【第33話】結婚式準備は大変①
~主な登場人物~
【小峰慎志】(30)
本編の主人公。埼玉県所沢市在住。月原千春と婚約している。
【月原千春】(27)
本編のヒロイン。埼玉県川越市在住。小峰慎志と婚約している。
【山方哲也】(30)
小峰慎志の友人で埼玉県熊谷市在住。毒舌だが実は仲間想い。
【浅野純太郎】(33)
小峰慎志と同じアパートに住む頼れる人生の先輩。”先生”と呼ばれている。
千春からカフェに呼び出された。
「お~い!こっちこっち」
先に席に座っている千春はにこやかな表情で僕に手を振る。
僕は彼女が座っている向かいの席に腰を下ろした。
「待った?」
「いえ、そんなに待ってないわ」
千春はニヤニヤが止まらない。
僕も内心ではようやく千春のお義父さんから結婚を認められて、肩の荷が下りたところだ。
笑いたい気分なのは僕も同じだが、千春の露骨な笑みは安堵の類ではない。
何かあるな…何だろう。
千春はホットコーヒーを飲んでいたので、僕も同じものを注文した。
「で、どうしたの?」
「ふっふっふ」
千春は不敵な笑みのまま、鞄からまるで辞典のように分厚い本を取り出した。
まるで鈍器になりそうなくらいの重量を感じさせる。
本の表紙タイトルをこちらに向けてきた。
「お、ゼクシィじゃん」
ゼクシィとはで結婚式にまつわる情報が掲載された雑誌のことである。
沢山の挙式場、並びに披露宴会場が紹介されており、実際に結婚式を挙げる為の指南書のような本だ。
「ねぇねぇ!結婚式どこでやる!?」
千春のニヤニヤが止まらない訳はこれだ。
結婚式。
千春と結婚式について話し合う時が来るとは。
初対面で痴漢呼ばわりされた頃を思うと、こんな未来が待っていたことに、ただただ驚きである。
人生とは実に数奇なものだ。
「ねぇねぇ!ディズニーランドでも結婚式やってるんだって!特集が載ってたわ!」
「そうなんだ。凄い豪華そうだけど、いくらくらいするの?」
芸能人がディズニーランドで結婚式を挙げたというニュースはネットで見たことがある。
日本を代表する夢の国で挙式や披露宴を催すとなると、費用はかなり高額なんだろうな。
「参考例で750万円くらいって書いてあるわ」
「たっか!」
僕は思わずコーヒーを吹き出しそうになった。
750万円あったら、郊外にある中古の一軒家が買える。
うまくいけば土地付きで。
僕はティーカップを持つ手が震えていた。
「と、とりあえず結婚式の費用の相場をネットで調べてみようか?」
「そうね!」
検索をして溜息が漏れる。
「だいたい300万円くらいか…。みんな金持ちだな」
「そんなものよ!団子もそんくらいって言ってたわ」
団子は千春の友人だ。
既に結婚済みで幼児の娘がいる。
千春は友人の結婚式に参加した時の様子、そして憧れを語った。
僕も友人の結婚式に参加したことがあるが、祝福の気持ちと同時に羨ましい感情もあった。
その結婚式にかかっているお金も、華やかさから想像はしていたが、やはり高額である。
みんなお金持ってるんだな。
ちなみに僕の現在の貯金は100万円もない。
「でもほら、ゼクシィに掲載されてる見積もり金額を見ると、どの式場も相場の300万円より全然安く書いてあるでしょ?」
「確かに…。でもこういうのって本当に限られた演出に限定して、オプションとか一切追加してない金額を載せてるよね。実際はその通りの額で結婚式するカップルなんていない気がする」
「そっか…結婚式は贅沢品ね。でもやりたいな~」
千春の羨望の眼差し。
千春は僕のプロポーズを受け入れてくれた。
だから僕も彼女の願いを叶えたい。
それに僕も一生に一度は結婚式というものをやってみたかった。
「よし!やろう!」
「そうよ!やりましょう!」
千春とハイタッチする。
彼女のニヤニヤが僕にも伝染した。
ふたりでゼクシィを読み進めていく。
コーヒーもおかわりを頼み、それも空になるほど時間が経過した。
「ねぇねぇ、この”楽婚”ってブライダル斡旋会社。希望の結婚式場を紹介してくれたり、相談にのってくれるみたい。近くに店舗あるから行ってみようよ!」
「へぇ~すぐそこにあるんだ。じゃあ話だけでも聞きに行こうか」
会計を済ませ、カフェから出て歩いて十分ほど。
歓楽街にある商業ビルの4階。
そこがブライダルプロデュースを生業とする会社”楽婚”の店舗だった。
店に入ると賃貸不動産屋みたいなカウンター椅子があり、そこの席に案内される。
そして人相の良い女性スタッフから説明を受ける。
「楽婚は結婚式に関わる準備や打ち合わせなどを極力削減して、新郎新婦様のご負担を軽減すると同時に費用も抑えるシステムになっているんです」
なるほど、それで”楽”婚なんだ。
僕らは結婚式の相談を持ち掛けた。
「結婚式を挙げたくて、式場をどこにしようか悩んでいるんです。結婚式も高額なイメージがあって、それで金額の面でも相談したいです。抑えるところは抑えて、浮いたお金をふたりの引っ越し費用とかに回せたらなと…」
「基本的に結婚式の費用はそこまで身構えなくても大丈夫ですよ?お祝儀で大半は賄えますから」
「お祝儀?」
「はい。1人当たりのお祝儀の相場は3万円となっています。100人招待すれば合計300万円になります」
簡単に言うなぁ…。
お祝儀を期待して結婚式はしたくない。
それに…僕は結婚式に呼べるような今も交流のある友達は少ない。
「ねぇ千春、親族だけで執り行う結婚式もあるみたいだよ?」
「友達呼びたーい!」
「そう…だよね」
千春の性格ならそう言うと思った。
千春は絵に描いたような挙式、披露宴に憧れているのだろう。
「結婚式場のご希望はありますか?」
「ディズニーのオフィシャルホテルが良いです!」
千春は興奮気味な様子で即答した。
「なんと!」
僕は驚いて千春の方を向く。
ディズニーランドのオフィシャルホテルとは。
高いんじゃないか…。
「素敵ですね!ご予算はどれくらいですか?」
「100万…円くらいで…」
僕は貯金を越えるが、諸々やって何とか自分の出せそうな限界値を伝える。
「200万円くらいで!」
すぐに千春から訂正される。
100万円で出来るわけないでしょ…そういう顔をされた。
それでも相場の300万円より低く言ってくれるあたりに、僕への配慮、いや千春のブライダル業者への駆け引きの思惑が感じ取れた。
その後もスタッフの女性から色々と希望をヒアリングされる。
個人情報やアンケートなども記入して、楽婚の制度にも登録した。
「それでは希望に沿う式場を探しておきます。本日はお越し下さりありがとうございました」
スタッフから後日メールで連絡がくることになった。
ーーーーーーーーーー
「よっ!来てやったぜ」
「お~!テツ!会いたかった〜!」
「山方氏、久しぶりだね。熊谷では元気でやってる?」
「先生、お久ぶりですね~。仕事はまずまずっすね。本部が相変わらず馬鹿なんですよ~」
テツが久々に所沢のアパートに来てくれた。
先生の部屋に集まって宅飲みする流れとなる。
テツが所沢から熊谷へ引っ越してしばらく経つ。
彼の様子を見るに、向こうでの生活に慣れて元気でやっているみたいだ。
互いに近況を語り合う。
僕は自分が結婚することを話した。
「え、おまえ結婚すんの?結婚なんて人生の墓場じゃねーか」
「そんなことないよ。小峰氏、結婚おめでとう!!」
ふたりの言う事はいつも真逆だ。
テツが否定、先生が肯定。
でもテツの遠慮のない物言いも苛立ちはしなかった。
「結婚なんて地獄の始まりじゃねーか。ネットで既婚者の口コミ見てたら分かるだろ?喧嘩して相手を嫌いになったって一緒に暮らさなきゃならない。育ちも価値観も違う相手と一生過ごすなんて苦痛に決まってる。自ら人生を束縛してるようなもんだぜ?」
ああ、これだ。これがテツだ。
辛辣な意見がむしろ彼らしくて落ち着く。
「それに残りの人生、1人の女だけとしか関係持てないってのはつまらなくないか?つくづく結婚ってのは古い欠陥制度だぜ」
まあまあと先生がテツにやんわりと釘を刺す。
人それぞれ意見は違うのが当たり前だ。
「結婚式を考えていて…」
「良いじゃないか。是非招待してね」
「いいぜ~俺も行ってやる。お祝儀払ってやるけど、離婚したら返してもらうぜ?」
その後もお酒とおつまみを嗜みながら、僕の結婚の話題が続いた。
「先生、俺たちはまだまだ独身でいましょうね!」
頬を赤く染め、酔っぱらったテツが先生と肩を組む。
ピンポーン!
その時チャイムが鳴った。
「誰だろう」
先生が立ち上がって玄関の方へ向かい、扉を開ける。
「オヤジ!」
「サプライズで遊びに来たよ~」
制服を着た男女二人組が入ってきた。
「びっくりしたな。こっちに来るなんて」
先生は心底驚いているようだった。
「なんだなんだ騒がしい。ん?このガキどもは誰だ?」
テツがヤジを飛ばす。
「ぼくの息子と娘だよ」
先生からのカミングアウト。
僕とテツに衝撃が走った。
先生って子供がいたんだ…それもこんなに大きな学生ふたり。
「…あ、ああ」
テツは僕よりも衝撃を受けている様子だった。
「あなた、元気?」
後からもう一人女性が入ってきた。
容姿から察するに歳は僕やテツよりも上だと思われる。
まさか、先生の奥さん?
「来るなら事前に連絡が欲しかったよ」
先生が女性を非難するもその顔は穏やかだ。
「この子たちが驚かせたいっていうから」
「オヤジを驚かせたかったんだ!」
「単身赴任で寂しそうだからサプライズで喜ばせたかったの」
そして先生を取り囲んで談笑する御一行。
「急にごめんね。紹介するよ。ぼくの妻と子供たち。名古屋に住んでて、まさかこっちまで来るとは。ぼくも驚いているよ」
先生から家族を紹介されるが、僕とテツは固まったまま。
酔いも完全に吹っ飛んでいた。
「先生って結婚して、子供までいたのか…それもふたり」
テツがボソッと口にした。
家族の団らんを邪魔してはならないと思い、僕とテツは退散した。
先生は申し訳なさそうに何度も僕らに謝った。
「テツ、大丈夫?」
「ほっといてくれ、今は一人でいたいんだ」
そう言って虚ろな目でタバコを取り出し、火をつけた。
タバコを吸っているというより、タバコに吸われているかのような弱々しい表情。
彼の一服を終えてから、僕らは居酒屋へ行き飲み直すことにした。
ーーーーーーーーーー
千春からの電話。
「楽婚の人から連絡きたよ!希望に合う式場が見つかったって!」
「お!やったね。どこの式場?」
「東京ペイ舞浜ホテル」
どこだろう。
「千葉県の浦安市よ。近くにディズニーランドがあって希望通りオフィシャルホテルなの」
「そりゃ凄いね!」
高そうだけど大丈夫なのか。
「挙式と披露宴、合わせてざっと見積もりは150万円くらいって言ってた」
それならふたりの予算内に収まる。
千春と通話したままネットで会場を調べてみる。
円形の外観。ホテル内は吹き抜けのアトリウムで開放的だ。
離れにある華やかなチャペル、そして洗練された宴会場。
「良い所だね」
「慎志、ここで結婚式したいわ!」
千春はもう東京ペイ舞浜ホテルしか見えていないようだ。
彼女の興奮が電話越しでもよく分かった。
千春の願いは叶えたい。
「じゃあここにしよう!」
「やったー!」
「でさ、千春…お願いがあるんだけど…」
「なになに?」
「僕の全財産じゃ賄えないから…」
「私も勿論出すけど?」
「あのさ、もし今後、見積もりから更に費用が増えたら…お金貸してくれる?」
「慎志いくらお金あるの?」
「ごにょごにょ…」
「私より全然少ないじゃん!…まぁいいわ!任せなさい」
そうして正式に楽婚で結婚式の計画を進めていく運びとなった。




