第37話:博多に消えた女優 ―過去からの演出指示書―
■Scene 1:博多・中洲、消えた舞台女優
「失踪……ですか?」
私が降り立ったのは、夜の灯りが水面に揺れる福岡・中洲。
那珂川沿いに並ぶ屋台、川に映るネオン、そして酔客たちの賑わい。
その雑踏の中で一人、女性が泣いていた。
「姉が……いなくなったんです。最後に見たのはこの街でした」
彼女の名は本条澪。
失踪したのは、澪の姉で舞台女優・本条理沙。35歳。
福岡を拠点に活動していた人気舞台劇団「時代楼座」の看板女優だった。
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■Scene 2:楽屋に残された“台本”
理沙が失踪したのは、最新舞台『赤い幻想』の千秋楽の翌日。
劇団の控室に残されていたのは、1冊の台本と謎の書き込みだった。
《“最後に選ばれるのは、いつも罪のない者”》
《舞台は終わった。だが現実は、まだ続く》
「これ……姉が書いたんでしょうか?」
私は台本をめくり、ページの端に貼られていた小さな付箋に目を留めた。
そこにはこうあった。
《彼に会う。中洲、2丁目の灯が消える場所で》
中洲2丁目――
夜の闇が少しずつ深くなるエリア。
私はキムチをひと口。
ふわりと、過去の空気が立ちのぼった。
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■Scene 3:過去に出会った“演出家”
目の前に現れたのは、6年前の稽古場。
演出家の男と、若き日の理沙。
彼女は何度もセリフを間違え、何度もやり直しをさせられていた。
「君には“哀しさ”が足りない。舞台は人生の圧縮だ。
生きた痛みがなければ、観客の胸は打てない」
その演出家の名は、小金丸啓人。
劇団の元主宰であり、理沙のかつての恋人だった。
だが今、彼は劇団を辞め、消息不明。
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■Scene 4:旧劇団員の証言
かつての共演者、**若狭俊貴**は言う。
「理沙さんは小金丸さんと、苦しい関係だった。
破局してからもしばらく共演してたけど……いつも泣いてましたよ」
そして彼は、ある日理沙から受け取ったメモを見せてくれた。
《いつか彼の“あの演出”を現実にされる気がして怖い》
《脚本の中で死ぬ役を、本当に自分に演じさせるつもりじゃ…》
私は背筋が凍った。
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■Scene 5:再現された“最終演目”
私は一つの仮説を立て、中洲の廃劇場跡地に足を運んだ。
鍵を手に入れ、中へ入ると、そこには――
理沙の衣装と台本、そして照明スイッチがセッティングされた舞台があった。
まるで、彼女自身が最後の舞台を準備したかのように。
「理沙さん、どこに……?」
私が再びキムチを口にすると――
白い照明の中、うずくまる影が見えた。
それは、髪を切り、衣装のまま座り込んでいた理沙だった。
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■Scene 6:女優の告白
「私は……小金丸さんに壊されかけたの。
でも、壊されたのはあの人の方だった」
理沙は語った。
かつて、小金丸が演出に行き詰まり、
“観客の目の前で女優が死ぬ芝居”という狂気にのめり込んだこと。
「自分の創作で私を殺すつもりだった。舞台の上で。
だから私は、自分の意思で“舞台から降りた”の」
彼女は失踪ではなかった。
“自分の人生の脚本”を書き直すために、過去の自分と決別していたのだった。
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エピローグ:再生の灯
後日、理沙は再び舞台に立つことを決めた。
新たな劇団と共に、脚本家として歩むことにしたのだ。
私は那珂川沿いで屋台の博多ラーメンをすすりながら、
最後に理沙が言った言葉を思い出していた。
「過去は消えない。けれど、演じ直すことはできるのよ。
それが、女優という生き方だから」
ネオンが揺れる水面に、新たな人生の舞台が映っていた。
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