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【第37話】浮気するとチンチンをちょん切られる誓約

~主な登場人物~


小峰慎志(こみねしんじ)

本編の主人公。埼玉県所沢市在住。

妻の千春と結婚し、ふたりで暮らすため新しい住居マンションへ引っ越してきた。


小峰千春(こみねちはる)

旧姓は”月原”。実家は川越市。主人公の慎志と結婚し所沢市民となる。

都内の大学で総務課の職員として勤務している。

挿絵(By みてみん)




日が傾き、部屋の窓から橙色の陽光が部屋に差し込んでいる。

引っ越しで日中はあっという間に時間が過ぎた。

新しい新居、賃貸マンションのリビングルームの真ん中で机を隔てて千春とふたりっきり。


「ふたりきりだね」

「うん、そうね」


何だかぎこちないふたり。

ふたりきりなんて当たり前である。

でも何故か僕と千春は照れ隠しするようにそわそわしていた。

今更、照れ合うようなふたりじゃないのだが。

新婚夫婦として一緒にこれから過ごしていく。

その実感が気持ちを改めさせ、初々しい気持ちにさせるのだろう。


かつては恋人同士、しかし今は正式な夫婦だ。

別々だった暮らしもこれからは一緒。

人生の新章がスタートすると言っても大袈裟な表現ではない。


「お茶、淹れるね」

「ありがとう」


そわそわした雰囲気に区切りをつけるように千春は立ち上がり、温かいお茶を淹れてくれた。

ふたりでお茶をすすり、一息つく。


「私も”人妻”か、ふふ」

千春が急ににやけて、お辞儀した。

「不束者ですがよろしくお願いします」


僕もお辞儀を返した。

「こちらこそ、よろしくお願いします」


かしこまるふたり。

やがて互いに笑みがこぼれた。



家事など一緒に暮らす仲としてどう分担するか、そういう話をする。

結論としては、だいたい手の空いている方が家事をやるという事で明確にルールは決めなかった。

憩いの場所である家で厳密な規則を作っては窮屈だろう、というふたりの意見が一致したのだ。


家賃や水道光熱費は共働きということもあり、折半ということになった。


「お金、管理したい?」

「めんどくさいわ」

「じゃあ当面の間は別々で」


「千春はこれからの夫婦生活で目標とかある?」

何気なく僕は訪ねてみた。


「そうね〜」


千春は天井を見上げながらか考えを巡らす。

僕も千春の視線を追いかけて天井を見上げる。

当然だが、今まで一人暮らししていた時のアパートの見慣れた天井とは違った。


「私、わりかしすぐに子供が欲しいかも」


千春は僕を見つめ、頬を赤らめた。

以前、千春が子供好きなことは聞かされていた。


「お、おお!いいね〜!妊活ってやつだね!」


夫婦になって、その次に子供を望むのは自然な流れだろう。

家族が増えたら、僕らの日常はますます賑やかになるだろう。

それは楽しみな未来像だ。


でもそれ以前に、新婚夫婦として身体を交えるコミュニケーションは大歓迎だ!




日が完全に暮れる。


「もう夜ね」

「今晩は何か食べに行こっか?」

「うん」


この町は以前住んでいた所沢駅周辺ほど飲食店は多くはない。

千春にとっても、彼女が住んでいた川越駅周辺とは飲食店数は比較にならないだろう。

でもスマホで近所を調べてみると複数飲食店が見つかり、個人店やチェーン店など様々だ。

何ならパルコにフードコートだってある。

今後、近所のグルメを千春と開拓していくのが楽しみだ。

今夜は引っ越し祝いと称して、居酒屋で千春とふたりだけの打ち上げをした。




帰りにコンビニで酒とおつまみを買って帰る。

帰宅してから二次会をした。


「「乾杯!!」」


机に所狭しとならぶ酒缶とお菓子の山。

一次会の居酒屋で千春はジョッキビールを僕の倍の四杯も飲み干していた。

千春は頬を染め呂律も怪しく、すでに出来上がっている。


「ところで慎志の会社って飲み会とかあるの?」

裂きイカを頬張りながら千春が聞いてくる。


「そりゃあるけど?」

「ふーん。女性も来るの?」

「事務の女性や、取引先の女性が参加してる時もあるけど」


「⋯浮気するでしょ?」


”浮気?”

僕は千春の言った予想外の言葉に呆気に取られる。


「するわけないでしょ」

「分からないじゃない?慎志がお酒に酔った状態で、もし同席してる女性が思わせぶりな態度してたら、我慢出来なくなって手出したくなるでしょ?」

「いやいや、浮気しないって」

「もし飲み会がお開きになってみんな解散した後、女性が全裸姿で慎志の手を取ってホテル行こうって言ってきたら、もう絶対についていくでしょ?」

「どんな状況だよ!」


以前どこかで同じようなこと言われた気がする。


「そういう千春はどうなのさ?」

こういう話はあまり好きではないけど、振られた話題に僕も乗っかり反撃に転じる。


「千春の職場では飲み会とかあって、男たちと居酒屋行くことってあるの?」

「そりゃね、大学職員やってると飲み会とかあるわよ。たまにだけど学生ともね。もちろんそこに男性もいるわ」

「千春の方こそ大丈夫なの?酔って冷静な判断が出来ない状態で男に誘われて、成り行きで〜みたいな?」


過去に浮気された経験のある僕である。

千春を信じられずに本気で言ったわけじゃないが、口に出した事で不安になってきた。

もし僕の知らないところでそんな事があったらと想像すると、急に酔いが気持ち悪さに変わってきた。

見事な自爆である。


「私を侮辱してるの?浮気するわけないでしょ!」

「分からないじゃないか。もし飲み会がお開きになってみんな解散した後、一緒に飲んでいた筋肉質でイケメンのマッチョが、全裸姿で千春の手を取ってホテル行こうって言ってきたら、こりゃ絶対についていくでしょ?」

「どんな状況よ!」


先ほど千春に言われたことを、そのまま言い返したわけだが、千春は激怒した。

千春は何を思い立ったのか、勢いよく立ち上がり、用紙とペンを持ってきた。

机に置かれた酒缶やお菓子を隅に追いやり、何やら用紙に文言を書いている。

酔っているせいだろう。

書き殴るような字体で、千春のいつもの字よりだいぶ汚かった。


「はい慎志!誓約書!ここにサイン書いて!」


千春に用紙を突き付けられる。

書かれている内容に目を通した。


゛私、小峰慎志は、もし妻を裏切り浮気をした場合、罰として妻にハサミでおちんちんをちょん切られます゛


「なんじゃこりゃ~!」


何故こんなものを書かせようとするのか。


「こんなのサインするわけないだろ!」

「あ~!ってことは浮気する気なんだ~!慎志ってば最悪~!」


僕もムキになる。


「じゃあ良いよ!サインするよ!でもそのかわり千春にも同じような誓約書にサインしてもらうよ!公平にね!」

「え?私はちょん切れる物が外についてないからペナルティなし!」

「な…!?そんなの不公平だ!」

「大丈夫よ!私は浮気しないって」


千春のニッコリした顔。

その後も言い合いをするが、結局は千春のペースに飲まれてしまい、僕だけが誓約書にサインした。

理不尽この上ないが、無論浮気する考えはない。

しかし、この誓約書は今後ずっとリビングの壁に掛けられた時計の隣りに貼られ続ける事になる。




「おーい!」


千春の反応がない。


「ねぇねぇ?もう寝ちゃったの?」


千春は完全に酔い潰れてしまった。

机に伏したまま動かない。


「そんな所で寝てると風邪ひくよ?」


返事の代わりに寝息が聞こえてくる。


「やれやれ⋯」


千春を抱きかかえて寝室まで運ぶ。

ベッドに横たわらせて、布団をかけてあげた。

目が覚める気配は微塵もない。

爆睡といった様子だ。

このまま朝まで起きないだろう。

千春の寝顔を見つめる。

無防備な表情。

ふとキスがしたくなった。

顔を近づける。

いっそ襲ってしまおうか。

その時だった。


「ぶえ~っくしょい!!」

千春が盛大にクシャミした。

僕の顔中につばが飛び散る。

それに酒気の匂いが凄い。


「むにゃむにゃ…」

悪びれる様子もなく眠り続ける千春。

僕はすっかり毒気を抜かれてしまった。


「ほんとにやれやれだよ」


窓を開けてひとりベランダに出る。

静かだ。

夜風が気持ちいい。

駅から近いが閑静な住宅街だ。

空を見上げると星がいくつも見えた。


これからの日常に思いを馳せる。

はたしてどんな生活が待っているのだろうか。

思いもしなかったな、こんな人生の展開を。

新しい街、新しい暮らし。

そして何より妻となった千春の存在。

これから先、ふたりで生きていく。

千春は子供が欲しいと言った。

僕もいつか父親になるんだろうか。

それこそ想像がつかないや。


かつての僕が遠ざかっていく気がした。

うまくいかない日々に不貞腐れていた自分。

訳もなく泣きたくなる日だってあった。

勿論、今もうまくいかないことばかりだ。

でもどんな日常だろうがその人間だけの特別な人生なのだ。

僕は今、一つの立脚点に立っていた。

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