第51話:封じられた舞台 ―チマチョゴリの記憶―
■Scene 1:景福宮の静寂にて
春のソウル。
青空の下、**景福宮**の広大な敷地を歩く観光客で賑わう中、私はふと足を止めた。
目の前に広がるのは、王朝の歴史が染み込んだような重厚な柱と石畳。
その静けさの中で、ひときわ目を引いたのは――
チマチョゴリを着た一人の若い女性だった。
どこか所在なげに、朱塗りの柱にもたれ、誰とも目を合わせようとしない。
彼女の耳には、小さなリボンのイヤリングが揺れていた。
「……あの子だ」
私の頭の中で、昨日母・梵夜に届いた一本の電話が蘇った。
「景福宮で撮影したはずの娘が戻ってこないんです。
もともと……昔、子役をやっていたんですけど…」
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■Scene 2:封じられた名前
彼女の名前は――カン・アヨン(강아연)。
かつてテレビを賑わせた人気子役だった。
けれど10歳を過ぎたあたりから、ぱったりと表舞台から姿を消した。
私は彼女に声をかけた。
「カン・アヨンさん、ですよね」
「……誰?」
「私は探偵です。あなたのお母さんから頼まれたの」
一瞬、彼女の瞳に警戒が走ったが、やがて観念したようにため息を吐いた。
「別に、消えたわけじゃない。誰も、私を呼ばなかっただけ」
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■Scene 3:失われた拍手
人気子役だったアヨンは、ある舞台の稽古中に共演者からの暴言といじめに遭っていた。
「台詞を間違えると、“ガキはすっこんでろ”って」
「監督も、私より大人の俳優たちを庇ってた。…結局、私が辞めたの」
それ以来、彼女は芸能界の誰とも連絡を取らず、学校でも“元芸能人”として扱われ、孤立した。
今回の景福宮の撮影イベントは、母親が無理に連れてきたものだった。
「でも……チマチョゴリを着て、この宮殿に立ったら、少しだけ思い出したの。
拍手の音と、私の演技を見つめる観客の目を――」
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■Scene 4:キムチの記憶
私は、特製キムチを取り出し、そっと彼女にも勧めた。
「これは……なに?」
「私の“能力”の源よ。食べてみて。あなたの“記憶”と向き合える」
アヨンは恐る恐るそれを一口食べた。
すると彼女の視界が揺らぎ、昔の撮影現場がフラッシュバックする。
そこにいたのは――
彼女に冷たく接していた共演者たち、叱責する監督、そして見て見ぬふりをするスタッフ。
でも、その最後に一人――
「…あの時、私をかばってくれた……女の子がいた」
その子は今、現役の若手女優となっていた。
彼女が今も、アヨンの出演した作品をSNSで「宝物」と語っているのを、私は以前に見たことがあった。
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■Scene 5:再び、舞台へ
「私、また演技……してもいいのかな」
アヨンはつぶやいた。
その顔は、景福宮の陽射しに照らされて、昔の輝きをほんの少し取り戻していた。
「もちろん。あなたの舞台は、まだ終わってないよ」
私は彼女に、韓国の独立系映画プロデューサーを紹介することを約束し、彼女の手を握った。
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エピローグ
数週間後。
小さな演劇のポスターに、彼女の名があった。
「主演:カン・アヨン」
演目は――『赤いチマチョゴリの記憶』
私はキムチをひとくち食べながら、そのポスターをじっと見つめた。
「舞台は、人生と同じ。
一度、幕が降りても――また上がる瞬間は、きっと来る」
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