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【第47話】レスを乗り越えろ

~主な登場人物~


小峰慎志(こみねしんじ)

主人公。埼玉県所沢市の賃貸マンションで妻の千春(ちはる)、娘の真桜(まお)と暮らしている。

都内で建物の維持管理サービスを生業とする株式会社マホロバ・ビルサービスの社員。

まだ幼児の娘の面倒見で妻と奮戦。日々、父親として勉強中。


小峰千春(こみねちはる)

夫の慎志(しんじ)、娘の真桜(まお)と一緒に埼玉県所沢市の賃貸マンションで暮らしている。

男勝りな性格で気の強い面もある一方、妙にしおらしい態度を取ることもある。

実家は川越市にあり、父の名は月原篤(つきはらあつし)、母の名は月原万葉(つきはらまよう)


小峰真桜(こみねまお)

慎志(しんじ)千春(ちはる)の間に生まれた女の子。

保育園に通う三歳半。まだ世の中のことを分かっていない故に純粋で無垢。

元気で快活的なおてんば娘。YouTubeを見るのが好き。

挿絵(By みてみん)




僕は男だ。

成人して歴とした大人であり、肉体的にも概ね健全だと思う。

だから結婚して子供が生まれても尚、当たり前のように”性欲”というものはある。


妻の千春が妊娠し、娘の真桜を出産し、真桜が幼児となった今に至るまで。

もうかれこれ4年くらい千春と男女の身体的な交わり事はしていない。

子供が生まれ、互いに親となり、夫婦ふたりで暮らしていた時とは状況が違う。

僕は父親で千春は母親。

新しい家族の形となったこともあり、一時期、母親となった千春を性的に見る雰囲気が薄れたのは事実だ。

そのまま性欲というのは落ち着くのかなとも思っていた。


だが、やはり僕も大人の男である。

最近は千春と”致したいな~”と思う気持ちが復活した。

なので娘の真桜が眠った後に千春を誘うのだが…


「えっちしたいな~」


「ごめん気分が乗らないの〜」


悲しいかな、誘っても断られてしまう。


ある晩も。


「千春〜!したい!」

「乗り気じゃないの〜」


そう言っていつも真桜と先に寝てしまうのだ。


「はぁ…」


ため息が自然と漏れる。


拒否されたのは一回や二回じゃない。もう何十回目だろう。

何度も何度も断られるとメンタルがやられてくる。

男として、夫としての僕を拒絶されているようで虚しいし、寂しい。

千春はもう僕の性的な欲求に応えてくれないのだろうか。

ただ単純に好きだから致したいのだけれども。

僕は悲しくなって枕を濡らした。


夫婦って、30代でもうえっちはしなくなるものなのか。

そんな早すぎでしょ…。


何故、千春はえっちに応じなくなってしまったのか。

やはり真桜が生まれ、家族の形が変わったのが影響しているだろう。

僕は男から父親となり、千は女から母親となった。

それが互いを性的に認識することを妨げている要因のひとつかもしれない。


しかし!

しかしだ!


このままもう妻の千春とえっち出来ないなんて、絶望的過ぎる!

くだらない男の悲観だと思うなかれ。

これは深刻な問題だった。


千春はいつも乗り気じゃないとはぐらかす。

ならいつなら良いのか?

そう千春に聞いた事は何度もあるがいつも有耶無耶にされる。


再びかつてのように夫婦で致すにはどうすれば良いのか?

僕は考えた。

考えに考えた。

しかし妙案が浮かばず、うつむく。

ふと自分の下っ腹が視界に入った。

腰のベルトに乗っかった贅肉。

随分とぽっこりしたお腹だ。


腹だけではない。

そういや以前より顔もふっくらした気がする。

僕は千春と結婚式を挙げた頃から5~6キロ体重が増えていた。


「そうかっ!」


閃いた。

千春が僕の求めに応じてくれないのは、男としての魅力を感じなくなってしまったからだ。

体重が増えてふっくらした僕の身体つきが、千春にはだらしなく見えているのかもしれない。


なら、痩せるしかない。

かつての体重の時は、千春は夜の誘いに応じてくれていたではないか!


「痩せるぞ!」


鏡の前に立ち、上着のシャツをめくり上げた。

露わになるぽっこりしたお腹。

引っ込めてやるからな。


乳首に一本、長い毛が生えていた。

気になるから引っこ抜く。

ぶちっ!


「痛っ!」




こうして僕のダイエット生活が幕を開けた。

かつての体重、体型に戻る為に。


スマホアプリで毎日食べた物、摂取したカロリーを記録する。

仕事の日も休日も1日一万歩は歩く。

休日は余裕があれば航空公園をジョギングした。

筋トレも腕立て、腹筋、背筋を30回3セット毎日することを習慣化させる。

スポーツジムに通うのも検討したがやめた。

代わりに空いた時間に市民体育館のジムへ通った。

お金も安いし、市民税も払っているからここぞとばかりに利用した。


食事は脂っこいものや揚げ物は制限することにした。

大好きなラーメンも、もうスープを飲み干すのはやめた。

何気に口にしていた菓子類の間食も一切やめる。

口が寂しくなると温かいお茶やキシリトールガムを口に入れて凌いだ。


何度も高カロリーな食事、間食の誘惑に負けそうになった。

暴力的な食欲に屈しそうになった。

身体が過剰の炭水化物を、塩分を、糖質を欲している!

それはさながら禁断症状のようだった。


「ぐぬぬ…」


「ぱぱ、だいじょーぶ?」

「慎志、何を唸ってるの?」


妻と娘に心配される。


「千春、待っててね!」

「何が?」


これも妻とえっちする為。

性欲を天秤にかけられた男は凄まじいパワーを発揮する。

えっちの為、えっちの為。

動機が不純すぎる。



ーーーーーーーーーー



そして遂に僕は目標を達成する。

ある日、体重計に乗って僕は歓喜の叫びをあげた。


「戻った!体重が結婚前の体重に戻ったぞ!」


数字を達成するのは営業職時代の頃の嬉しさにも似ていた。

鏡の前に立ち、改めて自分の姿を見る。

身体全体が少し引き締まった感じがする。

顔の丸みも取れた気がする。


痩せた恩恵はそれ以外にもあった。

最近はお通じも良好だ。

会社の健康診断も改善した。

昼間の眠気もなくなったし、身体が軽くなって気怠さを感じることも減った気がする。


性欲とは偉大だ。

動機が不純とはいえ、意思の弱い僕に、ダイエット成功をもたらしたのだから。


鏡の前に立ち、上着のシャツをめくる。

腰ベルトの上に贅肉は乗っかってない。

腹はうっすらだが割れている。


「うん、良い身体だ」


マッチョのポーズをとる。

自分で自分の身体を抱く。

ゴツゴツしているのが興奮する。


乳首にまた一本長い毛が生えていた。

引っこ抜く。


「痛っ!」




機を見計らい、ある晩、万を期して僕は妻に誘いかける。


「千春、今宵は真桜が眠った後にえっちしませんか!?」

「ごめん~、ちょっと気分が乗らない」


まーた断られたー。


「体調悪いの?」

「別に」


「じゃあ良いじゃん!」


僕は上着を脱いだ。


「ほら、腹筋ちょっと割れてるでしょ?」

「だから何?」

「たるんだお腹より、引き締まったお腹の方が千春も嬉しいでしょ?」

「は?」


「千春、僕が以前より体型がふっくらしたのをだらしないと思ってたんでしょ?だから身体を交える事に乗り気じゃなかった。そうでしょ?」

「いえ別に…」


ああ…ダイエットを成功させ、身体を絞ったというのに変わらず妻に拒絶される悲しみ。


「ねー!良いじゃん!もう僕ら4年以上もやってないんだよ〜!」

「また今度ね〜」

「いつもそう言ってはぐらかすよな」


僕はふざけて千春の胸に手を伸ばす。

千春の胸も4年以上触ってない。


「フヒヒ…ねぇ千春、スケベしようや?」


「きもい!やめてー!!」


伸ばした手を叩かれる

本気で拒絶された。

僕はポカーンとした。


「私は慎志の性欲を満たすためにいるわけじゃないわ!」


「え~!そんな、そこまで言う!?」


僕は泣きそうになっていた。


「じゃあもう千春とえっち出来ないの?」


「だーかーら、私がそういう気分になった時にって言ってるじゃん」


「そうやってもう何度も断られ続けて僕のメンタルはわりと崩壊してるんだけど⋯」


「あーもうっ面倒ね!そんなに我慢出来ないなら”風俗”にでも行ってくれば!?」


「”風俗”行けって、妻がそんなこと言う〜っ!?」


「もう勝手にして!」


そう言って真桜の眠る寝室に妻は消えていった。

ひとりリビングに取り残される。


どうしてこうなってしまったのか。

こうやって世の夫婦はセックスレスになるのか。


うつろな感情で部屋を見渡す。

壁には娘の真桜が保育園で書いた絵が所狭しと飾られている。

その中に埋もれるように古い張り紙が一枚。

かつて妻と交わした誓約書。


゛私、小峰慎志は、もし妻を裏切り浮気をした場合、罰として妻にハサミでおちんちんをちょん切られます゛


アホらしい。

肉体関係に一切応じてくれない妻。

じゃあ僕の男としての欲求は誰に向ければ良いのか。

これはいやらしいとか、しょうもないとか、そういう次元ではない。

夫婦間で性的な欲求が実らない。

極めて重大な問題であった。


虚しい。

僕は頭を抱える。

相手を求めても、何度も拒絶されてしまう寂しさ。

悲しみの感情は、いつしか怒りに変わっていた。

妻に失望した男の決意。


僕は開き直った。

⋯分かったよ。

もういい!風俗行く!

風俗に行ってえっちしてやる!




妻が肉体関係に応じてくれない。

何度誘っても拒絶される。

ムキになった僕は風俗に行くことを決意した。

動機としては適っていると思う。

しまいには妻の方から”風俗”に行ってこいと言われたのだ。


ネットで風俗の情報を調べる。

風俗にも色々な種類があり、サービス内容を熟考した結果、ソープに行くことにした。


ではどこのソープに行くかだ。

サービス内容からして他の娯楽より高額なのは仕方ない。

1時間で2~3万円とか普通にかかる。

無論、安い店もあるが、それだと口コミが悪かったり、衛生面などにも関係するという。

万が一、性病なんて移されたら大変だ。


ふと思い出す。

バックパッカーでタイに海外旅していた時。

見かける風俗店が本当に安かった。

確か当時は日本円で3000円くらいだった。

そしてドラクエ4のミ◯アとマー◯ャ似の女性にお店に誘われた時の事を思い出す。

あんな美人姉妹と格安でえっちできるチャンスがあったのだ。

こんなことになるなら行っとけば良かった。

僕は後悔した。

これほど深く後悔することはなかなかない。

これもえっちさせてくれない千春のせいだ。

僕は妻のことなど考えず、自分の性欲を正当化した。


僕はとにかく調べた。

毎夜、寝る間を惜しんでひとりスマホ片手に都内のソープ店を調べる。

ワクワク、ドキドキしながら。

こんなに無我夢中で調べ物をするのはいつ以来だろうか?

会社から資格を取れと再三に言われている電験三種の勉強よりも集中していた。


ソープは店のホームページから嬢を見て予約時に指名するわけだが、僕は度肝を抜かれた。

どのサイトも掲載されている女性は目や口を隠しているが、みんな美人だったのだ。

多少なりとも加工しているだろうが、こんなに綺麗な人たちがソープで働いているのか。

カルチャーショックというか、目からウロコというか。

僕はウッキウキで色々なソープ店のサイトをネットサーフィンした。




そしていよいよ決行日がきた。

今日は仕事は勤務時間の調整で早上がり。

都合の良い時間、絶好のチャンスが到来した。

無論、風俗店に行くことは妻の千春には言っていない。

言ったらややこしくなるだけだ。

もしバレても、風俗に行ってこいと言ったのは千春の方だ。

そう、僕は悪くない。

そしてこれから4年ぶりの性を放つのだ。


ネットで風俗情報を調べていくうち、都内在住の成人男性の3割は風俗店利用者だという統計を目にした。

真偽は定かではないが、何かしらの根拠があっての情報掲載だろう。

そう、大勢の男性が性サービスを受けに行ってるのだ。

むしろ今まで風俗を経験しなかった僕は遅れていたのかもしれない。

なんというか、風俗店に対して敬遠する意識があったのだ。

だがその念は既に消え去っている。

何度も何度も拒絶する妻、千春の態度が僕を吹っ切れさせた。


いざ!台東区のソープ店シルバーエクスペリエンスへ!

中堅ソープ店は事前に予約をして入店直前にも店に電話するものらしい。

しかしその店は事前予約だけで済む店だった。

更に珍しいことに当日キャンセル料もかからないという。

以上の理由から、ハードルが低く初心者の僕としては取っ付きやすかったのでこの店にした経緯がある。

調べた限り人気店であり、口コミも上々だった。


この日の為、初ソープの為に体調も整えてきた。

ついさっき歯も磨いた。爪も切った。髭も剃った。


サービスは1時間半で三万円。

高級店ではないが、格安店でもないレベルの風俗店ではないだろうか。

財布に入ってる一万円紙幣三枚をまじまじと見つめる。

これが1時間半で全て無くなる。


うおお…マジか。

ちょっと怯んでしまう。

僕はつばを飲み込んだ。

ソープとは高額で贅沢な娯楽だ。

しかし4年間、我慢してきたのだ。

妻がいながら満たされない性欲に思い悩んできた自分へのご褒美。

これは浮気ではない。妻を裏切るわけでもない。

お金を払って性サービスを受けるだけだ。

自分にそう言い聞かせた。


さあ!

さあさあさあ!

自分で気分を鼓舞する!!


…。

……。

………。


あれ、そういえば今日って結婚記念日じゃね?



ーーーーーーーーーー



「いきなり都内に呼び出すから何かと思ったけど、まさかディナーでこんな素敵な所に連れてきてくれるなんてね」


千春が微笑みながら見事な霜降りのサーロイン牛肉をテーブルの焼き台に乗せる。

真桜はカニの殻から身をほじくるのに必死だ。


「今日は結婚記念日だからさ」

「ちゃんと覚えておいてくれたんだ」


僕らは食べ放題の高級ビュッフェダイニング、銀座八紘に来ている。


結局、風俗の為に貯めたお金で、家族で豪華ディナーを楽しむことにした。


「この店凄いわ。肉も海鮮もお酒も何でも揃ってる!まさに天国ね!」

「ぱぱ ありがとう」



千春と真桜の笑顔を見てると、僕一人の性欲を満たしたところで何のメリットもないなと思った。


これで良い。

これで良い…のかな。とりあえず今は。

風俗へ行くのは中止となった。


しかし千春も僕の事を気にかけてくれていたようで。

あれから千春は僕の夜の誘いを、一二ヶ月に一度は応じてくれるようになった。

本当はもっと致したいけれど、やっぱ相手の気持ちあっての行為だから仕方がない。

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