第34話:新潟・下越編:笹団子と萬代橋、信濃川に消えた少年
ご覧いただき、ありがとうございます!
今回の舞台は、水の都・新潟市。
悠々と流れる信濃川、歴史ある萬代橋、そして桜咲く白山公園。
静かな春の街に、一人の少年の失踪事件が起こります。
・老舗和菓子店「江口だんご」の伝統
・親子の葛藤と、継承の重み
・観光開発に絡む大人たちの欲望
・そして、よもぎ香る笹団子が紡ぐ家族の記憶
探偵・朴凛奈が、水と歴史に彩られた新潟の街で、
静かに、でも確かに人の心に寄り添います。
今回はほっとする旅情と、少し切ない家族の物語。
春の新潟、川の風を感じながら、お楽しみください。
それでは、どうぞ――
水の都・信濃川のほとりへ。
■Scene 1:水の都、新潟市へ
「わあ……」
思わず、声が漏れた。
私が立っていたのは、新潟市の象徴とも言える萬代橋の中央。
真下には、悠々と流れる信濃川。その幅は優に100メートルを超え、
日本一長い大河の名にふさわしい風格がある。
「水が、広い……」
冬を越え、春風が運ぶ少し湿った空気。
信濃川の水面に陽光が反射し、きらきらと揺れていた。
萬代橋は、そんな川の流れにしっかりと跨る美しいアーチ型の石造り。
昭和初期に建造されたという歴史ある橋は、新潟市民にとって“ふるさとの象徴”だ。
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■Scene 2:消えた少年と「江口だんご」
「助けてください……息子が、昨日から戻らないんです」
私にすがるのは、笹団子の老舗「江口だんご」の五代目・江口栄一さん。
創業は明治35年(1902年)、新潟がまだ雪国の奥座敷と呼ばれていた時代。
「うちは代々、米・ヨモギ・小豆を厳選し、石臼で挽き、杵で搗き、後蒸しするんです。昔ながらの手法にこだわってきました。けど……継いでほしかった息子が、突然消えて……」
誘拐か、それとも家出か。
手がかりは、新潟市内の白山公園で見つかった、落ちたスマホと潰れた笹団子の包装だけだった。
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■Scene 3:よもぎの香りと記憶の扉
私は店先でいただいた笹団子をひと口。
──もちもちとしたヨモギ餅に、しっとりと優しい甘さの粒あん。
噛むたびに、よもぎの香りがふわりと鼻を抜け、
かつて祖母が炊いてくれた春の香りが蘇る。
キムチではないけれど、食べ物は私に人の記憶をつなぐ鍵をくれる。
私は静かに目を閉じた。
──白山公園。桜の咲く季節。
江口家の息子・恭平は、誰かと話していた。
「……やっぱり、俺じゃダメなんだろ? 兄貴みたいに継げないよ」
相手は見えなかったが、何かを言い返したようだ。
その直後、公園を後にし、彼は姿を消していた。
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■Scene 4:観光の顔に隠された裏の動き
「信濃川の下流沿いに、新しく開発されてる再開発地区があるの」
そう教えてくれたのは、新潟のローカル雑誌で働く女性記者・桐谷。
取材のために何度も江口だんごを訪れていた人物だ。
「最近、再開発事業に絡んで、観光地を利用した土地の買収計画が進んでてね。江口さんの土地も狙われてるって噂があった」
まさか、誘拐の背景にそんな大人の事情が?
私は再び白山公園を訪れ、桜の木々を眺めた。
そして、ベンチの裏に貼られたメモを見つけた。
《夜8時、清津峡で待つ —R》
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■Scene 5:清津峡へ。そして再会
私は新幹線で十日町市・清津峡へ向かった。
切り立ったV字谷と、幻想的なトンネルアート。
そこはまるで時間が止まったような景色だった。
川の流れを見つめる影――
「……恭平くん!」
振り返ったその顔は、確かに江口さんの息子だった。
だが、彼の隣には一人の中年男性がいた。
「彼は継ぎたくないんだよ。伝統なんて言っても、今の世代には重い。
だったら、土地を売って新しいことを始めた方がいいに決まってる」
それが、江口家の古くからの“支援者”を名乗る業者の男だった。
だが私は、きっぱりと断言した。
「伝統ってね、守られるだけのものじゃない。
人が繋いでこそ、初めて“意味”があるのよ」
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■Scene 6:信濃川に流れる決意
数日後、江口恭平は父と向かい合って座っていた。
「父さん。……俺、団子作ってみたい。うまくできるかわかんないけど……食べてほしい」
江口さんの目には、涙がにじんでいた。
私は再び萬代橋に立ち、川の流れを眺めた。
その雄大な信濃川の水面は、夕陽を映しながら、静かにこう語っているようだった。
「時代が変わっても、変わらないものがある。それが“味”であり、“家族”であり、“ふるさと”」
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エピローグ:次なる目的地へ
新潟駅で乗った特急から、信濃川がだんだん遠ざかっていく。
次は――柏崎。
原発のある街で、また別の“闇”が待っている。
そして、私のポケットには、江口さんから贈られた
昔ながらの石臼搗き・後蒸しの笹団子が一つ。
「これはね、誰かの涙の味がするんだよ」
私は静かに呟いて、再び旅に出た。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!
今回は「観光地の光」と「家業の重み」、
そして「親子の絆」をテーマに、新潟の春を旅しました。
実際の新潟市も萬代橋や白山公園、近江屋や江口だんごなど、
歴史と人情が残る素敵な街です。
春は桜、夏は花火、秋は米、冬は雪と酒……一年中楽しめる場所ですよ。
今回の事件は、誰かを憎む物語ではなく、
“人が悩みながらも歩いていく話”として描いてみました。
いつか新潟で笹団子を食べる機会があれば、
その優しい甘さの向こうに、この物語を少し思い出していただけたら嬉しいです。
次回は柏崎編。海と原発、そして……また新たな闇に迫ります。
それではまた、次の旅先でお会いしましょう!