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【第49話】突然の凶報

~主な登場人物~


小峰慎志(こみねしんじ)

主人公で埼玉県所沢市の賃貸マンションで妻の千春(ちはる)、娘の真桜(まお)と暮らしている。

建物の維持管理サービスを生業とする会社に勤め、都内のオフィスビルで管理員として働いている。


小峰千春(こみねちはる)

夫の慎志(しんじ)、娘の真桜(まお)と一緒に埼玉県所沢市の賃貸マンションで暮らしている。

男勝りな性格で気の強い面もある一方、妙にしおらしい態度を取ることもある。


小峰真桜(こみねまお)

慎志(しんじ)千春(ちはる)の間に生まれた女の子。

保育園に通う元気で快活的なおてんば娘。


岩本健(いわもとけん)

慎志(しんじ)と同じ会社、同じ現場で働く1つ年上の先輩社員。

気さくで人懐っこい性格。仕事仲間の慎志(しんじ)と仲が良い。


所長(しょちょう)

慎志(しんじ)と岩本が管理員として務めるビルの上司。ビルの不動産会社の人間で現場所長。

中老でおっかない性格。時に感情的、時にネチネチとした態度を取る。


小峰怜志(こみねれいじ)

慎志(しんじ)の父親。長野県上田市在住。


小峰彩代(こみねさよ)

慎志(しんじ)の母親。長野県上田市在住。

挿絵(By みてみん)




職場のビルで僕ら管理員の待機場所となっている防災センター。


「小峰、ちょっと来い」

「はい!」


所長から呼ばれる。


「お前の作業報告書ぜんぜんダメ!なぜその作業をするに至ったのか?その作業をしないとどうなるのか?必要性は?実際に作業を終えて最終的にどうなったのか?もっとハッキリさせろよ!」


「すいません!やり直します」



「次、岩本!ちょっと来い」

「あーい!」


「頼んでおいた省エネの中間報告書は終わったか?」

「まだです」

「今期の都の補助金申請の締め切り迫ってるな?その申請書は?」

「まだです」

「申請といえば屋外広告物の許可申請書の方はどうなってる?」

「まだです」


「何で何もやってないんだよ!!」

「この頃、営繕ばかりで事務作業の時間が取れませんでした」


「ったく三十代組しっかりしろよ!」


防災センターに怒号が飛ぶ。

見慣れた光景だ。

別会社の常駐警備員が苦笑している。



「この見積もり作ったやつ誰だ?」


シーン。


「誰でも良い!本社の査定部から高すぎるって突き返されたぞ。下請と話し合ってもう一度金額調整してくれ!」


ーーーーーーーーーー


防災センターに電話がかかってくる。

所長がでて、部屋中に響くくらい声を荒げる。


「緊急!エントランスの天井から水漏れ!総出で対応してくれ!」


僕と岩本さんはすぐに準備に取り掛かる。


「MDF室が近い!現場についたらすぐ状況を伝えろ!ところで他の管理員の奴らはどうした?」


「鈴木さんは変電室の検針、松本さんは空気環境測定中です」


鈴木さんも松本さんも僕と同じ会社のビル管理員だ。

ふたりとも還暦に近いベテラン社員である。


「あのふたり、朝礼終わってすぐ出ていったよな?もう2時間も経ってるぞ!なんで戻って来ないんだ!あのオッサンたち自由過ぎるだろ!」



僕と岩本さんでエントランスの水漏れ対応に当たる。

原因はエアコンのドレン排水不良によるものだった。

被害は軽微で所長にその旨を報告する。

復旧もこれならメーカーの修理業者を呼ばなくて済みそうだ。

ドレンポンプの確認とドレンパンのゴミをバキュームで吸う。


空調設備に関わるトラブルの多い夏が到来した。

漏水もそうだが、特に専用部のエアコンが故障してしまうと入居テナントの仕事にも支障が出る。

修理までの間、応急でスポットクーラーを貸し出したりするのだが、クレームは必至である。



定時後、ロッカー室で作業着を着替え、帰り支度する。


「小峰っち今日もお疲れ〜」

「お疲れ様です」


岩本さんと今日の労働を労い合う。


「なんだかんだ言ってこの現場にも慣れてきたね」

「そうですね」

「どう?仕事にやりがい感じる?」

「う~ん、どうでしょう」


仕事は知識や技術だけじゃなく、人間的に自分を成長させてくれるものだという。

それが充足感となり、"働きがい"という名の"生きがい"になる。

人生の大半は仕事に費やす。

つまり仕事が苦痛であれば、人生そのものも苦痛と言っても過言ではない。


「やっぱ仕事に対しての意識が大切だよな~」


「意識ですか?」


「例えばさ、AさんとBさんがいたとして…Aさんはこれだけ働いてるのに給料低いと不満を持って働く。Bさんは人々の役に立っている大切な仕事に携わっているのだと誇りを持って働く」


「はい」


「Aさんにとって仕事は金を得る為だけの作業。Bさんにとっては仕事は単なる労働ではなくて、意味や目的を見出して前向きに有意義に捉えてる」


「AさんとBさん、仕事に取り組む姿勢に差がありますね」


「そう。同じ条件、同じ時間と労力を費やしていてもAさんとBさんで人生の充実度はだいぶ違う」


「それで仕事に対する意識は大事って言ったんですね」


「で?小峰っちはAさんとBさんどっち側の人間?」


「あー、綺麗事抜きにして僕はAさん寄りかも⋯」


「あっはっはー!俺もー!」



「それじゃまた明日」

「はい、お疲れ様でした〜」



ーーーーーーーーーーーーーーー



それは暑い、真夏の日だった。

ビルの屋上で炎天下の中、給排気ファンのグリスアップ、Vベルトの交換。

ついでに大雨の多い季節だから排水が詰まってしまわないようにルーフドレンの清掃も行う。


正午を過ぎ、昼下がりとなっても相変わらず日差しが強い。

汗がねっとりと身体に纏わりついて不快だった。

作業の手を止めて顔を上げ、屋上から景色を眺めると遠くが霞んで見えた。

高層ビルの屋上からの眺めは圧巻だが、あいにく楽しむ余裕はない。

眼下の街並みも蒸気のようなモヤがかかっている。

あれは道路のアスファルトが容赦ない陽光を照り返しているせいだろう。

熱帯都市。

子供の頃は真夏でもこんなに暑くなかった。



真桜は保育園の夏休みに入り、千春も連休中だ。

今日は親子でママ友たちと海に行っているはずだ。

確か熱海って言ってたな。

海か、良いな。

もちろん海も日差しが強いだろうが。



再び作業に戻る。

それにしても止めどなく汗が身体中から吹き出す。

インナーを通り越して作業着も汗でびしょびしょだった。


「あ、ここのルーフドレン、溜まった泥から芽が出ている」


風で種でも運ばれたのか。

こんな所に芽を出すとは、なんと生命の逞しいことよ。

ちょっと可哀想かなとも思ったが、芽と一緒にルーフドレンに溜まった泥を取り除いていく。


汗を拭いながら、再び空を見上げる。

地平線の上、遠くに見える大きくて立体的な雲。

まるで何かを予感させるような荒々しい模様。

見てるだけでこちらが押し潰されそうなほど迫力がある。


「大きな雲だね」


一緒に作業をしている岩本さんも空を見上げて同じ雲を見ていた。


「ガキの頃は夏の大きな雲にワクワクしたもんだよ」

「あ、その気持ち分かります。どこか懐かしいですよね~」



突然、作業着のポケットの中で振動するスマホ。

振動が長い。これは電話だ。


僕は手袋を外し作業着のポケットからスマホを取り出した。

着信画面を見る。

長野の実家の母親からだ。

珍しいな。

仕事中だから後でかけ直そうかな。

そう思っていたら留守電メッセージの案内に移行した。

しかし母さんは伝言を残さずに一度電話を切って、またすぐに電話をかけてきた。

重要な要件なのかな。

内容をまだ聞いていないのに軽く胸騒ぎがした。

若干の躊躇の後、僕は電話に出た。



「もしもし、母さん?」

「慎志!大変よ!」


まるで飛びつくような母さんの声。

ただならぬ気配。

電話越しでも母さんの必死さが伝わってきた。

嫌な予感がした。


「どうしたの?」


「お父さんが倒れたのよ!」


「なんだって?」


「病院から連絡があって、お父さん畑仕事をしてたら倒れて、たまたま隣で一緒に作業してたシルバー人材センターの同僚の人が気付いて、救急車を呼んでくれて、そのまま病院に運ばれたんだって!」


「熱中症とかで倒れたってこと?」


「原因は分からないけど、もう倒れてから2時間経つらしいの!意識が戻らないんだって!」


「意識不明ってこと?」


「そうよ!重体らしいの!」


背筋が凍る。

身体中にまとわりつく汗が急激に冷えていくのを感じた。

真夏の日差しに照らされているのにも関わらず、僕は全身に鳥肌がたっていた。


僕の様子を見て、ただならぬ事が起きたと察した岩本さんは心配そうに僕の顔色をうかがっている。


「お母さんもこれから病院に行くところ」


「僕は、僕はどうしたら良い?」


「とにかくお父さんが大変って分かったから連絡したの!これからお父さんが運ばれた上田中央総合病院に行ってくるわ。お父さんの容態が分かったらまた連絡するわね。それじゃあ車運転するからまたっ!」


「ちょっと母さん!」


ピー!ピー!


電話が切れてもしばらく動けなかった。

意識不明の重体って⋯。


脳裏に不穏な言葉が浮かんだ。

それは父の“死”だ。

まさか、こんな突然にそんな展開ってあるのか。

何はともあれ、もっと状況を詳しく知りたい。


「どうしたの?」


岩本さんが食いつくように聞いてきた。


「実家の母親から電話があって。父が意識不明で病院に運ばれて、もう2時間も意識がないらしいです」


「ええ!?」


「ちょっと電話してもいいですか?」


母さんからの電話内容だけじゃ情報が少なすぎる。

また連絡するって言ってたけど待てない。

上田中央総合病院って言ってたな。

ネットで当該の病院を検索し、記載されている電話番号に電話する。

僕は搬送された父のことを聞いた。


「家族の方ですか?」

「そうです」


僕の声は苛立ちを帯びていた。

焦っている。

父親の安否を早く確認したい。


「父は大丈夫なんですか?」

「治療中です」

「意識不明って聞きましたけど」

「緊急で医師が対応しています」


結局、詳しい容態などは聞けなかった。

電話では話しにくい内容なのか。

ああ、何でこんなことになってしまったのか。

身体が不安に揺さぶられ、立っていられるのもやっとだった。

取り返しのつかないことが起きている。

これは何かの間違いで、陳腐なドッキリ企画だと誰かに言って欲しかった。

許される嘘ではないが、それでも安堵できる。


「とにかく一大事じゃん!小峰っち!仕事は切り上げ!防災センターに戻ろう!」





「早退しろ」


所長に事情を話すと、開口一番にそう言われた。


「今すぐ父親の搬送された病院に行け」

「でも実家は長野なんですよ」


長野県上田市。

すぐに行って帰れるような距離じゃない。


「長野でもだ」


所長の真剣な表情。

僕は鋭い眼差しの中に所長の優しさを感じた。


「ありがとうございます」

「仕事の事は気にするな」

「では最低限の引き継ぎを⋯」

「引き継ぎは良いから早く行け。お前の抱えている仕事は全部把握してる」


「小峰っち!俺もいるから大丈夫だよ!仕事は任せといて!」

「岩本!お前は任せた書類なに一つ終わってないだろ!偉そうに言うんじゃねぇ!」



「とにかく早く行け。じゃないと一生後悔するかもしれないぞ?」


「所長…ありがとうございます!」


「何時になってもいい。親父さんの容態が分かったら連絡をくれ」


「分かりました!」



急いで帰り支度を済ます。


妻の千春にも電話する。


「旅行中に申し訳ない」

「どうしたの?」


僕は手短に父の事を話した。


「お義父さんの容態、詳しく分かったらまた連絡ちょうだい」

「分かった」

「私たちも明日、長野に行くわよ」

「そう?大丈夫?ありがとう、ごめんね」


「慎志」

「何?」

「気を確かにね!お義父さんの無事を祈ろう!」

「ありがとう」



職場を後にして、そのまま上野駅へ向かう。

北陸新幹線に乗るため。


空の向こうが橙色に染まっている。

やけに不安を煽る夕焼けだった。

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