お転婆令嬢フィリス
イスカ大陸の東にフレイグラストという王国があり、王都より北西の農村地帯に小さな城が建っている。
歴史を感じさせる小さな城と庭園を囲む様に木が生い茂っており、その中の一本の枝に括り付けられた縄ばしごに幼い少年が掴まって泣いていた。
「姉上ぇ~・・・!! 怖くて降りられないよぉ・・・助けてぇ~~!!!」
9歳の少年マートナーは姉を真似て縄ばしごを登ったが、途中で怖くなり泣き始めたのだ。
すると、他の枝に座って遠くを眺めて居た美しい少女が、
「もう・・・アンタは本当に怖がりねぇ。今行くから少し待ちなさい!」
と言いながら、腰まである亜麻色の長い髪を翻して軽やかに降りて行くと、幼い弟を助けに向かった。
この城の主人である『グレザー・クライメル伯爵』の三女として生まれたこの少女の名は『フィリス・クライメル』と言い、間もなく13歳の誕生日を迎えようとしている。
丁度その時、馬車へと乗り込もうとしていた二人の少女は、その様子を見て呆れた様に、
「フィリスったら・・・また泥まみれでマートナーと庭を駆け回ったりして・・・。もうすぐ13歳になるって言うのにねぇ。」
と呆れた様に笑うと、綺麗なドレス姿で公爵家主催のお茶会へと出掛けて行った。
意地悪そうに笑っていた双子の少女は、クライメル伯爵家の長女アリシア(14歳)と次女フェドラー(14歳)と言って、フィリスの実姉である。
この国では16歳で成人を迎えるが、女性は15歳から結婚が可能な為、年頃となった貴族家の公子や公女達は頻繁に茶会や舞踏会などに参加して、少しでも良い相手との婚約を決められる様、必死で顔と名前を売る毎日である。
一方、社交界に全く興味を示さなかった三女フィリスは毎日弟マートナーと木の枝を振り回して遊んだり、屋敷の蔵書室で父親の集めた冒険活劇や魔導具関連の本を夢中になって読んだりといった事ばかりをしていた。
両親も長女か次女が、フレイグラスト王国の第一王子であるアーシェル殿下(14歳)や公爵家のご子息方に見初められれば・・・と淡い期待を寄せ、二人の娘達に華美なドレスを買い与えたり、王都の有名美容院から腕の良い美容師を呼び寄せるなど、積極的に応援をして居た。
「ハア・・・。正直顔やスタイルだけならフィリスが圧倒的に良いのだけれど、あの子の行動には女の子らしさが微塵も感じられないですからねぇ・・・本当に勿体無いわ。」
「ああ・・・今でも『将来は冒険の旅に出たい』とか、本気で言っているからなぁ。あの娘は婚期を迎えても嫁の貰い手が見つからないかも知れないなぁ・・・ハア。」
と、すでに両親はフィリスを嫁に出す事を半ば諦め、彼女の奇行を恐れて舞踏会などにも参加させなくなったのである。
両親の心配を他所に、今日もフィリスは木の枝に登って居た。
長い睫毛の下にある、人形のような大きな瞳で遠くを見つめながら
「さて、私も明日で13歳だ・・・。風魔法だったら空を飛べるかも知れないし、火魔法とかだったら将来冒険に出た時に役立ちそうだわ。」
と期待に胸を高鳴らせて居た。
この国では13歳になると誰もが無料で魔力系統などを調べる事が出来る。そして、魔力さえ有れば『魔力循環の儀式』を受けて魔法を使う事が出来る様になるのだ。
希に幼い頃から勝手に魔法を発動出来る異端者も居る様だが、一般的には『魔力循環の儀式』を受けてからの発動となる。
この世界に於いて『魔法を使える』様になる事は、人生を大きく変えると言っても過言では無い。
例え平民に生まれた者でも、魔法を使えればより上位の職業に就く事が出来る為、緊張して儀式に挑む者も多いのだ。
* * *
昼食後、マートナーが疲れてお昼寝タイムに入ったので、フィリスは食後のお散歩に出掛けた。すると城の奥にある馬車用整備舎で、ベテラン御者のローエルさんが熱心に馬車の整備を行っていた。
「ローエルさん・・・今日は馬車の整備をしてるの?」
「ああ、そうだよ。明後日はお嬢ちゃん達を乗せて駅まで行くから、いつもよりも気合いを入れて整備をしとるんだよ。」
ローエルさんはそう言いながら工具を忙しく動かして、サスペンションの調整を行っている。
フィリスは昔から馬車の整備をする所を見るのがとても好きで、良くここへ見に来ていた。鉄と油の匂いを嗅ぎながら、工具の『カチャカチャ』という音を聞いて居ると、何故かとても落ち着くのだ。
「明日は遂にお嬢ちゃんの13歳の誕生日だな。・・・だから、1日早いがワシからもプレゼントをあげよう。」
ローエルさんはそう言うと、革の手袋を外して内ポケットの中から綺麗な赤い石を取り出した。
「これは『紅玉石』って言う石でな、ポケットに入れておくと幸運をもたらすと言われて居るんじゃ。お嬢ちゃんが明後日の儀式で良い結果を得られるよう、祈ってるよ。」
「ローエルさん、ありがとう。私・・・頑張るね!」
フィリスは赤くてキラキラ輝く石を受け取ると、嬉しそうに眺めながらローエルさんにお礼を言った。
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