第75話:阿波の風に舞う桜 ―徳島・眉山に消えた笑顔―
■Scene1:眉山公園への道行きと阿波踊りの熱気
四国の旅も3県目、徳島に到着した私は、早朝の眉山公園へ向かうため、徳島市街をバスで北西へと進んでいた。燃えるような夏の陽射しが市内を包み、道行く人々の浴衣姿からは、間近に迫った阿波踊りの高揚が伝わってくる。
「――徳島の阿波踊りは、やっぱり格別だって評判だったけれど、本当に熱気が違う」
そう呟いたとき、スマホにメッセージが届く。
姉・信恵の友人で、徳島県阿波市出身の女優・水谷杏里からだった。
〈今夜は阿波踊りだよ。眉山公園まで来てほしい。あっ、今日は私たちも踊るから、ぜひ参加してね〉
「あんりと一緒に踊れるなんて――楽しみ!」
バスを降りると、すでに浴衣姿で集まる人々の顔にも笑顔があふれていた。私も荷物をコインロッカーに預け、着物レンタルで用意された揃いの衣装に身を包んだ。すると、地元テレビ局の撮影クルーとラジオのマイクが近づいてきた。
「探偵の凛奈さん、昨日の高知・香川の活躍、全国に届いてますよ!」
「えっ、それなら……阿波市でも、皆さん歓迎してくれてるんですね」
こうして私は、杏里とともに地元局の生中継に登場し、阿波踊りのステージへと向かった。
肩にかかる浴衣の帯の重みが、「ここでまた誰かを救うんだ」と私に知らせる――そんな予感があった。
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■Scene2:桜舞う朝、眉山公園での発見
踊りの夜が明けた翌朝。市街地を見下ろす眉山公園の展望広場は、まだ汗を拭う観光客の姿もまばらだった。
そこへ、地元署から連絡を受け、私は杏里とともに向かった。
現場は、“花と鳥の展望広場”と呼ばれる場所。薄曇りの空の下、一輪の桜が風に舞い、その花びらが展望台の床にひらりと落ちていた。
「この場所で、30代の女性が倒れていると……」
地元の30代女性警官・浅野巡査と、先輩のベテラン刑事・岡村が出迎えた。
「亡くなってはいませんが、意識不明の状態で運ばれました」
倒れていたのは、観光に来ていた40代の主婦。
倒れた直後、彼女が手に握っていたのは、扇子と小さな桜の枝――。
奇妙なのは、彼女の脇に散りばめられた“酒まんじゅう”の包み紙がいくつかあったこと。
「酒まんじゅう……徳島名物だけど、この時期にどこで買ったのか」
私は包み紙をそっと拾い上げた。血のついた部分はないが、確かに彼女のそばに置かれている。
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■Scene3:桜の一滴、そしてキムチの誘い
私はリュックから、祖母お手製のキムチを取り出した。浅野と岡村は不安そうに見つめる。
「本当にこれを食べるんですか?」
浅野巡査が声を震わせる。
「……一度、味わってみてください」
私はそう言い、彼女たちにも少しずつ口に運ぶよう勧めた。運ばれていくキムチの辛味に、彼らはむせそうになりながらも頷いた。
私がひと口頬張った瞬間――視界が波打ち、過去の記憶が走馬灯のように蘇る。
――昨晩、ここで“何か”を待つ中年男性の影。
花びらの舞う中、彼は手にしていた酒まんじゅうを――崩れ落ちた女性の手から遠ざけていた。
「……彼は、彼女を庇っていた?」
意識を取り戻した瞬間、私は震える手で浅野と岡村を見つめていた。
「この男が、被害者を守ろうとしていたように見えたんです」
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■Scene4:夜の追跡、影の真相
地元警察の捜査が進む中、私は翌日も眉山公園に戻った。
再びキムチをひと口。視界に映ったのは――
被害者の夫と若い女性の会話。夫は浮気相手と見られるその女性に露骨に罵声を浴びせ、手にした酒まんじゅうを投げつけた。
激昂した被害者の夫は、彼女をかばおうとした中年男性――実は長年家族ぐるみで付き合いのある友人――と、取っ組み合いになってしまったのだ。刺すつもりはなくとも、その衝撃で女性は転倒して頭を打った。
「つまり、殺意ではなく、“過失”だったんですね」
私はその映像を停止し、浅野に静かに告げた。
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■Scene5:桜舞う誓いと、土佐の香り
事件解決の報告を終えた夜。私と浅野・岡村は、徳島名物の鯛めしと阿波尾鶏の炭火焼きを囲んでいた。
淡い桜色の酒を口に含むと、心に温かい風が吹き込んだ。
「凛奈さんのおかげで、家族も救われました」
岡村刑事が盃を掲げる。
「ありがとうございます。でも、私が見せたものは“過去の一端”です。人の心は複雑で、いつだって誤解の中にあるから」
阿波尾鶏の歯ごたえと、鰹のたたきの香ばしさが山海の恵みを伝えてくれる。
外では、街灯に照らされる桜が、まるで再び散華するかのように風に舞っていた。
「――またいつか、この桜を見に帰ってくるね」
私はそっと決意し、徳島の夜に微笑んだ。
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