動機(ハワード・オリヴィア)
「次がグレイさんだ。この家ではもっぱらナイトオブハワードと呼ばれている」
「あ、最初に呼んでた! カレンさんの騎士!」
カレンがパッとエドワードを指さす。そのどこか幼さのにじむ動きにエドワードは小さく笑った。
「正解。彼は実は人狼の末裔でな」
「じじじ、人狼!?」
驚きを隠さず、カレンは思い切りのけぞった。カレンの反応を予想していたエドワードは冷静に説明を続けた。
「分かりやすい驚愕をありがとう。人狼は人間と敵対していた歴史があってな、数を減らし続けてもう生き残りは彼しかいないんだ」
「へえー」
どこか他人事のようにカレンは返事をする。自分の生きていた世界の事象と遠すぎたため、カレンの感情は説明に追いつけていなかった。気づいているのかいないのか、エドワードの語調がキツさを増した。
「人間の中の差別感情も根強く、唯一の生き残りである彼も非人道的な研究機関に捕まっていたんだが、差別を良しとしないクライミングローズ家の当主……カレンのおじい様が彼を保護したんだ」
「かっこいいー!」
英雄的なクライミングローズ家当主の振る舞いに、カレンは思わず感嘆した。
「そしてカレンのおじい様は彼にカレンの騎士兼研究対象としての支援を任せた……という訳だな」
「ふむふむ」
説明を自分の中に入れ込むように、カレンは何度も頷いた。
エドワードが目を伏せて告げた。
「そんな彼に王族の騎士になる話が持ち上がった」
「お、王族……!」
カレンはまた驚愕にのけぞる。それを無視してエドワードは続けた。
「しかしその話はカレンの強い引き留めによって立ち消えになってしまったんだ」
「そ、そうなんだ」
元々のカレンの意図が読めなかったカレンの返事は困惑に満ちていた。カレンの反応を予想していたエドワードは推論を述べた。
「ああ、カレンには公にはできない安価な魔法道具の研究がある。それにナイトオブハワードの存在が不可欠だったんじゃないだろうか。しかし、そんなことは彼の知るところではないだろう?」
「たしかに。理由も分からずせっかくの出世の機会を邪魔された! って思うかも……」
エドワードが頷く。
「ナイトオブハワードは義理堅い人だ。クライミングローズ家への恩義から彼自身が断わっていた可能性だってなくはない。これもあくまで可能性の話だ」
「わかってますよお! 心配性だなあ」
エドワードが自分を慮って容疑者それぞれを擁護しているのは鈍いカレンにも伝わっていた。カレンはエドワードの優しさとも心配とも取れる言葉に感謝し、にっこりと微笑んだ。それを見てフッと頬をゆるませると、エドワードはまた硬い表情に戻った。
「最後がオリヴィアか」
「えーっとカレンさんの……後輩?」
カレンが小さく首を傾げる。
「正解。カレンは元々学校には通っていなかったんだが、少しでも知見を広めたいというカレンの要望で1年間だけ寄宿学校に所属していたんだ。オリヴィアはその時の後輩にあたる」
「へえー」
カレン(花怜)は勉強が得意な方ではなかったので、どこか絵空事のようにふわふわとした相槌を打った。
「この、1年間というのがミソでな。本来4年間の予定だったんだが、研究者仲間から引き戻される形で学校生活の終焉を早めることになった」
「本当にカレンさんってすごいですね」
各所から引っ張りだこな元々のカレンのエピソードは、出てくるたびにカレンを驚かせた。エドワードはそれには慣れているのか、また冷静に話を続ける。
「ああ。カレンは人当たりも良いから学校での人気も高かったらしい。特に彼女に心酔していたのがオリヴィアだ」
カレンはキョトンとした。
「四六時中カレンの側を離れようとせず、お姉さまと呼んで慕っていたという」
「あ、言ってた!」
パッとエドワードを指さすカレンにエドワードが頷く。
「そんなオリヴィアにとって自分たちより研究者仲間の要請を選んだことはひどい裏切りに思えたんじゃないかと思う」
「それはそうかも……」
カレンは唯一自分と同性であるオリヴィアに学生時代の自分を重ねた。
「実際カレンが去った後のオリヴィアは大変荒れていたそうだ」
「仕方ないですよ……」
自分が談話室に現れた時のオリヴィアの喜びようを思い返し、一等深くカレンはオリヴィアに同情した。
「ただカレンが寄宿学校を去ったのは随分前だ。そしてカレンとオリヴィアの関係は未だ良好。動機としては他より弱いかもな」
「たしかに」
瞼を閉じ、カレンは大きく頷いた。