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【第6話】人は恋する為に生まれてきた

~主な登場人物~


小峰慎志(こみねしんじ)

主人公。埼玉の所沢市にあるアパートに住んでいる。

大学を卒業してから社会人になって、仕事が長続きせず職場を転々としている青年。

新しい仕事では商業施設の一角を借りて家庭用医療機器の展示と実演販売をしている。

しかし、なかなか商材が売れずに苦戦中。

そんな時、プライベートで知り合った女性”中野麗海”とデートすることになる。


中野麗海(なかのうるみ)

以前、高田馬場駅で電車を待つ慎志の股間を偶然にも殴打してしまった女性。

その後、慎志と和解し、さらにふたりで池袋へデートすることに。

慎志よりも2つ年上でドラッグストアで登録販売士の仕事をしているお姉さん。


山方哲也(やまがたてつや)

慎志と同い年で同じアパートに住む青年。互いに暇さえあれば部屋を入り浸る仲。

毒舌だが、慎志からはテツと呼ばれ、よく相談事を持ち掛けられている。

埼玉県を中心とする食品スーパーに勤務。夕方には必ず帰るシフトを組んでいる。

彼女はいない。


浅野純太郎(あさのじゅんたろう)

慎志と哲也と住む同じアパートに住むIT系会社勤務の男。

ふたりからは”先生”と呼ばれている。

慎志と哲也より3歳年上で、彼らを名字で小峰氏、山方氏と呼ぶ。

眼鏡をかけ、太った体系をしているが、それは優しさが詰まっているから。

穏やかな性格で頼りがいもあることから、慎志と哲也から尊敬されている。

仕事が繁忙期に入り、忙しいみたいだ。

挿絵(By みてみん)




デート当日。

待ち合わせの池袋駅の東口に到着した。

山手線北西に位置し、新宿や渋谷と並ぶ東京屈指の歓楽街である。

多数の交通網が通り、我が西武池袋線の終点駅でもある。

待ち合わせ時間よりも20分早く来てしまったが、行き来する大勢の人たちを眺めているだけでも退屈しなかった。


「おまたせ、待った?」

「あ、中野さん!いや、ちょうど今来たところです」


中野さんの笑顔が眩しい。

服装はトップスが紺色のブラウス、ボトムズはハリのあるチノパンツのコーデ。

落ち着いた印象で清楚感もある。

中野さんのスーツ姿しか見たことがなかったので、私服姿は新鮮だった。

まだ会うのは3回目だけど、会うごとに惹かれていく自分がいる。

そういや女性とふたりっきりでお出かけなんていつ以来だろう。

ちょっとすぐには思い出せない。


「小峰クン、目の下にクマが出来てる」

「あはは…ちょっと寝不足かも」


昨夜は高揚して眠れなかった。

まるで心躍らし、なかなか寝付けない遠足前日の小学生みたいに。

自分に苦笑するしかない。


「それじゃ行きましょう!実は今日行くとこ、既にネットで予約して券買ってあるんです」

「そうなの?ありがとう」


そして僕らは肩を並べて歩き出した。



【池袋サンシャインシティ】

複数のビルで構成されている池袋を代表する複合商業施設である。

中にはオフィスやショッピングセンター、ホテル、水族館、展望台、ナンジャタウンといった屋内型テーマパーク、さらにプラネタリウム、劇場などのレジャー施設が存在し、多くの人が訪れるスポットとなっている。


そしてここはサンシャイン水族館。

平日でも館内は賑やかだった。


「水族館なんて久しぶり。アクアリウムって見ていて楽しいね」

「水の中の世界って、非日常的空間で面白いですよね」


中野さんの反応を見てホッとする。

デート先にここを選んで良かった。

ふたりで館内の水槽を見て回る。


「わぁ〜、あのお魚見て!綺麗」

「カラフルですね。食品スーパーの鮮魚コーナーで売ってる魚とは大違いです」

「なにその比較、小峰クンおかしい」

クスっと含み笑いする中野さん。


「お魚可愛い。癒されるね」

「そうですね…可愛いです」


沢山の色とりどりの魚が水の中を流れるようにして泳いでいる。

大小のさまざまな魚が悠々と水をかき分ける姿に圧倒される。

普段見ることのない水の中の世界。

それは幻想的で、見ていて飽きなかった。

魚の動きを目で追うのに夢中になって嫌なことも忘れられた。


「気持ちよさそうに泳ぐ魚たちを見ていると、嫌な事だって忘れられますね」

「嫌な事?えっと、この前、話をしていた仕事のこと?」

「ええまあ」

「なかなか商品が売れないし、上司が厳しいんだっけ?」

「はい。この前なんか成果を出せない僕を、自閉症の障害者呼ばわりしました」

「それは酷い…。もっと優しく叱咤してくれれば良いのにね」


同情の目を向けられる。


「でも相手は変えられないです」

「ん〜そっか。小峰クンが楽になる方法は~。ズバリこちらが見方を変えてみるのはどう?」

そういって中野さんの視線は水槽に戻った。


「例えば嫌いな上司を…ほら、あそこにいるタコだと思えば気が楽なんじゃない?あ、なんかタコが日本語使って怒ってる…みたいな」

中野さんが指さす先にのっそりと吸い付くように底を動くタコがいた。


「つまり強く当たられても、相手がタコだと思えば気持ち的に深刻にならないって事ですか?」

「そうそう!タコでも他の魚でも何でも良いけど。少しでも小峰クンの気持ちが楽になるように、仕事をユニークに捉えるの。例えば苦手な人がいたら、心の中で自分が傷つかないような何かに変換して捉えたり。もしくは苦手な相手をゲームのキャラクターのように考えれば気持ち的に楽になれるかもしれないよ?」

「モノの見方、発想を転換させるってことですか?」

「うん。仕事自体もそう。営業商品の販売数もゲームクリアの条件って捉えれば面白そうに感じない?」


確かにゲーム感覚で仕事を捉えるのは面白いかもしれない。

もちろん、仕事を軽んじる意味ではなくて。


「分かりました。これから何か上司に詰められたら、”うるせぇタコ焼きにすんぞ!”って内心で思ってメンタルやられないようにします」

「そうそう、そんな感じ。でも注意や指摘された事はしっかり受け止めないとね!」

「はい、わかりました」



ランチはサンシャインシティのレストランフロアで食事することになった。

ハワイアンチックな南国風の飲食店に入る。

店内にヤシの木などの装飾が施されていた。

少し昼を過ぎていたので客数は落ち着いていた。

「良い眺めね」

窓際の席から外に目を向けると、池袋の街並みが一望出来る。

僕はハンバーガーを頼み、中野さんはパエリアを注文した。


「中野さんって好きな食べ物は何ですか?」

「そうねぇ、トマトとかナス科の野菜が好きかな。よく料理にも入れてるよ。小峰クンは?」

「奇遇ですね!僕もトマト好きなんですよ!気が合いますね」

本当はトマトは好きではなく、どちらかと言うと普通と嫌いの間だ。

でも中野さんが好きなら今から好きになろう。そう思った。


「小峰クンって食事とか作るの?」

「以前はチャーハンとかカレーとか一品料理作ってたんですけど、最近はスーパーで弁当買うことが多いです。その方が手間が省けますし、自分で作るより安価だったりします」

「そうなんだ、でも分かるわ」


食事が運ばれてきた。

僕の頼んだハンバーガーは普段見慣れているマクドナルドのものと大きく異なっていた。

特大で串が刺さっており、パンは分厚く、挟まっているハンバーグとレタス、卵、アボガドが今にも飛び出てきそうだ。

あ、トマトも入ってる。


「おいしそう、いただきます」

と言いつつも、どうやって食べればいいんだ?

食べ方が汚い男は嫌われる。

ハンバーガーってかぶりついて食べるのが正解だよな。

でもマクドナルドのハンバーガーの倍くらい大きい。

分解して食べるか。

串を取る。

盛大に具材が崩れた。

必死に戻そうとする。

試行錯誤する内に、パンがソースを吸ってぐちゃぐちゃになる。

なんかもんじゃ焼きみたいになってしまった。


「苦戦してる?」

「…ええまあ」


中野さんは注文したパエリアを難なく小さい口に運んで食べている。

スプーンを持つ白くてか細い手、その指先がとても上品に感じられた。


「小峰クンは一人暮らし?」

「はいそうです」

「お、一緒だね。どこに住んでるの?」

「えっと埼玉の所沢です」

「所沢?西武線の方ね」


所沢を知っているとは…この反応は嬉しい。

今まで住んでいる場所を聞かれて“所沢”と答えても無反応だったり、どこ?と聞き返されることが多かった。


「私も今は埼玉に住んでるの」

「そうなんですか!?中野さんは埼玉のどちらにお住まいなんですか?」

意識せずとも声が弾んでしまう。

同じ埼玉県民だったとは嬉しい限りだ。


「さいたま市よ。最寄り駅は南与野ってところ」

「おお、知名度の高い大宮や浦和を抱える埼玉で最もカーストの高い一等地じゃないですか」

「そうなの?私まだ埼玉のこと詳しくないの。実は最近引っ越したばかりで」

「以前はどちらに住まわれてたんですか?」

「実家のある江東区の東陽町よ」

東京人様だったか。


「“江東区”って、豊洲とか、お台場とか、東京ビッグサイトのある超有名な?」

僕は畏怖と敬意を持って、中野さんを上目遣いで見た。

「東京23区の中でもひと際異彩を放つ、素敵な地区じゃないですか!?」


「別にそんな、大それた場所じゃないわよ」

「所沢市民の僕なんかと、対等に話をしてくれてありがとうございます」

「も~何なのよ」

会話も弾み、楽しい食事となった。



遅い昼食を終えた後は、同じ商業施設内にあるプラネタリウムを訪れた。

ロマンチックでデートには最適だろう。

しかし、チケットを購入し、投影ホールに入って驚いてしまった。

通常の観覧席の他にベッドがあったのだ。それも幅の広いダブルサイズ、いやそれ以上か。

これもプラネタリウムの観覧席なのだろう。

いやらしいな。いや、受け取り方の問題だろうか。

でも通常席よりもこっちで中野さんとプラネタリウムを見てみたかったな。

寝そべってすぐ隣には、同じようにひとつのベッドに横たわる中野さんがいて…。

「うっわぁ!興奮してきた!」

「ちょっと小峰クン、プラネタリウムが楽しみなのは分かるけど、静かにして」


通常の座席に腰掛ける。

他に客もいるが、数はまばらで空席も多かった。

やがてドーム内の照度が徐々に落ちていき、真っ暗になる。


プラネタリウムの上映が始まった。

投影プログラムのタイトルは”サテライト〜世界でふたりぼっち〜”

インターネットで検索すると出てくるらしい。

地球と月を題材とした宇宙の物語だ。

(お時間のある方は是非プレイしてみて下さい。きっと作者は泣いて喜びます!)


ドームの広々とした天井には漆黒の宇宙空間が広がり、星々の煌めきが眩しい。

まるで宝石を散りばめたようだ。

隣の席に座っている中野さんの顔を気づかれないよう、ちらっと覗く。

投影されている星々の薄明りで彼女の顔がわずかに見えた。

綺麗だな…。星よりも。

僕はしばらく見とれていた。



プラネタリウムを見終え、サンシャインシティを出ると辺りはすっかり暗くなっており、夜のとばりが空を覆っていた。

池袋駅で別れる。

名残惜しいが、今日はここまで。

僕は西武池袋線で、中野さんはJR埼京線だ。


「今日は楽しかったわ」

「僕も楽しかったです」

「慎志クンって彼女いるの?」

「え?今更聞くんですか?彼女いないですよ。いたら中野さんと一緒にいませんよ」


「そっか。そうだよね…。じゃあ彼氏クンって事で、これからも宜しく!」


ふぇ…?


「嫌?」

「いえ…嬉しいです。ものすごく」

「じゃあしっかり頼むよ彼氏クン」

…。

……。

………。

うおおおおおお!!!彼女が出来たー!!!!




自宅のアパートに帰ってきた。

外壁の窓を見る。

先生の部屋は暗いけどテツの部屋、明かりついてる。

よし!テツの部屋にお邪魔しよう。

手土産もあるし、彼も喜ぶだろう。


「こんばん〜」

「おーう慎志か」

「晩御飯もう食べた?」

「いや、まだだが」

「お寿司買ってきたから、もし良かったら一緒に食べない?」


寿司の入ったトレー袋を持ち上げる。


「これって…寿司屋の寿司?どうしたんだよ?いつもスーパーの値引きシール貼られたパック寿司なのに」

「えへへ」

「羽振り良いじゃんか。そういや、G1レースあったもんな。一発当てたか?」

「別に競馬が当たったわけじゃないけど、嬉しい事があったからさ。そのおすそ分けというか…。先生はまだ帰ってきてないみたいだね」

「ああ、デスマーチだってさ。しばらく会社に寝泊まりするとか言ってたな」

「そっか…それは大変だね。残念」



テツの部屋で彼とふたりで寿司を頬張る。

僕が一貫食べる間に、テツは二貫を平らげるペースだった。


「何だよさっきから凄いニヤニヤして。気持ち悪いな」

「ふふふ…実はさ、なんと!彼女が出来ました!!」


「…ぶほっ!」

テツが頬張っていたイクラを吹く。

「この前言ってた中野麗海さんと正式に交際する事になったんだ」

僕は頭をかきながら、テヘっと舌を出した。

自然と笑みがこぼれてしまう。


「…」

「彼女が出来ました」

「2回言うな!うざ〜、なんだよ〜こいつ、マウント取りに来たのかよ〜」

「いやいや~そういうわけじゃないよ~」


「でもさ、何かさ、彼女が出来てから世界が変わった気がするんだ。外ですれ違う人たちはみんな僕に微笑んでいるように見えるし、お店の照明看板や街灯は僕だけを照らしているように感じちゃって」

「はぁ?」

「電車の吊革が揺れているのもさ、まるで腰を振って踊っているようでさ、まるで僕を祝福してくれているみたいな?」

「アホか…。おまえ、やばい薬やってんのか?幻覚だろ」


「ディズニー映画って、登場人物が歌いだして踊るミュージカル的なシーンあるじゃん?あんな感じで、今の僕は生きているのが凄くユニークで楽しいと思えるんだ」

「相当浮かれてるな…そのうち痛い目みるぞ?例えばお前の彼女、仲良くなってから色々売りつけてくるかもよ?高い壺とか。ひょっとしてマルチ商法の勧誘目的で慎志と付き合ったんじゃねえのか?」

「変な言いがかりは止めてよ。彼女はそんな人じゃないよ」


僕は立ち上がった。


「それにね、僕は気づいたんだ。

花は咲くために生まれてきた。

鳥は飛ぶために生まれてきた。

そして…人は恋をする為に生まれてきたのだと!」


「こりゃ重症だな」

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