【第26話】仕事&仕事ときどき月原さん
~主な登場人物~
【小峰慎志】(28)
物語の主人公。埼玉の所沢市にあるアパートに住んでいる青年。
就職したどの会社でも仕事が長続きせず、辞めては転職を繰り返す。
メンタルの弱さは自覚済みで、そんな自分を何とかしたいと日々悶々としている。
結婚を意識した女性に浮気され捨てられたり、海外放浪旅に出たり。
色々あったが、紆余曲折を経て新しい職場、株式会社マホロバ・ビルサービスに就職。
建物の維持管理を生業とする会社で、試行錯誤しながら日々働いている。
【細渕信彦】(35)
慎志が勤める会社マホロバ・ビルサービスの先輩社員。
設備部の巡回課の課長ポジションで、慎志の教育担当となり仕事を教える。
性格は穏やかで優しい。
【安田源造】(42)
慎志が勤める会社マホロバ・ビルサービスの先輩社員。
設備部の営繕課の課長ポジションで、何かと慎志に絡んでくる。
性格は短気で厳しく、職人気質で気難しい。
【月原千春】(25)
埼玉の川越市にある一軒家に両親と住んでいる女性。
電車で通勤し、東京都内で働いている。
髪は短く身長は若干小柄だが、性格は男勝りなところがある。
電車の中で初めて会った慎志を痴漢呼ばわりして一悶着あったが誤解が解ける。
その詫びで喫茶店で飲み物を慎志に奢るはずが、お金がなくて彼に払わせる。
後日、慎志に借りを返す為、連絡先を交換し合ったが…。
まだまだ分からない事は多いが、今では基本的に一人でビル巡回をしている。
朝礼後、細渕さんと一日の予定を確認する。
「日暮里ビルの水質管理報告書は保健所に提出した?」
「はい提出しました」
「オッケー、じゃあ今日の予定は?」
「午前中は目黒ビルで依頼のあった照明管球とファンのベルト交換。午後は五反田ビルで柏工務店が貯水槽の清掃をするのでその立ち合いに行ってきます」
「お、いいね。ちゃんと引き継ぎしたビルの予定分かってるね。ところで貯水槽清掃は断水時間ある?」
「いえ断水はしないです。バルブとポンプの制御操作で片方ずつ水槽を清掃できるのを事前に確認しときました」
「結構結構。それじゃあ行ってらっしゃい」
「あ、そうだ。これ目黒ビルの消防点検の報告書なんだけど、ついでだから空いてる時間に消防署に出しといてもらえる?
「分かりました」
書類を受け受け取り、外出の身支度をする。
「どう?仕事慣れてきた?」
「え、ええ少しだけ。でもまだ分からないことだらけなので毎日が綱渡りというか。大きな設備トラブルが起きない事を祈りながら仕事してます」
「ははは、仕事は楽しむものだよ」
「は…はい…」
楽しむ…か。
仕事を楽しめたら万々歳だよな。
まだその境地に僕は達していない。
世の中、嫌々働いてる人の方が多い気もする。
やりがいを感じながら仕事に打ち込めたら、きっとそれが生きがいになって、人生そのものの満足度も上がるんだろう。
五反田ビルでの業者による貯水槽清掃。
地下階の受水槽清掃を終え、ビル屋上にある高架水槽の清掃作業の立ち合いをしている時だった。
「カァー!」
頭上を飛び交う数羽のカラス。
明らかにこちらを威嚇している。
「カァー!カァー!!」
「うわぁ!」
なんと一羽が背後から飛びかかってきた。
咄嗟に身を屈ませて避けることができた。
カラスは再び大空で旋回し、こちらの様子を伺っている。
「あっぶな、頭狙ってきたぞ」
近くに巣でもあるのだろうか。
高架水槽の業者清掃は大丈夫かな。
「ちょっと…すみません」
「はい?」
「頭上にカラスが飛び交って時々、襲ってくるんです。作業がままならないんですが」
業者からの相談。
やはりカラスが作業の弊害となっている。
「あの〜作業終わるまでカラスたちを引き付けてくれませんか?」
「僕がですか?あ~、分かりました」
まさか業者に護衛を依頼されるとは。
高架水槽で業者が清掃作業中、僕が囮になる。
「おら〜こっちくるな~あっちいけ~!」
「カァー!カァー!!」
カラスの注意を引き、迫ってきたら追い払う。
どす黒い身体に尖ったクチバシ、カラスは間近でみると迫力がある。
業者が作業してる間、立ち合いの片手間に書類作成を進めたかったのに。
カラスと格闘すること羽目になるとは。
ーーーーーーーーーー
月原千春さんからこの前の恩返しでランチを奢りたいという連絡があった。
この前の礼なら要らないと断るも、何度もメッセージが来るので付き合うことにした。
お互い休みが合う、週末の昼頃。
待ち合わせしていた場所、某駅前の商店街にて月原さんと合流した。
「来たわね、今日こそ借りを返すわ」
両手を腰に当て、仁王立ちしながらそう言う月原さん。
「まるで仇敵と再会でもしたかのような言い分だね」
不敵な笑みを浮かべている彼女に対し、僕は苦笑いした。
初めて見る彼女の私服姿。
トップスは無地のシャツにカーディガン。ボトムズはチノパンというカジュアルな見た目。
初対面で痴漢呼ばわりされた時はスーツ姿だったので、やはり雰囲気は違う。
「なに?じろじろ見て」
「え?いや、初対面の時とだいぶ見た目の印象が違うなって」
「可愛いってこと?」
「え、いや、え?」
月原さんって自信過剰だな。
でも顔が若干、本○翼に似てると思う。
「ふん、まぁいいわ。じゃあ付いてきて」
一足早く先を進む月原さん。
どこのランチに案内してくれるんだろう。
歩いて2分ほど。
前を歩く月原さんが店の前で立ち止まった。
「ここは…ラーメン屋?」
「そう!ここのラーメン屋さん!口コミが良くて前から気になってたの!」
まさか女性からランチでラーメン屋に案内されるとは。
完全に想定外だった。
「今日はちゃんとお金持ってきたんだから奢るわよ!何トッピングしても良いわよ!好きなだけ食べなさい」
「月原さんってラーメン好きなの?」
「大好き!」
満面の笑み。
「そっか、じゃあご馳走になります」
ラーメンは僕も好きだし。ま、いっか。
ふたりで店入口の暖簾をくぐる。
店内はほぼ席が埋まっており、客で賑わっていた。
ちょうどカウンター端のふた席が空いていたのでそこに案内される。
チェーン店ではない個人ラーメン店。
来たことはないが、知る人ぞ知る名店の雰囲気があった。
店員から注文を聞かれる。
「チャーシューメンお願いします!」
間髪をいれず答える月原さん。
「僕はラーメンで」
無難にメニュー表の一番最初に載ってる普通のラーメンを注文した。
「ちょっと!遠慮してる!?小峰さんもチャーシュー麺にしなさいよ!」
すぐに月原さんから横やりが入る。
「え、じゃあ僕もチャーシューメンで」
「はーい!チャーシューメン二丁!」
店員が威勢のいい声でオーダーを叫び、厨房へ消えていく。
「楽しみだね!」
「うん、そうだね」
月原さんはまるで子供のように心を弾ませていた。
どんだけラーメンが好きなんだろう。
でも、こんな可愛らしい表情もするのか。
初めて会って痴漢呼ばわりされた時とは別人のようだ。
チャーシューメンが提供される。
優しい湯気と醤油の匂いが食欲をそそる。
月原さんがレンゲでスープを掬い、口に運ぶと途端に彼女の顔が綻んだ。
「美味しい~!身体に染みる~!」
ほっこりした顔でしみじみとそう言う。
まるで仕事終わりのビールみたいにスープ飲むなこの人。
「なに人の顔じろじろ見てるの?早く食べなさいよ?」
「え、あ…うん」
僕もスープを一口飲んでみた。
「お、美味しい」
「でしょ!?」
煮干しがベースの魚介系醤油スープ。
味に奥行きがあり、何度スープを飲んでも飽きのこない立体的な味が体現されていた。
中太のちぢれ面ともスープがよく絡む。
また、スープに浮かぶ背脂が熱を閉じ込めているので冷めずに絶妙な温度を保っている。
そしてトッピングのチャーシューがホロホロで、まさにご馳走だった。
ふたりで夢中になってラーメンを食べた。
「ご馳走さま。美味しかったよ」
店を出て満足そうな僕の表情を見て、月原さんもしてやったりと心地がよさそうだ。
「あのさ、まだ気になるラーメン屋があってさ。今度はさ、別のラーメン屋いかない?」
まさかまたラーメンに誘われることになるとは。
「別に構わないけど」
「よっし!次も美味しそうな店リサーチしとくから!期待して待ってなさい!」
ラーメン好きの月原千春さん。
淑やかというよりは、ちょっとお転婆なイメージだけど。
面白い女性だなと思った。
ーーーーーーーーーー
「すみません、御徒町ビルの作業報告書なんですが、ちょっと教えて頂けますか?」
「はいはい、どれどれ」
細渕さんに書類の確認をしてもらう。
いくつか指摘してくれた。
「ありがとうございました」
「あ〜、あとねぇ、ここなんだけどあんまり馬鹿正直に書いてもねぇ。これはオーナーに突っ込まれると思う。だからこうして…」
「おお!不安を煽らないような、でも我々はちゃんと点検して報告してますよ感がアップしました」
「相手によるんだけどね。ビル毎のそういう塩梅も学んで」
「はい」
「まだ時間にも余裕があるし、週明けに提出すればいいよ」
「わかりました」
「じゃあ、今日はもう上がっていいよ。この時間に帰れるなんて良いね。一週間お疲れさん」
「ありがとうございます!お疲れ様でした!」
やったー!外が明るいうちに帰れるぞ。
明日は休みだし!リラックスしよっと。
背伸びをしてから帰りの支度をする。
やっぱり仕事のオンがあるから休みのオフが嬉しい。
ドッドッドッ。
事務所の入り口の方から足音が聞こえる。
足音だけでもう誰なのか分かる。
「オラ!暇な奴はいねぇか?」
やっぱり安田さんだ。
鋭い眼光で事務所内を見渡している。
あ、目が合ってしまった。
「駒込ビルの照明をLED化するんだが、動ける営繕課の人間が限られていて人手が足りねえ。おい細渕、小峰を借りて良いか?」
この前まで、こいつとか、お前って呼ばれてたけど、初めて名前で呼んでくれた気がする。
ちょっと安田さんに認められた気分。
「小峰君は上がりだけど…」
「まだ外明るいじゃねぇか!来いよ!勉強になる。残業代もつけてやるよ!」
「あ~、小峰君…どうする?」
こりゃ断れないな…。
「行きます」
「じゃあさっさと作業着に着替えろ。社用車で現場に向かう。裏口で待ってる」
そう言って先に事務所を飛び出していった。
本当に嵐のような人だ。
作業着に着替え、営繕課の人達と一緒に社用車に乗り込み、駒込ビルへ向かう。
道中、車が信号に捕まって停車すると、乗車している僕以外のみんながタバコを吸い出した。
車内に立ち込める煙。
僕はタバコは吸わないし、臭いも慣れていないので苦手だった。
タバコの臭いが充満する車内は僕にとって地獄と化した。
気持ち悪くなってしまい、窓を開ける。
「勝手に窓開けんなよ!エアコンの空気が逃げていくだろうが!」
安田さんの怒声。
この人は鬼だ!悪魔だ!
目的地に着くまでひたすら耐えた。
駒込ビルに到着し、作業に入る。
各階の共用部通路の天井照明を、ラピット型の蛍光灯タイプからLEDの直管タイプに変更する。
その配線変更が作業内容だった。
それぞれ分かれて作業に入る。
「僕やった事ないんですけど…」
不安になってそう言うと安田さんにまずは見てろと言われた。
安田さんが使っている脚立を支えながら配線を繋ぎ直す様子を見守る。
「こんな感じだ。安定器を通さないで直接つなぐだけ。簡単だろ?」
「いやあ、どうなんでしょうね…」
「安定器ってそもそも分かるか?どういう役割なのか知らね〜だろ。教えてやろうか?」
「はい」
「馬鹿が!そんくらい自分で調べろ!」
「えぇ…」
この人、ほんとによくわからない。
「ったく、最近の奴は自分で調べないで楽しようとするからな。じゃあ次、お前やってみろ」
「僕がですか?」
「やり方見てたろ?最初だけは下で俺が手順教えてやる」
不安になりながらも脚立に登り、天井の照明器具の配線作業に取り掛かる。
何度も罵声が飛び、四苦八苦しながらもLED用に配線を結合できた。
「きったねぇ配線。お前、不器用だなぁ…」
そもそも、いきなりやらされても困るんだけどな…。
「プラモデルとか作ったことないのか?」
「プラモデルは…小学校の頃にガンダムを何体か作ったことあります」
「それで電工よく受かったよな」
「電気工事士の資格ですか?持ってませんけど…」
「あん?てめぇ!義務教育受けてねぇのか!?」
どういう理屈だろう。
ってか、めっちゃつば飛んだ。
「まぁいい。そっちのエレベーターホールの照明やれ。終わったらルーバー付ける前に俺に見せろ。確認してやるから」
「は、はい…」
っていうか、脚立の天板乗らないと届かないし。
場所によって電源を落とせない理由があるのか、活線のままやっている人もいるし。
滅茶滅茶不安なんだけど…。
僕と安田さんのやり取りを聞いていた営繕課の一人が僕らに駆け寄る。
「安田さんまずいですよ。このご時世、無資格者にやらせるのは。最近うるさいですから」
「どこの会社だってやってるだろ」
「万が一、がありますから」
「…ったく、使えねぇな…。おい小峰!お前は補助に回れ」
「じゃあ小峰くんは工具とか照明器具の受け渡しやってもらえる?」
「わかりました」
「次の電工試験必ず受けろよ?会社には電気従事者の講習を予約させとくからな」
無資格なのを咎められてしまった。
会社の求人募集の要件に資格は不問って書いてあったのにな。
「ったく、細渕も気が回らねぇよな」
そう不満を吐き捨てて作業に入る安田さん。
相変わらず安田さんは苦手だ。
手分けして照明器具の配線をLED用に直していく営繕課のチーム。
僕は工具や照明器具の受け渡し、脚立運びや支えに奔走した。
途中、営繕課の人たちと抜け出して最寄りの松屋で牛丼を食べた。
牛丼は安田さんが奢ってくれた。
礼は言ったけど、疲労で感謝の気持ちは湧かなかった。
終電の時間が過ぎ、夜間作業続行となる。
まさか通しになるとは。
明日が休日で良かった。
でも日を跨ぐ通し作業になるなら前もって教えて欲しい。
いつも後出しジャンケンだからな〜。
結局、各階の共用部天井の照明蛍光灯のLED化配線が終わったのは明け方だった。
社用車で会社まで戻り、解散となる。
営繕課の人たちはそのまま仕事上がりで飲みに行くらしい。
凄い体力だな、ちょっとついていく気力がない。
僕はヘトヘトで始発電車で帰った。
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「来たわね!」
仁王立ちでどっしり構える月原さん。
まるで決闘の果し状か何かで呼び出されたみたいだ。
「さぁ〜!ラーメン食べるわよっ!」
また休日に月原さんと待ち合わせして、一緒にラーメンを食べに行く。
今日はどこのラーメン屋に案内してくれるんだろう。
隣を歩く楽しそうな月原さんを見てると釣られてこっちも楽しくなってきた。
今回案内されたのはこってりラーメンだった。
「今回はこってり系だね。」
「ここのラーメン屋も口コミ良くて前から気になってたの!」
店に入り、僕と月原さんは看板メニューのラーメンを注文した。
「「頂きます」」
そう言って両手を合わせてから、ふたり同時にスープをすする。
「うまい!」
「でしょ~?連れて来た私に感謝してよね!」
今回のラーメンもとても美味しかった。
スープは鶏油で香ばしく仕上げられている。
一見、濃厚な感じだけど淡泊さもあり、飽きがこない。
麺は太麺のストレートで、のど越しも良い。
チャーシュー、たまご、海苔、ほうれん草。
それぞれの具材がスープと独自の化学反応を起こし、各々存在感のある味に仕上がっている。
月原さんの食べっぷりは豪快だった。
「すごい食べっぷりだね」
「なに?行儀悪いって言いたいわけ?」
「いや、見ていてこっちも気持ちが良いよ」
「そう?ラーメンって至高の食べ物よね」
「うん」
そして今度の休日もまたラーメン屋に行こうと約束するのだった。
ーーーーーーーーーー
「電気代払いませんから」
「へ?」
テナントに先月使用した電気代の支払いを請求したが拒否されてしまう。
「電気メーターの有効期限切れてますよね?私、知ってますから。そんなメーターでは正確な数値かどうか信用できないので電気代は払えません」
「…と言われてしまい、一部のテナントから先月の電気料支払いを拒否されました」
オーナーに報告する。
「あ〜、〇〇のテナントか。あそこは何かと難癖つけてくる面倒な奴らなんだよ。何とかしてくれ」
「説得しに行きます。ですが、電気メーターの更新は法的に定められてますし、テナントもその知識があるようです。こちらも半年以上前から案内してます。必要な箇所の交換見積もりも以前お渡ししてるはずですが…」
「高すぎる。それに知り合いのビル所有者もいちいち電気メーターの更新なんかしてないよ」
「費用がネックでしたら、オーナー様の方で業者から見積もりをとって頂いても構いません」
「とにかくメーターの期限が過ぎてるからって電気代の免除なんて出来るわけ無いだろ!何とかしてくれ!こっちは管理費を払ってるんだ。何とかするのがあんたらビル管理会社の仕事だろ!」
設備に関して出費を渋るビルオーナーは多い。
電気設備やポンプの更新など、まず話は流れる。
事情があるのは察するが、特に空調設備に至っては早く決断して欲しい。
夏場など負荷の大きい時期によく故障するのだ。
修理までの間、テナントを待たせるのは大変である。
僕が担当するビルはどこもエアコンが古いので、不具合が発生してクレームが出る前に更新の提案をしている。
しかしオーナーとしてはエアコンも含め、設備機械が使えるならギリギリまで使いたいのだろう。
オーナーの代わりに、テナントの苦情に対応するのも仕事のうちだった。
しかしオーナーからも無茶な要望やクレームを受ける。
板挟み状態だった。
中には優しいオーナーやテナントもいるけれども。
とにかく自分のやれる範囲で精一杯やる。
その結果、事態が大問題に発展してクビになったとしても良い。
その位の気持ちで働いた。
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休みの日に月原さんとラーメン屋巡りをするのが習慣になっていた。
「美味しい!」
月原さんがラーメンを食べる姿は実に幸せそうで、破顔した表情は素直に可愛いと思った。
今回のラーメン屋もお世辞抜きで美味しかった。
動物系と魚介系、香味野菜のダシをたっぷりと使った深みのある味。
醤油とほのかな甘酢が豊かな口当たりを演出してくれる。
多可水麺はもちもちとした食感で滑らかだ。
「月原さんってラーメン屋巡り趣味なの?」
「いや、趣味というか。小峰さんと一緒だからラーメン屋巡りしてるの」
「ってことは、以前からラーメン屋巡りをしていたわけじゃないんだ?」
「うん。だって女一人じゃ恥ずかしくて行けないでしょ?女友達誘うにしてもラーメン屋は誘い辛いし」
「そんなことないでしょ」
「女だけでラーメン屋って変じゃん!」
「全然変じゃない。気にしなければいいじゃないか」
月原さんの言うことがよく分からない。
これは僕が男だからか。
「とにかく!私だけじゃラーメン屋いけないの!」
「まぁ僕で良ければ、いつでもラーメン屋巡り付き合うから」
「良い返事ね。たまには小峰さんもオススメのラーメン屋を紹介しなさいよ」
それからも、休日は月原さんとラーメン屋巡りを楽しむのだった。
出会いは最悪だったけれど、仲のいい異性友達になった。
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仕事の日々。
初めてやること、うまくできなかったこと。
経験を積んで、やれる事が増えていった。
ちょっとだけ慣れて自信が付いたかと思いきや、過去にやったことがうまく捌けない事もあった。
成長しているのかイマイチ実感が持てない。
それでも時間だけは過ぎていく。
今日も仕事でトラブルが起きませんように。
そう祈るような気持ちで毎日出社した。
出勤前に星座占いを見るのが日課だった。
「今日は○○座が運勢1位です。穏やかな1日になるでしょう」
やった!今日の運勢はいいぞ!
そういう日に限ってトラブルは発生した。
会社から持たされているケータイ。
「大変!大規模な水漏れ!ちょっと来れる!?」
突然の呼び出しも頻繁ではないが何度かあった。
そのせいで夜や休日に電話が鳴るのではないかと怯えながら過ごす。
勤務時間外に電話がかかってくると身構えてしまう。
四六時中、電話にビクビクしながら過ごすなんて疲れが取れない。
設備の突然の不具合対応に追われる。
業者依頼、修理までの間の臨時対応、クレーム。
見積書や報告書の作成。
会社からも進捗に関して注意を受ける事がある。
心を保つにはいい加減さも大事だ。
自分を追い詰めなくていい、物事をいちいち深刻に捉えるな。
そう肝に銘じても、意識が追い付かない時があった。
仕事前日の夜、ひとりで部屋にいると憂鬱な気持ちに襲われる。
心が宙に浮いたようなフワフワした不安な気持ちになる。
仕事嫌だな…。辞めたいな…。
会社を退職したいと考える事が時々あった。
でも、仕事を辞めてどうする?
また新しい仕事を探すのか?
そして新しい仕事に就いて、また辛かったら辞めるのか。
何者にもなれず、何も成さない。
嫌なことがあれば、それを受け入れず認めず、克服せず。
逃げて逃げて、年齢だけを重ねて、どんどん職歴に傷がついて、心も技能も成長しないまま。
だんだんと仕事も選べなくなって、窮屈になって、余計自分の首を絞めるというのに。
おいおい待ってくれ。
自分を自ら追い詰めるなと心に誓ったではないか!
大丈夫、まだ大丈夫。そんな深刻に考えるな。
ふとカレンダーが視界に入った。
週末、休みの予定が書き記されている。
月原さんとまたラーメン屋巡りだ。
だから一週間頑張ろう。
月原さんと過ごす休日を楽しみにして、心の糧にする自分がいた。




