第148話:翻訳された殺意
■Scene1:釜山・東区、廃ホテル「ラ・セレステ」
夜。
凛奈とジウン、そして舞衣は、つかさのPCからアクセスのあった廃ホテルへ向かっていた。
「ラ・セレステ」。かつて外交関係者が宿泊していた高級ホテルの跡地。
だが今は打ち捨てられ、窓は割れ、入口には錆びた鎖が絡んでいる。
ジウン:「電源供給は絶たれてる。でも……内部サーバーだけは、まだ生きてる」
凛奈:「つまり、誰かがここを“仮の作業場”として使ってるってこと」
3人は懐中電灯を手に、ゆっくりと内部へと足を踏み入れた。
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■Scene2:翻訳ブース、そして“録音された死”
地下の一室。
防音材が剥がれかけた、かつての会議通訳ブースが残されていた。
中央の机には、翻訳用の原稿、辞書、そして――血に濡れた名刺。
「上原つかさ」の名前と共に、背面にはこう書かれていた。
“訳してはならない文は、訳してしまった。”
部屋の隅にある録音機器が、まだ作動している。
凛奈がスイッチを入れると、声が再生された。
「――私が訳した文書は、“元の意味”を変えられていた」
「真実が消され、嘘が正義に翻訳されていた」
「だから、私は正しい訳を残す。命を賭けても」
その直後、マイク越しに何かが倒れる音――そして、沈黙。
舞衣:「……先生……ここで、最後のメッセージを……」
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■Scene3:声なき証人と、もう一人の“訳者”
突如、部屋の外から足音。
入ってきたのは――黒いマスクをした男。
凛奈は身構えるが、男は一言だけ呟いた。
「俺は、“もうひとりの翻訳家”だ」
男は名を名乗らなかった。
だが、その口から語られた内容に、凛奈たちは息をのむ。
「“中央情報部”の内部文書を、上原さんは“正しく訳した”。
でも、俺に回ってきた“修正版”は、“歪められた訳”だった。
それが、公開される予定だった……世界に“誤解”が流される前に、彼女は止めようとしたんだ」
ジウン:「じゃあ、つかささんはその責任を……」
男:「背負った。“原文の嘘”に抗うことは、命を賭けることだ」
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■Scene4:生きていた翻訳家、鍵を握る“未完成の訳”
凛奈:「でも、もし彼女が今も生きていたとしたら……?」
男は小さくうなずく。
「生きている。
上原つかさは、自分の“完全訳”を持って、どこかに隠れた。
それを公開すれば――すべてが“書き直される”」
だがその直後、建物の外で大きな破裂音。
誰かがホテルの“サーバールーム”を爆破し、証拠隠滅を図っていた。
舞衣:「先生……どこにいるの?」
凛奈:「どこかに、“言葉の最後の居場所”がある。必ず、見つけてみせる」
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■Scene5:夜明け前、次の“証言者”へ
夜明け。
凛奈たちは廃ホテルを離れ、事務所へと戻る。
ジウン:「録音データはクラウドにアップ済み。“声”だけは、もう消せません」
凛奈は机の上の手帳をめくり、つかさの残したメモを見つめた。
『“最後の原文”は、海辺の街にある。』
「海辺……彼女の故郷?」
舞衣:「たぶん……韓国南部のある港町です。
先生、翻訳の前によく“そこ”にこもってました。日本語と韓国語が両方通じる、静かな町」
凛奈:「行こう。“言葉”がまだ息をしてるうちに」




