かりました…いや分かったよ。じゃあこれからは麗海さんって呼んでも、良い?」
「麗海、でいいわよ」
「では僕の事も慎志って呼んで欲しいな」
「分かったわ、慎志」
お互い敬称を付けずに名前で呼び合う。
それだけで随分と距離間が短くなった気がする。
これぞ恋人の仲だなぁ。
「食べ過ぎた…」
「ちょっと大丈夫?額に汗がすごい浮かんでるけど?」
普段食べない豪華な食材ばっかりなので、目移りして食べまくってしまった。
貧乏性なのか、食べ放題ということもあり、あれもこれもと気持ち悪くなる限界まで食べてしまう。
晩御飯と明日の朝食はいらないかもしれない。
「まだ時間あるし、ちょっとお腹が落ち着くまでゆっくりしましょう」
「うん」
「新しい現場と商材になったんでしょ?どう?仕事の調子は?」
「とにかく勉強して自転車操業の日々だよ。来店したお客さんにスマートフォンのプランやサービスの説明をするんだけど、実は昨日覚えたばかりの内容だったり。でも質問に答えられなかったりすると、やっぱ信用されずに手続きや購入をしてくれないから」
「苦手だった上司は?」
「現場と商材が変わって会わなくなった」
「お〜、良かったわね」
「今の上司は物腰が柔らかい感じ」
「でもだからって気を抜いちゃ駄目よ。人って豹変するから」
「そうだね」
フレンドリーだった上司や同僚が急に怖くなるくらい態度を変える。
そういう経験は今までの仕事でいくらでもあった。
「人間関係に終わりはないわね…」
麗海もドラッグストアで接客業をしている。
僕らの仕事は共通しているのだ。
それからも仕事の事を互いに語り合った。
接客販売業あるある話で盛り上がった。
この日は麗海と横浜に来た。
中華街を見て回り、食事をしてから赤レンガ倉庫や山下公園を散策する。
その後、港桟橋からクルーズ船に乗った。
クルーズ船は海面をかき分け、波を作る。
デッキから見回す青い空に青い海。
絶景である。
気持ちの良い風を全身に浴びながら横浜湾の遊覧を麗海と楽しむ。
「慎志ってさ、目標とかあるの?」
「え?目標?いや、特にこれといっては」
「そうなの?例えば仕事なら頑張って出世したいとか。そういえば以前、慎志は契約社員って言ってたよね。正社員を目指そうとか、会社の管理職に就きたいとか、そういうビジョンは?」
「あ〜、そういう野心はないかな。今まで力不足で色々な会社を転々としてきたから、今後もどうなるか分からないし…」
「そうなの?でも仕事で給料多くもらいたいとか、将来的に大きな買い物をする為にお金を貯めたいとか」
「う~ん。僕なんかが出世して責任あるポジションに就いたら、逆に自分の首を絞めることになりそうで怖いかも。自分のやれる範囲で仕事を続けていきたいな」
「この横浜湾の海原のように、荒波立てずに穏やかに暮らしたいって感じ?」
「ええ、まあ。そう考えると、何か成し遂げたいっていう目標は今のところないかな」
「も~まだまだ若いのに〜向上心がないのね!何でもいいから目標を持ちなさい。お姉さんからの宿題」
「はい…」
爽やかな海風が気持ちいい。
湾を遊覧して回ったクルーズ船は港へと戻る。
「あの、麗海ちょっとこっち来て」
「何?」
「船に乗ってる間にやりたい事があるんだ」
「やりたいこと?」
「映画タイタニックの、ジャックとローズが船の先端でポーズする有名なシーンやりたい」
「いや!なにそれ!恥ずかしい!」
麗海をデッキの端に立たせる。
そして僕は後ろから彼女の手を取る。
「ほら、両手をあげて」
「恥ずかしいな~やめて~!」
「どう?空飛んでるみたい?」
「おバカ!」
「セリーヌディオンのタイタニック主題歌、歌います。
You're here, there's nothing I fear~♪And I know that my heart will go on~♪」
「ぎゃ~!本当にやめて〜!恥ずかしい!!」
それからも横浜にはデートで何度も足を運んだ。
お気に入りの場所になったのが温泉施設のある万葉倶楽部だ。
温泉施設なんて年寄り臭いかなという偏見もあったが、館内には若者が溢れておりカップルも多かった。今時の若者はこんな場所でデートしているのか、と斬新に思った。
近場にある遊園地よこはまコスモワールド。
夜に煌びやかにライトアップされる観覧車を背景に、僕は初めて麗海と唇を重ねた。
意外だったのは麗海が博物館や美術館などの文化施設に関心があることだった。
子供の頃は学芸員になりたかったのだと言う。
麗海の希望もあり、デートでは上野をよく訪れた。
大きな博物館や美術館がいくつもあるからだ。
到底数日では全て見て回れない規模である。
僕がさっと見て素通りする展示物を麗海は時間をかけて鑑賞した。
その姿はまるで珍しい食べ物を口に運び、吟味しながらゆっくりと咀嚼して消化していくようだった。
「ねぇ慎志ちょっとこっち来て」
「ん?どうしたの?」
麗海が展示物の前で立ち止まって僕を呼んだ。
彼女が僕に見せたかったのは女性が描かれた一枚の絵画。
絵画そのものよりも金色に輝く額縁の方が僕には目立って見えた。
「この絵どんな風に見える?」
「どんな風って、若い女性が後ろに振り返ってる絵だね」
「私には老婆の横顔に見えるわ」
「え?老婆の横顔?僕には…見えないなぁ」
「この絵はトリックアートって言うの。人それぞれ見方によって、描かれているものが異なったものに見えるの。不思議よね。同じものを見ているのに、絵から読み取るものは人それぞれ違うなんて」
まるで独り言のように麗海はつぶやく。
「絵に限らず、人生にも同じことが言えると思うの。一緒に過ごす相手がいたとして、同じ時間、同じ場所を共有しているのに、そこから感じ取るものは違うの。そう考えると人って本当に孤独よね」
乾いた笑みを僕に浮かべて麗海はそう言った。
「珍しくセンチメンタルなんだね」
「そうかしら?」
彼女が言った事を僕はその場では真に受けずに流した。
麗海が言った台詞の意味を、僕はもっと後で痛感することになる。
麗海とディズニーランドへデートにも行った。
高校3年生の遠足以来だ。
園内の雰囲気に感化され、童心に帰る。
「乗り物制覇しよう!麗海はまずどれに乗りたい?ビッグサンダーマウンテン?スプラッシュマウンテン?それともジャングルクルーズ?ホーンテッドマンション?」
「ちょっと慎志、落ち着いて」
「スマホで待ち時間調べるね!」
日が沈み夜になる。
あっという間の1日だった。
「エレクトリカルパレードも見たし、この後は花火ね」
「楽しみだなぁ、さすが夢の世界ディズニーランド!」
園内にアナウンスが響く。
「”花火は強風の為、中止となりました”」
「あちゃー残念だったわね」
「えぇ〜!マジか〜!期待してたのに」
「でも、もう充分楽しんだじゃない?」
「麗海と花火見たかったなぁ。強風なんて吹いてないじゃん!それにもっと乗り物も制覇したかった〜。期待通りにはいかないなぁ」
「何でもかんでも期待していたら、思い通りにいかないことばかりで、かえって疲れてしまうわ」
「まぁそれもそうだけど…」
「慎志、極論だけど、傷つかない究極の方法は期待しないことよ。何事にも。そうすれば期待を裏切られることもないし。多くを求めなければ、それだけ希望に振り回されないでいいもの」
「でも分かっていても僕は期待したい!ワクワクしたい!」
「ふふ、そうよね。ホントにそう。慎志の言う通り。期待しないのは、やっぱり寂しいわよね」
そして季節は冬、恋人たちの聖なる日、クリスマスイブを迎える。
都内に特設されたイルミネーションを満喫しながら夜の街を歩く。
「イルミネーション綺麗だね」
「そうね、幻想的で素敵」
「どうしたのさっきから笑って」
「いやさ、家族以外の女性と二人っきりでクリスマスイブを過ごすのって人生で初めてだなって…。そう思うと自然とニヤけちゃってさ」
「そうなの?私も慎志と今日一緒に過ごせて嬉しいわ」
こういう何気ない麗海との会話も、とても愛おしく感じる。
願わくば、彼女との日々を剥製にして心の隅にいつまでも飾っておきたい。
「今年も、もうわずかね」
「年末って1年の終わりで何だか寂しい気持ちもするけど、この寂しさがまた情緒だよね」
麗海の手を握る。
彼女も手を握り返す。
指と指を絡め合うようにして。
繋いだ手と手はお互いの体温が混じり合い、少し汗ばんでいた。
どちらともなく歩き出す。
暗黙の雰囲気。
向かう先は繁華街の先にあるホテル街。
これから先、ふたりがやろうとしている事。
言葉を交わさなくても、お互いの気持ちは期せずに一致していた。
繁華街を通り抜ける。
人気が少なくなり、見かけるのは若い男女のカップルだ。
街は深夜になっても眠らない。
まだまだ夜は長いのだ。
繋いだ手が湿っている。
冬で気温は低いはずなのに身体が火照るように熱い。
まだ何もしてないのに欲動が爆発しそうだった。
そして目的地につく。
ホテル、ラブリーファンタジー
僕はこのホテルの名前を生涯忘れないだろう。
ラブホテル…というのはよそう。
ここはファッションホテルだ。
お互いに頬を染め、潤んだ目と目で見つめ合ってから、一歩を踏み出した。
「おまたせ」
シャワーを浴びてきた麗海はバスタオルだけを羽織っている。
濡れた髪、紅く色付いた頬、彼女の身体は僕の奥底の敏感な部分を強烈に刺激した。
「麗海…愛してる」
「私も」
彼女の羽織っていたバスタオルが床に落ちる。
綺麗な身体。
しなやかで、繊細で、まるでガラス細工のように貴重で儚いものに感じられた。
世界で今、この僕だけが触れる事を許されたのだ。
明かりを消す。
ちゃんと…できるかな。
一瞬の不安も唇が重なるとすぐに溶けていった。
身体が自然と動いた。
痺れてしまいそうな吐息。
甘い体温に酔いしれる。
とろけるような時間。
お互いを求めあう。
時に優しく、時に激しく。
そしてふたりはひとつになった。
ああ…こんな幸せで良いのか。
ここはどこだ…天国か?
まるで宇宙を漂っているようではないか。
この世は摩訶不思議なアドベンチャー。
この世は愉快爽快、邯鄲のドリーム。
脳の中で至福の汁が泉のごとく溢れ出している。
僕は万物を理解した気になった。
ある日のデートで麗海は僕の耳元でささやく。
「今日はさ、申し訳ないんだけど生理中で…。血も凄いし、そういうの出来ない。ごめんね」
頬を赤らめる彼女。
こっちも赤くなる。
「え!?あ!?いやいや僕は全然大丈夫だよ!それ目当てで会ってるわけじゃないし!それより体調悪くなったらいつでもいってね!」
「ありがとう」
彼女が望むならプラトニックな交際の仕方でも構わなかった。
でも既に成人している僕らの恋人関係の日々は、大人の恋愛だった。
それは本当に楽しい時間だった。
まるで学生時代に訪れなかった甘い青春が遅れてようやくやってきたようだった。
僕は彼女との交際をめいいっぱい謳歌していた。
そんな麗海と交際して1年が経つ。
「つまらん」
「え?」
「お前の惚気は話つまらねぇぇええ!!」
「そんな…。最近どう?って聞くから、テツの部屋に遊びに来て近況を正直に話したのに」
「もういい!ってか、もう俺の部屋に来んな!裏切り者!お前からはメスの匂いがプンプンする!」
「じゃあさ、テツも彼女作れば良いんだよ」
「!?」
「うわぁ〜みなさん聞きましたか?こいつの人を見下した発言!」
テツはあさっての方向を向いて嘆いた。
「どこ向いてんの?それにみなさんって誰だよ」
「うるせーな!俺は”今は”あえて彼女を作らないだけで、作れないわけじゃねーんだよ!見下してんじゃねーぞ?」
「僕は別に見下してなんかいないよ」
「自覚がなくてもさっきのはうざい発言だぜ。とにかく!しばらくは俺の部屋に来んな!出禁!」
「ちょ、ちょっと!」
テツに玄関まで押しやられる。
ピンポーン!
その時インターホンが鳴った。
先生が顔を出す。
「こんばんは、やぁ、ふたりとも揃ってるね。たこ焼き作りすぎちゃったから一緒に食べない?」
「「食べます!」」
テツと言葉がハモった。
「…てなわけなんですよ先生。こいつ完全に浮かれてて惚気話ばかりでウザいんですよ、先生からも何か言ってやって下さい」
テツはたこ焼きを頬張りながら悪態をついた。
「小峰氏、活き活きしてて安心したよ。今まで苦労した分、神様は幸せを用意してくれたんだと思うよ。良かったね!」
「ありがとうございます」
「彼女とは将来的に結婚を考えてるのかい?」
「え?結婚…ですか?」
「そぅそぅ、もう二十代後半でしょ?そういうのも意識してるのかなってさ。ゆくゆくは小峰氏も彼女さんと結婚して更には子供なんて授かったり…」
「いや、そこまでは…。話が飛躍し過ぎですよ。今は恋人関係で満足してます。それに、結婚とか子供とか、ちょっとそういうのはまだ重いかなって…」
「先生、聞きましたか!?こいつ遊びですよ!甘えさせてもらって、更にヤれればそれで良いと思ってるんですよ!」
「なんてこと言うんだ!そんなことないよ!まだ責任を背負う心の準備中ってことだよ」
それからしばらく僕とテツで口論し、先生が宥めるという流れになった。




