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第56話:遊園地の涙 ―ロッテワールド、沈黙の母親―


■Scene 1:泣き叫ぶ声の中で


「お母さんっ! 起きてよ、お母さんっ!」


遊園地の楽しげな音楽の中に、切実な叫びが混じった――

その瞬間、私は反射的に振り返っていた。


場所はソウルのロッテワールド。韓国最大級のテーマパークで、平日にもかかわらず家族連れや観光客で賑わっていた。


人混みの中で倒れていたのは、30代の女性。

すぐ隣には小学4年生くらいの男の子が泣きじゃくっていた。


「お母さんが……ずっと起きないんだ……」


私は急いで人垣をかき分け、女性に駆け寄る。


――意識はある。けれど目を開けようとしない。


警備員が駆けつけ、救急隊を呼ぶ中、私はバッグからキムチの小瓶を取り出していた。


「今、過去の一瞬を見る。あなたがここで倒れた理由を知るために――」



■Scene 2:キムチが見せた“感情”


キムチの酸味と辛味が口に広がった瞬間、私の意識は過去の光景へと入り込んでいく。


女性――名前はユン・ソヨン(38)。仕事帰りの平日午後。

「大丈夫、今日はいっぱい遊ぼうね」と笑って息子と手を繋いで入場した。

メリーゴーランド、ジェットコースター、アイスクリーム。

だけど、彼女はふと立ち止まり、スマホを見つめる――


《通知:返済期日が本日までとなっています》

《連絡なき場合、子の保護者へ報告いたします》


――彼女の表情が、そこで消えた。


(これは……精神的なショックによる、心因性の失神)


私はすぐに警察の担当官へそう伝えた。



■Scene 3:母の沈黙と“債務”


ユン・ソヨンは、もともと広告会社の営業。

だが離婚後、シングルマザーとして1人息子を育てながら、借金返済に追われていた。


「この日だけは……息子に笑ってほしかったんです」


倒れて数時間後、病院でそう語った彼女の目に、涙が浮かんでいた。


返済期限と向き合う重圧のなか、笑顔の仮面をつけて1日を過ごし、

限界を超えたところで心が悲鳴を上げたのだ。



■Scene 4:真の支えとは


「僕、お母さんが倒れるところ、見てた。

お金のことでずっと悩んでたんだって、知ってた」


そう語った少年・ハジュンの手には、小さなスケッチブックがあった。


《おかあさん いつもありがとう

ぼくが つよくなるから もうないていいよ》


私はそっと彼の頭を撫でた。


「きっと、それが一番のお薬になる」


その夜、私は病院のベッドにいるソヨンに手紙を渡した。


“あなたは弱くない。むしろ、誰よりも強い。

 でも、たまには誰かに頼ってもいい。

 キムチ探偵より”



■Scene 5:母と子の夜明け


数日後、私はふたたびロッテワールドを訪れた。

すると、メリーゴーランドの前に、元気に笑うソヨンとハジュンの姿があった。


「もう無理はしません。凛奈さんのおかげです」


ソヨンは、にっこりと笑って言った。


夜空に打ち上がった小さな花火が、母子のシルエットを照らしていた。


私はその光景を、そっと心に焼きつけた。



エピローグ


その夜、事務所に戻った私は、母・梵夜の作った手料理を食べながら

そっとキムチをひとくち味わった。


「次は……また日本に戻ろうかな。富山の、あの3人にも会いたいし」


冷蔵庫に貼られた、日本からの葉書に書かれた言葉が目に入った。


「立山でまた会えたら嬉しいな。

富山県警・舵村より」


私は思わず笑った。



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

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