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【第10話】流転する咎

~主な登場人物~


小峰慎志(こみねしんじ)

主人公。埼玉の所沢市にあるアパートに住んでいる27歳の青年。

大学を卒業して就職するも、仕事が長続きせず職場を転々としている。

今は都内の商店街にある小店舗で携帯端末の接客販売業に従事している。

およそ1年半交際した女性に浮気され、振られてしまった。

失恋のショックからなかなか立ち直れない日々を過ごす。


岡浦益弘(おかうらますひろ)

慎志の高校時代の同級生で同い年。ゲームアニメが趣味。

今は埼玉から引っ越して東京都内で生活している。

体格はやや小柄でショートボブの髪型、人懐こそうな柔らかい顔立ちをしている。

誰に対しても敬語で喋る癖がある。

物静かそうに見えるが、実は明るくどこか芯を感じさせる性格。

学生時代にクラスからイジメにあっていた。

挿絵(By みてみん)




ある日の仕事帰り、都内某所にて。


「小峰くん??」

「え?あっ、もしかして岡浦(おかうら)?」


偶然にも高校時代の同級生と再開した。

岡浦益弘(おかうらますひろ)、同い年で体格はやや小柄。

ショートボブの髪型で人懐こそうな柔らかい顔立ち。

性格は物静かそうに見えるが、実は明るくどこか芯を感じる奴だった。


「久しぶりですね!元気してました?」

「まぁ…いや、どうだろ。岡浦は元気そうだな」

「はい!それにしても偶然ですね。このあと時間あります?せっかく会えたんだから居酒屋でもいきませんか?」

「いいけど…」

「では行きましょう!」


近場の鳥貴族にやって来た。

比較的安価な大衆向けの居酒屋チェーン店だ。

焼き鳥とビールを頼んで乾杯する。


岡浦は同い年を含め、誰に対しても敬語を使う癖があった。

それは今も変わっていないようだ。

お互いに学生だった頃の話をして盛り上がる。

懐かしさが失恋で沈んでいた気持ちを和ましてくれた。


「あっはっは…そんなことありましたね~!」

「あの時は楽しかったよな~」


思い出話に華が咲く。

久々に笑えた気がした。

お酒の酔いも拍車をかけ、旧友との楽しいひと時を過ごす。


語りたかった話題も一通り話し終え、そういえばと時計に目をやれば2時間も過ぎていた。

帰りの電車もある。そろそろお開きだろう。

そう思った矢先、岡浦は緩んでいた顔を引き締めて僕に言った。


「そういやずっと小峰くんにお礼が言いたかったんです」

「ん?なんだよ?急に改まってさ」

「ほら高校生の時、ぼく、クラスで虐められてたでしょう?」

「え?あ〜、そういえばそうだったっけ?」


ああ…思い出した。


学校では気の合う仲間同士でグループが出来る。

当時はまだ美少女アニメやギャルゲーに関して偏見や軽蔑も多い時代。

オタクと呼ばれるようなクラスメートは何人もいて、若干クラスで浮かれた存在として認識されていた印象があった。

それでも彼らは趣味の合う者でグループを作り、クラスの中でそういう住み分けはできていた。


岡浦もカテゴリー的にはオタクの部類だったが、彼はその振る舞いが吐出していた。

学校に美少女アニメやギャルゲーのDVDを持ってきて、面白いからと、感動するからと、見境なくクラスメートに勧めるのだ。

だから目をつけられた。

僕はそれほど気にしなかったのだが。

事実、彼の勧めが無ければ、Keyの作品やFate、ひぐらしのなく頃になど、僕はプレイすることはなかっただろう。

岡浦の言う通り、それらのゲームは面白かった。

しかし彼はクラスメートからキモいと罵られ、イジメられた。


自分が面白いから感動したからと言って安易に他者に勧めても、まるで押し売りで布教のように思われるかもしれないから気をつけた方が良い、そう彼に忠告した事もあった。

岡浦本人は悪気があるわけではなかったので、僕の忠告を聞いてもイマイチな反応だった。


岡浦はクラスメートから無視されたり、平気で暴言を吐かれたりしていた。

死ねとか、クズとか、普通に言われてたな。

彼が学校に持ってきたPCゲームソフトや漫画も、破かれていた事があった。

体育の授業を終え、教室に帰ってきたら財布からお金が無くなっていたとか言ってたっけ。

あれもクラスメートの誰かが盗んだのだろうか。

女子生徒の罰ゲームで、嘘の告白をされて喜んでいたな。

その後、皆から本気にしていた様子を馬鹿にされ笑い者にされていた。

悪ふざけの延長で服を脱がされていたこともあった。

次から次に思い出してきた。

今考えれば相当陰湿だ。

今でこそ社会的に取り上げられるような案件だが、当時はSNSも身近なものではなく、イジメなんてどこでもある、そういう暗黙の時代だった。

僕も火の粉がこちらに飛ばないよう、学校では見て見ぬふりをしていた。


被害者の岡浦本人も何をされても怒らなかったし、訴えることもなかった。

まるで自分はそこまで傷ついてないといった態度だった。

それでイジメる側も調子に乗ってエスカレートしていった節がある。


「ぼくが半月くらい学校を休んだ時あったでしょ?」

「うん…あれは高校3年の二学期が始まったくらいの頃だっけ?退学を考えてたって、後から聞いたね」

「実はあの時、死のうかと真剣に悩んでいたんです」

「え?」


「当時ぼくが住んでいた入間市の西武線沿い。夜遅い誰もいない時間に、仏子駅と元加治駅の間の踏切で電車が走ってくるのを待ってました」

「おいおい、嘘だろ?」

「やがて警音が鳴って遮断機が下りる。電車の走行音も近づいてきた。飛び込めば楽になれる。よし電車が見えてきた。遮断機を潜って線路に飛び込もうって…」

「そんな…」


「でも、ギリギリのところで思いとどまったんです」

「・・・」

「小峰くんの顔が浮かんだんです。小峰くん…学校ではそんなに絡んでくれなかったけど、外では話を聞いてくれて、家が近かったのもあって、よく一緒に遊んでくれたから」


「過ぎ去っていく電車を見送りながら思ったんです。世界は学校だけじゃない。こんな日常もあと少しで終わる。高校生活なんて人生でごく僅かな期間だって」


「それにね、あれから何かあっても”死”から考える癖が出来たんです。”死”という最悪と比べれば目の前の事なんて大したことないなって。人間関係で問題を抱えようが、仕事を辞めて収入が途切れようが、別に死ぬわけじゃない。死よりマシだって」


それまで真剣な表情だった岡浦の顔が崩れて笑顔になる。


「ぼくが人生を歩む上で、心を楽にする鉄則です」

「…そう」

「あの時、電車に飛び込もうとしていたところを、寸前で思いとどめられたのは小峰くんが仲良くしてくれたからです。ありがとう」

「・・・」


本当は僕もイジメグループに合わせて岡浦の悪口を言っていた。

当時はクラスメートの間でどれだけ岡浦に酷いことを言えるか、無視できるかがステータスになる傾向があった。

そして何より、皆の前で岡浦と仲良くして、僕まで省かれたくなかったから。

僕個人としては彼に対して嫌悪感はなかったのにも関わらずだ。


助けるどころか、僕は君を欺いていたんだよ。



居酒屋を出て解散する別れ際に岡浦は堂々と言った。

「ぼくは今、すごく充実してます。生きていてすごく楽しいです。あの時、自殺しなくて本当に良かった。人生を辞めないで本当に良かった。そう思ってます」

「…そう、それは良かった」


僕は…ピエロだ。


「今日は楽しかったです。付き合ってくれてありがとうございました」

「いやいや、僕も楽しかったよ」

彼の笑顔にこちらも笑顔で応じるが、引きつっていないだろうか。


「そういえば、メールアドレス変えました?メッセージ送れなくて」

「いや、キャリアのメールアドレスはもう使ってないんだよ」

「電話番号も変えました?何度か電話した事あるんですが、繋がらなくて」

「電話番号は…変えたんだ」

「なら変更した事、教えて欲しかったです」

「ごめん…連絡するの忘れてた」

「そうですか…」


岡浦は不満そうな表情をしたが、僕はそれに気づかないふりをした。


「もう、ぼくはてっきり小峰くんが人間関係をリセットしたかったのかと思いましたよ~」

「あ、あはは…ごめん」

「ぼくはメールアドレスも電話番号も変えてないですよ。今でも学生時代と同じものを使ってます」

「そう…なんだ…」

「では、電話番号とライン交換お願いします」

「わかった」


「また飲みに行きましょう!それじゃあ」

「じゃあね、ばいばい」


ドラマか、或いは小説か、どこかで記憶した言葉を思い出した。


”他人を軽んじて蔑ろにすれば、自分も必ずどこかで他人から軽んじられ、蔑ろに扱われる”


胸がざわついている。

街が夜深くなっても眠らずに喧噪に包まれているように。

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