第149話:ことばの岸辺で
■Scene1:韓国南部・港町「巨済」
釜山から南西へ車で2時間半、静かな港町・巨済。
舞衣の記憶を頼りに、凛奈たちは町のはずれにある古い平屋へとたどり着く。
そこは、つかさが翻訳の仕事のたびに籠もっていた“書斎”。
家の表札には、こう記されていた。
「岸辺書房」
「先生が、自分でつけた名前なんです。“ことばの端っこに立っていたい”って」
舞衣の声が震える。
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■Scene2:書斎の奥、“未完成の訳”と最終メモ
書斎の中には、床から天井まで積み上げられた辞書、翻訳書、語学研究資料。
そして机の引き出しには、鍵付きのUSBメモリと、封筒がひとつ。
【封筒内メモ】
「もしこれを読んでいるのが凛奈ちゃんなら――
あなたは、言葉に命を吹き込める人だと信じています。
このUSBの中に、“私が訳した真実”があります。
公開は、あなたの判断に任せます。
……私は、別の名前で生き直します」
「……つかささん、生きてる……!」
ジウンが手早くPCにUSBを接続。中には1本のPDFファイル。
【タイトル】
『翻訳訂正報告書:中韓日外交三国協定・本来訳』
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■Scene3:“正しい訳”が語るもの
ジウン:「この文書……公開される予定だった“協定”と、全く意味が違う」
・表の訳:「共同で海洋資源を管理する」
・つかさ訳:「資源を一国に移譲し、他国は監視と防衛を請け負う」
→つまり、軍事的含意が隠されていた
凛奈:「“友好の翻訳”に見せかけた、力の分配。
これを“優しい言葉”で包んだのが、修正版だった……」
ジウン:「そしてつかささんは、“真実の訳”を書いた。
だから命を狙われた」
舞衣は涙を流しながら囁く。
「先生、嘘を許さなかったんだ……」
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■Scene4:海辺、凛奈の決断
夕暮れの港。
凛奈は一人、手にしたUSBを見つめていた。
「これを公表すれば、外交問題に発展する。
でも、隠したままなら――誰かがまた、“言葉で殺される”」
スマホを取り出し、ネットジャーナルの匿名投函システムにアクセス。
「凛奈個人」ではなく、「翻訳者・上原つかさ」の名義で原文を送信。
(あなたの“訳”を、世界に届ける。
あなたが生きた証として)
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■Scene5:静かな夜、そして小さな光
その夜、港の街に小さな明かりが灯る。
岸辺書房の玄関の前に、手書きの紙袋が置かれていた。
「つかささんへ。
あなたが訳した言葉に救われた者より。
また“ことば”を交わせる日まで」
凛奈がそっと手を伸ばし、手紙を取り上げる。
「まだ終わってない。
でも、“ことば”はちゃんと届いてる。
この世界のどこかで、あなたの声を待ってた人がいる」
空を見上げ、凛奈は微笑んだ。




