第67話:ひこにゃんの微笑み、城壁の真実 ―彦根・石垣に横たわる男の謎
■Scene1:近江八幡から彦根へ ― 琵琶湖を挟んだ再訪の旅
2週間後、私は再び滋賀県を訪れていた。前回の“松の浦別邸”から少し東側、今回は琵琶湖を挟んだ反対側の近江八幡、そして彦根市へ。
「滋賀も奥が深い……」
私は琵琶湖線に揺られながら、車窓から見える田園と湖面の美しさに目を細めた。近江牛や赤こんにゃくといった名物も気になりつつ、まずは目的地――彦根城へ。
この日は快晴。空気も澄み、観光客も多い。
「ひこにゃーん!」
子どもたちの歓声が響く先に、白とピンクの愛らしい甲冑姿の“ひこにゃん”が現れ、私もつい記念撮影をお願いしてしまった。
⸻
■Scene2:石垣に横たわる男
その後、城内を散策していると、警察の姿が見えた。報道陣も集まりつつある。
私は急ぎ現場に駆けつけた。
「……石垣に人が倒れてる?」
観光客から通報があり、彦根城の石垣沿いに30代男性が横たわっていた。発見時は心肺停止に近く、だが致命傷はない。パッと見は“転落死”や“他殺”を思わせたが――。
事情を聴いた警察官は「実は今、解剖の結果待ちなんですが、どうも薬や外傷の形跡はなくて……心臓発作の可能性も」とこぼした。
被害者は名古屋在住の会社員・山名涼介(32歳)。旅行中だったという。
⸻
■Scene3:キムチで視えた、静かな終焉
私は、バッグから小さなキムチ瓶を取り出し、ひとくち口に運ぶ。脳裏に浮かんだのは――静かな夜の映像だった。
《……医者に言われたんだ。“あと1ヶ月”って。でも、誰にも言ってない》
城壁を見上げながら、涼介は一人語りかけていた。その顔は晴れやかで、どこか悟ったようでもあった。
《せめて、好きだったこの城を最後に……来てよかった。》
そして、石垣の横に座り込み――ゆっくりと、その場で崩れるように横たわった。
私は、映像を閉じてから深く息をついた。
「これは……誰のせいでもない。彼自身の選択だったんだ」
警察に伝えたところ、彼のポケットには余命を示す診断書のコピーもあった。家族にも、残されたメッセージが。
「死に場所に選ぶほど、彦根城が好きだったんだな……」
⸻
■Scene4:帰り道と想いの重さ
夕方、私は彦根駅の近くで赤こんにゃくの煮物と、近江牛のしぐれ煮を詰めた駅弁を購入し、米原から新幹線で帰路に着いた。
「命って、やっぱり重いよね」
淡く朱に染まりゆく湖面を見ながら、私はそっと思った。人は誰しも、いつか終わりを迎える。けれど、その“終わり方”すら選ぶ者もいる。
探偵である私の仕事は“真実”を明らかにすることだけれど――
それが“静かな決断”であっても、寄り添いたいと、心から思った。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!
もしこの物語に少しでも「面白い!」と感じていただけたなら——
ブックマーク & 評価★5 をぜひお願いします!
その一つひとつが、次の章を書き進める力になります。
読者の皆さまの応援が、物語の未来を動かします。
「続きが気になる!」と思った方は、ぜひ、見逃さないようブックマークを!
皆さまの応援がある限り、次の物語はまだまだ紡がれていきます。