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夢見るカレン

 教師のロールプレイを続けつつエドワードは言葉を発す。


「実は俺以外にも君が本来のカレンではないと知る魔法は存在している」

「出た! 矛盾!」


 カレンの指はビシッとエドワードをさしたが、エドワードは少したりとも動じない。若干の冷たさを混ぜ、エドワードはカレンを制した。


「最後まで聞くように」

「はい」


 もはやお決まりのそれに、カレンは小さく身をかがめる。


「君が本来のカレンではないと知る魔法は存在している。しかしそれをするには数週間から数か月の時間と、かなり多くの手間がかかる。俺が一瞬でそれを判断できたのは血族魔法……まあ俺にしか使えない特別な魔法があったからって感じだな」

「なるほどー!」


 カレンの口は感嘆から半開きになった。エドワードはゆっくりと長く息をつき、一拍置いてから言葉を紡ぎ始めた。


「カレンは……普段から異世界を夢見ていて、俺にもその話をしていた」


 エドワードの空気が変わったのを感じつつ、カレンはゆっくりと瞬きする。


「ここではない世界。どこまでも遠く、因果の外にある世界。まるでおとぎ話だ」


 カレンは表情に出ない程度に苦笑いをした。


「でも、だから君を見た時ピンときた。カレンが本当にその世界と繋がる術を見つけたのだと」


 エドワードはそこに何かが見えているかのように天井を見つめている。


「そっか……」


 カレンはそんなエドワードを見つめると、思い出したように質問した。


「私が死んで転生したんじゃないって思う理由は?」


 天井からカレンへと視線を移し、エドワードは人差し指を立てた。


「一つは君が死にそうな体験をしていないこと」


 カレンは大きく頷く。エドワードは人差し指を立てたままに中指も立てた。


「もう一つは、カレンがそれを望まないだろうと考えるからだ」


 目をしばたたかせたカレンに、エドワードははっきりと、しかし静かに言う。


「カレンは、異世界だろうが何だろうが人の不幸は絶対に望まない。自分のために人の命を終わらせることも、生を全うした者を己がために使うことも絶対にしない、そう確信してるからさ」


 小さな沈黙が部屋に流れ、そしてにっこりと微笑んだカレンによって破られた。


「やっぱり素敵ですね! カレンさんとエドワードさん!」


 答えるようにエドワードも微笑む。


「そう考えた時にトリガーとして考えられるのはやはり睡眠だと思った。君の最後の記憶だというし、君本来の肉体が活動していなければ別の肉体の中に呼び出すことも可能なのではないか、とな」

「なるほどなるほど!」


 カレンは腕を組んで何度も頷いた。瞬間、カレンの頭がゆらりと揺れる。


「あれ? なんか急に……ねむ、く」


 カレンが起こしていた上体は、ベッドの方へと倒れていく。エドワードはすぐにカレンを受け止めた。


「やはりか……本来の肉体が覚醒すればカレンは再び眠りに落ちる。考えていた通りだ」


 部屋の中にはカレンの健やかな寝息が漂っていた。




 N美術館館内企画展『H氏と自然』、その中の数人掛けの椅子で眠る花怜の肩を係員がゆすっていた。


「お客様。大丈夫ですか? お体の具合でも……」


 居眠りから覚めた花怜は何度も顔を横に振る。


「い、いえいえ! 大丈夫です! すみません!」


 ぺこぺこと頭を下げながら花怜は企画展を後にする。


『夢。ううん、違う。絶対違う。夢なんかじゃない』


 カレンはいつもよりも早足で駅へと向かっていた。


「絶対助けるからね……」


 その呟きは誰に聞こえることもなかったが、花怜の中の覚悟を強固なものとし、静かに夕暮れに落ちていった。




 翌日昼。

 カレン(花怜)はタウンハウスで目を覚まし、上体を起こした。


『誰もいない……』


 カレンはベッドから降りると机の方へと歩いていった。机には様々な本が並んでいた。カレンはそのうちの一冊を目にとめる。


「日記だ」


 思わずそう口に出したとき、廊下から足音と鼻歌がカレンの耳に届いた。


『エドワードさんの声!』


 その人が扉の前に立ち止まる気配を感じ、カレンは声を上げた。


「エドワードさん、カレンです」


 勢いよく扉が開けられる。


「カレン! よく戻ってきてくれた! 眠ったのか?」


 部屋に入ったエドワードは早足でカレンの元へと向かってきた。


「はい! もう分かってるかもしれないけど、睡眠でこっちに来られるのに間違いないみたいです!」


 大きく頷いたカレンに返答するように、エドワードも大きく頷いた。その後、エドワードは不思議そうな声で訪ねる。


「君、俺がノックする前に俺だって呼ばなかったか?」


 カレンはクスリと笑った。


「鼻歌。意外と愉快な性格なんですね」


 エドワードはハッとすると、気まずそうに顔を横に振った。


「茶化さないでくれ。無意識の時の癖なんだ」


 口元に手を当て、カレンはくすくすと笑った。不服そうな表情を浮かべたエドワードに、カレンは意気揚々と告げる。


「有給まとめて10日取ってきました! 夜だけじゃなくて昼間も眠れます! 万一カレンさんに危機が訪れたときすぐ眠れるように自宅完全引きこもりの構えです!」

「よくわからんが助かる。本当にありがとう」


 一瞬ポカンとしたが、すぐにエドワードは柔らかく微笑んだ。


「気にしないでください。カレンさん、助けましょう!」


 カレンは両手を握って胸の前に掲げた。


「ああ、必ずだ」


 エドワードの語気も覚悟に満ちている。


「丁度いい。今日はあの時と同じメンバーが集まっているんだ」

「あの時って言うと……」


 エドワードは部屋の中央辺りを見た。


「カレンが魔法をかけられたとき、だ。君が起きたことを彼らに伝える前に、その時の状況を君に伝えておきたい。早速ですまないが、聞いてくれるか」


 再度、カレンはぐっと両手を胸の前で握りしめて見せる。


「勿論です!」

「ありがとう」


 やる気に満ちたカレンに、エドワードは安堵を乗せた声を返した。

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