蔵書室の少年
「ふああああっ・・・食事を摂ったら眠くなって来たわね~。」
フィリスが口を隠しながらそう言うと、少し心を開いて来たラムウェンが、
「あ・・・あの、昼食後は16時まで自由時間になりますので、お昼寝なども自由に出来ますよ。」
と教えてくれた。
「へえ・・・。食後の自由時間は結構長いのね、それは助かるわ。ラムウェンはいつも何をして過ごして居るの?」
「・・・はい。私は元々料理好きで実家も料理屋を営んで居りますので、いつか店を継げる様に毎日神殿の調理場で料理を教わって居ます。」
「料理かぁ。私も昔、実家の厨房で体験してみたんだけど酷い作品を作り上げてしまったのよね~。だからちょっと苦手かな~。」
「貴族の方は、自ら料理をする必要が無いですからね。・・・もし料理に興味が出て来られましたら、調理場の方にもご案内しますね。」
「そうね。その時はお願いするわ。」
ラムウェンはフィリスに微笑みながら頭を下げると、そのまま隣の調理場の方へ歩いて行った。
「よし! ラムウェンとも少し距離が縮まった気がするわ。さて・・・昼寝も良いけど、折角だから神殿内を見て回ろうかな。何か面白い物があるかも知れないし。」
フィリスはそう呟くと、神殿内へ移動した。
階段を降りた所の裏には清掃用具室があり、丁度ローブを着た清掃員の女性が入って行った。神殿内にはあの様なローブを着た神殿職員が大勢居り、日々清掃を行って居るらしい。警備面を考慮し、身元が確かで清掃専門の教育を受けた神殿職員が行うのだ。
「ここは清掃道具を置いている部屋なのかしら?」
フィリスが静かに扉を開けて中を見てみると、中には様々な道具が所狭しと置いてあり、壁には清掃員用のローブなども掛かって居るのが見える。
「掃除用の魔導具でもあるかと思って覗いてみたけど、普通の道具ばかりね。」
扉を閉めて再び歩くと、やがて蔵書室と書かれた部屋に差し掛かった。するとフィリスは嬉しそうに、
「へえ・・・結構広い蔵書室があるじゃない! 冒険活劇の本も置いてあるかしら?」
広い蔵書室の中を見て回ったが、さすがに神殿の蔵書室だけあって冒険活劇の本は見当たらなかった。それどころか、ここは各国から来た研究者達が集まって調べ物をしている所らしく、難しそうな書物ばかり並んでいる。
すると、蔵書室の奥に『魔導具関連』と書かれた分類があるのを見つけた。
「ふおっ?! 魔導具関連だって・・・やったぁ。」
フィリスはすぐに本棚に駆け寄ると、嬉しそうに本棚の本を見て回った。
「それにしても・・・私向けの本を見つけたのは良いんだけど、ここは高齢の男性ばかりだわ。魔導具に興味のある若い子って居ないのかしらね?」
フィリスは取り敢えず『世界の珍魔導具2』という本を手に取ると、空いている席に座って読み始めた。
「へぇ・・・。世界には面白そうな魔導具が沢山あったのね~。」
一気に読んで本を閉じると、急に周りの人の視線が気になり始めた。
「う~~ん。それにしても、ここは皆が私を珍しそうに見て来るから落ち着かないわね・・・。あっ、そうだ!」
フィリスは『世界の珍魔導具2』を本棚に戻すと、一旦蔵書室から出て行った。
数分後、フィリスは清掃員用のローブを着て戻って来た。
「やったわ・・・何でも言ってみるものね。『人の視線が気になるからローブを貸して欲しい』って困った顔で言ったら『小さいサイズを着ていた人が辞めちゃったから、貴女にあげるわ』と言ってローブをくれたわ。」
フィリスはそう言って勝ち誇ると、頭からすっぽりとフードを被って再び蔵書室へ入って行った。
「フフフ・・・やはりフードまで被れば全然目立たないわ。」
この神殿内において清掃員用のローブを着ている人間は大勢居るので、確かに目立たない様だ。
「さ~て・・・次はどれを読もうかな? ・・・あっ、これは。」
フィリスがとある本に手を伸ばした瞬間・・・
「ドンッ!!」
丁度、近くの本を取ろうとした人と手がぶつかってしまった。
「あっ、ゴメンなさい!」
「いや、こちらこそ申し訳ない!」
手が軽くぶつかった程度なので互いに軽く会釈をすると、フィリスは近くの席に着いて本を読み始めた。
すると、ぶつかった相手もフィリスの向かい側の席に座る。
相手は大きな眼鏡を掛けた金髪の少年で、良く見ると非常に整った顔立ちをして居る事が分かる。
フィリスは本に夢中なので全く気付かなかったが、少年はフードの下から見えるフィリスの顔をじっと見つめていた。
魔導具コーナーに居るのは大人ばかりという中で同じ年頃の子供を見かけて嬉しかったのか、金髪の少年はフィリスに
「僕は女神リィンエル様にお祈りを捧げに来た時に、ここで本を読んでから帰るんだけど、君も良くここに来るの?」
と聞いて来た。フィリスは少し面倒臭いなと思いながら、
「へぇ、そうなの? 私は今日初めてここに来たわ。」
と素っ気なく答えた。
その後、フィリスは再び本の内容に集中し始めると、
「成る程・・・現代では入手困難な素材があって、再現出来ない物が多いのね。」
などと小声でブツブツと呟き始めた。
その様子を面白そうに見て居た少年は、目の前の少女が身に纏っている清掃員用のローブを見て、
清掃の仕事をして居る方の娘さんかな? 親の仕事が終わる迄ここで待っているといった所だろうか・・・。
などと思いながら、フィリスが読んで居る本のタイトルをちらっと見た。すると、本のタイトルが
「古代魔導具の素材辞典 第弐巻」
と記されて居る事に気付いた。
すると、少年は少し驚いた様な顔をして身を乗り出すと、
「僕の名は、グラトナだ! 君の名前は?」
と、いきなり名前を聞いてきた。
本に集中して居たフィリスは、ローブの隙間からグラトナに視線を向けると、
「ん? 私の名前はフィリスよ。」
と名乗った。するとグラトナは先程までとは違い、嬉しそうに、
「君も古代魔導具に興味があるのかい?」
と、距離を詰めて質問して来た。
「・・・う~ん。古い物にも興味はあるかな?」
「そうか! それは嬉しいな。何せ古代魔導具の解読に取り組む同年代の子とは初めて出会ったんだよ。」
「いや・・・解読という程の大したものでは・・・。」
「君も将来、魔導具の発明家になりたくて勉強しているんだよね? だったら今度、町に行った時に古代魔導具の研究家であるスパーダ先生の店へ行って教えを乞うといいよ。すごく勉強になるから。」
「ま・・・まあ確かに興味はあるけど、他にも学業や習い事などが沢山あるから・・・。」
「そうか・・・君も色々と大変なんだな。僕も、可能であればずっと魔導具の研究をして居たいんだけど・・・ここにも週に一度しか来られないんだ。」
そう言いながら寂しそうな顔をしたグラトナに対し、フィリスは
「人生はまだまだ長いんだから、焦る必要は無いと思うけど。いつかきっと、好きな事に時間を費やせる時が来ると思うわ。」
と語り掛けた。
その言葉を聞いたグラトナは
「はははっ・・・確かにそうだね、君の言う通りだ。それまではゆっくりと、楽しく学ぶ事にしよう。」
と、笑いながら答えた。
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