【第23話】再出発、社会復帰へ
~主な登場人物~
【小峰慎志】(28)
主人公。埼玉の所沢市にあるアパートに住んでいる青年。
仕事を辞め、海外へ2か月ほど旅に出ていた。
帰国した後、日本での現実社会に復帰すべく、就職活動を始める。
【山方哲也】(28)
慎志と同い年で、同じアパートに住む青年。
慎志とは互いに暇さえあれば部屋を入り浸る仲。
毒舌で不愛想な一面もあるが、慎志からは”テツ”とあだ名で呼ばれ、親しまれている。
埼玉を中心とした食品スーパーに勤めており、会社から異動の辞令が届く。
【浅野純太郎】(31)
慎志と哲也と同じアパートに住むIT系会社勤務の男。
ふたりからは学生時代の担任に似ているからという理由で"先生"と呼ばれている。
慎志と哲也より年上で、彼らを名字で”小峰氏、山方氏”と呼ぶ。
眼鏡をかけ、ふくよかな体系をしているが、それは優しさが詰まっているから。
穏やかな性格で頼りがいもあることから、慎志と哲也から尊敬されている。
【岡浦益弘】(28)
慎志の高校時代の同級生。体格はやや小柄。誰に対しても敬語で話す癖がある。
ショートボブの髪型で人懐こそうな柔らかい顔立ちをしている。
物静かそうに見えるが、実は明るくどこか芯を感じさせる性格。
現在は東京都内で暮らしており、趣味のアニメ漫画に関わる仕事をしている。
二か月に及ぶ海外旅を終えて、再び日本社会に復帰する。
時差ボケや海外生活の感覚はすぐに消え失せた。
いつもの街並み、いつもの駅、いつもの横断歩道、そして行き交う人々の構図。
僕の住む現実の舞台がそこにある。
それでも今、見上げた空と、海外で見上げた空は繋がっているのだ。
数々の外国で過ごした日々はまさに冒険であったが、日本社会での日々の生活そのものも、また冒険である。
自立して生きていくこと。
臆せずに前を向いて進もう。
帰国してからすぐに就職活動を始めた。
とにかく行動していないと不安になるからだ。
履歴書や職務経歴書も継ぎ足しではなく、最初から見返して一語一句全て作り直した。
パソコンでリクナビやマイナビなどの転職支援サイトにアクセスする。
求人募集している会社を調べ、プロフィールなどの情報を更新した。
オススメの仕事や、企業オファー、エージェントの紹介など、メールボックスは常にいっぱいだった。
ハローワークにも通う。
検索用のパソコンで周辺地域に焦点が当てられた求人情報に目を通す。
掲示板に貼られた急募の案内。
地元の工業団地にある工場が目立った。
ひとつひとつ目を通していく。
ハローワークの人と面談の機会も作った。
まだまだ若いから大丈夫だと言われ、経験職だけではなく未経験の業種も勧められた。
沢山の求人情報。
人は誰かに必要とされている。
“転職回数を重ね、年齢も上がってくると、就職活動は難しくなる”
脅しのように散々聞かされる文言。
事実には違いない。
でも仕事を選ばなければ就職先はある。
それもまた事実なのかもしれない。
老若男女、沢山の人がハローワークを利用している。
みんな僕と同じように求職活動に励んでいるのだ。
就職活動への意気込み、温度差も各々の置かれている状況、背景によって違うだろう。
それぞれの職歴、前職を辞めた理由、新しい職場に求めている条件など。
人によって異なる事情、百人いたら百通りの働き方、千人いたら千通りの人生。
同じ生き様などあり得ない。
誰もが模索しながら自らの足で未来へ進む。
やりたい仕事、自分を活かせる仕事。
そんな理想の天職が虚像であることは、今までの経験で身を持って思い知らされてきた。
仕事に対して憧れを捨てる。
けれど諦め上手にはならない。
ないものねだりはやめようということだ。
どんな仕事も甘くない。
たまたま縁があった仕事に、自分が合わせる。
そして仕事のやりがいは与えられるものではなく、自ら見出していかなければならない。
自宅に戻って集めた情報を整理、精査する。
ハローワークから勧められた仕事。
自動販売機の飲料缶の補充。
建築業界の人材派遣サービス。
回転寿司チェーン店。
タクシーの運転手。
デイサービスや介護施設の職員など…
面接を受けてすぐに選考結果が出そうな会社がいくつかあった。
僕が関わってこなかった業界。
未経験の分野に挑戦しても良いかも知れない。
それでもすぐに食いつかず保留した。
ある日。
アパートのテツの部屋で先生も含めて晩御飯を食べている時だった。
「前々から決まっていたことなんだけど、来月さ…」
少しだけ気まずそうにしてテツは切り出した。
・・・
「え~!?来月引っ越す!?」
「山方氏、えらい突然だね~」
「ちょっと言うタイミングを計っていたら遅くなっちゃって」
テツは会社から辞令が出て、来月オープンする食品スーパー新店舗の精肉部門の主任に抜擢されたという。
職場が変わるので、それに伴って引っ越すことに決めたわけだ。
「基本給が4万上がる」
「ええ!?4万円も!?」
「悪い…もったわ。36800円上がる」
「それでも凄いじゃないか山方氏!栄転だね」
「テツおめでとう!新店舗を任されるなんて会社から評価されてるね」
僕と先生はテツを祝ったけれど、彼は不服そうだった。
「初年度の売上は店全体で25億を想定している。責任は大きい。店舗の立ち上げってクソ大変だから。ったく、うちの会社は何考えてんだ。慢性的に人手不足で人材だって育ってないのにバンバン出店しやがって」
「で、テツが勤める新しい店舗ってどこなの?引っ越すってことは離れた場所なんだよね?」
「熊谷」
「熊谷!?」
「ここからだと、都内に出るより遠いね」
熊谷は同じ埼玉でも結構距離がある。
「そっか…寂しくなるなあ」
僕は肩を落とした。
テツには色々お世話になった。
何か相談事を持ち掛けても毒舌でどこか冷めた態度のテツだったが、そこが彼らしくて親しみがあった。
「大げさだな。同じ埼玉だぜ?会おうと思えばすぐに会えるだろ」
「…」
「はい、じゃあ俺の話は終わり!で、慎志はどうなんだ?新しい仕事は見つかったか?」
「まだ就活中だよ」
「選り好みしなきゃ、仕事はあるんだろ?早く就職しろよ」
テツに言われた通り、貯金残高を考えるなら早く就職した方が良い。
就職活動はお金を使う。
そうじゃなくても、息をするだけでもお金がかかるのが日本だ。
収入がないのだから貯金は減る一方。
焦りはないと言えば嘘だった。
海外放浪旅に出なければもっと蓄えはあったが、後悔はしていない。
「早く就職出来ればそれに越したことはないんだろうけど、せっかくだからさ。自分なりに情報を集めて色々と検討しているんだ」
「そうか…もはや何も言うまい。たまたま入った会社で生活費の為に働いて、運が良ければやりがいを見つけられる。そういうもんさ。頑張れよ」
「お、テツにしては珍しく優しいね」
「もし良ければ小峰氏にうちの働いている会社を紹介しようか?小峰氏はまだ若いし、未経験でも募集しているから」
「先生やめときなって!こいつ転職しまくりで辞め癖がついてますから。後になって先生の顔に泥塗りますよ?」
「ちょい待って。このやりとり…以前にもしたよね?」
「…」
「「「あっはっはっはっは」」」」
―――――――
求人情報を収集していると、前に務めていた会社が募集をかけていた。
販売代理店として、家庭用医療機器と携帯端末の販売を僕は担当した。
以前エリア統括から戻ってきてもいいと言われたのを思い出す。
それでも前の会社に戻りたいとは思わなかった。
就職活動を続けていく過程で自問自答を繰り返した。
希望する職場環境、仕事内容、適応して勤続できるイメージが持てるか検討する。
その結果、地域振興系のサービス業に的を絞って応募してみた。
地域行楽の運営、観光広告、特産物宣伝。旅行提案または地域移住のコンサルなど。
やはり少しでも興味の湧いた仕事に就きたいという思いがあった。
何だかんだいってもやってみたいという純粋な気持ちは強い。
いくつかの地域興振や観光関連のサービスを提供している会社を受けてみた。
何社かは書類選考を通過し、面接までいった。
しかし結果は全滅だった。
観光地のホテルや行楽施設を運営する会社まで敷居を広げてみた。
いっそのこと大きく踏み出して、新天地での地域おこし協力隊にも応募した。
結果は散々たるものだった。
動機が不純だったからか。
お断りの連絡が届くたびに自己否定感を抱くが、それも仕方のないことだ。
そこでは僕が必要とされていないだけ。
いつまでも引きずらず、切り替えるよう心がけた。
ただ単に縁がなかったということ。
そんなものだ。
それだけのことだ。
―――――――
テツの引っ越し当日。
僕と先生は荷物の搬出を手伝ってあげた。
といってもたいした量ではなかったが。
荷物を載せた引っ越し業者のトラックが先に出発する。
テツはしばらくアパートを眺めていた。
「このボロいアパートともお別れかー。何だかんだ言っても住み心地は良かったな」
「ほいじゃまた」
そういってテツは自分の車スズキのアルトに乗り込む。
先生と一緒に彼を見送る。
「山方氏、新しい店舗でも頑張ってね!」
「はい先生もお元気で。また所沢に遊びにきます」
「テツ…今までありがとう。テツが同じアパートの住人で本当に良かった」
彼へのお別れの言葉が濁声になってしまう。
不覚にも僕の目頭には涙が浮かんでいた。
「なにしおらしくなってるんだよ。そういうの面倒なんだが」
僕は昨日深夜になるまで書いた手紙を取り出した。
「実はさ、テツに手紙書いたんだ。今までの感謝とかそういうの」
「うっわ!気持ち悪いなお前。まるで昔の今生の別れみたいな事しやがって」
そう言いつつも、テツは車窓から手を伸ばして手紙を受け取ってくれた。
テツの運転する車が遠ざかる。
先生とふたりで見えなくなるまで手を振った。
アパート前に取り残される僕と先生。
「山方氏がいないと寂しくなるね」
「はい」
みんなそれぞれの人生を進む。
いつまでも同じ場所に留まってられる事なんて、きっと稀なんだろう。
―――――――
僕の28歳の誕生日。
毎年お祝いのラインメッセージを親からもらうくらいだったのだが。
予期していなかった高校時代の同級生、岡浦から連絡があり呼び出された。
なんと彼は僕の誕生日のお祝いとして、叙々苑の焼き肉をご馳走してくれた。
何で彼は僕を祝うのか。会いたがるのか、僕に時間とお金をかけるのか。
「なんでこんな事してくれるの?って顔ですね、そんなの友達だからに決まってるじゃないですか」
岡浦の発言にはっとする。
そういう感覚をすっかり忘れていたな。
社会人になってからの付き合いというのは成り行きや建前が主なもの。
双方にとってのメリット、デメリットの有無によって会って時間を割くか決められる。
暗黙でそういうものだと思っていた。
「そっか小峰くん就活中なんですね」
「うん、そろそろ就職を決めないとな~って思ってるんだけど」
「民間会社じゃなくて、公務員なんてどうですか?」
「公務員?」
「公務員って警察とか消防隊員ってイメージだけど、市役所とか結構求人あったりします。新卒とか第二新卒を募集してるイメージだけど、20代なら応募出来るところがほとんどだし。何かスキルがあって、社会人経験枠に応募出来るならもっと年齢上限も上がると思います」
―――――――
自宅に帰って再度求人の情報収集にあたる。
民間企業ではなく公務員という選択もまだ挑戦は出来る。
それでも提示された条件を鑑みるに難しそうだった。
ただ、市役所などの公的な施設で働く仕事が目についた。
求人がいくつか出ている。
公務員としてそこで働くのではなく、民間で勤める。
仕事内容は施設の管理だった。
公共施設を職場として、現場を管理するのも面白そうだ。
「応募してみようかな…」
そしてさっそくある一社に応募をかけた。
履歴書と職務経歴書を郵送し、すぐに面接の連絡がきた。
面接日。
都内の雑居ビルまでやってきた。
入居しているテナントのひとつが志望先の会社である。
フロアの受付で要件を告げると、やがて面接官がやってきて個室に案内された。
「面接官の斉木です」
「小峰慎志です。よろしくお願いします!」
「…それで、せっかくお越しいただいて申し訳ないのですが…」
「はい?」
「実は手違いで、小峰さんが応募している求人枠が既に埋まってしまいまして…」
これは想定外だった。
「そう…ですか」
「小峰さんの貴重な時間を無駄にしてしまい、申し訳ありません。交通費はお支払いします」
落胆を隠せなかった。
こんなことは初めてだ。
残念だが仕方がない。
でも、なんで正直に話してくれたんだろう。
別に黙って普通に面接した後に落とせば良いのに。
「あの…」
「はい?」
「小峰さんがよろしければなんですが、弊社で別の求人があり、そちらを紹介してもいいですか?」
先方からの突然の提案。
「小峰さんが応募した求人内容と同じように建物を管理する仕事です。
しかし一か所に常駐するのではなく、都内にある複数の物件を巡回して管理する仕事なのですが。興味はありますか?」
「は、はい!詳しくお伺いしてもよろしいでしょうか?」
面接官の話し方は、既に採用を前提とした形で説明をしているようだった。
「…以上です」
話を聞き終えて、これも何かの縁だと思った。
本来の志望求人とは違うが、やってみたいという気持ちになっていた。
「是非、御社で働かせて下さい。よろしくお願いします!」
面接が終わり、帰路へ着く。
採用される自信があった。
そして後日、アパートの部屋で寛いでいたところ、内定の通知が届く。
就職活動は色々と思い悩む事もあったが、終わりは呆気なかった。
安堵もつかの間、徐々に新しい職場でしっかりやれるか不安になってくる。
僕は今まで仕事が長続きせず、何回も転職してきた。
前職で会社の上司や客に詰められて人間恐怖症のようになった時がある。
他人の目を気にしすぎて自爆することもあった。
僕は頭が良くないのに色々と考える癖がある。
もういい。
あーだこーだ考えて立ち往生するのはやめよう。
新生活、新人生を頑張ろうと誓ったのだ。
がむしゃらにやればいい。
それで駄目だったら駄目でいい。
大きく深呼吸した。
部屋中の空気をすべて吸い込むつもりで息を吸い続ける。
そして身体中をからっぽにするつもりで息を吐き続けた。
不安が和らぎ、気持ちが楽になった。
「よっし!」




