朗らかな兄
クライミングローズ邸にほど近い花畑。
カレンは色とりどりの花に目を輝かせていた。カレンの隣には妹を愛おしそうに見つめるルークが佇んでいる。そこから少し離れた花畑の入り口付近にエドワードとハワードが立っていた。
「きれいなお花畑……」
「ああ、そうだね」
カレンの呟きに相槌を打ち、ルークはカレンに微笑みかける。カレンも嬉しそうに微笑み返した。
「もし」
「え?」
「もし仮に記憶が戻らなくても君は私の大切な妹だ。それは永久に変わらない」
「ル……お兄、様」
ルークの柔らかな眼差しに、カレンは胸が締め付けられる思いがした。
「無理はしなくていい。私のことも好きに呼んでくれ。ただそうだな。いつもそう呼んでくれていた」
「そうなんですね」
カレンはそっと目を伏せた。
「ああ。ここには何度も共に足を運んだよ。幼い頃から何度も……」
「素敵な場所ですもんね」
「そうだね。幼い頃は、お花摘みや花冠作りなんかに興じたものだった……覚えて、いるかい?」
申し訳なさそうに首を横に振り、カレンは言葉を探す。
「ごめんなさい……私……」
「いや、すまない。私の方こそ軽率な発言だった。どうか許してくれ」
ルークの声音には、隠し切れない落胆がにじんでいる。妹を案じる兄の姿に、カレンはたまらない気持ちになった。
「謝らないでください。お兄様にこんなにも大事にして頂いてるって分かって、一層記憶を取り戻したくなりました」
『嘘は……ついてないよね。いい人すぎて嘘つかなきゃだったら辛かっただろうな』
カレンは花々へと視線を逸らした。
「カレン……記憶をなくしてもやはり君は君なんだね。誰よりも優しい、私の妹」
ルークの話声は一貫して柔和だった。また選ぶ言葉もことさらに優しく、カレンは意図せず笑顔になる。
「屋敷へ戻ろうか。まだ風が冷たい」
「はい」
カレンは頷き、ルークに微笑みを返した。
屋敷へと戻る馬車の中。
ルークとカレンは並んで座っていた。カレンは窓から外を見つめている。
「カレンは本当に楽しそうに町を眺めるな」
ルークの方を振り向き、カレンは小首を傾げた。
「カレンさんもそうだったんですか?」
「カレンさん?」
失言に慌てて手をめちゃくちゃに動かし、カレンは大声を出す。
「いや! あの! 私! 私ですよね! 今まで! 今までもそうだったんですか!?」
「あ、ああ」
一瞬面食らっていたルークだったが、すぐに元の柔らかい微笑みに戻った。
「いつも愛おしそうにこの町を眺めていた。花畑の花々と同じようにね」
「そうなんだ……」
カレンの思いとは関係なく、車窓の街並みは流れていく。ルークがハッとしてカレンを見た。
「そうだ。幼い頃一時期窓を見れなくなったことがあったな」
「ええ?」
「住民が幽霊になって追いかけてくる夢を見たと言ってね」
「まあ!」
その子供らしいエピソードに、カレンは思わず笑みをこぼした。愛おしそうにルークが続ける。
「一人では眠れないと私に泣きついてくるほどだった」
「よっぽど怖かったんですね」
ルークは噛みしめるように瞼を閉じた。
「あの時からだろうか……」
「え?」
キョトンとしたカレンを、ルークが温かな瞳で見つめる。
「私にとって君は、突然現れた完璧な女の子だったからね。無意識に距離を取っていたのかもしれない」
「……」
「でもあの時……君は私の妹なんだ、私が守るべき妹なんだと実感したんだ」
「お兄様……」
それまでと同じように、ルークは静かに微笑んだ。
「カレン。私はいつだって君の味方なんだよ」
「はい」
ルークの愛に答えるように、カレンはしっかりとした発声で返事をした。