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薔薇の君

 クライミングローズ邸、応接間。

 扉を開け、エドワードとカレンが共に入室する。同時に部屋ではどよめきが起こった。エドワードが朗らかに声を上げる。


「皆さん、吉報です。カレンが目を覚ましました!」


 部屋の中にいた面々が口々にカレンの名前を呼んだ。カレンは微笑みを作りつつ、思考を巡らせた。


『この中に、カレンさんを狙った人がいる』


 エドワードは舞台役者のように大げさな調子で言葉を続ける。


「残念ながら彼女は今一切の記憶を失っている状態です。しかし、目を覚ましてここにいる。これは素晴らしいことです」


 一人の男がソファから立ち上がった。


「ああ、本当にその通りだ……カレン、私の大切な妹……!」


 妹、という言葉からカレンはその男が誰か理解することができた。


『この人が、ルークさん』


 全体的に色素の薄い男だった。透けるような銀髪に琥珀色の瞳、その瞳から涙を流さんばかりになっているルークに、カレンは柔らかく微笑んだ。


「目を覚ましたのなら、記憶もいずれ戻りましょう」


 ルークから少し離れた所に座っているブラウンの髪にエメラルド色の目をした男がそう述べた。


「どうでしょうか。楽観は落胆に繋がります」


 ソファの奥に一人立っていた男……灰色の髪にベビーブルーの瞳を持つ男が冷徹に前の男の言葉を否定した。カレンはハッとする。


『この声、部屋で聞いた! ということはこの人がグレイさん。それじゃあさっきのがアーネストさん、かな』


 カレンは二人の男に順番に微笑みかけた。


「今は楽観でも構わないと思いますわ。カレンお姉さまが目を覚まされた……ただ、それだけで……」


 ルークと反対側の隅にかけていた女性がその場をいさめる。オリーブ色のふわふわとした長髪に、海色の瞳をした美しい少女だった。


『オリヴィアさん、カレンさんと同じくらい綺麗な人だな……』


 カレンはオリヴィアの美貌にぼうっとなりそうなところを耐え、それまでと同じように微笑んだ。


『みんな、本当にうれしそうに見えるのに……』


 カレンの顔はにわかに曇っていった。




 数刻後。

 カレンの部屋の中で、エドワードがため息をついていた。


「まあ、ある程度想定していたとはいえ……あからさまにおかしな反応の人はいなかったな。皆一様にカレンが目を覚ましたことを喜んでいるように見えた。ここまで反応がないとは……」


 カレンは無言で佇んでいる。


「カレン?」

「ごめんなさい。なんだか空恐ろしくて。自分が襲った人とあんなに普通にしゃべれるんだなって、怖いね」


 唇を噛みしめたカレンをエドワードは真っ直ぐに見つめた。


「君はどこかカレンと似てるな。人の悪意に必要以上に傷ついてしまうところ、そっくりだ」


 カレンはエドワードに顔を向けると、そっと微笑みあった。と、カレンの周りの空気がすぐに元気を取り戻す。


「怖がってても仕方ないですよね! よし!」

「どうした?」


 パタパタと机に向かうカレンを目で追いつつ、エドワードは首を傾げた。


「さっき見つけたんです」


 カレンは机の隅から一冊の日記を手に取った。


「これ、絶対何かの手がかりがありそうじゃないですか!?」


 カレンの目が爛々と輝く。


「日記か。それは俺も思ってたんだ。しかしこの部屋の物だから俺には開けなかった」


 そう言ったエドワードの瞳はどこか悲し気だった。


「あ、そっか。私は体はカレンさんだから、イケる! はず!」


 カレンの手が、勢いよく日記の表紙を開いた。


「やった! 開いた!」

「ああ……! 君のおかげだ!」


 エドワードの称賛にカレンは少し照れくさそうな表情をする。


「わあ、すごく綺麗な文字……」


 カレンが開いた日記に並んでいたのは整然として美しい文字たちだった。


「基本的には研究について書いてるみたいだな。時折日常についても書いてあるようだが」


 カレンと並んで立ち、エドワードも日記の内容に目を通していく。ある1ページでカレンの手が止まった。


「あ、これ」

「ん?」


 カレンが指さした文字をエドワードの瞳が追った。カレンはそこに書いてある文章を読み上げる。


「『ああ、私はやはりあの人が好き。誰よりも愛している……私だけの薔薇の君』。じょ、情熱的ですね……カレンさん、恋人がいたんですか?」


 恋愛小説でしか見たことがないような文言にカレンはどぎまぎしつつ、エドワードに問いかけた。


「いや、そんな話は聞いたことがないが……でもこれは間違いなくカレンの字……」


 カレンはキョトンとする。


「秘密の恋人……ってことですか?」

「そうなるだろうな」


 エドワードは考え込み、カレンは小首を傾げた。


「薔薇の君……なんで名前で書かないんだろう?」

「カレンはロマンチストだが意味のないことはしない。万が一この日記を他人に見られても人物が特定できないようにするため、か?」


 己の思考をまとめるように、俯いたエドワードはぶつぶつと呟いた。その隣でカレンが小さく声を上げる。


「あ」

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