居眠りとエドワード
自宅に帰るため、花怜は再び電車に乗った。午後の日差しと静かな揺れに、花怜はうとうととし始める。車内からは次第に人が減っていった。花怜はいつものようにゆっくりと目を閉じた。
花怜はハッと勢いよく顔を上げた。
「えっ? あれっ!?」
寝起きで軽く混乱した脳内に車掌のアナウンスが響く。
「ドア閉まります……」
花怜は慌てて荷物を持って立ち上がった。
「ちょ、ちょっとま」
閉まりかけのドアからドタドタと下車していく。
人波が改札の方へと流れていくホームで、花怜は一人立ちすくんでいた。ぼんやりと電車の去った線路を見つめ、小さな声で呟く。
「何も考えず降りちゃったな……」
花怜はため息をつく。焦ると勢いで行動してしまうのは彼女の良くない癖だった。自覚はしているが未だ改善には至っていない。花怜は鞄からスマホを取り出しながら後ろを振り返った。花怜の瞳に大きな美術展の広告が飛び込んでくる。途端に花怜は目を輝かせた。
「綺麗な絵……!」
広告の下部へと視線を移しながら花怜は一人喜びを口にする。
「まだやってる!」
先ほどまでの反省をよそに追いやり、花怜はパタパタと早歩きで改札方面へ急ぐのだった。
N美術館館内、企画展『H氏と自然』。企画展全ての絵画を見て回った後、花怜は一枚の絵画の前にいた。うっとりとキャンバスに描かれた自然を眺める。花怜はおもむろに数歩下がった。数人掛けの椅子が設置されているのを確認していたからだ。設置された椅子に腰かけて自分の膝に頬杖をつくと、花怜は再び絵を眺め始めた。
赤レンガと暮れ行く太陽が交じり合う頃、クライミングローズ邸の一室でカレンは眠っていた。彼女が部屋で倒れているのが発見されてからすでに二日が経過していた。その間、カレンは一度も目を覚ましていない。ダークブロンドの髪に空色の瞳をした青年……カレンの友人エドワード・マリンボーンがベッド脇の椅子に掛けてカレンを見つめている。その声が届くことはないと知りながら、エドワードはカレンに呼びかけずにはいられなかった。
「カレン……」
エドワードの呟きが部屋に消えるのと、カレンがカッと目を見開くのはほとんど同時だった。強張った顔でカレンは声を上げる。
「はッ!」
ありえない状況にエドワードも思わず声にならないような声を出した。彼の声をかき消すようにカレンは勢いよく上体を起こす。
「うわっ」
あまりの勢いにエドワードはのけぞったが、カレンは構わず大声で反省の弁を口にした。
「また寝てしまったー!」
エドワードは目をしばたたかせる。また、カレンも同じように目をしばたたかせていた。
「あれ。どこここ。あれ?」
ブツブツと独り言を言うカレンに、エドワードがおずおずと声をかける。
「か、カレン?」
パッとエドワードの方に振り向くと、カレンは短く返答した。
「え、はい?」
首を傾げるカレンを見つめながら、エドワードはいぶかし気な表情で拳を口元に当てる。
「君、本当にカレンか?」
カレンはキョトンとした。
「はあ、まあ。え、ていうかどちら様ですか。ていうかここはどこですか」
混乱しながらもなんとか状況をつかもうとカレンはあたりを見回した。見知らぬ場所、見知らぬ人。しかし外国人らしいこの男は自分を『カレン』と呼んだのだから、もしかしたら知り合いなのかもしれないとカレンは、否、花怜は考えていた。カレンのベッドを見つめ、考え込むそぶりのままエドワードは固まっている。カレンはエドワードの返答を待ちきれず、小さく口を開いた。
「あのー……」
視線を落としたままエドワードは短く言う。
「少し質問させてくれ」




