エドワードの質問
「え、はあ」
重たい口調に押され、カレンは思わず答えていた。エドワードは続ける。
「はいかいいえで答えてほしい」
「は、はい」
彼の声音に引きずられ、カレンの表情は自ずと強張った。身構えるカレンは見ないまま、エドワードが質問を口にする。
「君のフルネームはカレン・クライミングローズである」
カレンはポカンとした。
「いいえ……」
気の抜けたカレンの返事にエドワードはリアクションすることなく次の質問へ移る。
「君は魔法が使える」
目を見開き、驚きながらもカレンは先ほどよりはっきりと返答する。
「え、いいえ」
相変わらずエドワードは俯いたままだった。少し間を開けて、エドワードが次の質問を投げかける。
「薔薇令嬢と呼ばれている」
小首を傾げると、カレンはそれまでと同じ答えを告げた。
「いいえ」
エドワードはゆっくりと瞼を伏せた。カレンからは彼の顔を確認することはできなかったが。少しの沈黙の後、エドワードは目を開け、口を開いた。
「そのまま少し動かないでくれるか?」
「は、はい」
やっと顔を上げたエドワードは両手でフレームをつくるとその中にカレンの心臓辺りをおさめ、覗き込んだ。
「エドワード・マリンボーンの名の下に命ずる。汝、魂の識別子を示せ」
何をしているのか理解できなかったが、カレンは言われた通りじっとしていた。ぼんやりとエドワードの顔を見つめる。エドワードはすぐにフレームを解き、カレンの顔を見た。
「なるほど、確かに君は俺の知るカレンではないみたいだ」
「まあ……初対面ですしね」
カレンは物怖じせず返答した。彼から質問をされる間に記憶をたどったが、やはり己の人生で関わったことはないと判断したからだ。もとよりカレン……花怜は変に大らかで、大抵のことでは取り乱さなかった。加えて花怜は他人の善性をかぎ分けるのが上手かった。何もかもが分からなかったが、この男性が敵意を持っていないことはすぐに理解できたのだ。だからこうして花怜……カレンは彼との問答に応じていた。落ち着いた様子のカレンとは反対に、エドワードは少し困惑した様子だった。
「にわかには信じがたいが、魂の識別子に嘘は付けない」
首を傾げるポーズでカレンは何回目かになる理解不能と向き合う。しかし答えは出ない。そんなカレンの心中を察したかのようにエドワードが声をかけた。
「……君の方は事態が飲み込めているのかな?」
食い気味にカレンは返す。エドワードの方に身を乗り出した。
「え、全然。だからここはどこですか。そして誰ですか」
カレンに詰め寄られて少し引きながらもエドワードは冷静に答えを告げた。
「ここはB国首都のL都、クライミングローズ伯爵のタウンハウス。俺はエドワード」
カレンはそこではじめてほんの少ししかめっ面になる。
「ば、馬鹿にしてます?」
「いや。何故?」
エドワードの返事は変わらず淡々としていた。彼の様子に自信がなくなりながらもカレンは言葉を紡ぐ。
「だって、B国なんて聞いたこともないし……それに、はくしゃく……なんて」
己の世界史知識は大したものではないが、それにしてもおかしいと、カレンは考えていた。伯爵という単語には覚えがあったが、身近なものではないと、これにも不信感を覚えた。エドワードはカレンの責めるような視線を受けながし、軽い口調で告げる。
「そうだな、とりあえず鏡を見てみるかい?」
「鏡?」
オウムのようにカレンは繰り返した。いくつもの疑問符を頭上に浮かべる。その疑問符達も華麗にスルーし、エドワードは立ち上がった。