表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/120

第44話:釜山、再始動 ―女優と探偵の間で―


前作・日本編を読んでいただき、本当にありがとうございました!

皆さまの応援のおかげで、ここまで物語を紡ぎ続けることができました。


もちろん今回も……

いいね、ブックマーク&評価、コメント、レビュー、リアクションなど、

ぜひぜひ忘れずにお願いします!


あなたの応援ひとつひとつが、

この物語をさらに面白く、さらに遠くまで連れていってくれます。


それでは、いよいよ新章・韓国編、スタートです——!


どんどん応援よろしくお願いします。

そして、今後とも温かいご支援を賜れれば幸いです。


■Scene 1:帰還、そして新たなオファー


釜山・海雲台の街並みは、いつも通り静かで、どこかぬくもりを感じさせていた。

この町の空気を吸うと、ようやく“日常”に帰ってきた気がする。

私は、探偵事務所を兼ねた自宅のソファに体を沈め、深く息を吐いた。


「……ただいま、私」


口にした言葉は、誰に向けたものでもなかった。

ここ数ヶ月、私は日本全国を駆け巡り、次々と舞い込む事件を解決していた。

芸能界の裏側、財閥の闇、虚偽誘拐やスパイ取引……。

どれも一筋縄ではいかず、心も身体も酷使されるような日々だった。


唯一の救いは、時折口にする“自作のキムチ”だった。

時間をかけて発酵させたその一口に、私は何度となく“現実”へ引き戻され、踏みとどまった。


でも――もう限界。

さすがのキムチも、気力も、今は発酵しきって酸味だけが残っていた。


目を閉じると、まぶたの裏に日本で出会った人たちの顔が浮かぶ。

救えた命、守れた真実、でもそれ以上に、まだ届かなかった声。

そのすべてが今も、私の胸のどこかで燻っていた。


「しばらく、静かに暮らしたいな……」


そんな風に思ったのも、ほんの数秒だった。


ピンポーン――。


玄関のチャイムが鳴る。

まるで、“静けさ”など許さないかのような絶妙なタイミングだった。


「凛奈、誰か来たわよ」


台所から顔を出した母・梵夜ソヨンが応対に出ると、ドアの向こうには、見覚えのある男の姿があった。


スーツに身を包んだその男は、穏やかな笑顔を浮かべながら、深く一礼した。


「朴凛奈さん、ご無沙汰しています。

 韓国国営放送KKTのプロデューサー、ユン・テグンです」


その名前を聞いた瞬間、私は記憶の糸をたぐった。

ユン・テグン……

確か、母がかつて出演していた時代劇の演出チームにいた人物。

柔らかい物腰とは裏腹に、作品には一切の妥協を許さないという職人肌の人物だったはず。


「今日はですね、凛奈さんにぜひお会いしたくて……実は、新しいドラマの主演オファーを持ってまいりました」


その言葉に、私は無意識に身を起こしていた。


「主演……ですか?」


「はい。タイトルは『時の楼閣ときのろうかく』。

 “タイムスリップ×法廷サスペンス”を軸にした、今期最大規模の話題作です。

 この役は……あなたにしかできないと、私は信じています」


ユンの目は、真剣だった。

役者としての私を見つめているのか、それとも探偵としての私を見抜いたのか。

けれど、その目に、嘘はなかった。


私はまだ、その物語の内容を何も知らない。

それでも、胸の奥が少しだけ、騒ぎ出しているのを感じていた。


「詳しく、お話を聞かせてください」


私は、探偵でもあり、女優でもある。

この二つの顔が交差する“物語”があるなら、きっと――それは私の出番なのだ。


■Scene 2:主演ドラマ『時の楼閣』――運命の幕開け


「タイムスリップ×法廷サスペンス。

タイトルは『時の楼閣』――君にしかできない役だと信じている」


そう語るプロデューサーの眼差しは、真剣だった。


物語のあらすじはこうだ。

現代の女子高生がある日突然、朝鮮王朝時代に飛ばされる。

そして、無実の罪を着せられた人々を救うため、自らが法廷に立ち、冤罪を覆していくというもの。


台本を読み進めるうちに、私はその世界観に惹かれていった。

それはまるで、自分自身の人生――探偵として“真実と嘘”を追い続けてきた日々と、どこか重なっているように感じたからだ。


だが、ある一行で指が止まった。


脚本:カン・ヘジン


その名前を見た瞬間、胸の奥に違和感が走った。

どこかで見たことがある。いや――確かに覚えている。


「……この名前、間違いない。あの事件の……」


10年前。

私の祖母――初代キムチ探偵として知られる朴雪華パク・ソルファが関わった、放送局盗作事件。

当時、複数の若手脚本家の原案が不自然な形で番組化され、大きな社会問題となったその事件。


そして、その中心にいた“疑惑の脚本家”。

それこそが――カン・ヘジンだった。


■Scene 3:探偵業に火がつく


主演オファーを受けた翌日。

私は静かに、探偵としてのスイッチを入れていた。


脚本家・カン・ヘジン――

10年前の「放送局盗作事件」で疑惑の中心にいたあの名前。

当時、祖母が極秘で調査していたあの事件が、今になって再び私の前に姿を現したのだ。


俳優として演じる。

探偵として暴く。

その両方を成立させるために、私はまずひとつの条件を制作チームに提示した。


「役作りのために、今後も探偵業を継続させてほしいんです」


監督は一瞬驚いたようだったが、すぐに柔らかく笑って頷いた。


「君が演じる“時の楼閣”の主人公には、現実の知見が必要だ。

実際に調査を重ねて得た経験が、芝居に厚みを与えるなら、僕は大歓迎だよ」


こうして、私は“女優”として台本を読み進めながら、

“探偵”としてカン・ヘジンの動向を裏で追い始めた。


それから数日後の夜。

弟――いや、兄のような存在でもある泰亨が帰宅した。

ソファに腰を下ろすなり、彼はため息混じりに言った。


「凛奈、聞いた? セビョクが……引退した」


「……チョン・セビョク?」


「うん。LUZEN時代の友達だったから気になってたんだけどさ……なんか、“誰かに脅されてる”って。

ちょっと前から様子も変だったし、最後はスマホも全部初期化して、何も言わずに姿を消したんだ」


「引退の理由、本当に本人の意志だったの?」


私の声は、自然と低くなった。

セビョクはかつて泰亨とともにアイドルグループで活動し、解散後は俳優として順調にキャリアを積んでいた人物だ。

突然の引退など、あまりにも不自然だった。


その瞬間、カン・ヘジンの名前が脳裏をよぎった。

もし、彼女が関与しているとしたら――?


私はセビョクの所属事務所へ、架空の名前でアポを取った。

「脚本家志望の面談希望者」として、制作部門にアクセスするためだ。


受付でにこやかに笑いながら応対を受け、応接室へと案内された。

形式的な質問を交わしながら、私は部屋の構造とレイアウトを記憶する。

そして、退出を促された瞬間――一瞬のすきに、隣の部屋へと忍び込んだ。


「……これは……」


そこにあったのは、シュレッダーで裁断された大量の書類。

私は手早く一部を回収し、持ち帰ってキムチ冷蔵庫の上で組み立てを始めた。


ピースのように貼り合わせたその断片の中に、

一枚――見覚えのある、筆跡があった。


カン・ヘジンの署名入り誓約書。


しかも、その文言には、こう書かれていた。


「口外した場合、契約違反とみなす。法的・社会的責任を問う」


あまりにも強引で、一方的で、そして“黙らせる”意図が透けて見える文面だった。


やはり――彼女は、いまだに“あの手口”を使い続けている。


私は静かに、探偵ノートの最上段にこう書き込んだ。


「ターゲット:脚本家・カン・ヘジン 再調査開始」


ドラマの幕が開くその前に、

私は――彼女の“過去”を暴く必要がある。


■Scene 4:キムチで暴かれる脚本家の正体


夜、私は「白菜・干し柿・韓国唐辛子」を用いた熟成キムチを食べた。


――時がゆらぐ。


数年前、放送局の一室。

カン・ヘジンは、若手脚本家の作品を無断で転用し、スポンサーを抱き込むために“著作権譲渡契約”を強引に結ばせていた。


しかも、セビョクが出演した映画も彼女の仕掛けた“隠れた盗用作品”だった。

それを知ったセビョクは引退を選び、メディアに漏らす寸前で封じられたのだった。


■Scene 5:真実の舞台で


KKTの社屋最上階、ガラス張りの応接室。


釜山の港を一望できるその部屋で、私はプロデューサー・ユン・テグンと向かい合っていた。


「……すべて、報告させていただきます」


私は静かに、テーブルの上に並べた資料を示した。

カン・ヘジンの過去、10年前の盗作疑惑。

若手脚本家を泣き寝入りさせた強引な契約。

セビョクが出演した映画に仕込まれた、別作品からの構成トレース。

そして、それらを裏づける証拠の数々。


ユンの表情は険しかったが、やがて長く重いため息を漏らした。


「やっぱり……か」


その一言に、彼自身もどこかで気づいていたことを悟った。


「正直、疑念はあった。だが……彼女には大きなスポンサーが付いていたし、社内でも“触れるな”という空気があった。俺は見て見ぬふりをしていたのかもしれない」


私は、黙って頷いた。

その気持ちは、少しだけわかる気がしたから。


「だが、君がこうして動いた。それだけで……この作品は、ただのドラマじゃなくなった」


ユンは私の目をしっかりと見据えると、静かに語った。


「君の演技と、君の真実を見抜く力で。

視聴者に“正しさ”を伝えてほしい。

このドラマが、誰かの心の中の闇を照らす灯になればと、そう思うんだ」


――その言葉は、胸の奥深くに響いた。


この業界で“真実”という言葉は、ときに軽く扱われる。

表面的な演出、脚色、都合のいい改変。

だが、だからこそ。私たちが届ける“フィクション”には、

現実よりも強く、人を動かす“真実の力”が宿るべきだと、私は信じている。


「……はい。任せてください。

私の“役”は、真実の味で仕上げますから」


私は微笑んでそう答えた。


母の漬けたキムチのように、辛くて酸っぱくて、でもどこか懐かしい――

そんな“味”のする役を、私は演じてみせる。


嘘の上に積み上げられた物語ではなく、

真実の上に立ち、観る人に問いかけるような芝居を。


それが、“キムチ探偵”として生きてきた私の、女優としての使命だから。


外の空はもう夕暮れ。

遠く、海に沈む太陽が、今日という日を静かに閉じようとしていた。


でも――私の舞台は、これから始まる。


■ラストシーン:凛奈、女優と探偵のはざまで


ドラマ『時の楼閣』の撮影初日。

私は朝の光が差し込むセットの中心に、ひとり立っていた。


厚みのある時代衣装の裾を両手で軽く整えると、前を見据える。

そこには、レンズ越しにこちらを捉えるカメラ――

そして、その向こうにいる、無数の“視線”の気配があった。


スタッフたちの足音、照明の熱、マイクが拾う微細な音。

すべてが、生放送のように神経を研ぎ澄ませてくる。


だが、不思議と怖くはなかった。


私は今、芝居と現実の、そのどちらにも足を踏み入れている。

その“狭間”こそが、私にとってもっとも自然な居場所なのだと感じていた。


役として真実を演じる――

しかし、それだけでは足りない。


「女優として真実を演じ、探偵として嘘を暴く。

それが私――朴凛奈パク・リンナ


そう、誰に語るでもなく、心の中で静かに言葉を繋げた。


真実と虚構が重なり合う舞台。

嘘のなかにあるほんの一滴の“真実”が、誰かの心に届くなら。

私はこの役に命を吹き込む意味があると信じられる。


リハーサルを終え、セットの隅に戻った私は、母が用意してくれたお弁当の包みをそっと開けた。


湯気とともに広がる香り。

中には、しっかり発酵した白菜キムチと、自分で仕込んだ“謎解きキムチ”。


前者は、母がくれる“原点の味”。

後者は、私が歩んできた“道の証”。


二つのキムチが並ぶその光景に、私は小さく微笑んだ。


私には、芝居の世界にも、現実の事件にも――

解かなければならない“嘘”がまだまだたくさんある。


そのすべてを、“味”で見抜いて、“物語”で暴いていこう。


たとえそれが、どんなに辛く、刺激が強くても。

私は今日も、“真実の味”を抱いて、生きていく。


物語はまだ、始まったばかりだ。



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

もしこの物語に少しでも「面白い!」と感じていただけたなら——


ブックマーク & 評価★5 をぜひお願いします!


その一つひとつが、次の章を書き進める力になります。

読者の皆さまの応援が、物語の未来を動かします。


「続きが気になる!」と思った方は、ぜひ、見逃さないようブックマークを!

皆さまの応援がある限り、次の物語はまだまだ紡がれていきます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ