【第38話】夫婦で生きる新日常
~主な登場人物~
【小峰慎志】
本編の主人公。埼玉県所沢市在住。妻の千春とは新婚。
【小峰千春】
旧姓は月原。埼玉県川越市に住んでいた。慎志と結婚し所沢市民となる。
【月原篤】
千春のお父さん。川越に住んでいる。気難しく頑固な性格で言動も厳しい。
【月原万葉】
千春のお母さん。清楚で淑やかで可憐。夫と川越に住んでいる。
かくして千春と一緒に夫婦として共に暮らす生活が始まった。
仕事の出勤時間がおおよそ被る為、朝は一緒に起きて朝食を摂り、共に家を出て、都内行きの上り電車に乗る。
夜は千春の方が先に帰宅することが多く、自然と千春が晩飯の支度をしてくれて、僕が帰ってきたら一緒に食事を摂る。
先に晩御飯食べてていいよって毎回言うのだが、千春はいつも僕を待ってくれる。
実はそれが密かに嬉しかったりする僕であった。
食事を用意してくれたかわりに食器の片づけは僕がやるというサイクルが出来上がった。
もちろん互いに残業などで遅くなった時は、スーパーで総菜弁当を買って晩御飯にすることもある。
「ただいま」
「おかえり!あなた!ご飯にする?それともお風呂にする?それとも、ワ・タ・シ?」
平成、いや昭和のドラマの新婚夫婦のようにふざける千春。
エプロン姿の千春が辛抱たまらない。
「千春にするーっ!!」
新婚って楽しいな。
食事をしながらふたりで今日の出来事などを語り合う。
まるで互いに日報を報告するかのように。
情報共有、感情のおすそ分け。
夫婦として大切なことだと思った。
空いた時間、寝る前は一緒にテレビをみたり、ゲームをしたり。
何をするにしても、ひとりよりもふたりの方が楽しめた。
ひとり暮らしの時は家に帰ってから言葉を発する事はほぼほぼ無かったけれど、千春と暮らすことで家でも会話で喋る機会が増えた。
ひとりでいると余計な事を考えてはネガティブになり、心配事を増やしていた僕にとってはありがたいことだ。
「お風呂入ってくるわね」
「うん」
一緒に暮らし始めて間もない時は驚きの連続だった。
「ふぃ~気持ちよかった!」
風呂から出てきた千春が素っ裸で冷蔵庫からミニパックの牛乳を取り出し、腰に手を当ててラッパ飲みしている。
「ちょ、ちょっと!なんか凄く勇ましいというか、大胆なんだけど!?」
「え、あ~、これが私の日課なのよ」
「ちょっと待った!なんで裸なの?」
千春は裸族だった。
「慎志も家ではパンツいっちょだったでしょ?その方が楽だもんね」
「いやいや!家でもちゃんとジャージだけど室内着を着てたよ。てか、よくお義父さんが許したね」
家はリラックスする場所。
服装も楽なもので良いと思うけど、裸だったり、ほぼほぼ裸な下着姿とかでいられると…。
まぁ、男として嬉しい反面、その…女性の裸のありがたみが消えるというか何というか…。
女性の生活スタイルを間近で見られるのは面白かった。
女性といっても千春は少し変わってるかもしれないが…。
きっとそれは千春視点からみてもそうだろう。
僕を通して男という生き物の生態を見ているのだ。
千春が朝、お化粧をする姿も新鮮だった。
交際期間を含めて千春とは長い付き合いだが、一緒に暮らすとなると知らなかった新しい彼女の側面、発見があって、ますます千春という女性の魅力を感じるようになった。
お布団は何故だろう…香水とか使ってないはずで、僕と同じように使ってるのに、いい匂いがした。
だから千春の布団で勝手に寝たりした。
「ちょっと自分の布団で寝てよ!」
ーーー
「ただいま~」
「おかえり、私も今帰ったとこ!」
「じゃあ外食しよっか」
朝昼晩を含めると、一ヶ月に10回以上は一緒に外食する。
近所の飲食店を開拓することもあれば、所沢駅や川越駅の方まで足を伸ばすこともあった。
普段の晩御飯は、宅飲みが多かった。
「今日はさ〜、職場のおつぼねがさ~」
大抵、千春は酔っぱらうと仕事の愚痴を話す。
千春は僕よりも酒に強く、よく飲む。
それなのに体型がスラッとしているのだから羨ましい。
僕も仕事の事を話すが、千春の仕事話を聞いてることの方が多かった。
「それは大変だったね」
「頑張ったね」
「あ~、それは相手が悪いよ」
話を聞いてお互いにからかったり、からかわれる事もあったが、基本的にどんな話題であれ僕は千春の意見を尊重して味方になったし、千春も僕の味方をしてくれた。
夫婦だからこそ無条件で僕らは互いの気持ちや愚痴を共感し合った。
仕事で嬉しいことがあった時は、その喜びを分かち合った。
仕事で嫌なことがあったり、落ち込んだ時は手を繋いで寝た。
僕らは時間だけではなく感情も共有していく。
「給料日なのでニンテンドースイッチ買ってきたよ!」
「きゃ~やった~!ありがと~!」
共働きで、家賃も家事も食費もだいたい折半な僕ら。
給料額や貯金はともかく、使おうと思えば使えるお金があり、経済的に困ることはなかった。
無論、それは家が賃貸で、車も必要な環境ではなく、民間の保険にも加入していないからだろう。
千春とは大乱闘スマッシュブラザーズでよく遊んだ。
「この少年だれ?ネス?可愛い~」
「それはマザー2っていうスーパーファミコンのRPGゲームで登場する主人公キャラだよ」
「決めた!私はこの少年を極めるわ!」
千春はネスをよく使った。
「…」
パチ!
「あー!千春なにするんだ!?負けたら電源消すとか、小学生か!」
「うるさいうるさい!」
新婚効果が薄れてきたのか、生活しているとお互いにルーズなところも見えてくる。
「ちょっと!!トイレ血だらけだけど大丈夫!?」
「ごめん生理で…流し忘れた」
「ほげー!辛いの分かるけど流してくれー」
千春はトイレットペーパーやティッシュペーパーの補充は一切やらない。
ごみの分別も甘いところがある。
ゴミ回収でうちが出したゴミが弾かれた時もあった。
言っても直らない、あんまりガミガミ言うのもお互い嫌な気持ちになるだろう。
千春は屁に対して厳しかった。
ブッブブー!
「あ、ごめんオナラしちゃった!」
「臭い最悪~!窓開けて!」
「そんな怒らないでよ~。千春だってよくするじゃないか?」
「私のオナラはアロマの香りだからいいの!」
「なんじゃそりゃ~!」
「ちょっと慎志!今テーブルなにで拭いた?」
「何って、シャツだけど?今日着たやつ」
「何で布巾で拭かないの!?」
「だってこのシャツ、このあと洗濯するんだし良いじゃん。布巾使ったら洗い物が増えるじゃん」
「汚いからやめてよ」
「大丈夫だよ、今日着たシャツ、別にそんな汗かかなかったし」
「良くないわ!ドン引きよ!何回言っても直らないし、注意するのも疲れる~」
「ちょっと千春、机に鼻かんだティッシュの山が昨日からそのまんまあるよ?ゴミ箱に捨ててよ」
「もっと溜まったらまとめてゴミ箱に捨てるわ。その方が手間が省けるのよ」
「ちょっと千春!昨日から机に空き缶がボーリングのピンみたいに並んだままだけど、飲んだら片付けてよ!」
「これはね、飾ってるのよ」
他にもテレビのチャンネルやエアコンの設定温度など、くだらない事で喧嘩したりした。
「洗濯物、畳まないの?」
「ハンガーに全部かければいいのよ!勝手にしわだって伸びるし」
「はは、そうだね」
千春はどちらかというと適当よりの人間なのかなと思った。
几帳面で神経質な人よりは付き合いやすい。
夫婦生活を通して、僕自身についても気付かなかった発見があった。
僕は変なところでムキになったり、頑固になる面倒な癖があるようだ。
千春と一緒に暮らすことは、彼女を通して自分を客観的に見れる良い機会にもなった。
他人と過ごす事、他人と生きる事。
僕と千春。
勿論、考え方も育ち方も違う二人である。
価値観や性格が違うので、自分とは異なる言動や行動を身近に相手から見れるのは面白い。
しかし意見の相違というのは摩擦であり、互いの物差しを相手に強引に突き付けたら喧嘩になるのは当然と言える。
相手に対してこうして欲しい、ああして欲しいという期待。
イメージする理想の妻、理想の夫。
それに対しての現実とのギャップによる、ある種の諦め、妥協。
自分の価値観を主軸にして、そういう気持ちを抱くのはやめた。
嫌な事は嫌だと伝えるけど、相手を変えようとするのはやはり傲慢なのだ。
変えるなら自身の見方を変える。
相手は自分ではなく、意思を持ったひとりの独立した人間なのだ。
千春は僕と結婚して妻となり生涯の伴侶となった。
千春は僕にとって特別な存在だが、決して僕の所有物ではないのだということ。
そこを勘違いしてしまわないように。
「ねっ!ねっ!週末は旅行いこうよ!」
「よっしゃ、トラベルコで調べるね」
僕らは比較的アクセスしやすい観光地、箱根や鬼怒川、石和や熱海、草津、伊香保などによく一泊二日で旅行した。
基本的には電車での旅行だが、時にはレンタカーを借りてドライブに出かけたりもした。
バイクにはあまり乗らなくなった。
結婚式で決まったハネムーン先の秋田旅行にもちゃんと行ってきた。
本音を言えば秋田に対して正直どうなんだろうと思っていたのだが、とても楽しかった。
田沢湖、白神山地、角館、なまはげ館、クマ園などレンタカーで巡った。
あまり車を運転する機会がなく、免許もなんちゃってゴールドである。
でも秋田の道路は運転しやすかった。
乳頭温泉は気持ちよかったし、ハタハタ、ババヘラアイスも美味しかった。
月に一回は千春の実家へ赴き、お義父さんとお義母さんに会いに行く。
うちの両親は長野なので気軽に会いに行けないが、千春のご両親は川越なのですぐに会いに行ける距離だ。
「いらっしゃい千春!慎ちゃん!」
「千春、無事か?慎からDVは受けてないか?」
「大丈夫よ~!むしろ私が喧嘩した時に殴ったりしてる」
はは…
「おい万葉、慎にビールは贅沢だ、発泡酒でいい」
「わかりました~」
「って、おい、なぜわたしに発泡酒を置くのだ?」
「あなたは今日は休み、慎ちゃんはきょう仕事だったのよ」
「ぐぬぬ。おい、慎、千春とは仲良くやってるか?」
「はい夫婦で力を合わせて日々過ごしてます」
篤さんは僕に対して今も風当たりの強い時があるけど、万葉さんは出会った時から一貫して僕に優しい。
しかし遅くなると泊まっていけと言ってくれる時もあった。
季節の移ろいに身を任せ、千春とともに生きていく。
時に穏やかに、時に慌ただしく。
春
年度の終わり、そして新年度の始まりの季節。
寒かった気候が温暖になり、気持ちも温かくなる。
木々は新緑に彩りはじめ、桜も咲く。
暖かい日差しを浴びて清々しい気持ちで過ごす。
「慎志~!舞い散る桜、キャッチしてみてよ。多くキャッチした方が勝ちね」
「そんな小学生みたいなこと」
夏
外に出れば暑くて汗が噴き出す容赦のない天気。
地球温暖化というやつなのだろうか。
幼少の頃の夏と体感が違い、蒸し暑い湿度と強烈な日射に体力が奪われる。
もうエアコン抜きではいられない。
それでも日が延びて1日が長く感じられ、得した気持ちになる。
空を見上げてみれば夏の立体的な雲がそこにある。
この時期はイベントも多いし、アイスが最も美味しい。
「冷房温度下げすぎって言ってるの!私の言う事が聞けないの!?」
「…分かりました」
秋
暑さが落ち着いて過ごしやすい季節。
外出もしやすくなる。
日が短くなり、緑道の木漏れ日がなんとも情緒的だ。
木々の枯れ葉が落ちていき、少しセンチメンタルになる。
それでも紅葉は鮮やかだ。
「夏服は仕舞って、冬服だすか」
「そうね。あ、慎志にマフラー編んであげよっか?」
冬
1年の終わり、寒さのせいか少しだけ他の季節より閉塞的な感じがする。
枯れて落ち切った木々の葉、日はすぐに沈み、夜が長くなる。
それでも冬の星空は澄んでいて好きだった。
やがて年が明ける。
珍しく埼玉南部にも雪が降り積もった。
年甲斐もなく雪だるまを作ったりして童心に返ったり。
電車は遅延が多くなる。
「一週間連続で晩御飯は鍋!作るの楽だし温かいしサイコー!」
「スーパーで売ってるお鍋の汁、全部制覇したわね」
繰り返される日常は同じルーチンに見えるが、1日1日は似ているようで毎日違う。
まるで空に同じ空模様がないように。
千春と過ごす日々。
幸せなのだろう。
新婚期間は過ぎ去り、一緒に暮らす興奮も落ち着いてくるだろう。
その過程でときめきだって減っていく。
異性としての気遣いも減っていくだろう。
ふたりの生活に新鮮さが無くなり、この暮らしに慣れていく。
平凡と言えるかもしれない。
でも興奮を伴う幸せはきっと長くは続かない。
慣れて親しんだ大切な人と過ごす平凡な日常。
ずっと続いていく幸せの形なのだろうと思った。
晴れの日も、雨の日も。
楽しい時も、悲しい時も。
僕らは2人で生きていた。




